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第1章-4話 『平原の砦』


平原を抜ける暖かな風を全身に受ける。

周囲の草花が揺れ、牧歌的な雰囲気すらある。

地平線まで見渡す限り魔物の姿が見当たらないのだ。


食べ終えた最後の果実の種を、掘った土の中に埋める。


「……美味かった、ごちそうさん」


ドライアドはここに居ないが、手を合わせる。

大地の恵み様々だな。

腹が膨れたところで昼寝でもしたいところだが、ここは未知の異世界。

陽が沈むまでには人がいる場所に辿り着きたい。


目を細めて平原を眺める。

その中に、砂粒よりも小さい何かが見える。

新天地への探求欲を意識し、目に魔力を集中する。

すると、遠方の丘に小さく、背の高い簡単な物見櫓が見えた。

人のような姿も確認できる。

森を離れてから今まで道標は無かったが、それを目印に平原を歩いて行くことにした。


*****


見つけた物見櫓に向かって歩くこと30分ほどで、木製の柵で囲まれた簡単な村の入口まで辿り着いたのはいいのだが、門番は友好的ではなさそうだ。

背丈ほど長い直剣を背負い、鉄鎧を纏い、急所になる間接部を黄色い布で巻きつけたその金髪の男にゆっくりと歩み寄り、笑顔で挨拶してみることにする。


「こんにちは、いい天気ですねぇ」

「そのみすぼらしい恰好に、髪色……信仰は?」


門番はこちらを睨み付け、剣に手をかけて警戒してくる。

ここまで歩いてきて殺されたくはないな。

セーブをしようかと考えたが、今更だ。

努めて正直に答えることにした。


「信仰とか、良く分からないんですよ。俺、人造人間で」

「人造人間だと? 遂に完成したというのか?」

「そうなんですかね? 目覚めたばかりで、世情にも疎くて……」

「ふむ……お前、そもそもどこから歩いてきた?」

「峡谷に荷馬車が落ちて、そこから」

「荷馬車が落ちた!? 先にそれを言え! 乗っていた他の兵達はどうした、まさか見捨てて逃げ出したとでも言うのか!?」


鬼気迫る表情で詰め寄られてしまう。

まだ生きていたイルナースを見捨てたのは確かだが、それをそのまま口にできる雰囲気ではない。


「俺には、どうすることも出来なかったんだ、ゴブリンの群れも迫ってきていたんだ」

「ゴブリン如きに背を向け、我らが同胞を置いて逃げ出しただとっ……貴様ァ!」


男が振りかぶった拳を、男の背後に下り立ったエルフの男が掴む。


「アレックス、止めなさい」

「兵長!」

「人造人間の彼は身体は成人のようで、中身は右も左も分からぬ赤子同然。分かりますね」

「……はい」

「日没までに頭を冷やしておきなさい。私が彼から詳しく話を聞いて、今後の方針を決めます」


兵長と呼ばれた黄金色に長髪の男に手を引かれ、門の内へ案内される。

およそ兵長とは思えないほどに、華奢で細い肉体、やや尖った特徴的な耳と目鼻顔立ちの整った顔。

このエルフの男は弓を背負っており、物見櫓から騒ぎを見て飛び降りてきたらしい。


「さっきは、どうも」

「部下が無礼を働いた。申し訳ない」


兵長は糸のように細い目を伏せて謝罪しているようだ。

夜の間だけでもここで保護してもらえるなら、別になんでもいい。

促されるまま、見晴らしのよい物見櫓へ案内され、簡易的な木の椅子に座らされる。


「私の名はミディオ。この砦で兵長をしています」

「俺は、人造人間13番です。とりあえず、13番って呼んでください」

「では13番。早く貴方を母の元へ送り届けなくてはなりませんね」

「ミディオさんは、母のことを知っているんですか?」

「その前に1つ質問ですが、母の事を覚えていませんか?」


糸目の奥の金色の瞳が微動だにせず、俺を見つめる。

……俺の知る限り、俺を育てた母は前の世界の1人しかいない。

つまり全く覚えていない。


「何も、覚えていません」

「ふむ……そうですか。彼女の容姿でも、声質でも、体温でも……いや、貴方が生まれ育った場所の断片的な記憶でも、なんでも構いません。本当に何も覚えていませんか?」


この質問は、明らかに試されている。

正答を言い当てられなければ、今後の行動に大きく影響するだろう。

咄嗟に指の作りやすい右手の小指を立てて、セーブする。


――セーブエラー。

――指定されたセーブスロットは存在しません。


一瞬だけ意識が暗転し、脳内にそんな情報が流れ込んできた。

セーブに失敗した?

まぁ、今セーブできなくても、ドライアドからやり直せばいい。

正直に答える事にしよう。


「いえ、何も」

「そうですか、覚えていないのはしょうがないですね」


ミディオは視線を平原に移し、顎に手を当て何かを思案している素振りを見せる。

そしてそのまま俺の事を忘れてしまったかのように何かを呟き始め、自分の世界に入ってしまった。

俺はエルフについてはよく知らないが、皆こんな風なのだろうか。

ミディオ以外のエルフと会ってみないと分からないが……。


「それで、さっきの質問なんですけど」

「ああ……済まない。君の母についてだったね。この大陸の皆が、よく知っているよ」

「良ければ教えてください。どんな人なのか」

「彼女の名はシェノン。アダムント国一の天才魔術師だ。何せ、彼女の造った人造人間が、今まさに目の前でこうして私と話しているのだからね」

「他には?」

「人間でありながら、そこらのエルフよりも美しい女性だ。10年前アダムントの城下町に住んでいた時は、その気品溢れる美貌と比類なき知性から、貴族達から何度も求婚されたようで、彼らの献上した金品だけ頂戴して隠居してしまった。彼女は地位にも色恋にも興味を示さず、研究の道を選んだのだよ」

「何て言うか、凄い人なんですね」

「まぁ、あの荷馬車に乗っていた君だから話しておくが、君達人造人間はこの平原での戦争で亡くなった兵士の棺桶に混じって、秘密裏に国まで運ばれているんだ。国王への研究成果の報告のためにね」

「何故、秘密裏に?」

「非人道的な研究故に、城下町の人間が知れば大騒ぎになる。彼女と関係のある一部の人間にしか知らされてはいないんだ」


ミディオ兵長は砦で働く100人程の兵達に視線を送る。

見える範囲で男女比がおよそ8:2、全員が金髪であり、主に重装の戦士と弓兵、工作兵、救護員、料理人等々と役割分担されている。

皆が常にきびきびと行動しており、砦内が適度に緊張感に包まれていることから、非常によく鍛え上げられた兵のようである。


「ここにいる兵は皆、その研究について理解している。この最前線の砦で、長きに渡るエヴァリース国との戦争を経験してきているからね。ここにいる皆が、新たな戦力として、人造人間の完成を待ち望んでいたんだ」

「でも俺、ゴブリンから逃げるので、精一杯で……何も出来ませんでした」

「安心しなさい。どうであっても、貴方は人造人間として初の成功例です。この砦の兵長である私が責任を持って、貴方を保護しますから」

「……ミディオさんは今のように優しく接してくれるかも知れませんが、それでも……俺は戦争の兵器として、皆にそういう目で見られるんですね」


俺の率直な感想を聞いた兵長は少し困った顔を作った。

戦いは望む所だが、人間同士の戦争に身を投じるのは、正直乗り気ではない。

そもそも、魔族に支配されつつあるのに、人類同士で戦争などしている場合ではないはずだが。


「どちらにしろ、君を今すぐ戦争に参加させることは有り得ない。国王とシェノンに、君の事を報告して、それから決まる事だ。色々考えてしまうとは思うが、少なくともこの砦で兵長をしている僕は君を1人の人間として扱うつもりだ。だから、君の味方と思って欲しい」

「ありがとうございます」

「そろそろ、夜になる。ここの兵達の事をよく知りたければ、日のある内に彼らの動きを眺めているといい」


砦の内部から、今まで見たことも無かった紫髪に紫の装飾をした兵が20人程現れ、広場で食事を始める。

その中には人間ではない、毛むくじゃらの獣人間もいる。


「あの、毛深い人は?」

狼人間(ワーウルフ)だ。人間より知性は低いが、夜間における白兵戦の適正が非常に高い。彼らを見るのは初めてかな」

「はい。それに皆揃って紫色ですね。部隊で色分けしているんですかね?」

「信仰が違うのさ。私達は太陽神サイン様を信仰し、その信仰の証としてこの身に輝かんばかりの金色を授かっているのだよ」

「じゃあ彼らは?」

月教(ルナイン)……月神ルナインを信仰している。我々とは逆に、月の光を浴びる事で神聖魔術を行使できるのだ」


そもそもこちらの世界では月の光は太陽光の反射であったはずだが、そんな事を言って神を否定してしまえばこの世界の人間から怒られそうだ。

それに、月教って一切光の無い新月だったらどうするんだろう。


「つまり、彼らは夜の見張り役ですか」

「そう言う事になる。そして、基本的に夜は魔物達が活動を始める時間だ。彼らが苦戦するようなら、神聖魔術の使えない我々も援護しなければならない」

「やはり無頼魔術は、神聖魔術に劣るのですかね」

「当然。神なくては人は生きていくことすら難しい」


砦の外と中では、数人の兵達が数十メートルおきに松明や焚き火を設置していく。

各々着火の際には手元を輝かせており、神聖魔術を使っているようだ。


「兵長、たとえ話ですが」

「なにかな」

「もし荷馬車ごと、一切日の射し込まない峡谷に落とされたとして、たった1人でゴブリン100匹を全滅させられますか?」

「さっきのアレックスの話だね? 装備があったとしても、望みは薄いだろうね」

「もし太陽があれば?」

「1匹残らず射殺して見せよう」


兵長レベルであっても、神聖魔術無しでゴブリン100匹を相手するのは望みが薄いらしい。

神聖魔術有りだと大きく話は変わって、殲滅戦になるようだ。

この話が本当なら、神への依存が強い。

それ故に、必然的に昼夜で見張り役の信仰が分かれるようだ。


ミディオと話していると、紫髪の女兵士が音も無く物見櫓に上がってくる。


「今日もお疲れ様でした兵長。交代の時間です」

「そうだな」


ミディオは立ち上がると、物見櫓にある鐘を鳴らす。

すると兵達の配置が続々と入れ替わり、狼人間が率先して砦の外で座り込んだり、隣にいる黒装束の女性の目が紫色からまるで満月のような白色に変色する。

この世界に来て、初の日没、輝く三日月。

もう砦の外側を眺めても、暗闇が広がるばかりだ。


「さぁ、我々の仕事は終わりだ。見張りは彼らに任せ、夕飯にするとしよう」


こうして、俺は砦の中へ案内される事になった。



-----



ここまでのまとめ


阿部零次

データ0000000000:顔合わせ前

データ0000000001:罵倒前

データ0000000010:人造人間化前

データ0000000011:ドライアド接触

データ0000000100:ゴブリン3匹ソロ討伐後


※データ0000010000:セーブスロットが存在しない

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