プロローグ 『始まりは虹色の風』
画面に表示されるYou Diedの血文字。
「また角待ちゾンビで一撃かよっ! 流石、レビュー星1のクソゲーだな!」
俺は上機嫌にコンティニューを選択し、セーブポイントに戻る。
そこで、一旦冷静になって今の状況を整理してみた。
ゲームも、現実も。
……どうして。
「……現実はセーブもロードもできないんだかねぇ」
ゾンビに噛み殺されようが、石ブロックに潰されようが、眼前の画面で呑気に背伸びをしているキャラクターは何度でも蘇る。
何度も、何度でも。羨ましい限りだ。
「現実はこのクソゲー以下だな」
コントローラとヘッドセットを机に置き、背後のベッドに頭から飛び込む。
そして、俺の意識もまるで泥の中に沈んでいくようだった。
沈む?
最後に薄く目を開いた目に入ってきた光景、それは。
親の顔より見た、あの血文字より真っ赤な……綺麗な鮮血の池だった。
ははは。
阿部零次、ここに没する。
*****
俺の意識は、暗闇に漂っていた。
しかし、そんな雰囲気をぶち壊すかのように、アニメに出てくるような可愛げな少女の声がする。
「アンタ、何者?」
応答しようとするが、俺は虚空で喘いだ。
ん、いや、発声できそうだ。
「ただのドMゲーマー(ドヤ顔)」
「第一声ドMは中々ヤバいけど、ゲーマーって何よ」
「俺がなりたい職業ナンバー1よ」
「そんな職業知らないし、初耳なんですけど」
「アホだな~」
「なによぅ! アホって言うな!」
真っ暗闇の中で対話しているから見た目は定かではないが、言動がアホっぽい。
まぁ、どこのお嬢様かは知らんが、知らないことを理解しているのは評価しよう。
「……ま、俺もゲームがどうやって動いてるかはよく知らないけど。とにかくゲームは楽しいんだ」
「ふーん。それ、そんなに楽しいの? もっと詳しく教えてよ!」
「何度死んでもやり直せてさ、こう……強大な怪物に何度も立ち向かう感じ? たまらないぞ」
「えぇ……それ楽しいの? 死んだら痛いとか、苦しいとか、あるじゃない」
「ああ、それでも楽しい。むしろ、殺される瞬間が一番楽しいかもしれない」
「うわぁ、ぶっ飛んだドM」
「でも、現実はなぁ……」
年下の深窓のお嬢様(仮)に何話してんだ俺。
きっと夢だからさっさと寝よう。
目を閉じる。
「ちょー! 待って、消えてかないでよ!」
「え」
「私ならアンタの楽しいと思うこと、叶えてあげられる」
「マジ?」
「今のアンタって、突如別世界から流れてきた魂なのよ。だから、こっちのルールに縛られてないの」
「つまり?」
「こっちの世界なら、何度だって死んでやり直せるわよ。多分」
夢の存在のくせに、この少女。
どうやら本気で言ってるらしい。
「やり直し地点は、どうする? こっちで決められるのか?」
「ええっと……メモリア……いや、アンタはこっちの世界の存在じゃないし……そうだ! 試しにアンタが合言葉決めてみなさいよ」
「じゃあ……セーブ」
「それが合言葉?」
「ああ。ちなみにセーブはいくつできる?」
「知らないわよ! こっちはアンタの力も計りかねてるんだから」
「じゃあゲームらしく2進数でいいか」
見えない親指を折り、広げ、人差し指を折る。
両手で2の10乗までは数えられる。
俺は両手を握りしめて呟く。
「セーブ」
直後、目の前に1つ青い炎が灯った。
その小さな光に、少女の顔と身体が照らされる。
「アンタ、そんな顔してるのね」
「……綺麗だな」
思わず本音を漏らしてしまった。
絶えず変色し続ける虹色の瞳に、虹色にゆらめく長髪、小さい鼻と唇。
全身に纏ったうねる光の帯。
明らかに異常な風貌で、彼女は俺の世界には存在しないものだった。
「私が綺麗? そう見えるの?」
まだ小学生高学年程度の発育でしかない少女相手に、こんな本音だけの感想を漏らしてしまった悔しさで両手を握りしめる。
俺の負けだ。
こういう時ほど、やり直したい。出来るならば!
「……くっ、ロード!」
「えっ?」
握りしめた両手に青い炎が集まり、目の前が光に包まれる。
*****
小さな青い炎に、少女の顔と身体が照らされる。
「アンタ、そんな顔してるのね」
「できんじゃねぇか……」
「え?」
先ほど聞いた、俺の顔を見た感想だった。
この少女がまさか、同じ台詞を2度言ったりないだろう。
「いや、そっちの世界の創造神様はいい趣味してるな、と」
「どういう意味よ……? 言っておくけど、私も十二神の1人よ?」
「ははは……信じてやるよ」
この少女の助言通り、セーブが出来て、おまけにロードも出来てるんだ。
この異様な風貌の少女が神だって、何だって信じられる。
ははは……。
「……まさか創造神そのものか?」
「違うわよ。私は風神。風神フルールよ。流転の摂理を司ってるの」
「ふぅん?」
流転? 摂理?
よく分かっていないが、とりあえず分かったふりをしておく。
名前、フルールちゃんね。
「問題は、アンタが本当に謎の存在って事よ。摂理を無視して異世界から現れたのに、他の神は誰も駆け付けてこないんだもの」
「それで最初の質問になるわけか」
「そう。アンタ、何者?」
「ただのドMゲーマー、アベレイジ。レイジって呼んでくれ」
「レイジ、やっぱりアンタおかしいのよ」
「ドMゲーマーがか?」
少女は両手を腰に当てて、無い胸を反らせた。
これは典型的な、ツンデレっ娘の予備動作だ。(アニメ知識)
すかさず目の前に親指を立てて、セーブを念じる。
「うっさいドM!」
「ロードォォ!!」
全身が充実感と青い炎に包まれた。