悠人3 『エルヴェ』
【帝国軍 商業区】
蹂躙が始まった。
防壁門突入寸前、空から飛んで来た血気盛んな魔族をアルテミスで軽く仕留め、エルヴェは西門からゆっくりと街の中へと進軍した。
エルヴェ率いる第二レギオン隊の役割は、街の中にいる魔族を制圧しつつ皇太子のいる領事館まで軍を南下させることだった。
だがそんなことは東門より同時に突入した第三レギオン隊に任せれば良い。とエルヴェは思っていた。
ぞろぞろと列を連ね入ってきた異形の侵入者達。広場にいた魔族の住人達はそれを見て皆一様に目を丸くして動きを止めている。
「やれ!」
アルテミス隊の連射音が響き渡り、矢の雨が広場に降り注ぐ。叫び声が連鎖し、矢を受けた魔族が次々と倒れていく。
「ゴーシュ、コリンズは先行しヴィクトル隊の代わりに東門を封鎖!良い子ちゃん達にはとっとと行政区まで行ってもらいな」
葡萄酒を思わせる深い赤色の全身甲冑を身に纏い、多少大げさな身振りで部下に指示を出す。受けた千人隊長が部下を引き連れ広場を駆け抜けていった。
「よろしいのですか? ヴィクトル様に先行させて」
腹心の千人隊長ハロルドが進言する。
「はっ! 皇太子殿下を第一に保護する名誉か? そんなもの貰ってどうすんの。それよりもっと良い物あるでしょ?」
両手を優雅に振りかざし、広場へと向ける。
幸運にも軽傷で済んだ魔族の叫び声、
致命傷を受けそれでもかろうじて生きている者のうめき声、
近しい者の死を受け入れずに泣き叫ぶ声。様々な音が混じり合い、阿鼻叫喚の様を見せている。
「ははっ、素晴らしい。どうやら魔族にも人間らしい感情があるようだ。こいつは楽しみだ」
アーメットの中で舌なめずりをする。泣き叫ぶ女を自分の物にする。それはエルヴェにとってなによりも甘美な大好物だった。
「オス型はいらん。殺せ。人に近いメス型はなるべく捕らえろ。抵抗するならば上物以外は殺しても構わん。多く捕らえた者へは二番目に美しいメスをくれてやる。ほらほら! 急げ! 急げ!」
残る部隊が百人隊単位で散り散りに去って行った。エルヴェ自身も目に付いたオス型を次々にアルテミスで撃ち抜いていく。
「本当によろしいのですか? アレクシス様は無用な略奪は控えよ、と仰ってましたが」
横に付くハロルドは困惑しているようだった。目的を蔑ろにする。命令は無視する。と、どう言い繕っても総司令官の心象を悪くするであろうと考えたからだ。
「いーのいーの。あの坊ちゃんは世間知らずだからね。どうにでもなる。おっ! あの子良いね。捕らえよ!」
商店から出てきたツガイの魔族を兵が取り囲み、オスのみを斬り殺しメスに紐をかける。
愉しみだ。エルヴェはうずく体を抑える。
東西南北様々な国の女を良いようにしてきたエルヴェも、魔族の女を抱いたことはまだなかった。まだ見ぬ未知なる経験に心が躍る。
独自に調べたところ、どうやら魔族の女は種を越えての繁殖が出来るらしい。人間の子を産めるのであれば、孕ませてみるのも一興か。子が女型であるならまたそれを……
エルヴェが思いを張り巡らせていると、商店の屋根から石つぶてが連続して飛んで来た。
大盾を持ったハロルドがそれを難なく弾き、アルテミス隊が屋根に登っていた魔族を撃ち殺した。
「ははっ! 魔法と言ってもこの程度か!」
地面に落ちて消えた石ころを見て鼻で笑うエルヴェだったが、ハロルドは前方を見つめたまま、体をいつでも動かせるよう身構える。
「ご注意を。前方より二名、来ます」
犬と人間が合わさったような女が二匹、エルヴェ隊の方向に走ってきていた。
それぞれ白と黒の毛皮に覆われた顔が醜く歪み、目は血走っている。
手を使い四足で走り寄る姿に兵は圧倒され、構えが遅れた。
その隙を突いて黒い方が更に加速し、兵ののど元にかじり付く。一瞬で頸動脈を噛みちぎられた兵は血を撒き散らしながら倒れた。
「刺せ! 殺せ!」
エルヴェが言い終わる前に、黒は兵へと次々に襲いかかる。
首の骨を折り、腕を食いちぎる。
兵は剣を抜いたはいいものの、黒の素早さに翻弄されている。
白い方がいない。気が付いたエルヴェの体をハロルドが腕一本で後ろに押しやり、大盾を上空へと向ける。
ガンっと衝撃音が響く。白い犬女がハロルドの大盾に歯を立てていた。
黒に気を取られているうちに遙か高くに飛び上がり、隊列中央まで攻撃をしかけてきたのだった。
ハロルドが咆哮し、大盾を壁にぶち当てる。
潰れるすんでのところで白が横に飛び、自らの周囲に氷柱を出現させた。
腕の長さほどのそれを十ほど並べ立て、手を地面に置いたまま、ハロルドを睨み付ける。鋭利に尖ったそれを受ければ、いかに厚い鉄板で出来た大盾であっても無事では済まないであろう。
だがそれは永遠に訪れなかった。
アルテミスの矢が白の脳天に突き刺さったのだ。
そして体の力が抜けないうちに肩、胸、腹と次々に矢が吸い込まれていく。
「抵抗しなけりゃ愉しませてやったのにな」
アルテミスを撃った本人であるエルヴェが軽い足取りで近寄り、白の亡骸を足蹴にした。
兵を次々と食い破っていた黒がそれに気が付き、絶叫を上げる。
その瞬間を、その隙をエルヴェの兵達は見逃さなかった。
背中を切りつけ、いくつもの槍が体を突き抜ける。それでも、黒は白へ向かい手を差し出していた。
黒と白には永遠に近づけない距離があった。それは縮まることないまま、黒は絶命した。
****
【ルールー 高葦草原】
水門の心当たりがある場所は私達のいたブルシャン東側から街をぐるりと回って南の方に出なくてはいけない。
遊撃隊に見つかると足を止められて面倒だというロキに従って、遠回りで南へと鶏馬を走らせる。
私はこんな変な鶏の操作なんてできないのでロキの後ろにしがみついていた。
こんな時だけど、変わった経験に少し感動していると、ロキが「ドラゴンを知っているか?」と聞いてきた。
「知り合い……くらい? 仲が良いのは私の友達だね」
「友達?」
「うん。ちょっと訳があって、ししょー――あ、ドラゴンのことだけど、そのししょーと一緒に暮らしているのさ」
ノエル。無事だろうか。つがいのフィリーは領事館の地下にいるから、精神面はともかくフィリーの身は大丈夫だと思うけど。
「それは心配だな。しかしドラゴンと暮らしている魔族か。なんか野生化してそうなイメージだな」
「そんなことない。ししょーのお家だってあるし、ご飯もちゃんと料理して食べてるし、お風呂もあるし……髪もサラサラで可愛い子なんだよ」
「他人の言う可愛いはあてにならん。……が、まあ一段落したら紹介してくれ」
「別にいいけど相手にされないと思うよ? きっと」
そもそも魔族にはツガイがいるから紹介だけだけどね。今はちょっと調子が悪いけど、ノエルにはフィリーがいる訳だし。
「うるせえよ。分かってるさ。……ところでその女はドラゴンの家に住んでどのくらいなんだ?」
「確か三ヶ月くらい?」
「ドラゴンの家はどこにある?」
「山頭台地の魔族半島寄りかな? 一番登りやすい道を登っていくとすぐに見えてくるよ」
それがどうしたんだろう。ロキはなにか考え事をしているらしく、無口になってる。
「その女からなにか変わった事を聞いてないか?」
「変わった事って?」
ドラゴンとの共同生活なんて魔族でも珍しいけど、そういうことじゃないだろうし。
「例えば人間に襲われた。だとか」
「ないない。畑とか耕したり、ししょーと修行してたり、平和そうにしてたよ」
今までは。だけど。
「そうか……」
それっきり、ロキはだまったまま鶏馬を走らせていた。暫く背の高い雑草をかき分けるように進んでいると、ふいに道が開け、戦いの喧噪が広がった。
「うあ……最悪だね」
その光景を見て、つい声に出してしまった。
少し離れたところで、人間の集団と、ゴブリン集団が乱戦を繰り広げていた。
鶏馬に乗った人間がゴブリン達に弓を放ち、斬りかかっているが、数は圧倒的にゴブリンの方が多く苦戦しているようだ。……それに、あれは。
「……ガラハド、あのデカいのはなんだ?」
ロキが少し呆れた顔を見せながらゴブリンの一団を指差す。
そう、そこでは巨大なゴブリンが暴れ回っていて両手に人間を掴み、食い散らかしている。
「ゴブリンキングですね。普段は集落の中でじっとしているのですが……おおかた、魔族と間違えてゴブリン集落を攻めてしまったのでしょう」
「ありゃゴブリンというより、オーガだとか巨人だとか呼ぶべきなんじゃないか?」
「まあ、私に言われましても……どうされます?」
ガラハドが腰の剣に手をかける。
「……ロキ、あそこに転がっているターンブル兵、軍団長じゃありません?」
カロリーヌが弓を差し出した方をみると、ゴブリンと人間の死骸に紛れて明らかに他とは違う甲冑を着た死体が落ちている。
「……だな。遊撃隊の隊長だろう。かなり手強いはずだが、流石にあのバケモンには勝てなかったか」
「まだゴブリンがそうとう残ってるね。相手しようと思ったら骨が折れるかもしれないよ」
「……いや、なにも見なかったことにして迂回しよう」
今はゴブリンの相手している場合じゃない。なにを考えてるのか良く分からないロキも流石に同じ結論になったんだろう。
「賢明ですわ。いきましょう」
人間達の叫び声を聞きながら、私達はその場を後にした。
帝国軍 内訳
・アレクシス [総司令]
・イヴォン [親衛隊長]
【レギオン軍団長】
・オリヴィア [第一軍]
・エルヴェ [第二軍]
・ヴィクトル [第三軍]
・クレール [第四軍]
・ガイウス [第五軍] ※死亡
・キース [騎馬部隊] ※死亡
【兵力】 26356/37000
セリフは一つもなし。死に様の見せ場もなし。可愛そうなキース。。。
レギオン軍は各6000人部隊です(親衛隊は1000人)。
各部隊、軍団長の下に千人隊長六名、各千人隊長の下に百人隊長が十名います。






