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群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――  作者: 宮島更紗/三良坂光輝
序章    ――別れと、出会いと、――
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 悠人4 『弓英』

【悠人⑦】

「……知っておりますわ。お父様が、私の実の親を討ったことは」

 ゴラムとの社交を終え、俺とガラハドはカロリーヌに連れられ客間へと通された。


 決して広いとは言えない客間だったが、客椅子とテーブルはそれなりのものが使われていて、かろうじて持てなすための体裁が整えられていた。

 飾り一つ無い部屋だったが、部屋の端には場違いかのように男の石膏像が置かれている。

 両腕を伸ばした裸の像が、物悲しげに俺達を見つめていた。


 既に用意されていた安物のお茶を口に含みながら、俺はカロリーヌの言葉に耳を傾ける。


「五つの頃、全て明かされました。私がなぜ半獣でありながら、人間であるはずのお父様に育てられているのか。本当の親はどうなったのか。全て打ち明けられ、頭を下げられました」


「恨んでいないのか?」


「……子は、環境に順応できるのです。何を恨むのですか。お父様からは沢山の愛情を注いでいただきました。何もできない私に、言葉を教え、弓を教え、人として生きる道を教えて下さりました。」

 カロリーヌはティーカップに口を付け、続ける。


「確かに、お父様は過去、間違った行いをしてしまったのかもしれません。ですが、それを反省し、今こうして私を保護しております。不器用ながらも私の親として、私の拠り所として居て下さいました。私は……私はお父様の娘です」

 凛として話すカロリーヌの表情には迷いはない。

 心の底から、ゴラムの事を父親だと考えているのだろう。

 実親の仇であったとしても。


 ならばこれ以上、俺からは何も伝えることはない。


「では、そろそろ話して貰おう。……何故、俺を狙った?」


「殿下はこの屋敷を見てどう思われますか?」


「質素ではあるな。非常に風情ある佇まいだ」


「気を遣わなくてもよいのです。そこにある石像をご覧下さいませ」

 カロリーヌに促され、再び石像に目を向ける。


「何も持たない石像か。……気にはなっていた。元々、武器か何かが設置されていたのか?」


「ええ……元々アレには、宝石で彩られた、それはもう美しい弓が飾られておりました。……ラーゼファー家の家宝です」

 カロリーヌは淡々と事情を話し始めた。


 元来不器用だったゴラムは武で功を上げる他に、金を稼ぐ方法を知らなかった。

 ある程度の貯蓄はあったものの、国の意に沿わない退役を申し入れたため、国王へと金を支払い家の財政は頻拍していたのだ。

 退役後は家財を売り、質素倹約に努め、爪に火を灯す日々が続いていた。

 そんなある日、ゴラムのもとへある儲け話が舞い込んできた。


 商人ギルドからの依頼で、とある護衛を受け持ってくれとの依頼だった。

 それは穀物、香辛料を中心とした大規模な隊商で、商人ギルドの拠点でもある大陸中央都市へと向かうものであった。

 渡りに船とその話を受けたゴラムであったが、結果としてその任務は失敗に終わった。

 ゴラムが護衛の旅に出る、とどこからかかぎつけた“半獣”達が徒党を組み、隊商へと襲いかかってきたからだ。

 ゴラムは何もできずに、敗走した。

 そしてその後のゴラムに待っていたものは、矢傷による病と、ギルドへと支払う膨大な賠償金だった。


 そして遂に、ゴラムはある決断をした。

 ラーゼファー家に代々伝わる、家宝の弓を売るという決断だ。

 弓の腕前でのし上がってきた『弓英』ゴラムにとって、それがどれだけ苦渋の決断だったか、説明するまでもない。


【悠人⑧】

「お父様は常々、家宝の弓を触りながら仰られておりました。『お前の婚姻式の際は、ワシがこの弓で芸を行い、花を添える。それだけが望みだ』と。……半獣の私が婚姻などできるはずがないですのにね」

 カロリーヌが何も持たない石膏像の肩に手を置く。


「あの弓を売ってから、お父様は日に日に元気を無くしておりました。お父様にとってあの弓は、ラーゼファー家の証であり誇りであったのでしょう。今ではもう、一人で立つことすらままなりません。お医者様の話では、もうそうは長くないと……」

 俺の前では元気そうにしていたゴラムだったが、それは元『英傑』としての最後の意地だったのかもしれない。


「私は方々を回って、家宝の行方を探しました。そしてとある貴族の家にそれがあることを突き止め、向かいました」


 商人ギルドから弓を買い取ったとされる貴族の家を見つけ、カロリーヌは交渉へと向かった。

 弓の技術を見せつけ、生涯ただ働きでも構わないので譲ってくれ。

 そう交渉するつもりだったようだ。


 だが、カロリーヌの持つ驚異的な弓の技術を目の当たりにした貴族の思惑は別の方向に進んでしまった。

 それはすなわち、俺の暗殺だ。


「禄に交渉もされず、追い出された私は、困り果てながら帰路についておりました。その途中でとある男に話しかけられたのです」


 少年を一人撃ってくれ。

 唐突なその依頼を聞かされ、カロリーヌは困惑した。そして断った。

 だが、男からの必ず弓を渡し、その上金もはずむという言葉に根負けし、カロリーヌは暗殺を決断してしまった。


「娘の手が罪無き子供の血に汚れ、家宝を取り返したとして、ゴラムが喜ぶとでも思ったのか?」

 罪無き子供と自分で言うのもなんだがな。


「……今では反省してますわ」


 全てを聞かされ、沈黙が訪れる。


「ロキ様……」

 俺の後ろで独白を聞いていたガラハドが口火を切る。


「この件、エスタールへ着任の件と無関係ではないかと」


「そうだな。俺もそう思っていた」

 俺は三歳の頃に一度暗殺されかかっている。

 主犯は分かっていないが、兄弟の誰かというところまでは突き止めた。

 その後、なりを潜めていたが、エスタール行きが決まったことで再度、腹の虫が燻ったのだろう。

 本国から遠く離れたエスタールに行ってしまえば、俺を暗殺するチャンスは今より格段に減ってしまう。


 俺を撃つなら、この一週間のうちのどこかで行うしかない。

 そう誰かさんは考えたのだろう。

 だから、丁度良く現れたカロリーヌを使った。


 下らない話だ。俺自身、王権どころか、王子という身分にすら執着していないってのに。


「話せて楽になりました。もう良いのです。お父様には残念ですが、私たちはもう、誰にも関わらず、ひっそり生きていきます」

 カロリーヌが暗い顔を残したまま、俺に一礼する。


「カロリーヌ、一つ聞かせてくれ」

 話を終わらせようとしたカロリーヌを無視し、俺は続ける。


「家宝の弓を持つ貴族とは、“王家”の者か?」

 俺の質問に、迷いを見せるカロリーヌ。

 今回起こった事件の流れとして、暗殺との関係は明白だ。話す事が戸惑われるのだろう。


「……伯爵の立場に居る方ですわ」

 ち、流石にそう簡単に尻尾は掴ませないか。公爵、王家の身内ならば話は早かったのだが。だがまあいい。ある意味公爵を相手するよりもやりやすい。


「そうか……まだ弓を取り戻したいか?」


「それは……そうですが、もう良いのです。今更、貴方様を手にかけることなど出来ません」


「王族をなめるなよ」

 唐突な俺の言葉に、カロリーヌが固まる。


「いいか、カロリーヌ。一つの物事に囚われるな。世の中、色んな可能性がある。方法なんか、考えればいくらでも出てくる。ただ、それを実行する覚悟があるかないか、それだけだ……そして、王族の身分を持つ俺から、一つの可能性を提案させてもらおう」

 戸惑うカロリーヌに向かい、真っ直ぐに瞳を見つめ、俺は言った。


「俺と“婚約”しろ。カロリーヌ」



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