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第十七話 軍議は踊る

 ボレットの元に二時間ほど時間を置いてから帰る。


 ヘイズはさも慌てた様子で、館に飛んで行った。

「いました。セシルは軍にいます」


 ボレットの顔が険しくなる。

「いるのね、セシルが。ちゃんと確認したのよね?」


 ヘイズはすらすらと嘘を吐く。

「捕まったんですよ。人生ならぬインプ生がもう終わると思いました」


 ボレットが不機嫌になる。

「つまらない冗談は聞きたくないわ。でも、捕まったら何で生きているのよ?」


 ヘイズは大袈裟に身振り手振りを加えて語る。

「それはもう、勇気と力を振り絞って、人間たちをばったばったと薙ぎ倒して帰還しました」


 ボレットが苛々した様子で怒鳴った。

「ふざけた内容を話すと、その細い首をへし折るわよ」


 ヘイズはここでしょんぼりした態度を演じて弁解する。

「本当は逃がされたのです。帰ってメッセージを伝えろ、と」


「何よ? 城を明け渡せ、とでも強要された? そんなふざけた要求は飲めないわよ」

「いいえ。ボウロの街の人間とリアータの街の人間を自由にすれば、宝珠を渡す、と」


 ボレットが。じろりとヘイズを睨みつける。

「本当にそんな内容だったの?」


「本当も本当ですよ。宝珠が何を意味するか、詳しくわかりませんが」

 ドアがノックされ「入りなさい」とボレットが命じる。


 兵士が部屋に入って、敬礼して告げる。

「ボレット様、出発のお時間です」


「わかったわ。すぐに行きます。ヘイズ、お前も来るのよ」

 いいね。軍議が直接に聞けるとは、都合がよい。


 ボレットは馬車に乗った。ヘイズは使い魔なので御者台の上に座った。

 馬車が本部に到着する。本部は城の中にあった。


 城の中にはまだ微かに血の匂いが残っていた。

 長い廊下を歩き大きな会議室の中に入る。


 会議室には三十二人のオークの将がいる。

 一番上座には総司令官のボボモン中将が座っていた。


 シュタイン城攻めでやって来て、まだ帰る前だったか。

 一番偉いボボモンが残っていた事態は好都合だね。物事が早く進む。


 軍議が開始される。内容は城の外に現れた人間をどうするか、だった。

 まず、斥候部隊を預かるオークの少佐が報告する。


「人間は城から四㎞、北側に行った場所の河沿いに布陣。数は約二千五百名」


 数が報告されると、少しだが安堵した空気が流れる。

 敵が自分たちより少ないと知って、安心したか。でも、油断はするなよ。


 斥候部隊を預かる少佐の発言が続いた。

「人間の主力は騎兵。目下のところ、わかっている情報は、それくらいです」


 おっと、大事な情報を、オークの斥候は持ち帰れなかったな。

 人間の兵糧は少ないんだぜ。だから、早急に動く。俺が後でそれとなく教えてやるか。


 さて、どうしたものかと、オークたちは話し合う。

 議論を聞く。討って出るべき、とする論調は少なかった。


 慎重論が多いな。兵が疲れている状況は知っているから、戦いは避けたいか。

 それに、壊れたといえ城を手に入れたんだ。


 防衛施設を少しでも生かす戦いをしたいんだろう。


 一通り意見が出たところで、ボレットが発言する。

「早朝、使い魔を派遣しました。すると、セシルから接触がありました」


 セシルの名を出すと、オークの将たちの顔が深刻になる。


 ボレットは言葉を続ける。

「セシルはボウロとリアータの街の人間を逃がせば、宝珠を渡すそうです」


 ボボモンが驚いて確認する。

「宝珠をセシルが持ってきているのか」


 ボレットがヘイズを見る。ボボモンが命令する。

「ボレットの使い魔よ。発言を許す」


「私はセシルに捕まりました。捕まった時に、セシルは『街の人間を逃がせば、宝珠を渡す』と約束しました。ですが、現物は見ておりません」


 討って出るべきと主張していた大佐が発言する。

「閣下。これは、チャンスです。今こそ人間を攻めて宝珠を手に入れましょう」


 即座に慎重派の准将が異議を唱える。


「止めたほうがいい。相手は騎兵。平原でぶつかるなぞ危険だ。最悪、被害だけ出した上に、宝珠を持って逃げられる」


 別の慎重派の大佐も即座に同意する。

「戦闘は止めたほうがいい。相手にはセシルがいる。一筋縄ではいかない」


 開戦を主張する大佐は怒った。

「セシルなぞ、恐れるに足らず。それに、宝珠の持ち帰りは国王の命令だと、お忘れか」


 ここで軍議は、戦うか戦わないかで、また揉める。

 話が振り出しに戻ったな。


 ヘイズは、そっと手を挙げる。

「何だ?」とボボモンが訊く。


「セシルの約束には回答期限がありました。夕暮れまでです」


 ボボモンは不思議がる。

「何だと? 馬鹿に短いな」


 ヘイズはここで教えたい情報を教える。

「そういえば、人間は持って来た荷物が少なかったです」


 ボボモンはヘイズの言いたい内容を理解した。

「何と、人間は兵糧を充分に用意して来ていないのか」


 ヘイズは白々しくも馬鹿を装い語る。

「見たわけではないです。ですが、ご指摘されれば、食ベる物を、あまり持ってきていないようでした」


 ボボモンは眼光鋭く発言する。

「人間の弱点は、はっきりしたな。兵の少なさと兵糧の不足だ」


 慎重派の准将がここぞとばかりに意見する。

「ならば、やはりここは籠城だ。戦わなくても人間は撤退するしかない」


 開戦派の大佐がどなる。

「いや、開戦です。このままでは宝珠をみすみす他国に持って行かれる」


 ここでまた、戦う、戦わないで、議論が紛糾する。

 戦争はまだ続く。兵は失いたくはない。だが、宝珠は欲しい。会議は踊る、だな。


 ヘイズは壁際に下がって黙って意見を聞いた。たが、名案は出ない。

 すると、茶の制服を纏った小柄な男のオークが挙手をして、発言を求めた。


 ボボモンが許可すると、オークは立ち上がる。

 隣にいた護衛の兵に「誰?」と聞く。


「戦時情報局のボカロ中佐だよ」と小声で教えてくれた。

 ボレットのお兄様か。オークにしては体格が貧相だ。頭脳で成果を出すタイプか。


 さて、どんな案が飛び出すのやら。

 ボカロは発言した。


「ここは戦かわず人間たちから宝珠を盗む作戦はどうでしょう?」


 オークの中佐が馬鹿にする。

「セシルが持っている以上、宝珠を盗み出すなんて不可能だ」


 ボカロは構わず続ける。


「問題なのは、セシルに宝珠を持って国外に逃げられる展開です。ならば、セシルたちをボウロの街に入れたらいい。さすれば、持って逃げられる心配はひとまずなくなる」


 オークの大佐が顔を歪めて、否定的な意見を口にする。


「せっかく追い出したセシルを、ボウロの街に入れる、だと? 危険すぎる。それに援軍も兵糧を手にする。最悪、ボウロの街が強化され、落ちなくなるぞ」


 ボカロは澄ました顔で雄弁に語る。


「皆さんはお忘れです。ボウロの街とて、食糧に余裕はないのです。秋まで待ってから宝珠を回収してもいい」


 黙っていたオークの少将が不満に満ちた顔で意見する。

「そんなに上手く行くか?」


 ボカロの余裕は崩れない。


「剣を持って戦うだけが戦争では、ありません。このような事態にあっては、我が戦時情報局がお手伝いします。戦時情報局はボウロの街に人間の協力者を確保しています」


 ボカロの発言に他の軍人は皆、露骨に不快感を露わにした。

 だが、ボカロは涼しい顔をしていた。


 ボボモンはボレットに意見を求める。

「作戦参謀のボレット少佐の意見を訊きたい。ボカロ中佐の意見をどう思う」


「名案とは思いませんが、それほど悪い策でもないでしょう」


 俺も作戦としては微妙だと思う。だけど、流れとしては、面白い。

 戦争がより華やかになる。騎兵も俺の経験値になってもらおう。


 ボカロとボレットの意見に、真摯な態度でボボモンが耳を傾ける。

「街を落とすのが難しくなるが、一考の価値があるな。よし、後は准将以上で議論する」


 ボボモンが決定を告げると、大佐以下の将たちがぞろぞろと会議室から出て行く。

 ボレットはヘイズに命令した。


「私はこの後まだ用があるから、お前は先に帰りなさい」

 ボレットは素っ気なく告げると、ボラテリアとボカロに声を懸ける。


 兄弟姉妹で密談か。ボレットは、ボカロの案を中心に根回しする気だな。

 だが、ボカロの策はこのままでは上手く行くまい。


 援軍は外国人。他国の人間のために真剣にはならない。

 ボウロの街に入ればオークに囲まれ、外に出られなくなる恐れもある。


 果たして、そんな危険を人間は冒すか? 冒さないだろう。

 だとすれば、帰りの食料だけを街で補充して全力で国内に逃げ帰る。


 おそらく、宝珠はこの時にセシルの手を離れ、国外に持ち出される。

 いただくとしたら国外に持ち出される時が、チャンスだ。上手く行けば大金持ちだな。

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