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第十二話 裏切りのマリア

 (うまや)に顔を出すと、マリアがほっとした顔で出迎えてくれる。

「お帰りなさいませ、ヘイズ様。お仕事は上手く行きましたか?」


「まあまあ、といったところだ。留守中に何かあったか?」


 マリアの表情がわずかに悲しみを帯びる。

「何もございません。時間のある時でいいので、後で土産話でも聞かせてください」


 これは何かあったな。でも、本人が何もないと申告するなら、ここでは聞かないでおくか。

 ボッズに訊けば何かわかる話もあるだろう。


 ボッズに会いに行くと、ちょうど休憩時間に入るところだった。

「今、帰った。俺がいない間にマリアに何かあったかのか?」


「オークの新兵に揶揄(からか)われていたな。でも、おらが出て行ったら帰っていっただ」


 オークの陣中にダーク・エルフが一人いるのだ。揶揄われもするか。

「ちなみに、マリアを揶揄ったオークの新兵はどんなやつだ?」


 ボッズは苦い顔をする。


「仕返しに行くのなら、止めたほうがええ。相手はボラテリア少佐付きの兵士だ。ボラテリア少佐とボレット少佐の姉妹は仲がええ。問題になると面倒だぞ」


 ボレットの手紙ではボラテリアを悪く書いていた。ボラテリアにしても、手紙を偽物にすり替えて ボボモンにボレットに悪い印象を持たせようとしていた。


 だが、ボダン軍閥内では友好的な態度を装っているのか。

 スモーク・ラムを買ってきて、ボッズに奢る。


「マリアを助けてくれて礼を言う。これは、ほんのお礼だ。食べてくれ」

「ありがてえだ。それでは、遠慮なくいただくだ」


 美味そうにスモーク・ラムを食べるボッズに尋ねる。

「ボラテリア少佐って、どんなオークなんだ?」


「美しい方だあ。そんでもって、魔術士部隊の隊長だ」

「ボダン軍閥では魔術士と一括りにして運用しているのか?」


「治癒術士だけ別だ。だども、魔術を使えるオークは数が少ないから、他は一緒の隊だな」


 ボラテリアは魔術士部隊長か。召使デーモンを使い魔にしていたから、腕前は中々のもの。オークにしてみれば、の話だがな。


 ボッズは明るい顔でぺらぺらと喋る。


「だども、マリアが新兵に絡まれるとは珍しいだな。マリアは要領の良い子だ。だから、あまりオークとは揉めないのにな」


 ボッズの言葉に引っ掛かりを感じた。ダーク・エルフのマリアはオークの中で虐められることはあっても、上手くやれるとは思えなかった。


 マリアを庇護する人物がいるのか? でも、ボレットは生贄にしようとしていた。

「なあ、マリアって、どこから連れられてきたんだ?」


「出身地はおらにもわからなえな。知りたいなら、本人に直接、聞いたらどうだ?」


 ボッズは本当に能天気な奴だな。


「そうじゃないんだ。ボレット様のところに来る前の話だ」

「それは、ボラテリア様のところだあ」


 ははーん、読めたぞ。そういう、裏があったのか。


 マリアはボラテリアのスパイだな。だが、当然、ボレットはボラテリアがボレットを追い落とそうとしている事実に感づいている。


 ボレットはマリアをスパイだとも見抜いている。それで、処分するために生贄にしようとした。

 ボレットは俺がマリアを殺してしまえばいいと思っている。


 だが、俺は殺さなかった。生贄として差し出した以上は契約がある。

 ボレットはマリアを殺せなくなった。


 ボラテリアもボレットにマリアを贈った以上は、表向きマリアを殺せない。

 おかげで、マリアは運よく、生き延びているわけか。


 マリアにすれば俺がいつ心変わりをするかわからない。だから、ボラテリアとの関係も維持している。ボレットはマリアがスパイである以上は俺から情報漏洩を気にしている。


 だから、使い魔であるのに、俺には情報を教えたがらなかったのか。

 インプだから疎んでいるのではない。マリアを手元に置くから信頼できないのか。


 ボレットの信用を得る方法はわかった。マリアを処分すればいい。殺さなくても、売り払えばよい。


 だが、オーク陣中でマリアを売れば、マリアの生死は五分五分だ。

 ヘイズは現時点ではマリアを売ろうと思わなかった。


 むしろ、マリアに思いもかけない価値があると判明して、喜んだ。

 上手く使えば、シュタイン城を攻めるに一役、買ってくれる。


 ヘイズはマリアにプリンを買って厩に戻る。

「プリンを買ってきたぞ、マリア」


 マリアがヘイズに礼を述べる。

「ありがとうございます。ヘイズ様」


 マリアは喜んだ。だが、マリアの表情には戸惑いの感情がわずかに混ざっていた。

 目ざといな、俺の心の変化を読んだか。


 常に他人の顔色を窺ってきたがゆえの特技か。

 ヘイズは近くに他のオークがいない状況を確認する。


「お前、ボラテリア様のスパイだろう?」


 マリアがびくっと震える。マリアは何も答えなかった。

 馬鹿だな。こういう時は、嘘でも否定すればいいものを。


「別に怒りゃしないよ。マリアにはマリアの立場がある。そこでだ、マリアに尋ねる。ボラテリアから俺に乗り換える気はないか?」


 マリアが不安な顔で尋ねる。

「ボレット様に忠誠を誓えと仰るのですか?」


「違う、違う。俺に乗り換えないか、と尋ねているんだ?」

「どう、違うんですか」


 ヘイズはマリアの目を見て諭した。


「俺はオークじゃない。人間でもない。俺の利益は別のところにある」

「ボラテリア様は怖い方です。裏切ればどうなるかわかりません」


 マリアは怖がっていた。ボラテリアのところで、怖い目に遭ったのだろう。

「だが、忠義を尽くした結果、どうなった? お前は悪魔の生贄だ」


 マリアは何も言わない。

「どうした? 誓約の魔法でも、掛けられているのか?」


 マリアは首を横に振る。

「魔法で縛ればボレット様にばれる事態を、ボラテリア様はよくご存じでした」


「そうか。なら、誰に従いていくかを選択するのはマリアだ。これはマリアに唯一、残された自由だ。ボレット、ボラテリア、俺、誰に付くかはお前が決めろ」


 マリアは強張った顔で確認する。

「一つ約束してくれませんか。私を見捨てない、と」


「約束はできん。俺は使える奴に報いるだけ。使えん奴は捨てる男だ」


 マリアはほっとした顔をする。


「よかった。ここで、見捨てない、と答えたなら私はヘイズ様を信用しませんでした。それで、ヘイズ様に従いて行くと、何をいただけますか?」


 こういう態度は好感が持てる。利益なきところに協力もなしだ。

「小さいが魔石をやろう。摂取すればお前は体に魔力を宿す」


 マリアが小さく微笑む。

「ヘイズ様って悪魔のような方ですね」


「俺はインプだがな。それで覚悟は決まったか?」


 マリアは安堵した顔で決意を語る。

「はい、ヘイズ様に鞍替えします。それで、私はどのようにすればいいですか?」


「ボラテリアに嫌われている偉いオークを教えてくれ」


「歩兵大隊長のボーマン中佐と戦時情報局のボカロ中佐でしょうか。どちらも、ボレット様とボラテリア様のお兄様です」


 ボボモン一家は軍人の名門家系だな。

「いいのがいたな。ボーマンかボカロの近辺に使い魔は、いないか?」


「ボーマン中佐の使用人にインプがいます。名はクロビスです」


 同じインプなら、気を許すかもしれない。親しくなれなくても、インプなら利益で動く。


「ますますもって好都合だ。マリアは今まで通りにボラテリアに情報を流せ。裏切りを感づかれるな。ただ、俺の動きだけは教えるな」


「わかりました。ヘイズ様の仰せのままに」


 ヘイズは夜にクロビスがどこにいるか、オークに聞く。

 オークたちは不機嫌な顔で教えてくれた。


 クロビスはボーマンの宿舎にいた。ボーマンの宿舎も元豪商の館。

 ボレットの家から五百mだけ離れている。館を訪ね門衛のオークに頼む。


「クロビスさんにお会いしたいのですが、お取次ぎをお願いできますか?」

 オークはクロビスの客だと知ると、面倒くさいと言いたげな顔をする。


「侍従長なら、庭で(くつろ)いでいる。庭に回ってくれ」

 侍従長って呼ばせているのか。偉そうだ。だから、オークに反感を買うんだな。


 庭に行く。白いテーブルと椅子があり、椅子にはインプが座っていた。

 クロビスは目立つインプだった。ヘイズと同じインプだが洒落(しゃれ)ていた。


 黒の布製の燕尾服を着ている。胸には銀の勲章を一つ下げ、革靴を履いていた。

 クロビスの傍には人間の若い女性がいる。女性の恰好を見ると、使用人だった。


 テーブルの上にはティー・カップとクッキーがあった。


 本当に寛いでいやがる。本人は侍従長なんてオークに呼ばせて大威張りで、いい気かもしれない。だが、主の威を借りるインプとは、これまた滑稽だな。


 クロビスは蔑むような視線でヘイズを見る。

「なんだね、君は? 吾輩は休憩中だ」


「私はボレット様の使い魔のインプです。こちらに、大先輩に当たるクロビスさんがいらっしゃると聞きました。無作法者ゆえ、挨拶がまだでしたので今日は挨拶に伺いました」


 クロビスはヘイズを完全に下に見ていた。


「吾輩をそこら辺のインプと一緒にしてもらっては困る。吾輩は司令部より勲章を賜るほどできるインプである。君もそこのところは理解してくれたまえよ」


 偉そうに、と心の中で毒づくが頭を下げる。

「わかりました。では、今後はよろしくお願いします」


 クロビスは優雅に命じる。

「そうか。わかればよい。下がってよいぞ」


「待ってくださいよ。今日は、クロビスさんを訪ねた理由はもう一つあるんですよ」


 クロビスは、むっとした顔をする。


「何かね? 私の休憩時間は貴重だ。手短にしてくれたまえ」

「いや、でも、人間がいる前では、ちょっと」


「気にするな。人間なんて置物どうぜんだ」


 そういう態度はいただけないね。どこから情報が洩れるかわからんよ。

 でも、いいか。噂が人間の間を駆け巡っても、俺は困らん。


「では、遠慮なく申し上げます。シュタイン城攻めの話です」


 クロビスは小馬鹿にしたように笑う。


「馬鹿馬鹿しい。シュタイン城は守りが堅い城。あれは、秋まで待って兵糧が尽きてから落とすに限る」


「それがですね、司令部でシュタイン城攻めをするとの話が出ているんですよ。しかも、噂の出所はボーマン中佐だとのこと。それで、噂を確かめに来ました」


 クロビスは怒った。

「そんな無茶な話、我が主が司令部に進言するはずはない」


「私はそんな勇敢な作戦を提案できるオークは、ボーマン中佐だけだと思いました。いやあ、そしたら、誰が言い出したんでしょうね?」


「下らん。実に、下らん噂だ。第一、そんな噂をどこで訊いた?」

「ボラテリア少佐の宿舎の使用人からです」


 ボラテリアの名を出すと、クロビスは鼻で笑った。

「なら、なおさら信憑性はない。正しい情報はここボーマン様の家にこそ集まる」


 主人の威を借り、そんな大物ぶった態度を採るなら、俺は構わん。

 だが、事態はどんどん動いているんだぜクロビスさんよ。


 ヘイズはボーマンの宿舎を後にした。

 翌朝、ボレットの元に伝令がやって来る。伝令の顔は緊張していた。


 どうやら、パパンが決断したようだな。

 ボレットがお付きの兵士を連れて出てくる。


 ヘイズは、そしらぬ顔をして尋ねる。

「どちらに? お出掛けですか」


「指揮所本部よ」


 ボレットは朝に出て行った。だが、夕方まで帰って来なかった。

 夜に帰って来たが、また朝に出ていく。


 軍議が紛糾しているね。これは予定通りにシュタイン城を攻める命令が出たね。

 さて、ここからが本番だ。シュタイン城に向けて兵を向かわせるぞ。

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