第十一話 偽の報告
翌日、リアータの街のオーク軍に動きはない。
カタパルトを八基も焼かれたから、慎重になって動けないか。
観察はここまでだな。
ヘイズは一度、送還用魔法陣を使って家に帰る。魔法陣の前に祭壇を作った。
百枚の悪魔銀貨と供物の蜜柑を用意する。召喚魔法を唱えて、死の精霊を呼び出した。
死の精霊は冥府と人間界を行き来する力ある者。
召喚は普通の精霊を呼び出す術より高度だった
死の精霊は黒いローブを着て、手には棘の付いた鎖鞭を持っていた。
ヘイズは厳かに尋ねる。
「定めある命あるものの管理者にして、安らかな死の担い手よ。汝に問う。ボルカニア地方のリアータにいる力強き者、マーリンの命が尽きる日はいつだ」
死の精霊は人間が自然死する日をだいたい知っていた。
死の精霊のフードから覗く赤い目がヘイズを見る。
「暑き日の夜に、マーリンは力尽きる」
やはり、マーリンは長くないか。保って今年の夏までだ。
「ありがとう。供物を受け取られよ」
死の精霊が両手を広げる。一瞬、視界が暗くなる。
闇を見通すインプの目だが、死の精霊の中にある真の闇は見通せない。
視界が戻った時には、死の精霊はいなかった。悪魔銀貨と供物も消えていた。
ヘイズはウーゴの街に帰る。されど、すぐにはボレットの元へと帰らなかった。
街中を飛び回る。放置された家の庭から花を盗んで、花束を作った。
花束を持って司令部まで高速で飛ぶ。
門衛に止められたので嘘を吐く。
「ボレット少佐よりボボモン閣下に花の届け物です。殺風景な部屋もこれで少しは華やぐと思います」
「あっそう、通っていいぞ」と門衛は興味のない顔で通してくれた。
ボボモンの宿舎の前でも嘘を吐く。
「ボレット少佐よりボボモン閣下に花の届け物です」
護衛は少し不思議がる。
「少佐が花ねえ。今まで一度も贈ってきた過去がないな」
ヘイズは笑顔を作って、やんわりと語る。
「私の選択でございます。ボレット少佐は何か気の利いた品を贈れと私に命じました。酒や食品は制限されると思ったので、花にしました。いけなかったでしょうか?」
ヘイズの言葉を聞くと、護衛たちは笑った。
「別にいいぞ。ただ、毒見ができなくて、俺たちは、ちょっと残念だ」
形だけのボディー・チェックの後で宿舎に入れてもらう。
護衛が敬礼して、ボボモンに伝える。
「ボレット少佐より花の贈り物です」
花が届いた事態に、ボボモンは不思議そうな顔をする。
「娘が私に花を、か?」
ヘイズは笑顔を作って応える。
「何か気の利いたものを、との命令でしたので花を選びました。あと、メッセージも、ございます」
ボボモンが渋い顔をする。
「メッセージね。今度は何を頼んできたんだ?」
「私的な用件ゆえお人払いをしてもらっても、よろしいでしょうか?」
ボボモンは護衛に命じる。
「花を活ける花瓶を探して来てくれ。贈り物の花を活けたい」
「了解しました、閣下」と答え、護衛は出ていった。
ボボモンは椅子に座る。
「聞かせてもらおうか、娘のメッセージを」
「私も覚えるように精一杯の努力をしました。ですが、長かったので、ところどころ、うろ覚えの点があります。ご容赦ください」
「内容がわかれば、いいよ」
「ボウロの街を攻略中のビビン軍閥はやる気がありません」
話が軍の作戦になると、ボボモンの顔付きが厳しくなった。
ヘイズは気にせず語る。
「ビビン軍閥は将も兵もマーリンを恐れるあまり、命令を実行できない始末。下手をすれば理由を付けて街攻めを秋まで延ばします」
「ボレットはボウロの街の現状を知っているのか?」
いけしゃあしゃあと嘘を吐く。
「聡明なボレット様は知っておりました。また、リアータの街を攻めているブリモア軍閥についても知っています」
「何? 誠か?」
「あと一歩のところでマーリンに阻まれ、街を落とせなくなった情報もご存じです」
ボボモンは険しい顔で意見する。
「何だと? リアータの街は昨日のうちに落ちる予定だ。今日にも陥落の報告が入るはずだ」
それが入らないんだな、これが。
ヘイズは残念そうな顔をする。
「ボレット様はリアータの街を落とすには、まだ時間が掛かるとお考えでした。全てはマーリンのせいだ、と」
ボボモンは不機嫌になった。
「また、マーリンか。何度、我らに煮え湯を飲ませれば気が済むのだ」
当然の反応だけどね。さて、ここからが、俺のプレゼントだ。
「ただ、マーリンはもう長くないと、予測しておいででした」
ボボモンは驚いた。
「マーリンが長くないとは、本当か?」
「予想なので、おそらく、としか答えられません」
「人間は宝珠を使わないのか?」
気になったので尋ねる。
「閣下、よろしいですか? ボレット様もぼそっと口にした、宝珠とは何ですか?」
「大きな力を持った魔道具だよ。宝珠を使えば、人間は寿命を延ばせる」
そんな美味い話は、ない。人間の寿命を単純に延ばす魔道具なら、もう権力者が使っている。この期に及んで、マーリンに使わない理由もない。
ははーん、読めたぞ。宝珠は人間を魔物に変え、寿命を延ばす魔道具だな。
元が魔物なら、ただ強化される。人間なら魔物になる。
だから、マーリンには使わない。オークにも渡せない。
ヘイズは少し思案する。だが、本当にマーリンは使わないだろうか?
可能性は低い。だが、宝珠を使う作戦を考慮して計画を修正すべきだな。
マーリンは打ち破る。だが、追い詰めてはいけない。
「閣下、話が逸れて申し訳ありませんでした。ボレット様は三軍閥による同時侵攻作戦をお考えです」
「マーリンは一人。三か所を同時に攻めれば、二箇所は落とせよう。さすれば、全兵力を集中できるので、最後の一つも落とせる。理屈ではわかる」
わかっているよ。どの軍閥も裏切りを警戒しているんだろう。攻撃すると見せかける。
だが、攻撃しない。攻撃が最初に始まった場所にマーリンが飛んできたら、被害が大きいからな。
「ボレット様は今こそボダン軍閥が先頭に立ち、シュタイン城を攻めるべきだとお考えです」
ヘイズの言葉にボボモンは驚いた。
「ボダン軍閥で動員できる兵は五千名。シュタイン城を守る兵は二千名。だが、シュタイン城の守りは堅い。苦戦が予想されるぞ」
「それでも、シュタイン城にマーリンを惹きつけられれば、ボウロとリアータの街が落とせます」
ボボモンも自分が属するボダン軍閥の戦闘には後ろ向きだった。
「後からやって来たビビン軍閥やブリモア軍閥に城を落とされれば、手柄を取られる」
やはりな、ボボモンがボダン軍閥の兵をウーゴに留めておく理由は、そこか。
ヘイズは思わせぶりに語った。
「ボレットさまには策がおありだとか」
ボボモンは興味を示した。
「どんな、策だ?」
「シュタイン城を攻めている間に、マーリンをリアータに留める策です」
ボボモンは疑った。
「真にそんな策が、可能なのか?」
ヘイズはさもボレットが思いついたかのように語る。
「策は兄弟姉妹といえど知られるとまずい。なので、今は教えられないとの話です。もし、策に乗るのであれば、是非にもシュタイン城への進軍命令を出してほしい、との話です」
「わかった。数日中にも決断すると伝えろ」
話のわかるパパンで助かる。
ヘイズは直ちに帰らず、司令部でうろうろ徘徊する。
インプの使い魔は人間が滅多に使わない。敷地に入ってしまえば警戒されなかった。
食堂の列に並べばご飯も貰えた。司令部で情報を集める。
司令部もマーリンを恐れた膠着状態をどうにかしたいとの意見で溢れていた。
ヘイズがボレットの元に帰ったのは、用事を言いつかってから四日後の夕方だった。
「ただいま、戻りました。ボレット様」
ボレットはヘイズを見下す。
「一日遅刻よ。何をしていたの」
情けない顔を作って言い繕う。
「私の翼では飛ぶのが遅くて、遅刻しました」
ボレットはヘイズの遅刻をあまり怒っていなかった。
「使えない使い魔ね。それで、ボウロの街はどうだったの?」
さらりとだけ報告する。
「街は落ちていません。皆さんはお疲れでした」
「それだけ?」
「他に何か必要でしたか?」
「リアータの街はどうなの?」
「落ちそうでした。ですが、攻めておりましたが、落ちませんでした。皆さんはマーリンがいるとか、いないとかで、騒いでおりました」
マーリンの名を出すと、ボレットは顔が厳しくなる。
「いるの? いないの? どっちなのよ」
取り繕う態度を演じる。
「いる、と私は思います。マーリンが何だか、よくわかりませんが」
「マーリンについて、もっと、詳しい情報はないの?」
情報はある。だが、お前にはやらん。
下手にボレットにマーリンの弱点や死期を教えると、マーリンを追い詰めかねない。
オークも人間も大勢死んでもらわねばならない。だが、ヘイズは生き残らなければならない。 マーリンの最期の魔法になぞ巻き込まれたら、今日までの苦労が無駄に終わる。
すっとぼけて詫びる。
「何を見ればいいのか、よくわからなかったので、これが限界です」
ボレットはヘイズを傲慢に見下ろして発言する。
「インプならそんなものね。時間を掛けた割にたいして成果は上がらなかったわね」
「では、失礼します」
ボレットがじろりとヘイズを見て問う。
「待ちなさい。ヘイズはボダン軍閥の私の使い魔よ。どうやって、ビビン軍閥やブリモア軍閥の陣中に入ったの?」
まんざら馬鹿ではないか。
ヘイズは、すらすらと嘘を述べる。
「二つの陣営に寄る前に、ご飯を食べに司令部に寄りました。すると、手紙の配達を頼まれたのです。手紙を持って行ったのが、良かったのかもしれません」
「司令部に寄ったの? 何か情報はあった?」
今後の展開もある。どれ、少し未来を暗示しておくか。
「うーん」と数秒、考えてから、思いついた振りをする。
「そういえば、シュタイン城攻めの話がチラリと出ていました」
ボレットの顔に不快感の色が浮かぶ。
「シュタイン城を攻める、ですって? 本当にそんな話題が出ていたの?」
「何でも、上層部の判断だそうです」
ボレットは怒った。
「馬鹿な。シュタイン城はそんな簡単に落ちる城じゃないわよ。下手をすればみすみす多くの兵を失うわ」
ボレットはやはりシュタイン城攻めには後ろ向きだね。
でも、これから動かざるを得なくなるんだよ。シュタイン城攻めに向けてね。
多くの兵を失うだろうね。でも、失ってもらわねば困るんだよ。俺的にはね。
本心を隠して、軽い調子で語る。
「あくまでも噂ですよ。噂。目ぼしい話はそんなところですね」
「わかったわ、下がりなさい」
「ははあ」と畏まって下がる。