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第十話 マーリンの弱点

 ボダン軍閥のオークにはしばらく動きがなさそうだった。

 ウーゴの街にいても、集まってくる情報は限定的だな。


 ボレットも他の軍閥の動きを気にしているはず。ならば、俺から動くか。

 時間がある時に、ボレットにそれとなく提案する。


「ボレット様。ボウロとリアータの街の様子が気になりませんか? よろしければ私が行って、現状を見てきましょうか?」


 ボレットは少しだけ考える仕草を採る。


「ビビン軍閥やブリモア軍閥が司令部に虚偽の報告をしていたら、総司令官の父も困るわ。いいわ。三日だけ上げるから、ちょっと様子を見てきなさい」


 三日だぁ。そんなの普通のインプの翼なら、かなりの強行軍だぞ。

 ろくに調べる時間もない。これは、あまり成果を期待していないな。


 できない使い魔を演じているので、やんわりと苦言を呈する。

「あの、ご主人様。ちょっと短すぎやしませんか?」


 ボレットはむすっとした顔で命じる。

「いいから、やりなさい」


「ははあ」と表面的には畏まる。内心では舌を出していた。

 出掛ける前にマリアに言い聞かせる。


「ボレット様から用事を申し付けられた。三、四日、ウーゴの街を空ける。困った事態になったら、ボッズに相談しろ」


 不安な顔でマリアは頼んだ。

「早いお帰りをお待ちしております」


 ボッズに一声を掛けて行く。


「ボレット様の用事で出掛けて来る。マリアが困っていたら、助けてやってくれ。帰ってきたら、スモーク・ラムを奢るから」


「任せて置け」と、ボッズは機嫌よく請け負ってくれた。

 携帯食料を買い水筒に水を詰める。ヘイズは夕方より少し前に、ウーゴの街を旅立った。


 ボウロの街も、リアータの街も、ウーゴの街から南にある。


 ウーゴの街から近いのはボウロの街なので、最初にボウロの街を目指した。直線距離にして約百六十㎞。


 普通のインプの翼なら一日は掛かる。ヘイズなら全力で飛ばなくても、一時間で着いた。

 夕暮れの中、高度五百mから、遠見の魔法でボウロの街の様子を窺う。


 街の規模は人口一万人クラス。防壁の高さが二十五m、厚さは二mあった。

 防壁はところどころ崩れ掛けているが、原形を保っている。


 街から二百m地点に、十箇所に激しく燃えた跡があった。燃えた物の残骸もあった。

 観察をすると、残骸の元の形状はカタパルトだった。


 戦場にカタパルトを十基も持ち込んで、防壁が崩せていない。

 防壁の上を再確認する。だが、防壁の上にはカタパルトやバリスタは設置されていなかった。


 兵器を兵器で焼いたわけではないのか。魔法によるものだな。

 だが、普通の魔術士が焼いたにしては、距離が長い。また、精度も高い。


 並々ならぬ術者が街にいる。マーリンがウーゴの街からボウロの街に移動してきたのか。

 マーリンがいるのなら、策もなく攻める戦いは悪手だ。


 街の煙突からは煮炊きの煙がいくつも上がっていた。食料が不足している様子もなし。非戦闘員も逃げてはいない、か。人間にとって下手(へた)に逃げるのが危険と考えている証拠だ。


 ビビン軍閥のオーク陣営を見る。オーク軍は街から一・五㎞の位置に布陣していた。オーク陣営でも煮炊きの煙が上がっている。だが、六千人分の食事にしては少ないように思えた。


 死者を多く出したな。

 戦場に散った命を吸おうとしたが、付近に漂う力は良くて五十人だった。


 戦死で五十人は少ない。怪我人が亡くなったくらいの数だ。

 陣内にカタパルトが残っていないか探した。だが、なかった。


 推察するに、オークは一週間以上前に大きな戦いを挑んで、敗北した。

 カタパルトを全て失い、兵も千名は失ったな。


 あまりにも痛い敗北なので。負けたっきり戦ってはいない。

 遠見の魔法を強化して掛ける。


 陣中のオークの顔色を窺った。オークたちには疲労の色が見え、元気もなかった。

 すっかり、戦意を失っている。


 魔法で姿を消して、そっと一番大きな幕舎に近付いた。

 しばらく待つと、会議が始まる声が聞こえる。


 将の深刻な会話が聞こえてくる。

「司令部から早く街を落とすように、命令が来ている。もう、あまり猶予はないぞ」


 別の将が愚痴る。

「敵にマーリンがいるのだ。奴の魔法を見たであろう。兵が足りない。他の軍閥の手を借りるべきだ」


 他の将が憤る。

「馬鹿を言え。どの面下げて援軍を頼める。そんな態度を採れば、次の王は我が軍閥から出ないぞ」


 女性の将が不安な声を上げる。

「我が軍閥は将兵合わせて千二百名を失ったのですよ。このままでは王がお怒りになります。その前に街を落とさねば。我らは本国に帰れなくなりますよ」


 あれこれと議論するが、結論は出ない。

 ただ、どの将もビビン軍閥単独では街を落とせないと考えている雰囲気だった。


 面子ってのは、厄介だね。勝てないなら、他軍閥に兵なり知恵なり借りればいいのに。

 帰る前に兵の様子を見て行くか。


 兵はやはり疲れ切っていた。また、酒が不足しているのか、酒を巡って喧嘩も起きていた。士気は ボダン軍閥のオークより二段階ぐらい低かった。


 これは勝てないな。

 ヘイズはさらに南にあるリアータの街に飛んだ。連続飛行だが疲労はない。


 リアータの街はボウロの街からさらに南に二百㎞行った場所にあった。

 街はウーゴの街とボウロの街と中間規模の街で、人口八千人クラス。


 リアータ上空に来て感じたのは、大量の死の気配だった。

 やったね。大きな戦の後で、まだ戦場に散った命の無念の心が漂っている。


 では、いただきますか、役得、役得。

 ヘイズは戦場に散った命を街の上空で吸い込んだ。


 感覚的に人間の命が六百名、オークの命が一千名だった。

 遠見の魔法を使って、大きく目を見開く。


 リアータの街は無事だったものの、防壁は崩れ掛け、門は半壊していた。

 あと一押しすれば、オーク軍は街に侵入できそうだった。


 街から一・五㎞後方にいるオーク軍を観察する。

 オーク軍にはカタパルトが八基も残っていた。


 遠見の魔法を強化して、オーク軍の陣内を確認する。

 ブリモア軍閥のオークたちには多少の疲れは見える。


 だが、士気が落ちているようには見えなかった。

 これは、リアータの街は、明日に落ちるように見えるね。


 だが、ヘイズは知っている。戦争とは、そう簡単にはいかないもの。

 俺が人間の国王なら、どうするか。オークたちの連携が取れない弱点を突くな。


 ボウロの街やシュタイン城が攻められない以上、マーリンを自由に動かせる。

 現状なら、マーリンをリアータの防衛に回すか。


 ブリモア軍閥オークにマーリンを手強いと印象を植え付ければ、都合が良い。

 マーリンがどこにいるか悟らせないようにすれば、オーク軍は攻めづらくなる。


 どれ、明日にも戦争がありそうだし、答え合わせをしていくか。

 翌日の昼、オーク軍が動き出す。


 ヘイズは上空から戦いを注視していた。

 オーク軍は街に対して半円状にカタパルトを配置した。


 カタパルトより投石が始まる。崩れかけていた防壁の三箇所が瓦解した。


 防壁に空いた穴からオーク兵が侵入しようとする。すると、大きな樹が壁のように生えてきて、穴を防いだ。


 同時にカタパルトの上空に直径十mの魔法陣が描かれる。

 魔法陣からはみ出さんばかりの大きな火の玉が出現する。


 火の玉がカタパルトの上に落下し、カタパルトが炎上した。

 一つ焼けると、もう一つと、次々に魔法陣が描かれる。


 カタパルトが燃え上がって行く。オーク軍は防壁を超える術を失い、右往左往する。

 壁を越えて矢が降ってきて、オーク軍がばたばたと倒れる。


 撤退の花火が上がり、オークは自軍に逃げ帰った。

 やはり、マーリンを動かし防衛してきたか。さて、取り零しがないよう命を吸うか。


 戦場に散った命を吸う。だが、予想に反して、あまり美味くなかった。

 味から判断するに、犠牲者は人間が二十数名、オークが百名か。


 派手な戦いの割に死者が少ない。

 理由はわかる。


 マーリンはカタパルトを破壊した後に、オークを街に入れない戦いに終始した。

 オークを魔法で攻撃していれば、もっとオーク軍に死者を出せた。


 ヘイズは冷静に思考する。マーリンの奴は弱ってきているな。

 ボレットもマーリンを死に損ないと評価していた。


 マーリンは強い。超人かもしれないが、無敵ではない。

 あんな、大がかりな魔法を幾度も使えば、体に掛かる負担も半端ではなかろう。


 弱点が見えたな。マーリンは、あと何度か戦えば、戦えなくなる。

 さて、ここから先が頭の使いようだ。この戦いをどう導けば俺が一番、得をする。

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