第二十二話 火攻め
斥候が定期的に人間の動きを指揮所に報告に来る。
人間たちは後方のオーク軍に構わず、ゆっくりと北に移動してきていた。
人間を追うビビン軍閥も、無理な戦闘を仕掛けない。
人間にすれば、ヘイズが裏切れば前後を挟まれて全滅する危険があった。
オーク軍はヘイズが裏切れば敗走する。全てはヘイズの手の中にあった。
人間が河から南に六百mの位置に来たと報告が入る。
ヘイズはそっと陣中を抜けた。陣より一㎞北側に移動する。辺りから精霊の気配がした。
よし、セシルの手配した風の精霊が隠れているな。ならば、俺もサンドラを呼ぼう。
ヘイズは上位精霊召喚魔法を唱えた。
上位精霊を召喚するには特殊な儀式が要る。
ただし、盟約を結んでいれば儀式は要らない。
ヘイズが召喚魔法を唱えると、草原に直径十mの赤い魔法陣が現れる。
魔法陣からサンドラが出現した。
サンドラは辺りを見回して、不思議そうな顔をする。
「敵はどこよ? 誰もいないわ」
風が巻き起こる。サンドラから離れること三百m横に青い大男が現れる。
男の身長はサンドラと同じく二十mあり、透き通る体は、筋骨隆々だった。
セシルは風の上位精霊のジンを呼べるのか。さすがは、三傑の一人だ。
サンドラが目を細める。サンドラは好戦的な獣のように微笑む。
「セシルが呼んだジンが相手なのね。だから、私を召喚したのね。いいわ。軽く捻ってあげる」
「待てサンドラ。早合点するな。事情が変わった。今度はセシルに味方してオークを倒す」
サンドラは別に驚かない。
「ヘイズの立てた案なら、否定しないわ。私は紅玉が貰えるなら、どっちを倒してもいいわよ」
「なら、草原に火を放ってくれ。オーク軍を火攻めにする」
「OK」とサンドラは軽く応じた。
サンドラが炎の渦となる。火の渦が草原を高速で走る。草原に火が付いた。
燃える草原を見て、ジンが満足そうな顔で語る。
「どれ、儂も一働きするかな。オーク共に、目にものを見せてやる」
ジンは風を吹かせて、火を煽った。強風に煽られた火は、赤い絨毯のように広がる。
炎がオーク軍に延びて行った。オーク軍は予想しない後方の炎に、慌てふためいた。
慌てて河に向かって逃げていく。逃げ遅れたオークはジンの起こす竜巻に飛ばされる。
サンドラは炎の中で踊り、オークを焼いていった。
オークたちが死んで行く光景を、ヘイズは安全な空から眺めていた。
すると、戦場を河に向かって逃げていくボレットの姿が目に入った。
助かるかどうか微妙だな。
だが、ボレットは運悪くジンの起こした竜巻に飛ばされる。
落ちた先は火の海の中だった。
ヘイズはそっとボレットに別れの言葉を告げる。
「バイバイ、ボス」
運よく河に逃げられたオークにも、ジンが容赦なく上空から襲い懸かる。
オークはどうにか泳いで対岸へ逃げようとした。
人間の騎兵はオークが河中に逃げる展開を予期して弓を持ってきていた。
対岸へと上陸しようとするオークに、河岸の騎兵から矢が放たれる。
矢が次々とオークを捉える。オークたちは行き場を失った。
オークたちは河を下流へと必死で泳いで逃げていく。
ボダン軍閥四千の兵は総崩れとなった。
騎兵は北側のオークの処理を終える。
騎兵は南側でオークを食い止めている歩兵をすかさず助けにいく。
ジンも人間を助けるために移動を開始した。
サンドラがヘイズの傍に寄って来て尋ねる。
「どうする、私も人間に加勢する?」
「待機でいいよ。人間にそこまで協力する義理はない。火だけ消してやれ」
「そうね。人間も適度に死んでくれたほうが、私たちの利益になるわ」
サンドラは燃え盛る草原の火を消していく。
河岸にセシルが現れる。セシルは背負い袋から木製のワンドを取り出した。
セシルはワンドを河に投げ込み、呪文を唱えた。ワンドは浮かび姿を変える。
ワンドは幅十二m長さ五百mの木製の橋となった。
あらゆる木製の物に変わる神樹のワンドか。これほど強力な力を持つワンドは見た覚えがない。マーリンの遺産だな。これなら人間は河を渡れる。
セシルが非戦闘員に指示する。
「今よ。河を渡るのよ。橋は消えないから慌てないで。落ちないように気を付けて」
人間の兵士たちがオーク軍を抑える間に非戦闘員が橋を渡る。
人間が岸を渡り始めたところで、ヘイズは岸に下りた。
ヘイズの姿を見た人間は驚いた。だが、ヘイズは気にしない。
ヘイズの前にセシルが歩いて来る。
「約束だ。宝珠を渡してもらおうか」
セシルがベルトポーチから直径三㎝のガラス玉を取り出し呪文を唱える。
ガラス玉は光り輝き直径十二㎝の緑色の宝石になった。
魔法で姿を変えていたか。さて、本物ならいいのだが。
ヘイズは宝珠を手にして鑑定の魔法を唱える。宝珠は魔道具だった。
人間に使えば人間を魔物にする。魔物に使えば魔物を人間にする。
姿が変わる時に、一度だけ若返りが起こる。
予期した効果とほぼ同じだな。
ただ、魔物に使えば人間に変える効果は予期していなかった。
でも、オーク軍がなぜ、こんなものを欲しがったんだ?
人間をオークに変えるためか?
セシルが険しい顔で言い放つ。
「約束は守ったわよ」
ヘイズは宝珠を鞄にしまった。
「なら、俺も退散するとするか」
ヘイズは空高く飛ぶと、サンドラに頼む。
「取り引きは終わった。ご苦労様。報酬は後で払う」
「なら、帰るわ。またねー」
サンドラは煙となって消えた。
ヘイズは戦っている戦場の上に向かった。
眼下では激しい戦闘が続いており、人間、オーク共に大勢と死んでいた。
戦いが終わってから命を回収したほうが、多く回収できる。
だが、オーク軍を裏切ったので、それほど戦場に長居しないほうがよい。
ヘイズは戦場に散った無念と命を吸い込んだ。
リアータの街の時よりだいぶ薄いが、それでも充分だった。
ヘイズはシュタイン城に飛んで行く。
厩に行くとマリアがいて、不安な顔で訊く。
「ヘイズ様、戦争はもう終わったのですか?」
「ボレットが亡くなった。ここはもう駄目だ。俺はホームに撤退する。お前はどうする?」
「私も、行っていいのですか?」
「従いてくる気があるなら、俺の後に魔法陣に乗れ」
ヘイズは鞄から、送還用魔法陣が描かれた布を出す。布を床に置き呪文を唱えた。
魔法陣が光り出したので乗る。家の地下室に戻った。
数秒遅れで、マリアもやって来た。
「ここは、どこですか?」
「俺の家だ。上で待っていろ」
マリアが上に行った。ヘイズは机の抽斗から屑魔石を一個、取り出す。
台所を見回すマリアに命じる。
「手を出せ。お前に報酬として約束の魔石をやる」
マリアがそっと手を出したので、屑魔石を乗せてやる。
恐る恐る魔石を口に入れ、マリアが顔を顰める。
「酸っぱい」
「あまり質のよくない魔石だからな、味は悪い。でも、我慢して舐めれば魔力が宿る」
マリアは薬でも舐めるように魔石を味わう。
最後にごくりと飲み込んだ。マリアの額から汗が噴き出る。
「体が熱いです。ヘイズ様」
「すぐに慣れる。それより、指輪を外して簡単な魔法を使って見ろ」
マリアは光の魔法を唱える。梅の実ほどの光る玉が現れる。
次にマリアは闇の魔法で光を消し、涙を滲ませて微笑む。
「できた。私にも魔法ができた」
マリアがふらっと倒れそうになったので、マリアの体を支える。
「大丈夫か? 魔力が宿ったといっても、まだ簡単な魔法を一日に二回、使うのがやっとだな」
マリアはしょんぼりした顔で詫びた。
「御免なさい。役立たずの生贄で」
「俺は世の中、魔力が全てだとは思っていない。マリアはマリアができることで役立てばいい」
「ありがとうございます。ヘイズ様」
ヘイズは久々に風呂に入り、マリアにも風呂を勧めた。
家には使っていない四畳半の部屋が一つあったので、マリアの部屋にした。
「汚い部屋だが、使ってくれ」
マリアは微笑み礼を言う。
「いいえ。厩に比べれば、天国ですよ」
こうして、ボルカニア地方での戦いは終わった。
【報告】休載のお知らせ
申し訳ありませんが、事情により再び休載します。新章ポンズ地方編は5月1日から始めます。
あと、漫画の第一話をランキングタグ欄に載せました。