第十九話 勘違い
夕方の少し前に三人のオークと一緒に、ヘイズはシュタイン城を出る。
城から一㎞離れて他人目に付かない場所に来る。オークたちが立ち止まった。
ヘイズは三人のオークから嫌なものを感じた。
直感的に思った。これは襲ってくるな。
三人のオークが集まって「何だ?」「何だ?」と囁き合う。
臭い芝居だとわかったが、付き合うと決めた。
「どれどれ」と近づいた。
一人目のオークと二人目のオークが飛びつき、ヘイズを押さえる。
並のインプなら、オークに組み付かれれば動けない。
だが、ヘイズは並ではない。その気になれば、片腕でオークを軽々と投げ飛ばせた。
しかし、ここは、あえて組み伏せられた。ヘイズは慌てた振りをする。
「これは、いったい何の真似ですか?」
三人目のオークが剣を抜く。
「悪く思うな。これも命令だ」
強がった振りをする。
「私を誰だと思っているんですか。私の後ろにはボレット少佐がいるんですよ」
三人目のオークが剣を大きく振りかぶり残忍に笑う。
「悪いな。俺たちの後ろにはボーマン中佐がいる」
ボレットのお兄様だっだな。ここでも兄妹内の確執か。それとも方針を巡る対立かな。
どちらでもいいか。俺も使者には、死んでもらったほうが交渉に都合がいい。
剣が振り下ろされた。ヘイズは右手を押さえているオークを、ひょいと剣の前に出す。
ヘイズを押さえていたオークの頭を剣がかち割った。
自由になった右手で、死んだオークの腰に佩いていた剣を掴む。
ヘイズは左手で左側を押さえていたオークを掴む。
剣を持つ右手で、左手に掴んだオークを突いた。
二人目のオークが胸を深々と刺されて息絶える。
ヘイズが立ち上がると、三人目のオークが驚く。
「お前、ただのインプじゃないな。何者だ?」
「知らなくていい」
ヘイズは飛びかかって剣を振り下ろす。
オークはヘイズの剣を受けた。
ヘイズの圧倒的に強い力により、三人目のオークは剣ごと眉間を叩き割られて死んだ。
馬鹿共は片付いた。死体が発見されると厄介だな。灰化の魔法で灰に変えておく
これはまた面白い展開だ。なにせ、使者が殺されたと、オーク側には伝わるのだからな。
人間とオークが明日にも激突するかもしれないな。戦争、大いに結構だ。
ヘイズは河まで飛んで行く。乾かぬ血を河の水で急ぎ洗い流した。
血を落として人間の陣地に飛んで行く。夕暮れには到着した。
陣地に近付くと、威嚇の矢が飛んで来る。
ヘイズは叫ぶ。
「オーク軍からの回答を持ってきた。セシルに会わせろ」
ヘイズが叫ぶと一人の騎士が馬に乗ってやって来た。騎士は銀色の鎧に身を包んでいた。
顔には皺があり髪は白い。年齢は五十以上、行っている。顔は精悍な顔付きをしていた。
「ヂリア王国の遠征軍司令のアレハンドロ大佐だ。返事を聞こう」
ヂリアはポンズの地方にある人間が治める王国だった。
セシルの姿が見えないので気になった。
「セシルはどうした?」
アレハンドロは余裕のある顔でジョークを言う。
「レディーには色々と都合があるのだよ」
奥の手は見せないつもりか。それでもいい。まだ、戦う時ではない。
「ではまず、本当に宝珠を持っているのか、確認したい」
アレハンドロは従者に袋を持って来させた。
従者は袋の中から、直径十二㎝の緑色の宝石を取り出す。
アレハンドロが胸を張って応える。
「どうだ? 宝珠はここにあるぞ」
宝珠から強い魔力が感じられた。
だが、魔力だけで本物と信じるほど、ヘイズは馬鹿ではない。
人間にはマーリンがいる。
マーリンなら一目見ただけではわからない、そっくりな偽物くらい簡単に造れる。
手に取って鑑定魔法を使えばわかる。だが、本物でも偽物でも結果は同じ。
鑑定魔法を使う流れを、アレハンドロは良しとしない。
わからないのなら、諦めるしかない。準備もなく軍隊と喧嘩するのは馬鹿だ。
「わかった。オーク軍の決定を伝える。宝珠を渡せばボウロの街の人間を解放しよう」
アレハンドロは眼光鋭く尋ねる。
「リアータの街は?」
「諦めろ。宝珠一個で街の二つは高すぎる。リアータは陥落寸前。もはや助からない」
正直な感想だった。
アレハンドロはヘイズの言葉を疑った。
「オークが約束を守るのか?」
俺もオークも約束を守る気はない。アレハンドロとてわかっている。
これは外交儀礼のようなもの。
「人間が約束を守るならこちらも守る。だが、ここでどちらが先に約束を守るかで言い争うのも、馬鹿らしい。こちらは約束履行の第一歩として、遠征軍のボウロ入りを認める」
死んだオークの使者がどんな交渉をしたかったかは知らない。
だが、これから攻めようとする相手に、一々「殺してやる」と伝える阿呆はいない。
アレハンドロは険しい顔で確認する。
「我らが街から住人を連れ出すのを認めるのだな?」
「そうだ。ただし、次は、そちらに約束を守ってもらう。宝珠は街に置いてゆけ」
アレハンドロは真剣な顔で提案した。
「わかった。少々時間をくれ。検討したい」
「こちらはいくら時間を掛けても構わんぞ。兵糧が続くならな」
アレハンドロは、むっとした顔で馬を陣地に向けた。
従者が椅子を持ってきたので、野外に一人で腰掛けて待つ。
アレハンドロは、すぐに戻ってこなかった。三十分、一時間と時間が経つ。
平原の星空は綺麗だった。陣地で煮炊きが始まる。ヘイズに食事は出なかった。
二時間は待った。アレハンドロがようやっと戻って来る。
「提案を受け入れよう。明朝より我が軍は移動を開始。兵を進めてボウロの街に入り、街の人間を連れて出る。くくれぐれも邪魔するな。妨害があれば、宝珠を叩き割る」
宝珠を割る発言は嘘だな。街を救いに行く宣言も怪しい。
さしずめ、兵糧だけ貰って街を見捨てて帰る気だろう。
「わかった。お互いに約束を履行される未来を望む」
ヘイズは姿が見えないセシルが気になった。
確認できないセシルを気にしても意味がない。
だが、裏でこそこそと動かれると気味が悪い。
飛んでボレットの屋敷に帰る。
「大変です、ボレット様。使者が人間の手により皆殺しにされました」
ボレットはヘイズの言葉を疑わずに驚いた。
「何ですって? 本当なの?」
多少、オーバーな身振りを加えて話す
「はい。もう、私も、震えるばかりに怖かったです」
ボレットは表情を歪める。
「では、交渉は決裂したのね?」
「それが、そうとも言えないのです。使者は交渉が終わってから、激高した人間に斬られたのです。人間側は新たに条件を提示してきました」
「なによ? 人間の側からの要求って」
「ボウロの街に入れる行動が許されるなら、ボウロの街に宝珠を置いて行く、と」
ボレットは事の重大さから慌てた。
「人間は何を考えている。とにかく、すぐに軍議を開かないと。お前も来なさい」
ここで従いて行くのは、賢くないね。
俺が吐いた嘘がボーマン中佐にばれるとまずい。
ヘイズはしょんぼりとした表情を作って、上目遣いに尋ねる。
「でも、よろしいのでしょうか? オークの使者は始終、好戦的でした。宝珠を渡さねば人間を皆殺しにすると挑発していました」
「何ですって? 話が違うわよ。まさか、ボーマン中佐――」
ボレットは少しだけ考えてから、意見を変えた。
「やはり、ヘイズは来なくていいわ。ただ、呼び出しに備えて厩にいなさい。いいわね」
軍議でボーマンへの不利な証言を出る展開を嫌ったな。
ボーマンに貸を作りつつ、ボレットの望む展開に誘導する気か。
一石二鳥を狙いだな。こういうところは、頭が回るのが早い御主人様だ。
ヘイズとしてはここで無理な開戦が起きて双方に大量の死者が出ても良かった。
人間がボウロの街に入って、セシルの手から宝玉が離れても問題なかった。
ないとは思うが、遠征軍が街の人間を連れて移動すれば好都合。
さて、俺は安全な場所で高見と行きますか。
ボレットは朝まで帰って来なかった。
結論が出なかったのか、あるいは手出し無用とボボモンが判断したのか。
どちらにしろ、つまらん。
厩で飯を食っていると、オーク軍の動きが慌ただしくなる。
城壁や見張り塔の上にオーク軍が見えた。だが、戦闘態勢は採っていない。
人間が移動を開始したな。
討って出ないから、人間をボウロの街に入れる決断をした、か。
ボウロの街を囲むビビン軍閥と協力して、人間を挟み撃ちにする策もあった。
だが、軍議で共闘は全く触れられなかった。
理由はわかる。ビビン軍閥がこれ以上にボダン軍閥に手柄を上げさせたくないと、ボダン軍閥が勘繰るためだ。
同じオークだから他の軍閥の心理はわかる。だから、逆に面倒になっていた。
飯を食い終わって休憩する頃には、オークたちの騒ぎが落ち着いていた。
人間たちは食糧を求めて街に向かい視界から消えた。だが、人間の苦難はここからよ。
遠征軍は食糧が欲しいが、住民を守りたくない。
住民は守ってもらえなければ食糧を渡したくない。
両者の利害は一致しない。ここにオークが付け入るスキがある。
だが、果たしてビビン軍閥の司令官は人間の隙を突けるかな。無理だろうな。