悠人8 『領事館』
【ルールー 行政区】
水質調査管理場から抜け出した私達はすぐさま領事館へと走った。行政区は他の区と違って複雑な迷路みたいになってる場所も多いので、私が先導して案内する。
ブルシャン大公園と呼ばれる場所に差し掛かったところでロキが足を止めた。街全体を見渡せる丘になっていて、状況を確認する為に手すりを掴んで見下ろしている。
「……広いな」
つられて私も街を見下ろす。街のところどころで火が上がっていて黒い煙が上空に昇っている。小さく黒い集団が動き回っているのも分かる。道に倒れている魔族達も。
最悪、今こうして歩いている行政区もターンブル兵に占拠されているかもしれない。そう覚悟してロキ達は遭遇戦に備えていたけれども、今のところまだ無事のようだ。
「カロリーヌ。俺の知る古典にこんな話がある」
「急にどうしたんですの?」
突然語り出したロキに訝しげな顔を見せている。
「領主に頭を下げなかったオッサンが、息子の頭上に乗った果物を一射で撃ち抜く物語だ」
「なんの虐待の話ですの!?」
「風が吹き荒れる船の中、遠くの船に掲げた扇を撃てと無理強いする話もある」
「無茶ぶりもいいところですわね!」
「というわけで、ここからターンブル兵を撃ってくれ」
うぁ、涼しい顔で無茶ぶり出したよ?この人。
「だと思いましたわ! あなた私のこと、都合の良い女と思ってません?」
「そうか……カロリーヌならやってくれると思ったんだが……。いや、無理ならいいんだ。無理なら」
「……まあ出来ますけど」
「出来るんだ!?」
はっ……。この非常事態なのにつっこんでしまった。
カロリーヌは納得のいかない顔をしながらも矢を一射づつ放っている。すごい、豆粒より小さな人間に次々当たってる。
ぶつくさ言いながら、眉間に皺を寄せているカロリーヌに領事館への道を説明して、私達は更にひた走る。
住宅区へ続く道を横切り、坂道を登ると領事館が見えてきた。
中に入ると館内は酷い有様だった。至る所に血を流した魔族が寝かされて布で止血しながら呻いている。少しでも動ける魔族は慌ただしく動き回り治療に勤しんでいた。
「ルールー! 良かった。無事だったか」
館長が私の姿を見て走ってきた。肩を掴んでガクガク揺さぶってくる。
「私はなんとか。でもワルクシュミは……」
同僚の名前を口にする。自分が助かっただけでも良しとしなきゃいけないことは分かってる。それでももう少し早くロキ達が来てくれればと思ってしまう。
「そうか……可愛そうに。いや、ルールーだけでも助かって良かった。それでこの方々は?」
ロキ達に向かい、やや緊張した面持ちを見せる。良く見ると負傷者やその周りの魔族も不安げな視線をこちらに向けていた。武器を持った人間が飛び込んで来たんだから当然だろう。中には明確に敵意を見せてる魔族もいる。
瞬間、違和感が私の脳裏を走った。なにか、大事なことを見逃した。そんな感覚に襲われる。
「ロキ=フォン=ラフォード=ルスラン。第五王子だ。王太子の勅命により派遣されてきた」
ロキが私の前を遮ったことで、思考が中断させられる。
「ルスランの……領事館館長を務めさせて頂いておりますクルトと申します。申し訳ありません。この度はご足労頂き――」
「いや、面倒な言い回しはいい。今は非常時だ。避難民はこれだけか?」
「いえ、行政区の各建物に散っております。一番大きいのが合議会館なのですが、そこはもう負傷者で一杯ですので」
「そうか……順次避難させたい。だが見てのように俺達はぽっと出の人間。この街の魔族がまともに動くはずがない。この街のトップは何処にいる?」
「あの、すみません。議長は慰安旅行で別の街に行っているらしく……」
「ならば副議長は?」
「同じく……」
「いざとなったら使えない。これだから政治家ってやつは」
ロキが吐き捨てるように言っているが、この人も政治をする側な気がするんだけど。
「他のまとめ役となると……誰も……今は各建物の長がそれぞれ動いている状態でして」
「だいたい分かった。それで、ここにいるはずの皇太子は何処だ?」
館長の顔が一気に青ざめる。
「それが……その、先ほどターンブル兵が来られまして」
「……それで?」
「申し訳ありません! 連れ去られてしまいました」
館長は体が真っ二つになるんじゃないかって程深く礼をしている。
「いつだ?」
その館長をじっと見つめながらロキは続ける。表情が消え去り、さっきまでのどこか軽い雰囲気が嘘のようになっている。
「つい、今し方です。まだ追いかければ間に合うかもしれません」
「……そうか、分かった。ならば……」
ロキは大きなため息を吐き腰に手を当てる。そして
「お前を断首する」
腰から剣を抜いた。ちょっと、待って。
「待って! なんで館長が悪いのさ!」
館長も絶句している。私は館長の前に立ち、両手を広げた。
「どけ、ルー子。これは人間同士の領分だ」
「知らないって。そんなの! 皆が皆あんたらみたいに戦える訳じゃないんだよ!」
山歩きだけで疲れる館長がまともに戦える訳がない。兵隊が来て、子供達を連れて来いと言われたらその通りにするしかないだろう。
もし拒んだらここにいる魔族達だって危険だったんだ。館長は悪くない。
「王国に害をなした者は裁かなくてはならない。これは王族の勤めだ」
「偉そうに! ここは魔族の街だよ。ロキが人間の世界でどれだけ偉いのか知らないけど、ここでは関係ない!」
なにか言おうとしたロキの肩に、エメットが手を当てる。顔を振ってロキに向かい言った。
「ルーちゃんにもちゃんと説明してあげなきゃ。ほんのちょっとだけど旅路を共にした仲間なんだから」
ロキは少しなにか考えた後にもう一度ため息を吐いて、私に向かい、言った。
「その後ろにいる男が、全ての元凶だ」






