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第十八話 オークの事情とヘイズの事情

 館に帰って厩に行く。マリアが厩の清掃をしていたので教える。


「今、帰ったぞ。相手がいる戦争だから確約はできない。だが、シュタイン城が戦争になる流れはなさそうだ」


 戦地にならないと聞き、マリアはほっとした顔をする。

「良かった。怖い人間が攻めてくると思って、気が気でなくて」


 マリアはもう少し戦争に慣れたほうがいいな。

 戦乱の世はまだ続く。戦は避けては通れない。


 街の通りに出る。軍議の内容を知らないオークたちはやきもきしていた。

 街から外に出てヘイズは送還用魔法陣で家に帰る。


 サンドラの取り分を紅玉にして洗っておく。

 家の地下室で魔法陣を変えてサンドラを呼び出した。


 サンドラは機嫌よく召喚に応じてくれた。

「こんにちは、ヘイズ。その後の景気はどう?」


「まずまずだよ。リアータにマーリンを釘付けにしてくれたおかげで、人間の城が落とせた。ほら、これが今回の報酬だ」


 ヘイズは紅玉を渡す。

 サンドラはうっとりした顔で紅玉を見つめる。


 さも美味しいものでも食べるように、サンドラは紅玉を口にする。

「いつ食べても命の味はいいものね。それで、呼び出した理由はそれだけ?」


「マーリンと同じく三傑と呼ばれる強いやつが人間にはいる。三傑が一人のセシルとぶつかるかもしれん。噂ではセシルは精霊を呼び出せる」


 サンドラは機嫌よく応じる。

「精霊が相手なの? 上位精霊でも私は問題ないわよ。イフリートとリヴァイアサン以外ならね」


 魔石を摂取し続けているサンドラは並の上位精霊より頭一つ飛び抜けて強い。

 そんなサンドラでも、嫌がる相手がある。一つは同じ炎の上位精霊であるイフリート。


 イフリートとイフリータは同じ場所に住む隣人である。

 戦いに呼び出されたはいい。


 だが、知り合いだったとなると、どっちが勝っても後味が悪い。

 精霊には相性がある。火は水に弱い。水は土に弱い。土は風に弱い。風は火に弱い。


 相手が下位精霊なら、よほどのアクシデントがない限り、上位精霊が負ける事態はない。

 だが、同じ上位精霊だと相性で負ける。


 サンドラにとってリヴァイアサンは、苦手な相手だった。

「そういう状況だ。何かあったら呼ぶから、頼むよ」


「わかったわ。ヘイズはより強く。私はより美しく。力と美のために、頑張りましょう」


 サンドラと別れると、パイロン骨董品店に出向く。

パイロンは店で暇そうにしていた。


「人間から美術品を奪ってきた。買い取ってくれ」


 パイロンが幼女の顔で査定しながら、老婆の顔で軽い調子で尋ねる。

「どうだい? ボルカニア地方の様子は、順調かい?」


「人間は最大拠点のシュタイン城を失った。残りの街の二つも落とせる」

「そいつは良かった。良い品が仕入れられそうだよ」


「情報屋のダックスに会ったら、頼んでおいてくれ。ポンズ地方の情報が欲しい」


「もう、次の目標を決めたのかい。でも、ポンズ地方はダーク・エルフの拠点や村々を奪った人間が優勢だって聞いたよ。戦況用法局の評価も▲印の危険になっていた」


 ポンズ地方の人間は強いか。

 だとすると、ちょっと警戒が必要かもしれん。


「ポンズ地方では人間はそれほどまでに勢力を増しているのか? 他国に援軍を出せるほどにか?」


「詳しい内情はわからないよ。私の情報元はお客だからね。ただ、ポンズ地方に出稼ぎに行ったお客の姿はしばらく見ないね」


 ポンズ地方では人間が急速に勢力を拡大している。ポンズ地方の貴族たちはダーク・エルフから奪った土地に人間を入植させたかった。だから、難民ともいえるボルカニア地方の人間を受け入れたのか。


 ポンズ地方からダーク・エルフの一掃が終わると、大義名分を掲げてボルカニア地方に進出してくるかもしれんな。大きな戦争は大いに結構。だが、大負けする側にはいたくない。


 査定が終わった。今回も、まずまずの金額になった。

 買い置きの魔法薬がなくなっていたのを思い出す。


 薬を買うために悪魔銀貨十枚を直に受け取った。

 残りの悪魔銀貨は銀行に振り込んでもらう。


 新たな泥棒袋を買って、パイロンの店を出た。

 パイロンの店の隣にあるアンジェ魔道具店に顔を出した。


 アンジェ魔道具店の店主のアンジェは、身長二mの女悪魔である。青い肌と緑の髪が、特徴的だった。頭には渦巻状の黒い角が二本。瞳の色は金色で切れ長の目をしている。


 恰好は赤の服に、ポケットの多いエプロンをしていた。

 ヘイズは空中に浮いて、アンジェとの身長差を調整する。


「いつもの魔法薬をくれ。四本セットのやつだ。今日は水晶玉は要らない」

「わかったわ。いつも利用してくれて、ありがとうね、悪魔銀貨で十枚よ」


 パイロンの店で手にした悪魔銀貨で払う。

 五十㏄の魔法薬が四本入ったケースを受け取った。


 ヘイズは気になったので尋ねる。

「心を穏やかにするこの魔法薬だけど、ずっと飲んでいると効かなくなるのか?」


 アンジェは優しい表情で尋ねる。

「ヘイズに売っている薬の効果は中程度。耐性は生じづらく、副作用もほとんどないわ。どうかしたの?」


「いや。寝ている時にうなされている状態がままあるんだ。また、昔の嫌な記憶が時折と出てくる」

「ヘイズの心の深層にあるものが、今のヘイズの生き方を否定しているのね」


 過去が現在を否定している、だと?

「俺は過去に囚われず今を生きているぞ」


「無駄なのよ。人も悪魔も同じ。どんなに強くなっても、過去の記憶からは逃げられないわ。前世の記憶でも同じなのよ。魂が叫ぶわ」


 アンジェにはかつてヘイズが人間だった過去を話してはいない。

 ただ、薬を買うにあたって、前世の記憶があるとだけ話していた。


「前世の記憶は邪魔な不純物だな」

 アンジェは表情も柔らかに意見する。


「この世界では虫や草にだって存在意義はある。形がないものでも同じよ。ある以上は意味があるのよ」


「生きて行く上で不要な記憶で、俺を苦しめる過去の記憶でもか?」


「今のヘイズには大きく分けて三つの道があるわ。昔の自分を受け入れる。過去の記憶を封じる。何もしないで時に身を任せる、よ」


「俺は昔の自分の生き方を否定する。何もしない選択肢も、ない」

「そうなら、また、辛くなったら、薬を買いに来たらいいわ。悩める悪魔に薬を売るのも仕事だから」


 ヘイズはアンジェの魔道具店を後にして家に帰る。

 魔法薬一瓶を飲んで気合いを入れる。


 ヘイズは強く思う。俺は昔の自分を斬り捨てる。俺は過去には負けない。

 送還用魔法陣を描いた布を鞄に入れ、家の魔法陣からシュタイン城の郊外に戻った。


 城門にバリケードが張られ、守りが堅められていた。

 上層部から籠城の方針が伝えられたな。


 見張りのいない場所から、そっと城内に戻った。

 館に戻ると、ボッズがほっとした顔で寄ってくる。


「探しただよ。ボレット様がお呼びだ」

 急ぎボレットの部屋に行く。ボレットが顰め面で待っていた。


「どこに行っていたのよ。勝手な行動は慎みなさい」

 ヘイズは深々と頭を下げて詫びる。


「申し訳ありません。御主人様。人間が攻めて来ないと思ったので、街をぶらついていました。何か御用でしょうか?」


 ボレットはヘイズを見下ろし、強い口調で命じた。

「派遣する使者に同行しなさい。使者が勝手な提案をしないように、見張るのよ」


 これは何か、良からぬ企みをするオークが出たか。驚かないけどね。

 ヘイズは心中を隠して、上目遣いに訊く。


「何か怪しい動きがあるのですか? あれば、心の準備をしたいので、教えてください」

「軍の中に敵がいるわ。敵は総司令官である父の頭を飛び越えて物事を決めようとしているわ」


 勝ちが見えた途端に足の引っ張り合いとは、醜いね。

 そんなのだと、最後の最後で人間に手痛い反撃を許すぞ。


 心の中でオークを蔑むが、表面的には怯えて見せた。

「裏切りですか。何か怖いですね?」


 ボレットは「ふん」と鼻を鳴らして命じる。

「そういう事情だから、心して従いて行くように」


「最後に一つ、確認です。軍部の方針では、人間たちをボウロの街に入れるんですよね」

「そうよ。ボウロの街に人間を入れて、兵糧を補充させて追い返すわ」


「宝珠はどうなさるのです?」

 ボレットはきっとヘイズを睨んだ。


「お前は知らなくていい話よ」

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