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群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子――  作者: 宮島更紗/三良坂光輝
三章    ―― 魔都哀愁 ――

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つばさと悠人1 『人間の証』

        ****

 

 彼はツガイの亡骸を撫でる。撫でる。愛おしく。


 いつまでも、こうしていたかった。


「どうするの? それ」


 その彼の姿に困惑しながら、黒猫が見つめていた。


 彼は何も答えない。何も考えない。


「早く捨てた方がいいよ。もうすぐここには別の魔族が来る」


 黒猫は彼と寄り添う亡骸へ冷たい眼差しを向ける。


 彼は何も答えない。何も考えない。


 ただ、あるのは運命への失望だけ。


 ツガイへの憎しみだけ。


        ****


【ノエル ブルシャン防壁前】


「や、……やっと辿り着いた」

 師匠の治療に思った以上の時間がかかってしまい、ブルシャンに辿り着く頃には空がオレンジ色に染まっていた。


 私の目の前には石造りの防壁が高々とそびえ立っている。

 今のところ周りに人間の姿は見えないけれど、見つからないうちに早めに侵入してしまった方がいいだろう。


 門には沢山の兵隊さん達が身を固めてたので、こうして人がいなそうな防壁の前を選んで辿り着いたわけだけど、当然私にはよじ登れる技術も根性もない。


 ただ生まれついた時から持っている魔力がある。

 お母さん譲りの炎魔法がある。


 私は履いている靴を脱いで腰のベルトに挟み込んだ。そして両手の平に魔力を集中させて輝かせる。

 光ったら手のひらを地面に向けて、今度は両足の土踏まず辺りに魔力を集中させる。

 そしてガスバーナーをイメージして、両手両足から一気に魔力を放出した。


 爆発音の後、高出力、高火力の炎が四点から放出され、私は宙に浮かび上がった。


 師匠と開発した最後の新魔法だ。翼のない私でも飛べるように、と工夫と練習を重ね、つい最近になってやっと完成した。


 欠点は燃費が悪すぎて歩けるところなら、普通に歩いた方が疲れないことと……見た目がよくない。

 正直誰にも見られたくない……というか女の子ってもっと優雅に飛ぶべきだと思う。

 こんな飛び方が似合うのは昔のロボットか某鉄の社長さんくらいだ。

 

「え……なにコレ?」

 防壁を越えると内部の様子が目に入ってきた。ブルシャンの街全体を青いドーム状のエネルギーが覆っている。

 中で人間達も動いているので、“直ちに影響はない”モノなんだろうけど、私の直感が中に入っちゃダメだと言っている。

 幸い防壁の上は範囲から外れていたので、適当な場所をみつけて降り立った。


「……酷い」

 魔族なら善戦するんじゃないか、なんて言っていた少し前の私を殴りたい。

 街の至る所に魔族と人間の死体が転がっている。

 商業区の広場には女性達が集められ人間達が放つ監視の目に怯えている。住宅区の広場はもっと悲惨だ。


「あれ……もしかしてお父さん?」

 小さくて良くみえないけど、人間の死体がゴミを撒き散らしたように散らばっていて、そんな中、赤い魔族が孤軍奮闘している。

 人間の群れを猛スピードで駆け抜け、その度に兵隊達がバラバラになっていってる。

 相変わらず異常なくらいの強さだ。住宅区はとりあえずお父さん一人で大丈夫だよね。


 そう思いながら見ていると、お父さんが兵隊さんの一人を捕まえ、まるでボールを投げるように投擲した。猛スピードで男がこちらの方に飛んでくる。


「ちょ、ちょ、嘘!?」  

 狙いをすましたかのように私の居る場所に吸い込まれていく男。咄嗟に防壁を駆けた直後、背後から爆音と振動が襲ってきた。


「ちょっとお父さん! 考えてよ!」

 まさか狙ったわけじゃないよね!? あの子煩悩なお父さんがそんなことするはずないけど。


 恐る恐る後ろを見ると、防壁の一部がなくなっていて、男の周辺がえぐれたように瓦解している。

 男は両手両足が変な方向に折れ曲がっているけれど、まだ息があるみたいだ。

 仰向けに倒れ、変な呼吸を繰り返しながら胸が上下している。

 鎧を着た大の男をあの遠い場所からここまで飛ばすお父さんもアレだけど、この状況でまだ息がある男も十分凄い。


 ただ、もう長くはなさそうだった。口からは血を吐いてるし、潰れた手足から骨が飛び出している。痛々しくて見ていられない。


「……うちのお父さんがごめんね。私達の街に攻めて来たあなたが悪いんだよ」

 その言葉が届いたのか、男の目がうっすらと開く。

 苦しげに体を動かすがもう後は死を待つだけだろう。私にもどうすることも出来ない。


 振り返り、街に降りる為の階段を探す。

 さっきみたいに飛んで降りてもいいけれど、下は全て青い光に包まれている。何が起きるか分からない以上安全に降りた方がいいかもしれない。


 防壁の途中に設置された扉を見つけ、そこに向かおうとした途端、男が大きく咳き込んだ。


 見ると男の周りに血の池が広がっていた。それでも何かをしようとうごめいている。


「なんで、そんなに頑張るの? ブルシャンを攻めて、一体なにになるの?」

 答えられるはずがない男に向かい、それでも私は問いかけずにいられなかった。


「一体なにが貴方たちをそんなに一生懸命にさせてるの? ……そんな姿になって、なにを得たかったの?」

 答えは無かった。

 人間の考えなんてもう分からない。

 私はもう魔族なんだから。

 振り返り、歩みを進める。男の歪んだ顔が浮かんで来る。目に涙を浮かべ、空になにかを訴えかけていた。


 私にはなにも出来ない。

 回復魔法は使えないし、

 殺すこともできない。

 そもそも一方的に攻めて来た相手になにかをしてやる義理はないんだ。

 手にかけた魔族達に謝りながら息を引き取ってしまえばいい。


 放置。

 それが、魔族として生きる私に出来ることなんだ。


 そう、……魔族として。


「……ああ、もう!」

 私は自分自身に苛立ちながら、男の方を振り向いた。


 今、この街に居る魔族と人間を全員助けることなんて出来ない。そんな力は無い。


 でも、


 でも、たまたま私の近くに飛ばされて来た人がいて、死に際にあんな悲しそうな顔されたら、見過ごせないよ。


 ここでいい気味だ、なんてやってしまったら、なにか大事な物が壊れてしまいそうだった。

 今にも息を引き取りそうな男の下に向かいながら、私はまだ人間でもあるんだな。と実感していた。

 私は男の近くまでたどり着き、荒く息を吐く男に向かい、言った。


「あなたはもう助からない。なにかしてもらいたいことある?」

 

        ****


【ロキ ブルシャン上空】


「あーもう! 重い! 私あんまり誰か掴んで飛ぶの得意じゃないんだよー!?」

 コバルトグリーンの翼と鳥の足を持った女が俺の頭上で叫び声を上げる。エアと名乗るセイレーン種の魔族だ。


 俺の両肩を持ち飛行しながら、さっきから文句ばかり垂れている。

 俺の脇にルールーを抱えているのもあり、かなり重量オーバーになっているらしい。


「魔族を助ける為だ。諦めろ」


「大体、私よりもっと翼の大きなオスとかもいたでしょ? なんで私なのー?」


「見てくれが一番良かった」

 まあそれだけじゃないが、それも一つの選考基準だ。

 想像して見ろ。俺が屈強でマッチョな鳥に抱えられて飛ぶ姿を。

 そんな絵面を許すくらいならば歩いて行った方がよっぽどましだ。


「……うんうん、そりゃ私くらい綺麗な翼持ってる魔族はいない!って思ってるけどさー」

 思ってるのかよ。案外まんざらでもなさそうだな。

 避難していた翼の生えた魔族に集まってもらい、その中から魔法に関する質問をして役に立ちそうなヤツを選んだ訳だが……選んだ瞬間、露骨に嫌な顔されたことは忘れないからな。


 エアは風魔法が得意だと言っていた。

 軽い口調だがコイツの魔法はとんでもない可能性を秘めていると思う。

 なんせやろうと思えば街全体に風を送ることが出来るらしい。そよ風程度だが。

 射程も長い。目に見える範囲なら多分イケるらしい。距離に合わせて威力は弱くなっていくとのことだがそれでも利便性が高すぎる。正直俺の部下になってもらいたいくらいだ。


「エアに手を出さないように。ツガイの男の子にひっかき殺されるからね」


「別に口説いている訳じゃないが……心にとめておくよ」

 どっかの聖職者の格好したチャラ男じゃあるまいし。

 ただまあ、この鳥女無駄にボンッキュッボンなんだよな。

 上にノースリーブのロングガウンっぽいのと丈の短いタンクトップみたいなのを着ているが、下から見上げると下乳が見え隠れして……。うむ、けしからん。


「あれー?なんか急に変な悪寒がするなー。落としていい?」


「まって、エアちゃん。私も死ぬから!」

 脇のルールーがバタバタしている。危ねぇよ。


 いつの間にかそれなりの高い高度まで上がっている。

 エアも文句を言いながら魔族の為になにかしたいという思いがあるのだろう。一生懸命に羽ばたいてくれていた。


「やはり、六芒星か」

 上空からみると、街を覆う青い光の全貌が良くわかる。半円形のドームの中で、魔方陣のごとく光るラインが走っていた。

 そのラインはまさに三角形を上下反転して重ねた星のマークになっている。


「魔力が戻ってきた!やっぱりあの変な青い光が原因なんだねー」

 エアの言葉にルールーも頷いている。


「一番近い三角形の頂点に向かってくれ」


「あいよー。あの尖ってるところね」

 しばらく優雅な飛行を堪能する。上は見てないぜ。俺だって命が惜しい。変わりと言ってはなんだが街の周辺を見渡していると、ある事に気が付いた。


「ストーッップ! エア!」


「ひぁっ!……もー、なにー!?」

 突然の叫びに少しびくっとしながらもホバリングで止まってくれた。

 魔族二人の視線を浴びながら、俺は一つの方向を見つめていた。ブルシャンの防門周辺。ターンブル軍の本陣があった場所だ。


 そう。あった場所。

 今、そこはもぬけの空となっていて、だだっ広い平原が広がっている。


「エア、ルー子、どっちでもいい。俺の質問に答えてくれ」

 まだ街中でターンブルの兵が動き回っている。つまり撤退した訳ではないのだろう。ならば本陣が消えた理由は一つしかない。


「この辺りに、ブルシャン全体を見渡せる高地、もしくは山は無いか?ラー……ドラゴン山脈以外で」

 恐らく意味不明だろうが、二人は懸命に考えている。暫くして


「多分無いと思う。歯形断層はボコボコしてるから違うだろうし」


「私も思いつかないなー」

 二人ともそう結論を出す。


「じゃあ周辺が塀か山で囲まれている平地は?大きな川でもいい」


「川はそんな変な流れ方してないけど……何?どうかした?」


「……あっもしかして!」

 エアに心当たりがあったらしい。ラーフィア山脈のやや西よりに方向を変える。


「ここを真っ直ぐ行ったところに周りを山に囲まれたお花畑があったよー。この前ゴブリンに踏み荒らされたけど」


「……そうかそうか」

 やはりターンブルは、籠城の策に変更したようだな。

 馬鹿め。中途半端に方針をコロコロ変えるなど愚策の極み。

 本陣攻略をどうするか、頭を悩ませていたがやっと活路が生まれたようだ。


「ロキ、あくどい顔してるけど大丈夫?」


「大丈夫だ……エア、行きがてら詳しい話を聞かせてくれ」

 まあ先ずは『エリシャの杭』の解除からだ。

 その後、また状況が変化するかもしれないが……俺の思い通りに行けば、あるいは……。



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