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群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――  作者: 宮島更紗/三良坂光輝
三章    ―― 魔都哀愁 ――
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つばさと悠人5 『ありがとう』

【ノエル 商業区】


 幾つもの線が、フルプレート目掛け、空を切る。


 ワインレッドの男は目にも止まらない早さで腰に下げた二本の剣を抜き、リレフが撃ったボウガンの矢を切りさばいた。


「まあ当たっても弾くんだけどさぁー。獣の分際でなにやってんの? オレのプァレードアーマーに傷付けるつもり?」

 襲いかかる矢を次々に切り落としながらリレフに近づいてる。


「なぁおい! なんとか言えよ!」

 男が飛びかかるのを見て、リレフは持っていたボウガンを捨てて屋根の上に飛び上がった。


「ノエル! 逃げるんだ!」

 リレフの叫びにハッっとなる。魔法が使えない私の為に、おとりになってくれたんだ。

 でもコイツの目的は……多分私。

 ……だったら、私がその役目を変わる。

 私が引きつければ、その間にリレフがここの女の子達を助けてくれるはず。


 私は天幕が連なる商店街の方へ足を踏み締めた。一気にトップスピードで駆け出す。


「はぁ!? 逃がさねぇよ!」

 男の声と追いかける足音が聞こえてくる。

 腕力ではかなわないけど、私だって農作業で鍛えてるんだ。足の速さなら勝負になるかもしれない。


 両側に天幕が張られている見慣れた石畳の坂道を飛ぶように駆け上がる。

 後ろから聞こえる鎧の音が徐々に大きくなってきた。

 嘘でしょ? あの動きにくそうな格好で追いついてきてる!


 天幕の一角に目を向けると野菜や果物が沢山入ったかごが見えた。通りすがりに手に掴む。


「おばちゃんゴメン! 後で買うから!」

 後ろ手に、果物のカゴをぶちまけた。大小の果物が坂道を転がる音がする。

 グァンっと大きな金属音が響く。

 一瞬だけ振り向くと、男が道にけた状態で頭を振っている。目論見通り果物を踏んづけたみたい。

 私もちっちゃい頃悠人にやられたよ。バナナとかで。


「おいコラ! てめぇはぜってぇ許さネェ!」

 男の叫び声を後に商店街を突き進むと、目的の場所が見えてきた。


「エアちゃん! 勝手にお邪魔します!」

 商店街の一角、エアちゃんとリレフの家に突入する。男の位置からは入る瞬間が見えただろう。すぐにここに来るはずだ。

 私は二階に駆け上がり、エアの部屋に駆け込む。目的は一つ。エアちゃんの部屋に備えられた、大きな窓だ。


 窓を開き、下をのぞき込むと天幕が広がっていた。上から見ると結構な高さに見える。

 ドガンっと一階のドアが乱暴に開かれ、物を壊しながら進む音が聞こえてきた。モタモタしてる暇はない。


 私は意を決し、真下にある天幕に飛び降りた。


 バフッと私を包み込み、トランポリンのように跳ねる天幕。その間落とされないようにしっかりとしがみつく。

 良かった。壊れたら色んな意味でショックだった。

 そのまま反対側の天幕に飛び移る。足場が悪く、高く飛べなかったけどギリギリ両手が天幕を掴んだ。そのまま懸垂と宙返りで天幕に飛び乗る。

 その瞬間、さっきまで私の体があったところに矢がいくつも突き刺さった。危ないところだった。


「逃げてんじゃねぇ!」

 だいぶん、頭に血が昇ってるらしい。ところどころ裏返った声が響いてくる。男はエアちゃんの部屋の窓から私の方を見ていた。

 もっと怒って、もっと私を追ってきてもらわなくちゃ。だったら私のやることは一つ。


「高くて降りられないんでしょ? ばいばい!」

 立ち止まって笑顔で手を振ってみる。

 私の挑発に簡単に乗っかり、男は天幕へと飛び降りた。

 でも、軽い……そう、羽根のように軽やかな私ですらギシって鳴った天幕。当然男の重さに耐えきれず、真っ二つに破れた。


 そして男は真下にあった大きな樽、エアちゃん特性プルプル漬け(サバっぽい魚の発酵漬け)に背中から突っ込んだ。

 男はプルプルと一緒に漬けられつつ、プルプル震えながら私の方を見つめてる。余りの怒りに声を失ったらしい。


「べっ!」

 追い打ちに舌を出して天幕の上を次々に移動する。背後から言葉にならない罵声が届いてきた。


 ポールを掴み建物の屋根に飛びうつり、少し走って再び天幕に飛び移る。


 私、いつの間にこんな野生児になったんだろう……普通の女の子と同じような身体能力だと思ってるんだけど。

 まあ、この位は新体操選手とかでもやれるもんね。まだギリ普通だよね!


 天幕が終わり、商業区を抜けたところで再び矢が飛んできた。直前で気が付き、前のめりで避ける。

 振り向くと、鎧中がテカテカになった男が走ってきている。陸上のトップランナーみたいなフォームだ。早い。


「しつこい!」

 背後に注意しながら走ってると、再び空気を裂く音が近づいてきた。

 横に飛び、それを避ける。

 再び走り出そうとしたところで、ビリッと音がして、私の動きは止められた。


 服が……壁と縫い付けられている。小型のナイフが刺さってる。


 矢の音が聞こえ咄嗟に姿勢を変える。壁に刺さっていく矢の群れに隠れ、時間差で再びナイフが私の服に刺さった。


「よくも……よくもこのオレにクセぇ汁をかけやがったな」


「勝手に飛び込んだくせに……それに食べると結構美味しいんだよ」

 まずい。男に追いつかれた。今から服を引き裂いても、この男の早さなら私を捕まえることが出来るだろう。


「あぁ、もう我慢できねぇ。もっとクセぇ汁でベタベタにしてグチャグチャにしてかき混ぜてやりてぇ」

 どうしよう……この人には絶対に捕まっちゃ駄目な気がする。

 もう少しでお父さんの戦っている場所まで辿りつけたのに……どうしよう、どうしよう。


「広場の女の人達、あんなに集めてどうするつもりだったの?」

 話したくもないけど会話を試みてみる。とにかく今は時間稼ぎしないと。


「あっ? んなもん決まってんだろ。犯してなぶって……いじくって、最後はゴミのように捨てるんだよ」


「……サイテーだね」

 分かってたけど聞かなきゃ良かった。


「てめぇはもっと絶望味合わせてやる。生きてきたことを後悔するくらいにな」


「……生きてきたこと? 後悔? ……ははっ」

 つい心の底から、笑いが噴き出してきた。

 そんなの、沢山した。この何ヶ月間か、サキュバスに生まれた私をとことん呪った。


「さっきから聞いてれば……薄っぺらい脅しばかりだよね」

 人間の時の記憶を恨んだ。今でも悠人のことを好きでいる私自身を軽蔑していた。


「脅しかどうか、今からじっくり屈辱味わって確かめな。泣いても誰も助けねぇよ」

 でもそれは全部過去のことだ。

 私の心、その奥底にはずっと悠人がいてくれる。どんな屈辱を味わっても、どんなに薄汚く汚れた体になったとしても、私には悠人との思い出が。大事な思い出が残り続ける。


 だから、こんなヤツの言葉は怖くない。絶望なんかしてやらない。後悔だってしない。


「誰も助けに来なくても……私は、いつだって助けてもらえるんだから」

 そう。たとえ二度と会えなくても、 悠人はいつでも私の支えだ。


「なに訳の分からないことを――」

 男の言葉が飲み込まれた。私の服が一部焦げ付き、ナイフが溶けていることに気が付いたからだ。


「『炎閃』。……変な下心出すから、こんな事になるんだよ?」


 景色が、深い夕焼けに染められていた。

 いつの間にか青い空間が消え去っていた。


 力が沸いてくる。


「ありがとう。悠人。私を絶望から救ってくれて」

 私の両手から、希望の炎が噴き出した。



        ****


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