魔族と人間3 『欠落』
【ロキ ブルシャン防壁前】
水路への進入口近くでルールーを降ろした後、エアに運ばれ空を飛ぶ。
帝国への情報リーク元も潰した。本陣も潰した。本陣から取り逃がした司令官たちもドラゴンに潰されるだろう。
後は、ブルシャン内の残党刈りだが……ガラハドとカロリーヌがいればなんとかなるはずだ。
これでやっと、魔族の街にも平和が戻る。
後、気になるのはルールーだな。
アイツは一体何をしようとしているのか。
ただブルシャンに戻るだけならば、俺達と一緒に戻ればいい。
水路に一体なんの用があるのか。
……くそ、やはり俺も一緒に行けば良かった。
何か、得体の知れない違和感が胸に残っている。
別れ際にルールーが見せた、寂しそうな、思い詰めたような表情がどうにも気になる。
「あーあ、前のツガイも死んじゃったし、今のツガイは遠くみたいだし、街も綺麗にしなきゃだし、色々面倒くさいなぁー」
真上からエアのぼやきが聞こえてくる。
エアのツガイ、リレフなるケット・シーのことは残念だが、全ての魔族を助けられる訳でもない。
戦争である以上、仕方のないことなのだろう。
……いや、ちょっと待て。
今、エアはなんて言った?
……今のツガイは遠くみたい。確かにそう言った。
リレフのことを、前のツガイとエアは言っていた。
そして、もう既に、今の相手が生まれている。それが当たり前のこととばかりに振る舞っている。
ということは繁殖相手が死んだら、新しい相手が自動で見つかるシステムか。それに合わせて前の相手の気持ちを忘れる。
ならば……魔族は常に恋心を抱く相手……ツガイがいるということか?
まてまて。妙だ。それは、おかしい。
「ルールーはどうなんだ? あいつは全く自分のツガイを心配していなかったが」
魔族のツガイシステムがそうであるならば、マンドラゴラであるルールーだって当然現在のツガイがいるはずだ。
だが、ルールーからは一切その話が出なかった。
同僚や、友達の心配ばかりしていた。
その素振りから察するに、心の底からツガイのことは気にしていなかったはずだ。
「ああ……。ルールーも今の私と同じだよー。片一羽なの。多分相手は遠くにいるんじゃないかなー」
遠くにいる。
……本当にそうなのか?
それならば、何故一緒にいようとしない? 探しに行かない?
街が攻められているこの状況下でこそ、愛する相手と一緒にいたいと思って然りなはずなのに。
そうだ、ルールーには、そういったツガイへの愛情というものが欠落しているように見えた。
そこが違和感に繋がった。
……エアと同じということは、ツガイと死別した経験がある訳だな。
「片一羽とは、ツガイの片方と死別した状態のことだな? ルールーの場合はどうなんだ? 前のツガイは何故死んだ?」
「あー、確かリレフが言ってたような……確か……」
「多分コレが最も大切な事なんだ、なんとか思い出してくれ」
助けを求められたわけじゃない。それでもルールーは仲間だ。
アイツがいなければ、帝国本陣を攻め落とすのにもっと膨大な労力が必要だった。
見過ごすわけにはいかない。
「あ、そうそう。行政区の条例でね、年に何回か水路の水を抜いてお掃除するんだけど……多分三ヶ月ちょっと前だったかな、朝に水を抜いた水路の中で倒れてたんだって」
「水路の中で倒れてた……? 病死か? 事故か?」
「ううん、お腹を短刀で刺されてたみたい。見つけたときはまだ生きてたから、ルールーを呼んだみたいだけど、戻ってきてすぐに死んじゃったみたいだよ。物騒だよねー」
「刺された? 誰に?」
「知らないよー。交尾前に死んじゃった魔族だよ。みんなそんなに興味ないし。物騒だから調査はしたみたいだけど結局良く分からなかったんだって」
刺し殺されただと?
誰か他の魔族に殺されたのか?
何故、そんな必要がある?
……いや、違う。そうじゃない。
誰に殺されたか。なんて、その答えはシンプルで、簡単なことだ。
人間である俺ならば、すぐに分かる回答だ。
……だが、奴の仕業だとしても、ルールーは何をしようとしている?
ツガイが刺し殺された経験がある。
けれども、魔族のルールに添うならば、相手は死んでしまったのだからその愛情を忘れ、新たな相手ができているはずだ。
……駄目だ。何か、根本的な情報が足りていない。
過去に何体かの魔族とは、交流する機会もあったが……こんなことならばもう少し込み入った話もしておくべきだったな。
しばらく思考を張り巡らすものの、結局答えは出ないままブルシャンの防壁までたどり着いてしまった。
防壁の外でカロリーヌとエメットが手を振っている。
横には翼の生えた二体の魔族がいる。姿形がまるで同じだ。行政区から連れて来てもらったんだろう。
防壁近くでエアに下ろしてもらうと、二人が慌てた様子で駆け寄って来る。
「ロキ、ガラハドの様子がおかしい」
開口一番、エメットが言った。
「ガラハドの? 腹でも壊したのか?」
「冗談言っている場合じゃありませんわ。突然、居住区で暴れ回って、兵を殺していったかと思ったら……次は商業区へ向かって行かれまして……」
「はっ? 何をあいつ、勝手な真似をしてるんだ」
あの堅物が? 冗談にしか思えないが、カロリーヌの表情で嘘は言っていないと分かってしまう。
「止めたのですが……結果はこの通りですわ」
カロリーヌは真っ二つに切り裂かれた弓を差し出す。
「カロリーヌ自身も襲われそうになった。なんらかの魔法に掛かったのかもしれない」
エメットも眉間に皺を寄せて親指を噛んでいる。
くっそ、錯乱した魔族の仕業か? ……マズいな。
「すぐに向かう!」
「駄目です! 殺されますわよ!」
「ガラハドが俺を殺す訳がないだろ!」
何年も一緒にいたガラハドが。暗殺者から救出してくれたガラハドが俺に剣を向けるはずがない。
「落ち着いて。ロキ。今ガラハドは何も分からない状態なんだ。例え君だって、認識されなきゃ切られるよ」
「じゃあどうする! どう助ける!」
幾らガラハドでも、千人規模の兵に囲まれれば、無事じゃすまない。魔族があてにならない今、俺達で助けるしかない。
「なんだか分からないけど、ロキがそれを考えつかなきゃ誰も思いつけないよー。だから落ち着きなよ」
「これが落ち着いていられるか!」
場がシンと静まりかえる。魔族であるエアにも心配されて、それで八つ当たり。最低なヤツだな俺は。
「……すまん、エア。大丈夫だ。落ち着いた」
「どちらにせよ、ガラハドが商業区に向かってから、もう小一時間以上時間が経っている……無事だといいけれど」
どうする。考えろ。ガラハドに直接会わずに、助ける方法を……。
何もガラハド本人に会わなくても、乱心の原因を絶てばいい。
つまり、魔法だ。ガラハドに魔法をかけた相手がいる。
エアの方を向き、問いかける。
「俺の仲間が突然発狂して暴れ回っている。そんな魔法を使える魔族に心当たりはないか?」
エアの顔色が変わり、少し考え込んだ後に首を振った。
……心当たりがあるんだな。これは。
だが確証が無いから言わない。そういうところだろう。
ぐずぐずはしてられない。
魔族達の集まる行政区に向かって、エアの視線と顔色を見れば恐らく誰がやったのかは分かる筈だ。
「ガラハドは行政区で戦っていた。恐らくまだ魔法をかけた魔族も行政区にいる。すぐに向かおう」
うなずき合って俺はエア、残りの二人も翼の生えた魔族達に行き先を告げた。
カロリーヌと会話する翼の生えた魔族達を苛立ちながら見つめる。
つうか、本当に二匹ともそっくりだな。違いがまるで分からない。
二匹揃って、まるで恋人のように寄り添い合っている。
この非常時に――
――!!――
その瞬間、ルールーの思い詰めた顔が、そして一つの考えが俺の頭を横切ってきた。
「……その魔族達は双子かなにかなのか?」
同じ姿形の魔族のかわりにエアが答える。
「魔族は常に 双子だよー。親の姿をした男女が一組生まれるの。あの二羽は 同種だったんだろーね。ママもパパも同じ種族」
同種。常に双子。男女…………そうか。
俺はまだ、人間の価値観に縛られていた。
魔族の愛情は人間の縮尺に当てはまらないと分かっていた筈なのに。
根本的な情報が加えられ、バラバラだった情報が一つにまとまっていく。
「エア。もしかして魔族は生まれた双子同士で繁殖していくのか?」
「うん? そーだよ。まあ私はそれが出来なかったんだけどね」
リレフのことだな。
ルールーにもそんな相手がいた。
生まれてからずっと一緒に暮らし、生涯添い遂げるはずだった相手だ。
その愛情はとても深いものだっただろう。
だがその相手は刺されてしまった。
リレフに呼ばれ、ルールーはその死に際を目撃している。
その時の、絶望は言葉に表せない程深いものだっただろう。
つばさの死に際を見た、俺だからこそ余計に分かる。
「……分かった。全て理解出来た」
ルールーに感じていた違和感の正体が理解出来た。
ルールーは魔族であるにも関わらず、ツガイの心配を全くしていない。
それなのに関わらず、殺された同僚を見て騒いだり、ドラゴンと暮らす友達を心配したりする。
エアの心はリレフへ向けた愛情を忘れてしまっている。
それなのに、ルールーは、リレフの死を察したり、死を受けて明らかに元気をなくしたりする。
片一羽なのに、ツガイに向けた愛情を感じない。
まるで、ツガイが存在してないかのように。
それはつまり――
「エア。恐らくだが……魔族は自由恋愛とかもできるんじゃないか?」
「自分で好きな魔族選ぶってこと? 人の意識 だねー。できるけどいないよーそんな魔族。だって相手がいるん――」
エアの返答を最後まで聞かずに、俺はエメットとカロリーヌに顔を向ける。二人ともこんな時に何を話してるんだ。って顔をしているな。
分かってる。ガラハドのことも心配だが……ルールーも魔族といえど行動を共にした仲間だ。
行動がおかしければ、心配だってする。
助けられるなら、助けてみせる。
「エメット、カロリーヌ……二人は別の所に向かってくれ」
****






