第1章-1話 『サノバビッチ』
峡谷の谷底、崩れた荷馬車付近。
仰向けになった棺桶の中で、俺はすぐに目を見開いた。
前よりも健康的な肉体のようで、視力も触覚も嗅覚も問題ない。
聴覚も至っては十分すぎる程だった。
棺桶の外で、何かの気配がする。
何かを壊そうと殴りつけるような音、どこかで聞いたことのある、しゃがれた怪物の声。
きっとゴブリンだ。聞こえる範囲で2匹以上。
当然、棺桶の中に役立ちそうなものはない。
この肉体を埋葬するのが目的ではないのだろうから。
応援は来るだろうか。
この人造人間の身体にどれだけの価値があるか分からないが、
周囲に散らばっている十数体全てがゴブリンの食料になる以上、
ここにいるのは斥候で、きっと別に連絡役、本隊が存在するだろう。
速やかに棺桶から出て、斥候のゴブリン共を殺すしかない。
深呼吸。
勢いよく蓋を横へスライドさせた。
周囲を確認するとやや薄暗く、峡谷の岩壁を背にしている。
目の前には、緑色の耳の長い子供のような醜悪なゴブリンが2匹、少し遠方に1匹。
俺は裸足のまま至近のゴブリンに突撃し、左手で首根っこを掴んで、片目に丸めた拳の中指を捻じ込む。
当然、目潰しだ。
「ふっ、はあっ!」
気持ち悪い感触そのまま、もう片方の目にも拳を入れる。
直後、近くにいたゴブリンは仲間想いだったのか、奇襲から持ち直して鋭利な骨を持って飛び掛かってくる。
それはそのまま、ゴブリンの首を掴んで無防備だった、俺の左腕に突き刺さった。
流血。
「ぐっ、クソがぁ!!」
ゴブリンの持ち直しが思った以上が早く、反応が遅れたがややカウンター気味に、顎へ全力で右アッパーを入れる。
そのまま、ゴブリンの身体だけは引き離せたが、骨は深々と左二の腕に刺さったまま。
こいつらは体格が小学1年生の男児程度で、リーチで言えばこちらの方が有利だ。
健康な両脚と右腕があればゴブリンを殺すには十分、そう思っていた。
直後、俺の視界の隅から飛来していた矢が、俺の頬から首元に貫通した。
「お、あ」
遠くの、ゴブリン……。
幸か不幸か、俺の意識はその思考を最後に掻き消えた。
*****
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人差し指を立てていると、フルールが目の前にいた。
「どうしたのよ、今更怖気づいたの?」
「名立たるクソファンタジーほどでもないな」
生意気そうな顔して表情を窺ってくるフルールに、強がって見せた。
人造人間の肉体で死を経験しただけで、正直思ったほど怖くはない。
それでいて、どうにかならないでも無さそうだ。
「いきなり訳わかんないわよ」
「さ、早くその光ってるのを広げて、頭をドーンとやってくれ」
「……まさか、いっぺん死んできたの?」
「察しが良いな」
「それで平然としてるのはおかしいわよ、アンタ」
「心配してるの?」
「もっと慎重に動きなさいよ、ゴブリン達だって武装してるじゃない」
フルールは光の帯を広げ、峡谷の谷底を見せてくれる。
今いるゴブリンはさっきと同じく3匹らしい。
1匹は鋭利な骨のナイフ、もう1匹が棍棒、奥にいる1匹が弓。
弓を持ったゴブリンを指差す。
「こいつの矢に首を一撃でやられた。優秀だよ、こいつ」
「ほんっと、アンタの神経疑うわよ……」
「まぁ、この程度何とかなる」
「はぁ~言っておくけど、荷馬車の脇に転がってる女、まだ息があるから」
「ありゃ、人造人間じゃなかったのか」
「どうにか2人で逃げなさいよ」
それにしても人の心があるな、この風神さんは。
もしかして、さっき俺が射抜かれた瞬間、悲しいとか思ったのかな。
暗に助けろと仰っているようで。
俺はまた、棺桶に入った人造人間に目を向ける。
「無傷でゴブリンに勝てたら考える」
「気張りなさいよ」
今度は後頭部を殴られた。
*****
セカンドトライ。
身長以上ある棺桶の蓋を少し押し上げ、その縁をしっかり抱える。
行くぞ。
ゴブリン3匹の位置を確認して、蓋を脇に抱えて跳び起き、前衛の2匹を迂回して、30m先にいるゴブリンに突撃していく。
蓋を盾に一瞬振り向いて2匹のゴブリンを見るが、足は人間より遅い。
このまま引き離して、弓ゴブリンを仕留めるぞ。
ゴブリンが矢筒から矢を取り出して構え始めるのを確認してから、蓋を正面に構えて走り続ける。
残り距離は10mもない。
「ギシャア!!」
「おらっ、終わりだ!」
ゴブリンが驚いて上げた声で、距離感を掴み、蓋を投げ付けて死角から右フックを醜悪な横顔に入れる。
続けて体格差のままに押し倒し、傍に転がっていた矢筒の矢をその煩い喉に突き刺す。
ゴブリンの血は粘度が高く、返り血など飛んでこない。
「死ね」
「ギ、ギィ」
「おかわりだ」
二本目を突き刺し、横に掻っ捌いた。
俺の知ってるゴブリンなら、これでもう起き上がることはないはずだ。
振り向き、2匹のゴブリンを視界に入れ、矢筒から引き抜いた矢数本をまとめて右手に持つ。
矢尻は何かの骨だが、まぁまぁ切れ味は良さそうで、串刺しにするには十分だ。
ゴブリン達は尻尾を巻いて逃げるつもりのようだが、当然、逃がすつもりはない。
呼吸を整え、無言で骨を持った1匹に向かって疾走し、振りかぶった矢を心臓付近にまとめて貫通させる。
「ギィェ、ギィェエエエ!!」
ゴブリンが握りしめていた鋭利な骨のナイフを奪い取り、首に刺す。
一切の抵抗は無く、非力だった。
血塗れのナイフを引き抜き、棍棒を持ったゴブリンを追いかける。
逃がさない。
全力で逃げているつもりだろうが、足が短いせいか俺の小走り程度である。
だが最初から慢心などない、全力で追いかけ、仲間を呼ばれる前に殺す。
「ヘァッ、ヘッ、ヘッ!!」
「逃がさない」
ナイフを逆手に持ち直し、背後から迫る勢いのまま振りかぶって脳天に突き刺し、倒れたゴブリンの首を踏みつけ、へし折った。
念のため、頭蓋から引き抜いたナイフで首を落としておくことにした。
骨ナイフに付いた血をゴブリンの腰布で拭い、小さい木製の棍棒を拾い上げる。
「サノバビッチ」
復讐を終えたところで中指を立て、セーブ。
「さて……谷底の眠り姫さんはどこかな」
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データ0000000100:ゴブリン3匹ソロ討伐後