第二十三話 闘争神ベルワランダ
ヘイズは白く光る空間で椅子に腰かけていた。
ここはどこだ。俺は眠ったはず。ここは夢の世界か。
テーブルを挟んで輝く男が座っていた。
顔は朧げにわかるがはっきりとは見えない。
ヘイズは男を知っていた。闘争神ベルワランダ。この世界で争いを司る神だった。
ベルワランダは人間の創造者の一人にして魔神の友でもある。
ベルワランダは笑顔でヘイズを褒める。
「おめでとう、ヘイズ。君はついに真理に到達した。真理に到達できる存在は人や魔物の中でも極一部でしかない。ヘイズはその一部に昇格した」
ヘイズの人間頃の記憶が蘇る。
俺は地球で死んでベルワランダに遭った。それでこの世界に望んでやってきた。
ヘイズの頭に昔の記憶がどんどん浮かび上がる。
学校の成績は上の下。運動は苦手なほう。
人付き合いもまあまあ。
就職は親が経営する会社の子会社に入ったので待遇がよかった。
だが、良縁に恵まれない人生だった。
親に裏切られ、子会社の社長を解任された。
弟に騙され、一緒に立ち上げた新会社を追われた。
友に欺かれ、借金を背負わされた。
その後の就職活動は上手く行かず、世間の冷たい風に曝された。
人生の最期を失意の中、自殺に巻き込まれる形でヘイズは命を失った。
だから、悟った。人間はもう嫌だ。人間を喰らう化物になりたい。
そうだ、俺の人としての生は、ぱっとしない人生だった。
ベルワランダはにこにこした顔で質問する。
「ヘイズが僕に語ってくれた三つの教訓は覚えているかい。君が墓の中まで持ってきたものだよ」
「覚えているよ。今の俺を形作る重要な要素だからな」
ヘイズが人間の時に学んだ教訓は三つ。
一つ目、たとえ親でも喰わねば、殺される。
二つ目、選択を人に任せてはいけない。任せれば奪われる。
三つ目、他人に望んではいけない。欲しいものがあるなら自分で手に入れる。
ベルワランダは、うんうんと楽し気に頷く。
「人生とは自分をさらなるステージに導く旅だ。旅で得られるものもまた真理と呼べる。僕はね、ヘイズ。君を見て思う。君はどこに向かうのかが、非常に気になっている」
「俺は俺の行きたい場所に行くだけさ」
格好良く答えはした。だが、どこに行きたいかはヘイズでもよくわからない。
ただ、奪われる人生はまっぴら御免だ。なら、奪うしかない。
ベルワランダは両手を広げ、うきうきした調子で語る。
「そうかい、なら、僕がヘイズを王様にしてあげよう。ちょうど、王位が一つ空いた。今なら、簡単に王になれる。もっとも、闘争が多い地だけどね」
ヘイズはベルワランダの申し入れを疑った。
「王にできるってことは逆も可能なんだろう。他人の顔色を窺って生きる生き方はもうしたくない。俺が王になるなら自分の手でなる。崩されることなき不滅の王国を創る」
ベルワランダは上機嫌で話し続ける。
「可愛くないが、理解もできる。君には信用するものが何もない。非難しているわけじゃない。ヘイズは人間社会を恨んで死んだ。だからこそ、僕と君は巡り合えた」
ベルワランダが暇で話し相手がほしくて呼びつけたとは思えなかった。
「それで、ここに俺は呼んだ理由は何だ。何かやって欲しい仕事があって俺を呼んだのだろう。別にいいぜ。見合う対価がもらえるならな」
「仕事の依頼じゃないよ。今日は君に情報をあげようと思って呼んだ。次はポンズ地方に行くといい。あそこは、これから熱戦が期待される」
行っても労を多くして益が少ない場所に思えた。
「ポンズ地方は人間が優勢だ。人間の勢力が優勢だと旨味がない。危険なだけだ。無駄に危険を冒すのは愚か者のする判断だ」
「ポンズ地方は人間が優勢だ。おそらく、人間が魔神の勢力を一掃するように考えられている。だが、そうはならない。人も魔物も大勢死ぬ」
ポンズ地方で異変が起きる。ベルワランダは何を知っている。
「何だ? 詳しい情報があるなら聞かせてくれ。詳しく教えてくれるなら行ってもいいぞ。危険なだけでなく、見合う利益があるなら検討に値する」
「何が起きるかを僕は知っている。だが、何か起きるかは教えない。教えたら、僕が面白くない。だが、これだけは預言できる。ポンズの地で行われるのは選別だ。英雄のね」
危険な人間や魔物が大勢集まって来るのか。だとしたら、油断ならない地だ。
「なら、俺は行く必要がないだろう。俺は英雄になりたいわけじゃない」
「いいや、君は行くべきだ。ポンズ地方で君は見つける。この世界でなりたいものをね。生きる目的といってもいい。君はそろそろ考えるべきだ。この世界で生きる目的を」
俺は強くなりたかった。何者にも奪われないために。
俺は奪う側になった。だが、奪う側になり勝利を重ねた先の展望はまだない。
目的は決めるもの。他人から与えられるものではない。
俺もこの世界に来て八年。そろそろ、大きな目的を持つ時かもしれない。
「わかった、ポンズ地方行きは検討する。だが、行くとは決めない」
辺りがどんどん暗くなる。
最後に真っ暗になった中でベルワランダの声がする。
「ヘイズの行き先に死と闘争があらんことを願うよ」
目が覚めた。いつもは寝ている間に見た夢は忘れる。
だが、今回のベルワランダとのやりとりはしっかりと覚えていた。
目を覚ますと麦を炊く香りがしていた。
台所に行くとマリアが料理をしていた。
マリアは控えめな態度で尋ねる。
「朝食のご用意をしていましたが、出過ぎた真似だったでしょう」
「いや、構わん。家に大した食材が残っていなかっただろう」
「麦がありましたので、麦粥を作っていました」
「ザワークラウトと鮭フレークもある。一緒に食卓に出して食べよう」
食卓に簡素な食事が並ぶ。
マリアはザワークラウトと鮭フレークに手を付けなかった。
「どうした、嫌いなのか?」
「生贄とご主人様が一緒のものを食べるわけにはいきません」
「俺のことはヘイズ様でいい。俺が良いと決めるのだからいいんだ。逆に差をつけるほうが面倒臭い」
「それでは」とマリアはザワークラウトと鮭フレークをスプーンで掬う。
「あまり美味しい物ではないかもしれない。だが、ここでは生鮮食品があまり手に入らないからな。どうしても、保存が利くものになる」
マリアは微笑み語る。
「粥以外におかずがあるだけ幸せです」
「食事が終わったら買い物に行くぞ」
「何を買いに行くんですか?」
「マリアの服とか下着だよ。あまりにもボロボロだから、どうにかしてやりたいと思った」
「ありがとうございます。ヘイズ様」
食事を終えて一服する。金と財布それに宝珠を鞄に入れて地下室に行く。
地下の魔法陣を書き換えると、ヘイズたちは商業地区へと飛んだ。
商業地区といっても店が所狭しと並んでいるわけではない。
服や雑貨をメインとしたショッピング・モールを中心に八店舗があるだけだった。
ショッピング・モールは四階建て。広さは一番広い一階でも床面積が四千㎡しかない。
次いで大きな建物が靴屋で千㎡だった。ちなみにマリアの靴を買った靴屋もここだ。
召喚魔法陣が出現した広場で悪魔銀貨五枚が入った財布を渡す。
「これで、生活に必要な物を買ってこい。俺は行くところがあるから、昼にここで合流するぞ。あと、何か食べたいものがあった買える範囲で菓子でも嗜好品でも買っていいからな」
マリアは慌て躊躇った。
「そんな、私なんかのために、お菓子を買うなんて、もったいないでずよ」
「馬鹿だな。目上の者が御馳走してやるって言ったら、素直に受け取れ」
「でも、本当によろしいんですか?」
「いいんだ。ただ、あとで、きちんと礼を言うんだぞ。そのほうが奢ってやったほうも気分がよい。俺を気分よくさせるのも使用人の務めだ」
「わかりました。有難くお心遣いを受け取ります」