プロローグ2 『神の玩具』
俺と少女の間で、青い炎が2つ揺らめいた。
「うっさいドM!」
「最高だぜ」
可愛い声で10回ほど罵られて大満足だ。
俺は右手の親指を突き出した姿勢で、フルールに賛辞を送る。
だが、当のフルールは一度しか罵っていないというのに、何だか疲れた様子だ。
「はぁ、どうしてそうなるのよ。アンタのいた異世界って、みんなそんな感じなの?」
「それは無い。俺のような選ばれしドMはごく僅かだ」
「なら良かったわ……アンタ一人こっちに紛れ込んだけでも、神々のアイデンティティーが崩壊してしまうのに、何人も来たら堪らないわよ」
どうやら、こっちの世界にとってはとんでもないことが起こっているらしい。
そろそろ真面目に話してやるか。
「要するに、神々にとって俺は目障りなのか」
「基本そうなるわね。でもとりあえずは安心していいみたい、私以外誰もアンタを追ってきてないし、そもそも気付かれてすらいない」
「神って言っても結構ザル警備だなぁ……ん? フルールはどうして俺の場所が分かったのさ」
「ただの偶然。たまたま見つけたのよ」
「たまたま」
噛み締めて反芻する。
セーブしておけばよかったな。
「それで、風神様はたまたま見つけた俺を放っておいていいのかい?」
「私としては、退屈な世界で楽しそうな玩具を見つけたから、それでいいの」
「俺はガキの玩具かい」
「あ! 私神様なのに、ガキって言った!」
こいつ、アホとか、ガキとか……からかってやるとちょっと嬉しそうな顔するぞ。
ひょっとして同類なのでは。
故に相容れないな。
「人のこと玩具とか言ってるから良いじゃん。ここはあくまで対等に楽しく行こうぜ、プリンセス」
「まぁ、いいけど」
容易にデレる姫だった。
「それじゃ、この俺がサクッと世界救ってやるぞ」
「世界のほとんどが魔族に支配されてるから、引き返すなら今のうちだけど」
「燃えるなぁそれ。フルールさん、早く連れていっておくれよ」
「何にも知らないアンタなんてすぐ死んじゃうわよ!」
「心配するなって。望んで行くんだ」
一瞬のためらいの後、フルールは光の帯の一本を足元に広げる。
俺の知らない世界の景色、岩肌ばかりが露出した峡谷が映し出されていた。
その峡谷の細道から、谷底にフルールの指が滑る。
「ここで、人造人間を積んだ荷馬車がゴブリンに襲われて、谷底に落ちたの。本来なら、人造の肉体に魂を宿す事なんて摂理が許さない……でも、異世界から来たアンタなら、きっと行けるわ」
「唐突のダーク展開だな、こいつが人類の最終兵器ってか?」
谷底に落ちた荷馬車からは、十数体の人造人間がそこら中にばら撒かれている。
ご丁寧に、奇跡的に傷のない一体が拡大された。
小汚い布一枚で巻かれ、棺桶に入っていることまで分かる。
「ゴブリンは失敗作の人造人間をただの食肉としか思ってないし、人間も山奥で非人道的な研究をして魔族に対抗しようと、ありもしない可能性に縋っているの」
「ヒュウ、こいつが俺の新しい身体かい?」
「私の知る限り、人造人間の完成品なんて他にはないわ。元の世界に帰るなら今の内よ」
「まさか、帰るもんかよ」
フルールは小さく首を振ったが、もう俺を止めることもないようだ。
いよいよだな。
「準備はいい? こっちはいつでもいいわ」
人差し指を立てて、セーブ。
「準備オッケー」
「助けなんて期待しないでよ。私、下界じゃ人間にも魔族にも肩入れしないから」
「風神だから?」
「誰も、私を縛る事なんて出来ないの」
「いいよ。今までありがとうな」
「あ、アンタの事はどこかで見てるから。精々私を楽しませなさいよ」
「特等席で、俺のパーフェクトゲームを見ているがいいさ」
風神の彼女でさえ、俺がロードした時の事を覚えていない。
だから、そう確信した。
俺は神と対等、もしくは……いや、ただのドMゲーマーに過ぎない。
この世界を楽しむだけだ。
「ここに映ってる人造人間をよく見て」
「……ああ」
「そーれっ!!」
側頭部を殴られた感覚を最後に、俺の意識は半ば強引に人造人間に押し込められた。
さぁ、ニューゲームだ。
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ここまでのまとめ
阿部零次
データ0000000000:顔合わせ前
データ0000000001:罵倒前
データ0000000010:人造人間化前