魔族と人間2 『忠誠の誓い』
【ガラハド 行政区】
行政区の大通りに女の絶叫が響き渡った。
間近で鮮血を浴びせる結果となってしまったのだ。可愛そうなことをした。
ガラハドはそう考えながら、刃に付いた血を振り飛ばす。
動きを止めた赤の男を見る。
剣を打ち合っているときは、これぞ真の戦士だと畏怖の念を覚えた。誇り有る勇者だと敬意すら覚えた。
だが、それはガラハドの錯覚だったようだ。
その力を認めていただけに、弱き者を、女を人質を取るなどという下種な行為を許せなかった。ガラハドが信じる騎士道を汚されたと感じていた。
ガラハドは首を振る。後味の悪い結果となってしまったが、本来は戦うべき相手ではなかったのだ。恨むのならば、男の強さに対峙する誘惑に駆られてしまった自分自身を恨むべきだろう。そう戒める。
行政区に集まっていた兵達は既に逃げ出していた。ガラハドを王国の雷英だと把握していた兵も何人かいたようだ。
残されたのは女とガラハドのみ。
真っ赤な鮮血を浴びた女は、死体の横に座り込み、気が触れたかのように泣きわめいている。
赤い翼を持った男はこの女を人間と言っていた。
何故、人間の女がこんな所にいるのかは分からない。帝国の関連者かもしれないし、領事館の関係者なのかもしれない。実は魔族なのかもしれない。考えても詮無きことだった。
なんにしても、ガラハドは魔族と敵対する意思もなければ、女子供にも手を掛けない。ガラハドの敵は帝国のみだった。
「大丈夫か? 歩けないのならば手を貸そう」
うつむいたまま、嗚咽を漏らす女に向かい膝を立てて座り込む。手を差し出すが、気が付かないのか反応が無い。
顔は髪に覆われ、肩は震え、声にもならない声を吐き出している。
「ここはまだ危ない。屋内にこもっていなさい」
ガラハドが優しく声を掛けると、ふいに女が顔を上げた。
「危ない? あなた達が、そうしてるんでしょ?」
瞳が青白く輝いていた。
その目を見た瞬間、ガラハドの思考が止まる。
身体中に電流が走ったかのような衝撃を覚える。
女の潤んだ瞳に、心が吸い込まれていく。
女はガラハドの頬を触り、続けた。
「お父さんが……何をしたの。リレフが……何をしたの? ……人間の迷惑をかけた!? 死ななきゃならないことをしたの!?」
ガラハドの魂が歪み、女の存在に支配される。
目の前にいる女が何よりも愛おしく、美しい存在に置き換わる。
女の瞳が、ガラハドの瞳に近づいていく。女の瞳越しにガラハドの姿が見える。
後ほんの少しで顔同士が付く、そのような距離で、女がつぶやいた。
「この街に居る人間を全て殺せ」
女は両手を使いガラハドの頭を両側から抑え、憎悪の瞳を燃え上がらせる。
「人間は全員ブルシャンから居なくなれ! 死んでしまえ!」
ガラハドは頷き、立ち上がった。
****
【****】
『私は……何をやっている?』
ブルシャンの至る所で、兵士達の叫び声が上がる。
居住区で散り散りになってエルヴェを探していた兵達は、突如現れた黒い影に為す術なく斬り殺されていく。
『あの御方の為に、私の力はある。そう心に決めたではないか』
商業区では、未だ本陣壊滅を知らぬ兵達が西と東の門を封鎖していた。
それぞれ千人規模の部隊だったが、そこに現れた黒い男が次々に斬殺していく。どれだけの人数で矢を撃とうとも、それを常人ならぬ早さで避け、またあたっても怯むことなく、次々に首を跳ねていく。
『あの御方……とは誰だ?』
集団で囲み、槍を突きつける。だが黒い影は時に飛び上がり、時に槍の上に乗り、切り捨てていく。背に刺さろうとも、腹に刺さろうとも意にも止めていない。
『私が愛した御方は生涯ただ一人だ。そして、忠誠を誓うのも、ただ一人……だが、それは誰だ?私は誰のことを言っている?』
集団で振り抜かれる剣は受け流され、弾かれ、時に片手で掴まれへし折られる。刃が届いたとしてもそれは浅く、動きを止められない。
『ああ、そうだった……私は、あの名前も知らぬ御方のことを……』
ガラハドは満たされていた。心の中は、一人の女に支配され。それがとても心地良かった。
『愛しております。その美しい髪を。愛しております。そのいとおしい顔を。愛しております。その小柄なお姿を。愛しております。その心地良い声を。愛しております。名を知らぬ貴女を。愛しております。その全てを。愛しております愛しております愛しております愛しております愛しております愛しております愛しております愛しております愛して…………』
ガラハドが膝を付き、血反吐を吐いた頃、ターンブルの兵は全て動きを止めていた。
王国が誇る英雄ガラハドは、魔族の街を占領していた帝国残兵三千以上をただ一人で壊滅させた。






