表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

第1章-2話 『お荷物姫』


ゴブリンの本隊(仮想敵)が来る以上、ゆっくりしていられる時間も無い。

バラバラになった荷馬車の近くで伸びている眠り姫に駆け寄る。

くすんだ金髪に、所々縫ってあるぼろぼろの革防具と絹の服、身に着けた小汚い装備品の数々。

山登りは出来そうだが、周りで既に事切れている鎧を着た戦士達の仲間ではないのは明らかで、身なりを見るに、結構貧乏な非戦闘員なのだろう。


「お嬢さん、ゴブリンが来るよ」

「う、うぅ」


俺の呼びかけに反応して、金色の瞳を少しだけ覗かせたが、すぐに目を閉じた。

服の上から出血は見られないが、耐えられないほどに左脚が痛むらしい。

崩落した岩壁か、荷馬車の荷物に巻き込まれて脚に怪我をしているのだろう。


彼女を置いて逃げれば、ゴブリンに追いつかれることはない。

たとえ峡谷の南北から挟まれたとしても、数十匹程度ならば強引に突っ切れる可能性はある。

だが……手負いの彼女を背負えば、まず無理だろう。


「死にたくない……」

「荷馬車に何か使えるものは積んであったか?」

「確か……薬が、小さい木箱に」

「木箱だな」


戦闘員まで乗せていながら、救急箱の1つも無いわけがない。

荷馬車の残骸に駆け寄り、壊れた棺桶や死体をひっくり返して、濡れた木箱を引き抜く。

液体の入った瓶のほとんどが割れ、異様な臭いがしているが、それを持って彼女の元に戻る。


「グッドニュースだ、赤いの1本だけ無事だったぞ」

「そんな……ああ、サイン様」


彼女は手を組み、涙を流しながら天を仰いだ。

高さ50m以上ある峡谷を見上げてみたが、空は雲一つなくとも、太陽は見えない。


「……赤は使えないのか」

「赤は解毒薬です! どうして、そんな常識も知らないんですか……えっ!!」


彼女は俺の顔を見て、突然言葉を失った。


「人造、人間……?」


ああ、風神様が言うには、目覚めるはずのない存在なんだよな。

運んでた荷物が話しかけてきたら、驚くのも無理はないか。


「ありえない、こんなこと……」

「夢じゃないぞ。人造人間だから、この世界については何も分からない」

「他に、生きている人は?」

「……返事は無かった、恐らくいない」


お嬢さんは右手で顔を覆った。

感傷に浸っている時間はない。


「ゴブリン共が来る、逃げるぞ」

「アダムント王国のために、最期まで勇敢に戦った戦士達を置いていく事なんてできません」

「この荷馬車は、ゴブリンに襲撃されて落とされたんだろう? じきに本隊が来るぞ」

「まだ、瓦礫に埋もれた生存者が……いるかも、しれません。肩を貸して」

「おい、その左腕……」


俺の肩に伸ばしたその左肘から腕の先が、おかしな方向に曲がっていた。

素人目でも、明らかに関節が外れている。


「私はこの荷馬車の、たった一人の救護員(ヒーラー)なんです……ですから」

「……君を治す薬箱だって使い物にならないんだろう」

「それでも、私の使命なんです」

「なら、君だけでも助けるのが俺の使命だ。ここで共々死ぬくらいなら、生き延びて、救護員を続けた方が人のためになるだろ」


彼女の身に着けていた装備の全てを外し、装備した腰ポーチに骨のナイフと棍棒をしまう。

僅かな抵抗があったが、たくましい太腿を両腕で抱えるように彼女を背負う。

きっと足で稼いできたのだろう。


「どっちに行けばいい?」

「サイン様に向かって進んでください、すぐ平野に出られます」

「その、サイン様って言うのは誰だ?」

「我らの太陽神様です! 本当に何も知らないんですね……」


こっちが何も知らないのは知っているはずだが。

この世界の天で輝いている太陽は、太陽神サインというらしい。


「平野に出るとどうなる?」

「陽の光さえあれば、魔術で付近にいる人へ救援を送れます。どうかお願いします」

「分かった」


救援を呼ばれないよう、陽の入らない谷底に荷馬車を落とす知性がある以上、優秀なリーダーがいるようだ。

実際にゴブリンと出会った訳ではないが、予想ではこのまま囲まれて詰みだと感じてはいる。

だがゴブリンと鉢合わせていない以上、ゴブリンと遭遇しない可能性に賭けて平原を目指す。

それにしても、この姫さんは筋肉質でたくましい脚をしていた。

思った以上に重量がある事をいまさら自覚し、たった数分歩いただけで足が震え、腕が痺れを訴える。


「腕がもたない。休憩させてくれ」


岩陰に彼女を下ろし、両腕を振る。

人の背負い方も知らないし、そんな鍛えられた身体でもない。

やり直し前提で、少しでも情報を集めるべきじゃないか。


「そう言えば、君の名前は?」

「イルナース・サイン。人造人間の貴方の名前は……無いんですね」

「……ない」


面倒なので、そう言うことにしておく。

やり直し前提のニューゲームで名前を『ああああ』にしてしまうようなものだ。


「イルナース。さっき言ってた魔術って何だ? 俺には使えないのか」

「この世界には、大きく分けて神性魔術と無頼魔術の2つがあって、神性魔術は信仰する神から力を授かることで初めて使えるようになるんです」

「だから太陽が必要なのか」

「無頼魔術は……実際に見せます」


イルナースは周囲を見渡してから、左脚のズボンを捲り上げ、痣になった足首を見せてくる。

患部では血管が浮き上がり、皮膚が波打つほどに強く脈打っていた。


「これは?」

代謝向上メタボリズム。目を覚ましてからずっと自然治癒を試みているんですが、きっと歩ける頃には日が暮れてしまいます」

「そんなもんなのか」

「今の私にはこれが限界で、早い人は同じ傷を負ったとしても、もう歩けるまで回復しますよ」

「俺が今すぐ使えそうな魔術は無いか? 少しでも長く背負えたらいいんだ」

「……一番簡単な無頼魔術をお教えします、私を背負ってみてください」

「こうか?」


イルナースの筋肉質な身体を背負う。

少し休んだが、やはりこの姫は重い。

チュートリアルからプレイに制限がかかるNPC(お荷物)を背負うのは好きじゃない。


「私を背負って歩き続けるために、あなたが欲するものをイメージしてください」

「欲するもの……」


チュートリアルのスキップ……ではなく。

彼女を背負い続けるためには、体重を支えるバランスと、抱え続けられる強靭な腕が必要だ。

それに、ゴブリンから逃げるために、少しでも速く、長く、歩き続ける必要もある。


「イメージした」

「それを強く欲してください。求めるままに」


俺が思い描いたイメージへ辿り着こうとした瞬間、心臓が強く脈打ち、全身が熱を帯びる。

僅かにだが、自分の歩くペースが上がった。

腕は痺れを訴えるが、気力で堪える。


「欲求を満たすための無頼魔術、これを一般にはデザイアと言います。体内の魔力が、あなたの欲求を満たすために消費されたのです」

「デザイア……?」

「……ですが、人造人間のあなたにデザイアの才能は無いようです」

「分かるのか?」

「命が懸かっているこの状況で能力の向上がごく僅か……つまり、強い欲求がないというのは、デザイアを扱う上では絶望的なんです」


欲求が薄いことを、的確に言い当てられてしまった。

まるで、セーブとロードができることを見透かされてしまったかのような。


「ですから、あなたが私を背負って逃げることは不可能です。今すぐ私を置いてあなただけでも生きてください。これが最後のお願いです」

「何言って……」

「前からゴブリンの大群が来ているんです……だから今すぐ引き返して」


イルナースはいつの間にかゴブリンの気配を察知したようで、身体を揺らして、俺の背中から下りようとする。


「どうしてそんなことが分かる!?」

「言ったでしょう……これが私の欲求……」


その言葉を最後に、まるで操り人形の糸が切れたようにイルナースの身体から力が抜ける。

気を失った彼女を岩陰に下ろし、まだ生きていることを確認する。

足首を見てみたが、先程のメタボリズムは停止していた。


……回復を諦め、残った力を俺を逃がすための索敵に回したらしい。


彼女の才能は、生存欲求さえ超えた異常なまでの庇護欲と確信した。

自分が生きようと必死になるのが、人間ではないのか。

俺は何度でも死ねることを知っている。

だが、彼女は違う……。



その行き過ぎた自己犠牲を、俺には理解できない。



「……やってみなきゃ、分からないだろ」


ポーチから、骨のナイフと棍棒を取り出す。

数が多いとはいえ、一匹ずつほぼ一撃で殺せる相手だ。

万が一にも勝率はあるだろう。

今の俺には、それだけあれば十分だった。


「許してくれ」


俺はデザイアを自由自在に扱いたい。

ゴブリン共を試験台に、デザイアの扱いに慣れたいという気持ちしかなかった。


イルナースを置いて平原の方角へ駆けていくと、ゴブリンの大群が行進してきていた。

ざっと数えて50匹以上。

それぞれ持っている武器も、骨の棒、木槍、弓、石……凝ったものはないが、多種多様だ。

当然遠距離から射抜かれるとは思う。

だが、谷底にしては見晴らしがよく、壁沿いに隠れられそうな岩もない。


ゴブリン共をぶち殺すために必要な力をイメージする。

骨のナイフがあれば、一撃で無力化できる。

故に、矢で射抜かれる前に、接近する脚力が必要だ。


両脚にバネが埋め込まれたかのように、足裏が地面を弾く。

100m走の自己記録15秒フラットは超え、さらに加速する。

纏わりつく空気を押し退けるように前傾姿勢になり、大群の真正面から風の如く駆ける。


「キェェェ!!」

「ケッケッ!!」


矢より先に、耳障りなゴブリン共の嘲笑が飛んでくる。

そして、薄笑いを浮かべた数匹の弓手が前に出て、30m先からバラバラに矢を放ってくる。

元々俺に命中しない矢ばかりで、意に介せず突撃していく。


すると、ようやく連中は顔色を変えて武器を構え始める。

幾つも幾つもゴブリン共の構えた武器の切っ先が向くと無謀だったと思うが、引き返しても射抜かれるだけ。

今の俺は、何匹殺せるか、自分を試す必要がある。

覚悟を決めた。


先頭にいる弓手の首をすれ違いざまにナイフで斬り付け、木の槍を持ったゴブリンに棍棒を投擲する。

そして筋力差のまま槍を奪い取って振り回す。

近寄られたら、即座に殺される。

岩壁を背にし、近づこうとしたゴブリンの心臓を突き刺して、即席の矢受けにする。

噴き出した血で掴んでいる左半身が赤く染まるが、関係ない。

槍を引き抜いて、ゴブリン共に見せつける。


「てめぇら全員一匹残らず、ぶっ殺してやる!!」


雄たけびを上げるが、ゴブリン共が動揺する気配もない。

全くの無意味――。


それからはほぼ一方的な暴力を受けた。


矢をゴブリンで防ぐ。

振り回した槍が折れる。

ゴブリンが右脚に組み付いてくる。

右足に張り付いたゴブリンの首を、咄嗟に強化した腕力でへし折る。

投石が右目に刺さる。

左から近づいたゴブリンに蹴りを入れる。

右脇腹に新たな槍が刺さる……。



俺はゴブリン共の物量に押し倒され、心臓を抉られてもロードせずに最期まで見た。

引き裂かれた胴体から命の源が流れ出ていく。

限界を超えた出血のせいか、この身体は痛覚さえ失っていた。


命で博打をした代償としては、死に至るまでの苦しみがあまりにも希薄で……。



否、俺の魂はダメージの限界に達した人造人間の身体を捨てていたのだ。

暗闇の中に、4つの青い炎だけが灯る。

そこに風神はいない。

ただ、俺一人だけが取り残されていた。


随分とハードなチュートリアルだが、望むところだ。

ゆっくりと右手の中指を立てる。


「……ロードだ」



-----



ここまでのまとめ


阿部零次

データ0000000000:顔合わせ前

データ0000000001:罵倒前

データ0000000010:人造人間化前

データ0000000100:ゴブリン3匹ソロ討伐後

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ