第十三話 シュタイン城に向けて
軍議から二日後の朝だった。ヘイズはボレットに呼ばれた。
ボレットの機嫌はあまり良くなかった。
「司令部から伝令が来たわ。シュタイン城を攻める展開になりそうよ」
ヘイズは業とらしく驚いた。
「そうなんですか? 噂ではシュタイン城は堅牢な城。簡単には落ちない、と聞いておりましたが」
「そうよ。それが、誰かが父にシュタイン城攻めを進言したのよ」
ボレットに嘘を吹き込む。
「私もボーマン中佐の宿舎の付近で、人間の奴隷たちがシュタイン城攻めの話をしているのを聞きましたよ」
「兄のボーマン中佐は否定したわ。妹のボラテリア少佐もね。それで、私が言い出したのではないか、と疑う者がいたわ。誰かが私を陥れようとしているわ」
俺、なんだけどね。
ヘイズは不安な顔を作って尋ねる。
「心当たりは、あるのですか?」
ボレットは厳しい顔で指摘した。
「あるわ。お前よ。ヘイズ」
すばり指摘されたヘイズだが、心には余裕があった。
単純なハッタリだな。俺が怪しいな、とは思っているかもしれない。俺が他の兄弟姉妹と通じているとでも疑っているんだろう。本当に、猜疑心の強いご主人様だ。だが、確証はない。
ボロを出させたいんだろうな。だが、ここで、下手にボレットの兄弟姉妹の名を出すほど俺も馬鹿ではない。俺はボボモン一家の内情に疎い立場になっている。
ヘイズは慌てふためく演技をする。
「滅相もない。なぜ、私が御主人様の不利になるようなそんな真似をするのですか?」
「違うと否定するのなら、誰の仕業よ?」
ほら、来た。予想通りだ。ヘイズは這い蹲って言い繕う。
「あわわわわ、そんな、私めに、わかりません。きっと、人間の陰謀ではないでしょうか?」
ボレットは厳しい視線でヘイズを見つめる。
ヘイズは顔を上げて、怯えた風を装った。
「私はボレット様の忠実な使い魔です。契約に誓って嘘は申しません」
ボレットの厳しい視線は変わらない。よし、ここからが勝負だ。
ここで、ヘイズは立ち上がり、さも思いついたように提案する。
「そうだ。ボレット様。良い考えがございます。本当にシュタイン城を落とすのです」
ボレットはむすっとした顔で意見する。
「言うに事欠いてシュタイン城を落とすですって? どうやって落とすのよ」
ヘイズは慌てた空気を出すために、早口で話す。
「マーリンはリアータの街にいます。なら、シュタイン城を攻めても、マーリンはやって来ません。倍する兵力があるならシュタイン城を落とせましょう」
ボレットはヘイズを馬鹿にして言い放つ。
「本当に馬鹿な使い魔ね。マーリンは腕の立つ魔術士よ。シュタイン城が攻められれば、マーリンが飛んでくるわ」
「なら、マーリンをリアータの街に釘付けにすれば良いと思われます」
ボレットは厳めしい顔で尋ねる。
「どうやってやるのよ?」
「リアータの街の人間に協力させるのです」
ボレットは怒って命じる。
「だから、どういう風にやるのよ。具体的に説明しなさい」
俺には説明できないと見下しているだろう。だが、案はあるんだよ。
ヘイズはすらすらと語る。
「ブリモア軍閥にはマーリンがシュタイン城に来たら知らせる、と約束するのです。ブリモアにしても、街を落としたいはず。こちらの提案に乗るでしょう」
ボレットは突き放して言い放つ。
「でも、本当にシュタイン城を攻めている時にマーリンがやって来たら、私たちが困るわ」
「ですから、リアータの街の人間にマーリンが移動したら、街が襲われると恐怖させるのです。さすれば、恐怖した人間がマーリンを引き止めます」
ボレットの態度は幾分か和らぐ。
「人間の心理的な弱点に付け込んで、マーリンを封じるのね。でも、マーリンはウーゴの街を見捨てたわよ」
「ウーゴを放棄する決断は非戦闘員を逃がせたからです。ここにマーリンの弱点があります」
ボレットが思案しながら語る。
「ボウロの街もリアータの街も、非戦闘員が逃げた形跡はない。シュタイン城にも、もう、そんな大勢の人間を収容できる余裕は、ないわね」
ボレットの顔から険しさが消え、知性が満ちる。
「行けるかもしれないわね。でも、もっと確実にマーリンを引き止めたいわ」
これも案をすでに考えてある。
「でしたら、ブリモア軍閥が街を攻めると、錯覚させてはどうでしょう?」
「どうやって錯覚させるのよ? ここまでの提案をするからには、策はあるんでしょうね?」
ヘイズは、ここぞとばかりに献策する。
「もったいないですが、召喚水晶を使いましょう。イフリータをリアータの街の外に出現させるのです」
「イフリータに街を攻撃させ、開戦を強引にする気?」
「イフリータは、軍団に匹敵するほど強力。マーリンでもなければ、押さえられません」
「開戦しなくても、街の外でイフリータに睨まれれば、マーリンは街を出られないわね。ふむ、面白いわ。行けるかもしれないわね。シュタイン城攻め」
乗り気になってくれたね。傲慢で野心があるご主人で、助かったよ。
優しくて腰抜けな主人でも、やりようは、あったけどね。
「下がりなさい」とボレットに命令されたので下がる。
勝算が見えたことで、ボレットは堂々とシュタイン城攻めを主張できる。司令部の方針と合致するので、反対派を封じ込めやすい。成功すれば、ボダン軍閥は国内での地位も上がる。
成功すればボレットも兄弟姉妹の出世競争で頭一つ飛び出る。リスクは大きいが、リターンも大きい。
ボレットが駄目でも、ボレットの兄弟はまだ七人も残っている。ヘイズにしてみれば誰かを焚きつければいいだけだった。
ボレットは頻繁に出掛けるようになった。
しばらくすると、オークの職人が大勢やって来る。街の工房で攻城兵器作りの作業が始まる。また、大量の木材も搬入されていく。
工房を覗くと、工房ではカタパルトが造られていた。
ただ、オーク軍で運用されているカタパルトより二倍は大きい印象を受けた。
休憩中の職人に訊く。
「随分と大きいカタパルトだね」
職人が気分よく応える。
「おうよ。シュタイン城は、門が丈夫だからな。大きな石を、思いっきり飛ばさなきゃならん。だから大きいのさ」
工房を見学すると、六基が制作されていた。郊外では兵の訓練も厳しく行われている。
物資が運び込まれて兵も増員された。伝令も頻繁にやって来て、軍議も活発になった。
かなり大がかりな作戦行動だから、負けたら痛手だな。
ヘイズも簡単なお使いや手紙の配達が命じられた。
手紙は魔法で盗み見て、中を写し取る。
解読できる暗号は、マリアに解読させた。オーク軍の作戦が大まかにわかった。
オーク軍は、夜中に時を合わせてボウロとリアータの街とシュタイン城を攻略する。
リアータの街を襲うブリモア軍閥のみ、街を落とす目的ではない。ブリモア軍閥の目的はマーリンをリアータの街に釘付けにしておくことだった。
また、ボレットはシュタイン城攻めにあたって策を用意していた。
ボレットは人間の中に協力者を作っていた。
協力者は第二城壁から城内へと繋がる穴をこっそり掘っている。
穴は一本しかなく、オーク一名がやっと通れる程度。
使えるかどうか、微妙だった。だが、百名も城内への侵入に成功すれば、次から次へとオークはシュタイン城に入ってくる。抜け道はシュタイン城陥落の決定打になる可能性があった。
ボレットめ、家柄だけで作戦参謀に収まったわけではない、か。
作戦開始の四日前にヘイズはボレットに呼ばれる。
「お前にはブリモア軍の陣地に行ってもらうわ。きちんと、ボラテリアが召喚水晶を使用するか、確認してくるのよ」
ボラテリアの監視要員としてリアータ行き、か。サンドラは臨機応変にやってくれると思う。だが、俺がいたほうがスムーズに行くな。
シュタイン城の略奪に参加できないのは惜しい。だが、命の回収には間に合うだろう。
「心得ました。必ずや、マーリンを足止めしてみせます」
ヘイズは出掛ける前にマリアに言い含めておく。
「マリアよ。今回は、お前にも働いてもらう。理由を付けて従軍するんだ。シュタイン城が落ちたら、何でもいいから、初歩の魔法を三回、使え」
マリアが強張った顔で質問する。
「戦争に負けたら、どうしますか?」
「負けた時は逃げろ。攻城戦だから、負けても死ぬ危険性は低い。魔石を得るんだ。それくらいの仕事は、してもらう」
マリアは覚悟の決まった顔で頷いた。
「わかりました。今回は、お役に立って見せます」
命令を受けた翌昼、ボラテリアたち十人の魔術士が馬車二台で出発する。
ヘイズはお菓子を持ち込み、馬車の上で他の使い魔インプ三人と分け合った。
インプたちが代わる代わる語る。表情は誰もが明るい。
「なあ、イフリータって見た経験あるか? 何か、むっちゃ大きいらしいぜ」
「俺は見た覚えがないな。でも、強いんだろうな、きっと」
「でも、マーリンほどじゃないだろう」
インプたちは自分たちが戦わない流れを予期しているのか、楽天的だった。
ヘイズも適当に相槌を打っておく。
「どのみち、ボラテリア様に任せておけば、問題ないだろう」
三人はうんうんと頷く。
三人の話は作戦行動になる。
「今回の作戦が上手く行ったら、ボーナスは出るかな?」
「少しは出るかもしれないけど、けっこう、うちの主人は渋いからな」
「それは、うちも同じ。戦っていないんだけど、恩賞って欲しいよな」
三人は笑い合う。ヘイズは呑気な三人を心の中で冷たく評価する。
「だから、お前たちは、そこ止まりなんだよ。呑気なままだと、利用され、喰われて終わりだ。強者は弱者を虐げる。俺は弱者にはならない。喰う側に回る」
心の中に言葉が、ぽっと浮かぶ。
「俺は兄貴とは違う。人間の時だって、周りにいたのは敵ばかりだった」
兄貴? 人間? 敵? 俺は何を考えている? 雑念に心を乱される。
三人が不思議そうにヘイズを見た。すぐに、雑念を消し、話を合わせる。
「ボレット様のところも、そうだよ。どこも同じだよな」
「そうそう」と三人は笑い合った。
おかしいな。前はこんな場所で、人間の時の記憶が断片でも出てきた覚えはない。
何か俺に変化が起きているのか。命を吸い過ぎたせいか。
命の吸い過ぎが正気を狂わすとしても、ヘイズは立ち止まる気は一切なかった。
立ち止まるには、あまりにも多くの命をヘイズは犠牲にし続けていた。
俺はインプに生まれ変わった。でも、弱者では終わらない。
馬車はハンザの砦で馬を換える。
休憩を取って、司令部で一泊して、ブリモアの陣地へと急ぐ。
開戦の二日前に、ブリモア軍閥が陣を構えるリアータの街の近郊に来た。
リアータの街はヘイズが見た時と変わらなかった。
城壁は崩れ掛けているが、落ちてはいない。
着いた日から、ボラテリアはブリモア軍の力を借り、魔法陣の準備をする。
インプたちは「何だろう」「何だろう」と囁き合う。
ヘイズには魔法陣の正体がわかった。
複数の術者の力を借りて魔法の威力を底上げする魔法陣だな。
この距離だと攻撃魔法は届かない。通信妨害用だな。
いかにシュタイン城の魔術士が優れていても、マーリンほどではない。
ここで通信妨害用の魔法が発動されれば、シュタイン城からの救援要請は届かない。
召喚水晶も用意され、夜が明ける。時を知らせる魔道具は着実に時を刻む。
ブリモア軍はマーリンがいない時のチャンスを考えて、戦闘準備に入る。
遂にシュタイン城攻めが行われる夜が来た。