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六話

「皆、死んでる」

 地面に倒れた四人の男達を一人一人見て回りながら、パーレンは見ればわかることを改めて言った。

「あの巨大な蛇は何だったんだ? 俺達を助けてくれたみたいではあるが……」

 疑問を投げかける目がこちらを見つめた。私はパーレンに歩み寄り、袖をまくった右腕を見せた。

「……この腕がどうした?」

「あの蛇は、ここから現れたのだと思う」

 当然ながらパーレンは理解に苦しむ表情を浮かべた。

「いきなりそんなことを言われても……」

「以前にもあったんだ。同じようなことが」

「同じ? 蛇が現れたのか?」

「いや、妖精だ」

 これにパーレンは眉をひそめた。どう思っているのかが手に取るようにわかるな。

「つい先ほど巨大な蛇を目の当たりにしておいて、妖精はお前の妄想だとは片付けないでほしい」

「そんなこと、言ってないだろう」

「顔がそう言っている。私は記憶はないが、頭の働きは正常だ」

「別に、お前の頭がおかしいなんて思っちゃいないが、正直、言ってることがよくわからないだけだ」

 まあ、それもそうか。

「……じゃあ、順を追って説明する。まずはこれを見て」

 私は左腕の刺青を見せた。

「何だ、この絵は」

「よくわからないけど、宿で目覚めたらこんな刺青を入れられていた」

 これにパーレンは驚いたように私を見た。

「これ、刺青なのか?」

「ええ。両手足、胸から腹にかけてもあった。自分でもなぜこんなものがあるのか、未だにわからないでいる」

「憶えてないのか」

 私は頷いた。

「宿の女将は、異国人の男性が眠っていた私に刺青を入れていたと言うのだが、その理由は不明だ」

「異国人? 知り合いか?」

「どうだろうな。今の私には覚えがない。でも弱っていたところを助けてくれた恩人ではあるらしい」

「どういうことだ?」

「ずぶ濡れで傷を負っていた私を宿まで運んでくれたのだそうだ。そして刺青を入れ、立ち去った……まったく、よくわからない人物だ」

 ふとパーレンを見ると、難しい表情で考え込む様子を見せていた。

「……何か聞きたいことでも?」

 声をかけると、その表情はぱっと戻った。

「いや、何も……続けてくれ」

「……最初に襲われたのは、宿を出てからすぐのことだ」

「アーメルナヤン近くの街道、だったか?」

「そのことはもう話していたな。でもその男がどうなったかは言っていなかった」

「逃げるなり、撃退したんじゃないのか?」

「男は死んだ。けれど殺したのは私じゃない。妖精だ」

 パーレンは腕を組み、軽く息を吐いた。

「ここで、妖精が出てくるのか」

「もう一度言うけど、これは妄想じゃないから。真面目に聞いて」

「わかってる。疑ったりしない」

 真剣な目付きになってパーレンは耳を傾ける。本当に信じてくれるだろうか。

「私は男に追い込まれ、死ぬところだった。でもその時、私の胸が光り、その中から妖精が現れた。妖精は男の短剣を奪い、私の代わりに男を仕留めてくれた。そしてそのまま姿を消してしまった……今回と同じことを、私は以前にも体験している」

 パーレンは低く唸りながら考えている。

「蛇か妖精かの違いはあるが、確かに、さっきの状況とよく似てはいる。だが、今回はどうして妖精じゃなく、巨大な蛇が現れたんだ?」

「それは刺青の違いだと思う」

 私は自分の腹を示し、言った。

「最初、ここには子供が数人集まったような刺青があったのだけど、妖精が現れた後は、その刺青は何もなかったかのように消えてしまった。そして今回は右腕の刺青が消えた。これを見るに、絵ごとに現れるものが変わるのだと思う」

 これにパーレンは、やや険しい眼差しを向けてきた。

「つまり、お前の見解は?」

「私は、蛇も妖精も、刺青の絵が具現化したものだと考えている。私を助けるために現れてくれたのだと」

 これは確信している考えだが、しかしどこかでまだ自信の持てない自分もいた。あまりに現実離れしている自覚はある。自身でも疑いが完全に拭えないのに、こんな話を他人が、パーレンが素直に信じてくれるとは思っていない。鼻で笑われるのを覚悟して、私は彼の反応を待った。

「本当に、そうなのかもしれない……」

 そう静かに言ったパーレンを私は驚いて見返した。

「……何だ?」

「この話を、信じてくれるとは思わなかった」

 パーレンはうっすらと笑んだ。

「信じたというか、可能性だ」

「可能性って?」

「前に、ある本にそんな話のことが載ってたんだ」

「刺青の絵が具現化する話が?」

「ああ。もちろんこの王国じゃなく、異国の話としてだが。その時は単なる作り話としか思っていなかったし、お前の話を聞く今までもそういう認識でいた。だが、あんなあり得ない蛇を見せられたら、考えを変えざるを得ない」

 まさか私の体験と同じことが本に載っていたとは。読書家であるパーレンだからこそ信じてくれたと言えるだろう。

「それで、本にはどう書いてあったの?」

「その本は学者で冒険家でもある男の随筆をまとめたもので、異国を旅して回った一時期に見つけたこととして書かれていた。乾燥地帯の小さな集落にたどり着いた著者は、そこに住む者達が皆、刺青を入れてるのに気付いたんだ」

「私と同じ刺青?」

「詳しい描写はなかったが、人間や動物が色鮮やかに彫られてたとはあった。なぜ刺青を入れるのかを調べると、それは彼ら独自の文化だった。刺青は他の国にもあるが、その場合、入れる理由は装飾だったりまじないだったり、そんなことに限られる。しかし彼らは自分の命を守るための盾として、幼い子供にも普通に彫ってたそうだ」

「命を守る……それじゃあやはり、妖精も蛇も、私を守るために現れたのか」

「そうなんだろう。守護彫り――彼らは刺青をそう呼んでたそうだ。著者は刺青が具現化するのを目の当たりにして、守護彫りという呼び名の真の意味を知った。彼らの刺青はまじないの一種ではなく、実際に本人の命を守る生きた盾なんだと。そこからさらに興味を持った著者は、刺青を入れる彫り物師についても調べようとしたらしいが、できなかった」

「なぜ?」

「断られたんだと。守護彫りは彼らにとって守るべき文化で、真似されてはいけない秘伝の技だ。だから守護彫りは集落の中でもたった一人にしか伝えられない、一子相伝の秘技だった。そんな重要なものを、ふらりと現れた異国人に教えることなんて無理な話だったんだろう」

 本来なら異国人の私に、秘技とも呼ばれる刺青が彫られるはずはないのだ。それがどうして全身に施されることになったのか……。

「これ以上は調べられそうにないと思った著者は、ひとまず諦めて集落を出たそうだ。だが彼らの集落はとても貧しかった。乾燥地帯ということもあって、取れる作物も痩せ細ったものばかりだったらしい。いくら守護彫りをしてても、病気や飢えからはさすがに守ってくれない。再び集落を訪れるまで、彼ら民族が生き残っていればいいがと、文章はそんなふうに締めくくられてたんだが……」

「今も彼らは、どこかで生きている」

 私は左腕の刺青を見下ろし、言った。

「そうらしいな」

「パーレンが真面目に考えてくれたのも頷ける。そんな話が書かれていたなんて」

「さっきも言ったが、まだ信じたわけじゃない。この著者は他の本でちょくちょく脚色してたりするから、書かれてるすべてが真実かは疑わしい。だがそうだとしても、お前の話と、さっき目の前で起こったこと、そして本の内容……作り話という考えを変えるには十分過ぎるほど類似点がある。だから俺は具現化した可能性もあると思えたんだ」

 本の内容に嘘がない場合、私が予想したことはすべてその通りだったことになる。私の身の危険を察知して刺青が具現化し、敵を排除する……文章の通り、私には生きた盾、いや、盾のみならず、強力な武器までもが備わっていると言える。刺青があるのは左腕と両足の三箇所。すなわちあと三度、私は生き残ることができるということ……。

「刺青を入れたのが異国人だったというのも信憑性を感じるところだ。異国人自体はそれほど珍しい存在じゃないが、王都から離れた場所ではあまり見かけることはない。まだこの辺りにいるなら、割と簡単に見つけられるかもしれないぞ」

 これに私は首を横に振った。

「無理だ。異国人のことは宿の女将に聞いただけで、私は何も憶えていない」

「顔も見てないのか?」

「見ていない……いや、見ているのかもしれないが、記憶にはない。とにかくその男性については何一つ憶えていない」

「そうか……探しに行ければ、俺も刺青の一つでも入れてもらいたかったが」

「危険な目に遭わせてすまない。パーレンのことは私が守るから」

「危険を承知で来たんだ。自分の身は自分で守るさ」

 目を伏せ、パーレンは小さく笑った。

「何はともあれ、私がすべきことは記憶の回復であり、目的の達成だ。そのために動くのみだ」

「ああ。……ここから直接お前と会った街道まで行けるが、お前が目覚めた宿のあるほうへも行ってみるか? 遠回りにはなるが」

「アーメルナヤンのほうか……確かに、私に何か起きていたならあの周辺かもしれないのに、まだ見て回っていなかったな」

「それじゃあ行ってみるか。あっちから王都へ行くには峠を越えるんだったか」

「険しい山道になるけど、平気?」

「剣の腕は鈍ったが、足腰は弱っちゃいない。山を登るくらいの体力はある。お前のほうこそ平気か?」

 私は苦笑いを返した。

「正直、あまりな……。もしばてていたら引っ張ってくれ」

「いつも気丈だったお前も、そんなことを言うんだな」

「ここで強がったって仕方がない。……何かおかしいか?」

 パーレンはこちらをじっと見ていた。

「いや、別に……。まあ、焦ってもしょうがないことだ。景色をゆっくり見ながら山登りすればいい」

 私の肩をぽんと叩き、パーレンは歩き始める。私は、気丈な女に見えていたのか。そうでもないのだがな。弱音を吐けば、足がすくむことだってある。気丈だと見えていたなら、そうせざるを得なかったからだろう。今だって、襲われる危険に心はびくびくしている。でもパーレンが協力してくれるから、こうして気丈なふりができるのだ。彼の優しさに応えるためにも、なくした記憶につながる手掛かりが得られればいいのだが。山登りくらいでばててはいられないな――前を行く背中を、私は小走りで追った。

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