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第二話 召喚と生贄

 サンドラが帰ったので地下室の魔法陣を描き換える。

 鞄を持って魔法陣の中に進む。出た先には二十階建ての灰色の塔。


 一階の床面積が一万㎡だからそれなりに大きい。

 十階まで直径二十mの吹き抜けがある。


 空を飛び八階まで上がり、悪魔斡旋センターに向かう。

 悪魔斡旋センターには二百㎡の待合室があった。


 使い魔や使役魔になりたい小悪魔や悪魔で賑わっていた。

 入口の台の上にある番号札を取り、椅子に座って順番を待つ。


 悪魔斡旋センターを通さなくても、使い魔となる契約はできる。


 大悪魔になるほど斡旋センターを通さない。センターを通さない場合は召喚者と呼び出された者同士で契約となるので、制約は少ない。


 だが、どちらかに悪意があった場合は、力の強いほうが契約を破ってもペナルティーがない契約が結ばれる。


 悪魔斡旋センターを事前に通すと、どちらかが極端に不利になる契約は結ばれない。

 とはいっても、公平な契約は建前であり、抜け道は存在する。


 センター内にあるA三サイズの紙に印刷された最新版の戦況予報を手に取る。

 弱い悪魔にとって負け戦への参加は命に関わる。


 戦況予報局と呼ばれる役所がこれからの戦況を予測していた。


 だが、負ける予報を出されると傭兵や使い魔が来なくなる。なので、戦況予報局は金を貰って予報を曲げているとの噂があった。


 他のインプの会話が聞こえてくる。


「アーバン地方のオーク軍が人間に負けたな。事前の予想と違うな」

「戦況予報局も当てにならないな」


 ヘイズはこれから戦場になるボルカニア地方の欄を見る。

 軒並み△の印が付いており、評価は拮抗しているとなっていた。


 戦況予報局の予報は△か。競争相手はあまりいないな。

 美味しい情報が出回らないのは、いつものことか。


 他の地区の更新された情報を確認する。だが、注意すべき情報は見当たらなかった。

「四十八番の方、どうぞ?」


 ヘイズの番号が呼ばれたので、カウンターに行く。


 カウンターにいるのは、真っ赤な肌と鬼の顔を持つ悪魔だった。悪魔には蝙蝠の翼がある。だが、今は邪魔になるのか翼は背中に収納していた。服装は決まりがないので、麻のシャツにズボンを穿いている。


 ヘイズは使い魔証を役人に渡す。係員は魔法を唱えてから使い魔証を返した。


「お名前はヘイズさん。種族はインプ。キャリアは三年。前回の勤務地はアーバン地方。得意技は逆治癒。得意な仕事は伝令。希望する仕事は戦争全般。ランクはF。お間違いないですか?」


「合っています」


 係員は澄ました顔で、すらすらと尋ねる。


「悪魔斡旋センターの利用は初めてではないですね。前回、雇用主とはどういった関係で契約破棄になりましたか? 気を悪くしないでください。聞き取りは規則ですから」


「依頼主の戦死です」

 係員がじろりとヘイズを見る。


「戦死、ね。でも、使い魔証によると、雇用主が戦死する前に契約が切れているようですが?」


 あのオーク、もう駄目だと思ったけど、少しは生き延びたんだな。

 ヘイズはポケットに手をやると一枚の悪魔銀貨を取り出してそっと机に置く。


 係員は自然な動作で悪魔銀貨を回収する。

 ヘイズは情けない顔を作って語る。


「戦争のさ中ですよ。もう、負け戦は確実です。主が死ぬのは確定でした。うかうかしていると、俺まで死んだかもしれない。見捨てるしかなかったんです」


 係員の男は平然と告げる。

「そういう事情なら、止むを得ませんな。それで、次はどこの勤務地を希望しますか?」


「ボルカニア地方でお願いします」

「あまり良い噂は聞かない場所ですよ。ボルカニアはオークも人間も評判が悪い」


 評判の悪さは知っている。でも、評判じゃないんだよ。いくら稼げるかが大事なのさ。

 上目遣いに尋ねる。


「斡旋できませんか?」

「いえ、斡旋不可能地域ではないので。可能ですよ」


「あと、召喚ランクを一ランク上げてくれませんか」

 召喚ランクとは使い魔契約書に記載されるランクである。


 係員は露骨に嫌な顔をした。


「インプではあまり良い待遇がない。Fランクでは契約も結びづらい。だからといって、使い魔契約書に嘘を記述する行為は止めたほうがいいですよ。術者も貴方も不幸になる」


 ヘイズはひそひそと話す。


「別にCランクやDランクにしてくれとは頼みませんよ。ただ、一つ上のEランクにしてくださいよ。Eランクなら求人の幅が広がり、待遇も良くなる」


 ヘイズのようにより高いランクで自分を売り込もうとする悪魔はいる。逆にランクが高過ぎて仕事がないとの理由で、実際のランクより低いランクで契約を望む悪魔もいる。


 係員にはどちらも嫌がられた。係員はこつこつとペンの後ろで机を軽く叩く。


 ヘイズは拝むように頼んだ。

「大丈夫ですって。これでも俺はできる使い魔です。Eランクの働きをしてみせますって」


 係員は視線を机に落とす。

 ヘイズは仕方ないとばかりに、もう三枚ほど悪魔銀貨を取り出す。


 悪魔銀貨を机の上に置くと、係員は受け取った。

 係員はカウンターのボタンを操作する。


 カウンターの横の木箱から一枚のA四の紙が出てくる。

 係員はぽんと紙に判を押してくれた。


「使い魔契約書です。何度かお使いのようですので、使用方法は省きますが、いいですか?」


 契約書を確認すると、ヘイズのランクはEになっていた。

「大丈夫です。後はこちらでやります」


 ヘイズは頭を下げて悪魔斡旋センターを後にする。

 悪魔斡旋センターの横には悪魔を送り出す共用魔法陣がある。


 魔法陣の前で待つ悪魔は召喚待ち悪魔だった。

 誰かが召喚呪文を唱えると、召喚者の元に適切な悪魔が派遣される。


 後は規約の範囲内で雇用条件を決めるのが常だった。

 だが、ヘイズは斡旋センター横の共用魔法陣を使わない。


 ヘイズは家に帰り地下室に行く。

 机から悪魔斡旋センターで使っているのと同じ紙を取り出す。


 次に机から複写ガラスを取り出す。

 まっさらな紙を下にして、複写ガラスを挟む。後は上に契約書を置いて呪文を唱える。


 複写ガラスが光った。使い魔契約書のコピーができる。最後に判を出してコピーにポンと押す。

 ヘイズは使い魔契約書を偽造した。偽造した用紙には使い魔を縛る効力はない。


 本物の使い魔契約書と偽造契約書をヘイズは鞄に潜ませる。

 ヘイズは鞄に三個一セットなった石鹸とタオルを入れる。


 次に、地下室の魔法陣を送り出し用の魔法陣に描き変える。

 魔法陣の前で待っていると魔法陣が光る。


 さて、次の御主人はどんな奴だろう。

 ヘイズが飛び乗ると、転移が始まる。ヘイズが転移した先は石造りの建物中だった。


 魔法陣の前にゆったりとした赤い服を着たオークの黒魔術士がいる。

 オークの身長は百六十㎝と少し低めである。


 黒魔術士はヘイズを見て首を傾げる。

「あれ? Eランクの悪魔を呼んだのに。なんで、Fランクのインプが出るの?」


 ほう、このオークは声からして、女性か。

 年齢は二十くらいだな。これまた、随分と若いご主人候補だな。


 ヘイズは笑顔で語り掛ける。

「いやいや。私はこれでもEランクの働きができる少し強めのインプなんですよ」


 黒魔術士は残念がった。


「特異個体って奴? でも、インプはインプでしょ。帰っていいわよ。お呼びじゃないわ。きちんとしたEランクを呼ぶから?」


「いやいや、待ってくださいよ」と、ここで鞄から綺麗なタオルを取り出す。

「今、契約してくれたら、ふかふかのタオルをサービスします」


 黒魔術士は露骨に嫌な顔をした。

「要らない。間に合っているわ」


 ヘイズは鞄から石鹸セットを取り出す。

「なら、サービスで石鹸も付けます」


「だから要らないって、帰っていいわよ」


 黒魔術士の後ろにいたオークの兵士が声を上げる。

「ボレット様。この生贄はどうしましょう?」


 生贄と聞こえたので、浮かんでボレットの背後を見る。

 石の台に手足を拘束された少女が見えた。


 少女の髪は金髪で肌は褐色。耳は妖精族特有の尖り耳をしていた。

 服装は粗末な服を着ている。ダーク・エルフの子か。


 ヘイズは多くの死を見てきた。

 ヘイズに目の前の少女が他の悪魔の生贄にされても心は痛まないと思っていた。


 だが、ヘイズをじっと見る少女のいたいけな目を見ると、なぜか救ってやりたいと思った。

 ヘイズは確認する。


「ボレット様。使い魔契約を結ぶとその生贄を私が貰えるのですか?」


 ボレットは少々苛立っていた。

「だから、契約は結ばないって断っているでしょう」


「召喚水晶。今、契約してくれるのなら召喚水晶を一個付けます」


 ボレットは馬鹿にした。


「たかがインプが、何をほざいているのよ。インプが、高価な召喚水晶を持っているわけないわ。精々、タオルとか石鹸が関の山よ」


「では、少々お待ちください」

 ヘイズは、まだ繋がっている魔法陣を逆に通り、地下室に戻る。


 棚から召喚水晶を一個持って魔法陣に飛び乗った。

 ボレットの前に召喚水晶を持って戻ると、ボレットは驚いた。


「嘘、これ本物?」

「本物の召喚水晶ですよ。これでイフリータが呼べます」


 ボレットは驚き尋ねる。

「なんで、インプごときが持っているの?」


 ヘイズは頭を下げて畏まる。

「前の主人の持ち物です。退職金の代わりに貰いました」


 ボレットが召喚水晶に触れようとしたので、やんわりと釘を刺す。

「契約がまだです。生贄もまだです」


 ボレットが後ろをちらりと見る。ヘイズは警戒した。

 この女、俺を殺して召喚水晶だけ奪うつもりか。あり得る選択だった。


 いいぜ、やるならな。だが、後悔するのは、お前のほうだがな、ボレット。

 ボレットは、ぎりっと親指の爪を噛む。


「いいわ。契約するわ。生贄をあげるわ」


 オークにしては利口なお嬢ちゃんだ。

 ヘイズは鞄から偽の契約書を出す。ボレットは中を軽く読み、サインした。


 ボレットはヘイズが造った偽の契約書を見抜けなかった。

 また、既定の契約内容から変更を求めなかった。


 ボレットがサインすると偽の契約書は燃え上がって消えた。

 本来なら、契約内容は双方の記憶に書き込まれる。


 だが、実際はボレットの記憶の中だけに書き込まれていた。

 ヘイズは記憶しているので契約が成立した振りができた。


 これで、ボレットは俺を契約に縛られた使い魔だと思い込む。だが、俺は契約に縛られない。

 ヘイズは心の中で邪悪な笑みを浮かべていた。

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