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第二十話 リアータ消滅

 人間をやり過ごしてから七日が経過する。

 慌ただしい動きは一切ない。ヘイズとマリアはのんびりとした時間を過ごしていた。


 ヘイズが持って来た茶葉でミルクティを淹れる。

 マリアと一緒に飲んだ。マリアはミルクティに恐縮していた。


「いいんですか? こんな高そうな茶葉。お砂糖だって高いのに」

「人間の忘れ物だ。気にするな。元の住人は、戻ってこない」


 マリアは顔を綻ばせて語る。

「平和ですね。ヘイズ様」


「嵐の前の静けさだな。ボルカニア地方の人間は大敗する」


 マリアは少しだけ悲しい顔をする。

「人間は嫌いです。でも、多くの命が失われる事態は複雑な心境です」


「マリアは優しい子だな。でも、今の時代において優しさは美徳とは限らん」

「でも、私は私です。変わりようがありません」


「好きにするといいさ。俺は自分を曲げない。他人に曲がれとも命じない」


 ボッズのヘイズを呼ぶ声がする。

 厩から出るとボッズが、のほほんとした顔で用件を告げる。


「ボレット様がお呼びだ。何でも重要な話だとか」

「ありがとう、ボッズ。簡単な用事ならいいんだけどな」


 ボレットの部屋に行くと、ボレットがムスッとした顔で命じる。

「リアータの街に行き、ブリモア軍閥の様子を見て来るのよ」


 シュタイン城が落ちて、他の軍閥も静観していられなくなったか。

「リアータの街が落ちそうなのですか?」


「王国一の呪術師がマーリンの死を予言したわ。ブリモア軍閥が予言を信じて戦うわ」

 オークの遠征軍にはいないが、本国には死の精霊を呼べる腕前の呪術師がいるのか。


 なら、連れてくれば良かったのものを。そうすれば、マーリンにここまで苦労する事態もなかったろうよ。国内の政治とやらが絡んで出られなかったんだろうな。


「わかりました。マーリンの最期とリアータの街の陥落を確かめてきます」


 マリアとボッズに、リアータ行きを話す。

「ボレット様の命令でリアータ行きを命じられた。しばらく、シュタイン城を離れる」


 マリアは不安そうな顔をする。

「できるだけ早いお戻りを待っています」


 ボッズが任せておけと言わんばかりに請け合う。

「ヘイズがいない間にマリアが困っていたら俺が相談に乗る。ヘイズは心配せず任務に励め」


「ありがとう。なら、行ってくる」


 ヘイズはシュタイン城を出ると、風のように飛び、司令部に向かう。

 今回は正面から行かず、警戒の薄い上空より夜間に侵入する。


 侵入後は酒場の屋根の上から、虫を使って諜報活動をした。

 司令部での話題はボウロの街とリアータの街の噂が大半だった、


 次の戦争でリアータの街をブリモア軍閥が落とせないと、ブリモア軍閥の移動と司令官の更迭が噂されていた。


 激しい戦闘が予想されるね。俺にとっては嬉しい展開だ。


 ボウロの街に付いての情報もあった。ボウロの街に遠征軍が入った事態をビビン軍閥は面白く思っていない。独断で戦闘を行い、宝珠を手に入れるのではないかと囁かれていた。


 ボダン軍閥と足並みを揃えたほうが確実だ。

 ビビン軍閥のプライドが許さないか。ボボモンも苦労が絶えないな。


 司令部で簡単に情報収集を済ませ一泊する。

 翌朝、その日は朝から暑かった。(しゅ)()で携帯食料を買い、水筒に水を詰める。


 リアータの街を目指した。空からブリモア軍閥の様子を観察する。


 ブリモア軍閥では新たにカタパルト五基を用意していた。だが、兵士の数は変わっていない。対して、リアータの街からは強い魔力が流れ出ていた。


 隠そうとしたが、隠しきれずに流れ出す魔力か。マーリンめ、最後に悪足掻きをする。

 街の一つを犠牲にしてブリモア軍閥のオークを道づれにするつもりか。


 だとしたら、最高の結末だ。

 思わず笑みが零れるのが自分でもわかった。ヘイズの前に魔力が集まって来る。


 集まって来る魔力は知ったものだった。

 サンドラと対峙したマーリンのものと酷似していた。


 マーリンとご対面だな。十秒後、痩せこけた老人の投影像が空中に現れる。

 投影像は以前に見た時と違った。身長は百七十㎝しかなく光も弱かった。


 ヘイズからマーリンに声を懸けた。

「俺様に何か用か? 街の人間の命乞いをしに来たのならお門違いだぞ」


 マーリンは静かに語る。

「お前は力ある者だな。どうか力を貸してほしい」


 さすがはマーリンだ。俺をただのインプでないと一発で見抜いた。

「馬鹿も休み休み言え。なぜ、俺がお前に力を貸さねばならない」


 マーリンの願いを拒絶はした。だが、何を提案してくるか興味はあった。

 マーリンは平然とした顔で頼んだ。


「もし、力を貸してくれるのなら、特大の魔石をやろう」

 物で釣るか。魔石が貰えるのなら、頼みを聞いてもいい。どうせ、オークは他人だ。


 特大となれば、なおさら魔石は欲しい。

 されど、いきなり飛びつく決断は馬鹿が採る態度だ。


「死に損ないが、世迷い言をほざくな。特大魔石があるのなら戦争に使ったらどうだ」


「特大魔石を使えば、ブリモア軍閥のオークたちを退けることはできよう。だが、一度きりだ。それでは意味がない。なら、特大魔石を取り引き材料にして、街の人間を逃がしたほうがよい」


 理屈は通る。だが、俺を信用できないのは明白。なぜ、そんな取り引きを持ち掛ける。

 マーリンは平然とした態度で、ヘイズの魂胆を言い当てた。


「お前さんは、死せる命を吸う悪魔だ。だが、戦場に散った命を回収するのでは、効率は悪かろう。命の結晶たる魔石を直接、食べたほうが、効率はいいと思うがのう」


 俺の力や目的に気付いている。その上での提示か。

 行き当たりばったりの考えなしではない。提案に乗ると読んでの交渉か。


「少し興味が出た。話だけは聞いてやろう」

 マーリンは微笑み語る。


「何も難しい話ではない。儂は街に特大の魔石を使った強制転移の魔法陣を設置した。だが、そこで魔力はほぼ尽きた。特大魔石を起動させるための、火種となる魔力が欲しい」


「そんなもの、人間の魔術士に頼めばいいだろう」


「無理だ。発動させる魔法が大き過ぎるのだ。儂は魔法に掛かりきりになる。街にいる魔術士では力が弱すぎる。とてもではないが、特大の魔石の力を解放させる火種にならない」


 わからない話ではない。だが。特大の魔石の解放に本当に俺が必要なのか。

 ヘイズはマーリン最期の策が読めた。


 マーリンは街の人間を逃がしつつ、オーク軍を道連れにする気だな。

 街を脱出する魔法陣に特大魔石を使う。


 ヘイズが特大の魔石の力を解放すると、特大の魔石は暴走を開始する。

 暴走時に溢れるエネルギーで、魔法を発動。


 有り余る魔力は強制転移に使っただけでは消費しきれず、大爆発を起こす。

 大爆発は周囲一帯を巻き込み、オークを吹き飛ばす。


 爆発の規模は街一つを崩壊させるほどになる。ヘイズとて助からない、との計算だ。

 マーリンはヘイズを利用しようとしている。だが、チャンスでもある。


 上手く行けばオーク軍六千名の命と、辺りに散った魔石の強い力を吸収できる。

 マーリンは俺が死ぬと思っている。


 だが、溢れ出す魔力を吸収できれば、俺はより強くなる。

 マーリンが俺を過小評価しているのか。それとも俺が自己を過大評価しているのか。


 どっちが正しいかで、この戦いの結末が変わる。

「いいだろう。マーリン。お前の提案を受け入れよう。俺はヘイズだ」


「ならば、オーク軍が街に侵攻したら街の広場に来い。詳しい作戦はその時に教えよう」

 夜になり、オーク軍六千名がリアータの街に侵攻を始めた。


 今回は、マーリンの邪魔が入らない。

 カタパルトから投げ出される石が、次々と防壁を破壊する。


 城壁がいいだけ壊れた時点で、ヘイズは上空から街の広場に行った。

 街の広場に大勢の人間がいた。


 皆が皆、不安な顔をしていた。

 街の広場には一辺が二十㎝はある、正二十面体の大きな白い魔石が浮いていた。


 凄い。こんなでかい魔石を、見た覚えがない。

 こんなでかい魔石が暴走すれば、俺とて助からないかもしれん。だが、俺は死なん。


 魔石の下には、白いローブを着たマーリンがいた。マーリンは痩せこけていた。

 今晩は暑い。マーリンの命が尽きる時は来た。


 マーリンが(きび)しい顔でヘイズに頼む。


「来たか、ヘイズ。私が魔法を唱える。唱えるタイミングを見て魔石に込められた魔力の開放を始めてくれ」


「これだけ、大きな魔石に込められた力を全部を解放させるとなると、普通の魔術士には無理だな。俺なら可能だけどな。でも、いいのか、マーリン。お前は成功しても失敗しても死ぬぞ」


 マーリンは覚悟を決めた顔で告白する。

「人には天命がある。儂の命は今日、尽きる。少しばかりの後悔はあるが止むなしだ」


「大魔術士の後悔とやらを聞きたいが、あまり時間がない。ほら、始めろよ。俺も付き合ってやるよ」


 マーリンが魔法の詠唱を開始する。死に損ないとは思えない立派な詠唱だった。

 地面を魔法の白い光が走って行く。魔石が輝きを増した。


 段々と光が強くなっていくと、ヘイズは魔石に触れた。

 力を解放しようとすると、強い反発が来る。反発を魔力で封じる。


 ヘイズの魔力は強く魔石の籠もった力を解放した。魔石がじわじわと溶け出した。

 魔石の力が魔法陣に流れ込んでいく。


 地面の光が強く輝く。集まった人々が次々と、強制転移で消えて行く。

 最後には、マーリンとヘイズが残った。


 ヘイズは頃合いと見て、魔石に口付けして魔力を吸った。

 濃密で吐き気がするほど甘い味が口中に広がる。


 やはり、ここまで大きいと通常手段では吸収しきれない。

 マーリンは、そこで魔法を大崩壊に切り替え、神速詠唱を開始する。


 ヘイズは危険と思い上空に退避しようとした。すると、マーリンが崩れ落ちた。

 限界が思ったより早く来たか。


 このまま、マーリンを見捨てても、魔石からの力の放出は止まらない。力は溢れ出す。

 だが、漫然たる力の放出では、オーク軍に大打撃を与えられない。


 サービスだぜ、マーリン。あの世で感謝しな。

 ヘイズはマーリンの詠唱を引き継いで、神速詠唱を開始した。


 詠唱の引継ぎは普通に魔法を最初から唱えるより難しい。

 下手をすれば、引き継いだ術者に害が及ぶ。


 まして、詠唱が難しい大崩壊クラスとなると、死の危険が付き纏う。

 ヘイズは暴れる魔石の力を制御する。同時にマーリンの魔力の性質を読んだ。


 一分後、大崩壊は完成した。あまりの威力に安全なはずのヘイズの体が飛ばされた。

 ヘイズは翼に魔力を込め、止まろうとした。


 駄目だ、踏ん張り切れない。

 魔力で全身を覆い、簡易結界とする。体が宙に浮き弾き飛ばされた。


 東方向に二㎞、高度にして八百m以上は飛ばされた。

 視界の先では、大きな煙が上がっていた。加害半径は三㎞にも及んでいた。


 オーク軍は全滅だな。こうしちゃおられない。命を回収しないと。

 ヘイズは粉塵の中を飛ぶ。街の上空で結界を張り直す。


 粉塵を吸い込まないように工夫する。

 ヘイズは大きく息と共に命を吸い込んだ。オークたちの無念と命が流れ込んでくる。


 凄い、凄い量の命だ。六千人の命と特大魔石分の力だ。

 ヘイズは体の奥で枷が外れる感覚を抱いた。


 わかる、わかるぞ。俺は一段階、強くなった。喜びが溢れてきた。

 力がヘイズに幸福感を齎す。何とも清々しい気分だった。


 ヘイズは一人だけ生き残った戦場で高らかに笑った。

 そう俺の快進撃は止まらない。

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