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第1章-5話 『灼熱』


アダムント領平原砦内部。

日も沈み、見張りを終えた太陽教の兵士達が食堂に集まり、歓談しながら食事を楽しんでいた。

ミディオがそっと耳打ちしてくる。


「食事の前に軽く自己紹介をお願いするよ、皆に君の事を知っておいてもらう必要があるからね」


気は乗らないが、仕方ないので頷く。

ミディオと共に食堂に入ると、周囲の視線が自然とこちらに集まる。


「皆、今日もご苦労だった。食事をしながらで構わない、彼を紹介させてほしい」

「初めまして、人造人間13番です。13番って呼んでください。よく分からない事ばかりですが、仲良くしてください。よろしくお願いします」


初めて動く人造人間を見た人ばかりだからか、食堂全体がざわつく。

加えて太陽教でも月教でもないし、彼らと共通点などない。

それに加えて、昼間に会った門番のアレックスは気に入らないという目でこちらを見ている。

居心地が悪い。

奇異の目で見てくる異世界の人間ばかりで、吐き気すら催しそうだ。

それを見たミディオは手を叩き、場を静める。

気配りのできる指揮官のようである。


「彼も我々と同じ人間だ。それに母親はアダムント王国一の魔術師シェノン。明朝より彼女の元まで送り届ける事にはなるが、アダムント国の新たな戦力として活躍してくれるだろう。だから、仲良くしてやってくれ」


ミディオに視線で促され、軽く一礼する。

それでようやく周囲の兵達の興味が散った。

食堂の椅子に並んで座り、ようやく落ち着く。


「悪かったな。皆、物珍しがっているだけだ。許してほしい」

「……ミディオさんは悪くないですよ」


布のエプロンを付けた配膳係の女性が、兵長、俺の順で食事を並べる。

平べったい黒パンと、赤色のスープだ。

布一枚の俺はいいが、周囲の男たちは鉄鎧を身に着けて活動していた者がほとんどで、これでは栄養が足りないように思う。


「いただきます」

「うん? それは?」

「あ、いえ……」

「ふむ……そうか」


無意識に手を合わせてしまった。

思えば周囲の誰も、いただきますとは言ってない。

絶対怪しい所作だが、ミディオには追及される事はなかった。


黒パンを手に持つと、俺の知っているパンより明らかに重く硬い。

これは焼いた小麦粉の塊のようなもので、ほぼ膨れていないのだ。

このままでは食べ辛いので、スープに浸して食べる。

だが、スープも塩気が無く、あるのは果実系の強い酸味と僅かな野菜の旨味。

正直、美味しくはないが食えるだけマシと思い、よく噛んで食べる。

デンプン、アミラーゼ、デンプン、アミラーゼ……。

これは甘いんだ、甘い、甘い……。

甘くない。

ドライアドに貰った果実の方がよっぽど栄養があって旨い。


「どうしたのかね? そんなに険しい顔をして」

「い、いえ慣れない食事で」

「私も幼い頃は、苦手な野菜を食べるのには苦労した。デザイアという広く知られる魔術で味覚を変化させられるようになってからは、どうにか食べられるようになったがね。ははは」

「僕にもできますかね?」

「物は試しだ。何でも美味しいものを思い浮かべるといい……と言っても、君にとってはこれが初の食事になるのかな?」

「あっ、いえ」

「ははは、遠慮するな。部屋から故郷の蜂蜜を持って来よう。これで君が苦手な物も、全部蜂蜜味になるぞ!」


ミディオ兵長は満面の笑みで立ち上がると、食堂の外へ駆け出していく。

まぁ、食感はともかく、甘ければこの硬い黒パンも長く楽しめて良いかも知れない。

暇なので教えてもらった通りに、昼間食べた桃色の果実をイメージし、千切った黒パンを口に放り込む。

美味しいものを食べたいという欲求であれば、イルナースに教えてもらったデザイアが効くはずだが、本来は味覚によりそれが栄養になるかどうかを判断していたのではないか?

……まぁいい。

ここで出された食事は安全に違いないのだ。

ドライアドの瑞々しく甘い果実を思い浮かべ、黒パンを咀嚼する。

やはり食感は変わらないものの、黒パンだけで果実由来の甘みを感じている気がする。

たった一かけら混じっただけの微かな甘みであるが、今後も訓練すれば、完全に味のコピーもできるのかも知れない。

幼少期のミディオ兵長を思い浮かべると、食には苦心していたようだ。

……やはり、ミディオは気の良い男だ。

願わくば、こういう男とこの世界を冒険してみたいものだ。

魔王討伐メンバー候補。


下らないことを考えていると、ミディオが陶器の瓶を持って戻ってくる。


「待たせたな。蜂蜜をやるとは言ったが、これは貴重品だ。一口でしっかり味を覚えるんだ」

「ありがとうございます……では」


ミディオの突き出してきた木の棒に、蜂蜜を塗り付け、それを咥える。

ほのかに花の香りを含んだ、自然豊かで強烈な糖の甘みだ。

こいつは美味い……ドライアドの果実よりも、遥かに栄養価が高そうだ。


「おっと、これ以上は渡せないな。君も武勲を上げれば、行商から買えるようになる。ふふ、これからの目標が出来たかな?」


唐突に、頭が割れそうなほどの頭痛が襲ってくる。

あまりの痛みで、冷や汗を流して固まることしか出来ない。


「……くっ」

「どうした? あまりの美味さに、我を忘れそうか? そうこの蜂蜜は私の故郷の妹が……」


ミディオの声が遠ざかり、意識が薄れる。

どうしたんだ俺?

全身に激痛が走り、全く動かせない。

それどころか、幻聴まで聞こえてくる。


「浮気者ね、レイジは」

(!?)

「もっともっと美味しい蜜の味を、一緒に楽しみましょう……?」

(ドライアド……!!)


昼間に食べた桃色の果実か……!

全身に木の根が張り、脊髄をまるで蛇が巻き付くように絡み付いてくる。

それが、脳に到達する頃、耳奥で蔓の先端が暴れる。


(レイジ、いただきまぁす)


生存欲求……いや、無理か。

ああ……。


「はひっ、ひひひっ……ひはははは…………あ゛っあ゛あ゛」

「これは!?」


眼前のミディオ兵長は俺の異常を感じ取り、咄嗟に距離を取る。

混濁した意識を保ったまま、ドライアドが俺の口から発声する。


「うふふ、兵長さんの蜂蜜。とっても美味しかったわぁ」

「貴様、木精だな……夜になるまで待っていたのか」

「違うわ。この子は私のモノなの、ダメよ、横取りは」

「何という事だ……ここに来るまでの間に、魔物の手に掛かっていたか」

「さぁ、アナタ達にこの子を殺せるかしら? この国の希望になるこのホムンクルスを」


異変を察知した周囲の兵10人が武器を持って、俺を取り囲むようにミディオ兵長の元に集まる。


「兵長! 木精とは言え、不完全な今なら、仕留められますが……」

「くっ、待て! まだ……手を出すな」

「人間が生まれる前から、エルフと木精は共生してきたものね」

「……今では人間とエルフも同胞だ。どうか彼を離してくれまいか」

「いいえ、人間の為にこの子を利用しようとするのなら、エルフのアナタでも敵よ。この子は私のモノだもの……」


俺の声帯から発せられた言葉を最後に、急速に場が殺気で満ちる。

ミディオは苦い顔をしていたが、遂に懐から出した小剣を俺の方へ突き付け、けん制しながら指示を出す。


「非戦闘員はルナリエ小隊を呼び、弓兵は食堂に火を放て!! 今すぐにだ!!」

「そう、じゃあ……こちらも準備させてもらうわ」


指示を受けた周囲の兵は、駆け出していく。

それに反応したドライアドは俺の身体を栄養源に、巻き付いた蔦と体内に根付いた樹木を急成長させる。

神経という神経が悲鳴を上げ、どう考えても死ぬ程痛い……助かる見込みもない。

それでも、どこか気持ちいい。

これから始まるのは戦闘を見届け、次の糧とすることに意味がある。

単純に好奇心だけで、この辛い状況でも意識を保っていられる。


(命を搾り取られているのに、まだ余裕があるのね……?)

(いいから、好きなようにやって見せろよ)

(あはははは……いいわ、見せてあげる)


「総員、一斉攻撃!! 取り囲め!!」

「きゃは」


俺の身体めがけて、四方から鉄の剣と槍が高速で突き出される。

しかし、その全てが身体に到達する前に蔦で絡め取られる。


「太陽も無いアナタ達じゃ、いくら束になっても勝てないわよ?」

「このぉ!!」


その中で咄嗟に長剣を手放したアレックスが鉄のブーツで、俺の両足首を蹴飛ばす。

俺の身体はバランスを崩すが、触手のように伸縮する蔦を支えにまるで側転するように包囲を抜けて、すぐ復帰する。


「まるでダメ」


俺の足先からだらしなく伸びた根っこが兵達の足を絡め取り、転倒させる。

ブーツを脱ぎ棄てて難を逃れようとする者、ナイフで抵抗する者、足元へ松明を振り回す者……武器の取り回しが難しい屋内は混戦となる。

その中でもミディオは冷静で、周囲広がった根に酒を撒いて、兵から奪った松明を放り込んで炎上させる。


「随分情熱的ね、火照っちゃうわ」

「皆、厨房まで下がれ!!」


俺の身体と周囲の木材から栄養を吸い上げ、根っこと蔦は際限なく広がるが、厨房から持ち出された油と酒による炎の壁で戦線は拮抗する。

こうして膠着している間に、食堂の壁、テーブル、椅子とどんどんと燃え広がっていく。

焼けた天井には穴が開き、綺麗な三日月と星々まで見える。

それでも兵たちの統率は取れている。

黒煙に包まれながらも、皆、戦意を失っていない。


「くそ……ルナリエ小隊はどうした!!」

「それが、外からも木精の襲撃が!!」

「現状の戦力で、この木精を抑える! 厨房にいる者以外は、ルナリエ小隊の援護に回れ!!」

「了解!!」


火中の食堂に残った兵はミディオを含めて4人。

アレックスはかまどに突き刺してあった赤熱した鉄剣を引き抜いて、カウンター前に飛び出してくる。


「俺が仕留める。兵長は負傷者を頼む」

「……分かった」


ミディオ兵長はカウンター奥で、治癒系の魔術を使っているようだ。

それ良く見せてほしいんだが。

それを遮るように、アレックスが炎の壁越しに立ちはだかる。


「あらあら、怖い怖い……そろそろ本気を出そうかしら?」

「っ……ふぅーー」


蔓も根っこもあるドライアドに剣は不利だと思うが、どうするか。

アレックスは一つ深呼吸をして、両手に持った鉄剣を鉄鎧の肩に担いだ。

そして瞬く間に鉄剣の刃が白く発光し、その表面がドロドロに煮え滾る。

無頼魔術か……!?


完全に間合い外からの横薙ぎは、溶融鉄の刃を打ち出した。


ドライアドの操る俺の身体は右腕を盾にして胴体への直撃を免れるが、飛散した高温の鉄が蔦と根っこに引火する。

しかし、一瞬の間隙に左腕から突き出された、しなやかに伸びた枝の刺突が、鉄鎧ごとアレックスの心臓を貫く。

それでもアレックスは倒れない。

心臓を貫く枝ごと、炎の壁を隔てているこちらに向かって突き進んでくる。


(あの男、生存欲求で生き残ってるわね。それなら、魔力が枯れるまで搾ってから殺してあげる)

(ドライアド、答えてる余裕があるのか?)

(焼けたのはレイジの右腕だもの)

(ふぅん)


ドライアドの枝葉が心臓を侵食し、アレックスの胴体から真紅の鮮血が噴き出す。

しかし食い付いた枝は抜ける気配がない。


「そろそろ終わりに……」


そう口にした俺の口内に、厨房から飛来した矢が突き刺さる。

炎の壁の向こうからミディオが正確に射抜いたらしい。


(無駄よ無駄)

(なんかデジャヴだな)

(……?)


ドライアドの注意がそれた一瞬を突いて、火達磨のアレックスが炎の壁から飛び出してくる。

魔力と生気を吸いつくされ、肌も髪も黄土色になってはいるが、その眼の闘志は失われていない。

死に体のまま組み付いて、詠唱を始めた。


「火神ブレイズに、我が怒りと命を捧ぐ」


火神ブレイズ?

アレックスは太陽神信仰じゃなかったのか?


アレックスの髪色と瞳が瞬時に赤く染まる。

死に体だったアレックスの身体は鉄鎧を変形させるほど膨張し、俺を睨みつけるその顔は憤怒に染まっていた。

ドライアドは蔦を振るって振り解こうとするが、凄まじい怪力に抱かれた蔓が次々と灰になっていく。

アレックスを中心に千度を超える熱風が渦巻く。


「面倒持ち込みやがって……テメェだけは許さねぇ、殺す、殺す、殺すッ!!」

(お馬鹿さんね、ここにいる私を殺したって、外の私は死なないわ)

(これって自爆か……?)

(そうね……バイバイ、レイジ。また会いましょう?)


アレックスと隔てるように、ドライアドの蔦と枝葉が俺を包み込んだ。

しかし、次の瞬間に眼前に飛び込んできたのは、アレックスの掌と、白い閃光で。


「……憤怒爆弾(アンガー・ボム)!!」


顔面を鷲掴みにされ、アレックスの体内から噴き出す爆風に飲み込まれる。

この爆風では死ぬ。

当然の報い……軽率に魔物の果実を食べた俺のせいだ。

だが、何も知らないんだからしょうがないじゃないか。

……今度はうまくやる。



暗闇の中、青い炎に囲まれた俺は、右手に銃の形を作った。


「ロード」


-----



ここまでのまとめ


阿部零次

データ0000000000:顔合わせ前

データ0000000001:罵倒前

データ0000000010:人造人間化前

データ0000000011:ドライアド接触

データ0000000100:ゴブリン3匹ソロ討伐後



※データ0000010000:セーブスロットが存在しない

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