令嬢のとある春の日
こんにちは。
やわらかな日射しに草花も芽吹く今日この頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか?
名乗りもせず、失礼しました。私は前世日本人の夏来香、現世ヒューミード男爵家のレテ。エアコンがある世界から、エアコンがない乙女ゲーム世界のヒロインに転生した、暑さ寒さに耐性がない現代っ子です。
この世界は、無駄にヨーロッパ風です。そのわりに暑さ寒さは前世日本とほとんど変わらないという、まさかの地獄で、私にはとても耐えられません。そのうえ、この世界にある唯一の希望、気温調節の魔法陣は高価すぎて、貧乏男爵家の私では買えません。
そのため、乙女ゲームのシナリオ通りに王子を攻略して、気温調節の魔法陣がある王宮で暮らせないか画策してみたり、……まあその、あれこれ試行錯誤してみたものの、結局、シナリオは無視して冒険者となり、自ら四季の魔法石を集めて気温調節の魔法陣を作成することに決めたのでした。
同じ冒険者で氷の魔法使いであるリヴィとパーティーを組み、いくつか困難はあったものの、秋と冬の魔法石は入手済みです。これから、一番美しい花に宿るという春の魔法石入手に挑むところなのですが……
私とリヴィ、ただいま庭園に身を置いています。
ここはベルフルールが咲くという王都の王立フルリール庭園。
本来、ここは恋人たちが散歩し愛を語り合うような、美しくものどかな庭園でした。そう、過去形です。今、ここはベルフルール採集決戦の戦場と化しているのです。
結婚式でベルフルールを身に着けた花嫁は幸せになれる、という伝承を信じた複数貴族の私兵たちをはじめ、屈強な傭兵やしたたかな冒険者たち、その他有象無象。
その全員がベルフルールを求めて、ひしめき争い合っています。
数としては、各家の紋章を身につけた貴族の私兵たちが多いでしょうか?各家の面子もあるのか、戦況は熾烈を極めています。
あたりは武器同士がぶつかりあう金属音を背景に、矢や攻撃魔法が飛び交う地獄絵図。あちこちに壊れた武器や倒れた人たちが放置され、地面には亀裂が次々に刻まれ、今もどんどん増えており、状況は前世でいうところの蠱毒……違った、バトルロイヤルの様相。
あまりにも乙女ゲームの世界観置き去りの戦場に、私は動揺を隠せません。
じつは、先日王都入りしてから衝撃的なことが二つあったせいで、私はもう少々のことでは動じないと思っていたんですよ。
昨夏の暑さに耐えられなかった私は、学園に『休学届』を出して冒険者となりました。が、一日遅れで、婚約者がいる第二王子に対して不敬であったとして、危うく退学勧告が出るところだったらしいことをお父様に聞かされたり、
リヴィの伯父――ワイルドでちょい悪系の壮年男性――が、美幼女から美女まで五人余り侍らせ、また子供ができたから養育費貸してくれ、とリヴィに耳打ちしたことは、うん、本当に衝撃的だったはずなんですが……私が甘かったです。
ベルフルール採集決戦について、事前にリヴィから聞いていたものの、ここまでの戦場は想定してませんでした。私は唸りました。
「うーん」
こんな血みどろの戦いを経て入手するベルフルール、結婚式で身につける花嫁は本当に幸せになれるのでしょうか……これだけの犠牲の上に成り立つ結婚なのだから、必ず幸せにならなければいけないとか?
そんな脅迫観念にとらわれた結婚はどうかと思いますが、伝承とはまったく謎です。
私は一人【光の結界】に閉じこもり、フルールの蕾にひたすら魔力を注いでいきます。
「邪魔だ、どけ」
結界の外では、リヴィがまた一人、傭兵らしき男を弾き飛ばしました。余計な邪魔が入らないように、周囲を牽制しています。
理想を言えば、私もリヴィも、二人して結界に閉じこもり、終盤、人数が減ったところで一気呵成にかたをつけたかったのですが、そう簡単にもいきません。
乙女ゲーム攻略対象の一人にして、【魔法無効】の能力を持つ騎士団長子息。
この春、結婚する予定の第二王子の側近として、騎士団長子息は絶対に現れます。奴の【魔法無効】の能力で私の【光の結界】を消滅させられた場合、敵の数的にも実力的にも、私とリヴィの勝機はありません。そうなる前に、リヴィが騎士団長子息に挑み、この場から引き離す必要があります。
「レテ、何があっても結界は消すなよ」
また一人、同業者を蹴散らしたリヴィが念を押してきます。
「わかってる。リヴィこそ大丈夫?」
「こっちは任せろ」
そんな会話を交わしたあと、はたして奴が現れました。リヴィは騎士団長子息の顔こそ知らないものの、さすがに第二王子の顔は分かったようです。
王子の周囲を固める数人に対し、まとめて【氷槍】を乱打。迅速に王子を庇って魔法を無効化してみせた人物を、リヴィは正しく騎士団長子息と判断、即座に距離を詰めると斬りかかりました。
「騎士団長子息とはお前か」
ニヤ、と悪い笑顔のリヴィ。
剣と剣がぶつかる鋭い音が響きます。
「それがなんだ」
二人の剣さばきは、すでに私の目では追えません。リヴィがうまく【光の結界】から離れる方向に誘導していき、まもなく声も聞こえなくなります。
これでひとまずは安心です。リヴィが騎士団長子息を引き離している間に、ベルフルールを開花させてしまえば私たちの勝ちです。私は気合を入れて再び魔力を注ごうとして、そこで、私の名を呼ぶ声に中断を余儀なくされました。
「レテ、貴女なのか」
近づいてきた第二王子が、結界越しに見つめてきました。金髪碧眼、容姿端麗、大変に正統派の王子殿下ですが、思ったことはただひとつ。
面倒な人がでてきた……!
「貴女は、僕が婚約者と結婚することに反対で、こうしてベルフルールを取らせまいとしているのか。やはり貴女は、僕のことを……」
「あの、殿下」
そういえば、第二王子ルートの攻略を途中でやめたせいで、好感度が半端に上がったままでした。
これはまずい。放っておいたらややこしいことになりそうです。
「ああレテ、以前のように僕のことを名前で呼んではくれないのか?」
「呼びません」
食い気味に即答です。攻略のために、というか、気温調節の魔法陣のために、しかたなく名前を呼んでましたけど、王族を呼び捨てとか心理的負荷が高すぎるので、本当は嫌でしたとか今更言えません。
殿下は聞いているのかいないのか、懐かしげに目を細めています。
……聞いてませんねこれ。
「僕は、貴女と過ごした時間のことは忘れていないよ。貴女は本当に」
「忘れてください。」
きっぱり。
「レテ……」
「それが無理なら、綺麗な思い出にしてください」
綺麗な思い出で済めばいいほうで、男爵令嬢にうつつを抜かしたとか、むしろ、黒歴史になると思います。
「殿下は、学園に不慣れなわたくしに親切にしてくださっただけで、わたくしが殿下のご厚意に甘えてしまっただけのこと。そのせいで婚約者の方にはご迷惑をおかけしてしまいました」
「彼女なら大丈夫だよ、彼女は強い人だ。だから大丈夫」
なんか婚約者のこと、勝手に決めつけてるし、ナチュラルにひどくないですかね、この王子。
気温調節の魔法陣のために王子にすり寄った私も、人のことは言えないですが。
学園での思い出をつらつらと語りだした王子をスルーし、どうやったら穏便に好感度を落として、ベルフルールを入手できるか考えを巡らせはじめたところで、
「殿下!」
第二王子殿下の婚約者、プランタン侯爵令嬢が駆け寄ってきました。
いよいよ厄介なことになってきましたよ!
「殿下、主だった勢力はすべて制圧しましたわ」
屍山血河といったありさまの戦場ですが、見渡せば、花の紋章をまとった一団がずいぶん優勢になっていました。あれが侯爵家の私兵のようです。どれだけ数がいても【光の結界】を破られないかぎり、最終的にベルフルールは私とリヴィのものですが。
「わかった。侯爵にも礼を言わねばな」
第二王子殿下のそっけない返答に接しても、プランタン嬢はよく制御された表情を崩しません。でも、その美しい瞳にはたしかに恋情をたたえていて、私は罪悪感を覚えました。
私にとって、王子は気温調節の魔法陣を持っている家の人というだけでした。でも、彼女にとっては恋い慕う、ただ一人の特別な男性なのです。
私は恋する令嬢の姿を見ているうちに、殿下の好感度に対処しうる妙案を思いつきました。
「あら、あなたは……」
私に気がついた令嬢の声に冷ややかさが混じります。
「このような戦場ですので、簡単なご挨拶で失礼いたします」
私は略礼で応えました。直径1メートルの【光の結界】の中にいる私には、手を広げるスペースもないのです。ついでに、淑女の礼をとるためのスカートの裾もありません。
「学園を休学していまして、お久しぶりでございます」
「そうですわね」
できれば会いたくなかった、というプランタン嬢の内心が聞こえてきそうです。
「それで、このようなところで、何をしてらしたんですの?」
「そうだ、レテ。僕と側近たちを攻撃してきたあの男は、貴女の仲間か?貴女は……」
王子に口を出されると話が進まなそうだったので、私はプランタン嬢をまっすぐに見つめました。
「プランタン様、わたくし、ベルフルールが必要なのです」
「どこかの貴族に雇われたのかしら?」
「いいえ。わたくし自身が欲しいのです」
凛とした彼女の瞳に、正面から向き合います。侯爵令嬢はことさらに感情を抑えた声で問うてきました。
「結婚式のために、殿下とわたくしがベルフルールを欲していることはわかりますでしょう?男爵令嬢のあなたが、殿下と我が侯爵家を敵になさるおつもり?」
私は是非を答えずに、曖昧に微笑みました。
「お話し合いをいたしましょう、とても大事な」
「……なにかしら?」
目を細めて私を見つめる彼女から、人を圧倒するような力を感じます。でも、私も引きさがったりはしません。乙女ゲーの恋愛以前に、私は暑いのも寒いのもごめんです。ここにきて気温調節の魔法陣をあきらめるという選択肢はありません。
私もプランタン嬢を見つめ返し、王子そっちのけで話し合いを進めようとして、……そこに氷点下の声が降ってきました。
「おいレテ」
リヴィの声です。リヴィならば騎士団長子息の攻撃もうまく捌けると信じていたので、半ば失念していました。おそるおそる視線を上げると、リヴィから見たこともないほど不機嫌な表情を向けられて、
「ひっ…………」
悲鳴が洩れてしまい、そして、乙女ゲームの世界観崩壊(二回目)の状況にまた別の悲鳴が洩れてしまいました。
「アッー!」
「兄上と呼ばせてください!!!」
騎士団長子息が熱い声をあげました。
騎士団長子息はリヴィにべったりとひっついた上に、リヴィに熱い視線を向けています。対するリヴィの声は絶対零度です。
「おいレテ。きみに教えられたとおりにしたら、こうなったんだが?」
騎士団長子息との戦闘を想定したある冬の日、リヴィに伝えておいたことがありました。
それは、乙女ゲームの騎士団長子息ルートにおいて、子息が弱音とともに吐露する悩み事――要するに彼の弱味と、そのときにヒロインが寄り添い励まし、好感度をあげる言葉の数々。覚えているかぎりのシナリオすべてを、私はリヴィに話しておいたのです。
たとえ騎士団長子息よりもリヴィの剣が劣っていたとしても、剣を交えている最中に、ふだん隠している弱味を声に出して指摘されたらどうなるでしょう。そして、心から欲していた言葉をかけられたなら?
動揺するか、怒り出すか。
いったいどんな反応をされるか、明確に想像することは困難でしたが、騎士団長子息が実力を発揮することは難しくなり、それだけリヴィが有利になるはず、と考えた私は、ためらうことなくリヴィにすべて教えたのでした。
その結果、剣を交える間に、騎士団長子息のリヴィに対する好感度が爆上げされたのだと思われます。思われますが、こ、これは想定外というか、シナリオに沿ったわけだからむしろ想定通りというべきなのでしょうか……
逞しく鍛え上げられた体型に、精悍でキリリとした美形である騎士団長子息。
それに対して、子息よりはやや背が高いながら比較的痩身で、よく見ればそれなりに整った顔のリヴィがくっつくように並んでいるさまは非常に耽美で、開けてはいけない扉を開けそうになります。
刺激が強すぎたのか、プランタン嬢は口を押さえて頬を赤らめ、第二王子殿下は目を白黒させています。
「ま、まあ、その、実際にリヴィは元近衛騎士ですから、御子息にとっては先輩にあたりますし、兄と言ってもあながち間違ってはいないというか、なんというか」
私は言い訳しましたが、く、苦しい……我ながら苦しい言い訳です。
私はそぉっとリヴィから視線を反らし、そのまま空をさまよわせれば、ちょうど魔力を注いでいたフルールの蕾たちがほどけるところでした。【光の結界】の中、春の美しさをまとって、ゆっくりとひらいてゆく薄紅色の儚げな花弁。
「ベルフルール……」
その美しさに、周囲は静まりかえりました。
誰のものか感嘆の吐息が聞こえ、……そして、王立庭園の採集決戦はここに終戦を迎えたのでした。
絶妙に空気を読んだベルフルールに救われて、私はリヴィの苦情を聞かなかったことにします。
「リヴィ、わたくしは未来の王子妃様とお話し合いを始めるところでしたの。女性同士のお話ですから、遠慮なさってくださいませ。殿方は殿方でお話しいただければ……リヴィは第二王子殿下にまずご挨拶を」
まだ不機嫌きわまりない表情ながら、リヴィは眉をわずかに寄せただけで何も言わずに、殿下と一緒に――騎士団長子息もくっつけたまま――距離を取ってくれました。
「それで?とても大事なお話とは、なにかしら?」
プランタン嬢が切り替えたように、私のほうに振り返りました。まだ頬の赤みを残す彼女の美貌には、同性をもうっとりさせる魅力がありますね。
「プランタン様、ベルフルールをお譲りすることはできませんが、わたくし、殿下と王子妃様におかれましては末永く御幸せであられてほしいのです。ですので、殿下がたの結婚式が終わるまでの間、王子妃様とそのご実家の侯爵家にベルフルールをお預けしたいと思うのです」
「……殿下とあれほど親しげになさっておいて、ここに来て殿下の婚約者たるわたくしに親切にする。あなたの狙いはいったいなんですの?」
学園での私の行動が行動だっただけに、疑われているようです。さすがに、気温調節の魔法陣のためです、とは答えかねて、私は辻褄合わせのために気合を入れます。
ここが正念場です。
「わたくし、人の悩みが手にとるようにわかるときがあるのです」
もちろん嘘、わかるのは乙女ゲームのシナリオに出てくる分だけです。でも前世、乙女ゲームを(物理的に)手にとっていたのは本当なので!
私はしれっと続けました。
「親しげに見えたというのも、殿下の御相談をお聞きしていたからでしょう」
ここで第二王子殿下に懸想とかしてませんよアピールです。
「殿下のお悩みのことですから、まず誰をおいてもプランタン様にお話しすべきとは思っておりましたが、人の悩みがわかるなど、とても信じていただけないと思い、お伝えすることもできずに今日まで来てしまいました。申し訳ございません」
「それで、そのような話を今されて、わたくしが信じるとでも?」
「そうですね。信じていただけないかもしれませんが」
私は表情筋を総動員して真剣さを保ち、訴えかけます。
「これまでよりは、今この時のほうが信じていただけるのではないかと」
そう言って、私はリヴィにべったりと貼りつく騎士団長子息に視線を投げました。
私の視線の先を追った侯爵令嬢は、目を瞬かせ、
「まさか、騎士団長の御子息も……?」
私は頷きました。
「ある時、わたくし、騎士団長の御子息が苦悩なさっている事柄がわかってしまったのです。それをリヴィ……あそこにいる元近衛騎士の方にお教えし、どのような言葉をかければよいのか助言いたしました。その結果がその……あれなのです」
王子の側近である騎士団長子息が、あのように熱のこもった様子で男に接するのを見たことがある者は、侯爵令嬢含め誰一人いないでしょう。
彼の態度が今までにないものになったのは、私が彼の悩みを見抜き、それを知った元近衛騎士が悩みを解きほぐしたためだ、と言われれば、まだ納得しやすく、信じてもらいやすいのではないでしょうか。
「えぇ……その、とても、信じがたいのですけれど、……」
「本当のことなのです」
真実味が増すように、私は精一杯、重々しく肯定します。
「かの元騎士にお尋ねくださってもかまいません。彼も一度は近衛騎士を拝命した者。王子妃となられるプランタン様に嘘はつかないでしょう」
私は嘘をつきますけどね!……リヴィは、まあ、嘘はつかずにうまくごまかすタイプなので問題ないでしょう。
「えぇ、でも、その、あぁ……彼の変貌ぶりを見せられては……」
騎士団長子息と私を交互に見ては、ぽつりぽつりと半信半疑でつぶやく彼女に、
「すぐに信じてくださいというのは、難しいことでしょうね。ですから、これからわたくしがお話しすることも信じていただけないかもしれませんが」
私はそう前置きして、乙女ゲームの王子ルートで明かされる王子の苦悩や相談事、残りイベントなど、余すところなく伝えました。もちろん、乙女ゲームのことはおくびにも出しませんが。
私の好感度より、正当な婚約者である彼女の好感度が上回れば、王子と私の間の好感度は穏便に帳消しになるでしょう。
そうなれば、春の魔法石の前に立ちふさがる障害はないも同然!
「殿下が……そのように悩まれていたなんて……わたくし……わたくし……」
狼狽する侯爵令嬢に、私は彼女を心から応援する旨を伝えました。
ここは無駄にヨーロッパ風の乙女ゲームの世界。イベントや言葉の選択で好感度が左右される世界。
でも残りイベントが少なくても……たとえ一つも残っていなかったとしても。相手が思い悩むことを知り、寄り添って共に在ろうとするなら、きっとそれは殿下と彼女の幸せにつながると思うから。
私は手にしたベルフルールを差し出しました。
「こちらのベルフルールはお預けいたします」
「……結婚式後には、確かにお返しいたしますわ」
「はい。信じております」
私はうまく言い抜けられたことにほっとして、笑顔になります。
「あの……レテ様、ありがとう存じます」
静かに微笑んだ彼女の姿は、ベルフルールにも似た美しさでした。
数日後、結婚式の招待状と一緒に、彼女の美しい筆跡で手紙が届きました。
私が語った王子殿下の悩みが、まさにそのとおりだったことに驚いたことや、王子殿下との関係がずいぶん良くなったということが、感謝の言葉とともに書かれていました。
「レテ、第二王子殿下の結婚式には行かなくていいのか?招待されてたんだろう」
王都を見下ろす丘の上、リヴィは急激に魔力を消耗した疲労から寝転んでいます。
「お断りしたの」
本来なら、王族の招待を断るのは難しいのですが、プランタン嬢から取りなしてもらい、事なきを得ました。乙女ゲーム関係者に関わって、これ以上余計なフラグやイベントの危険に接触したくないですからね!
「それに、次はついに夏の魔法石よ!」
「ま、殿下の結婚式が終わって、ベルフルールから春の魔法石を取り出してからな」
リヴィは伸び始めた草々の中に体を埋めたまま、上空の様子を眺めています。
「……こっちはそろそろ良いと思うぞ」
遠くから鐘の音が聞こえてきました。
結婚式が無事に執り行われたことを告げ、新たな夫婦の幸せを寿ぐそれは、高らかに鳴り響いています。私は精一杯の気持ちと魔力を込めて、魔法を放ちました。
「【閃光】」
上空では、しばらく前にリヴィが放った【氷霧】が溶けて、小さな水滴となり漂っている頃合いです。私は上空に光を振りまきました。
大きな虹がかかります。
「これならどこからでも見えるな。思いっきり魔力を持ってかれたが……悪くない」
私も急激に魔力を使いすぎて立っていられなくなり、リヴィの隣に寝転びました。
「うん」
「しかし、よくこんなことしようと思ったな」
「まあ、その……ちょっとした罪滅ぼしに」
「俺を巻きこまないでやってくれたらもっと良かったんだが?」
「小雨だったら私一人でもできたんだけど。パーティー組んでる以上しかたないからあきらめて?」
「ひどい」
ベルフルールはこのあと侯爵家に受け取りに行く予定です。
気温調節の魔法陣に必要な素材のうち、残すは夏の魔法石のみ。きっと夏の終わりには、みなさまに良いご報告ができるはずです。
みなさまの中には、この春、第二王子殿下と王子妃殿下のように、新しいスタートラインに立たれた方も、私とリヴィのように、これまで挑戦してきたことを引き続きがんばる方もおられることでしょう。
今、虹の下より、この春のみなさまを応援しています。
お読みいただきありがとうございます。