つばさ4 『魔都の情景』
【ルールー】
お館の滞在時間は一時間程度。私と館長は来たばかりの道を今度はどんどん降っていく。
見下ろす形で魔族の街が遠くの方に見える。魔族半島の最北部がドラゴン山脈。山脈から降りると平地が広がっている。そのまま南に真っ直ぐ進んでいくとブルシャンだ。
私達の住むブルシャンには一応、防壁がある。人間から守る為ということになってるけれどもまともに使われたことは私の知る限りだと無い。防壁の外に農園が広がってたりするので、不便さのあまり、取り壊しの話まで出ているくらいだ。
かなり高い防壁だけど、翼の生えた魔族は飛んで上空から中に入ったりしている。それを見る度にマンドラゴラ種はなんで翼が無いんだろうと思ったりも。
北西と北東に二つ防壁門が付いていて私ひっくるめて翼の無い魔族達はそこから出入しているのだ。
ブルシャン全体は傾斜がかっていて、北側が一番低く南側が一番高い。細長い楕円形の形をしていて内部は三つの区画に分かれている。
どちらの防壁門から入っても、先ず第一に商業区に辿り着く。ブルシャンで一番大きな広場や、天幕の商店街が広がっている。
それを抜けて、中央部分は居住区になっている。ブルシャンの中で一番大きな区画だ。それでも家と土地が足りなくなってきていると聞いた。防壁の撤去が決まったら、真っ先に広がる区画だろう。
居住区を抜けると行政区だ。魔族の街は全て合議制の自治体なので、お城は無い。代わりに合議会館や図書館、水質調査管理場や農業管理施設など街の運営に関わる業態がここに集中している。
ちなみにルスラン領事館もこの区画にある。つまり私達は毎週毎週、ブルシャンの一番端っこから街のほぼ全てを抜けて、平地をひたすら歩いてドラゴン山脈に来てるのだ。その苦労を少しは分かってもらえると嬉しい。
館長と一緒更に降っていると、視界の先に削られたような崖がうっすらと見える。
『断罪の崖』。
今領事館を住まいとしている人間の子供達はあそこから落ちてきた。
「なぜ、あの子達は断罪の崖から落ちたんでしょう?」
「さぁて……人間の世界は利権関係が色々と難しいからね。なにかしらに巻き込まれたんじゃないかな?」
私も子供達に色々と質問をしたんだけど、回答は要領を得なかった。
ガーってなってバタバタって大人達が来て鶏馬車に乗ったらバーンってなって気が付いたら馬車が壊れてたらしい。
端折り過ぎて全く状況がつかめない。それも気になるところだけど、私が言いたかったことは違う。
「そういうことじゃなくて、ここのドラゴンって『山脈を越える人間』を排除するんですよね? 断罪の崖の上だって山脈の一部ですよ」
「ふむ……確かにそもそも落ちる前にドラゴンに排除される筈だけどね」
山脈の頭は広い平原になっていて、所々森が広がっていた。見てはいないけれど断罪の崖の上だって同じようなものだろう。
「いくつか考えられる。まず一つは断罪の崖、その周辺はドラゴン山脈ではない」
「へ? すっごい繋がってますよ?」
標高は他より高くなってるが、断罪の崖も山脈の一部だ。少なくとも私はそんな認識だけど。
「地理的な意味ではないよ。山脈の一部分だけど、あの一角だけが例外として扱われてるじゃないかって説だ」
「なぜそんなめんどくさい事を。誰との盟約かは分からないけど、自分たちで抜け道を作ることをしますか?」
「まあ憶測だからね。なにか理由があるのかもしれないし、なにも意味はないのかもしれない」
ドラゴン山脈の一部でありながら、ドラゴン山脈として扱われない場所か。
「第二案として、実はあの子達、ドラゴンに襲われてたのかもしれないね」
「それで良く生き残りましたね。あの子達」
「そもそもあの崖から落ちて生きてることが奇跡だよ。よっぽど周りにいた大人の腕が良かったんだろうね」
「うーん、ドラゴンに襲われたのがたまたま崖の上で、その結果突き落とされた。一応筋は通りますね」
「通ってないよ。たまたま崖の近くで襲われて、たまたま突き落とされるだけで済んで、たまたま崖から落ちても助かった」
「……ちょっと偶然が過ぎてますね」
「それを必然と捉えてもいいけれど……僕は次の説を押してる」
館長は指を折って私に見せつける。
「第三案は『そもそも落ちてない』だね。突飛な考えだけど」
「それは……考えにくいんじゃ。断罪の崖の真下に乗り物落ちてたんですよね?」
「それこそ、たまたまかもしれないよ。落ちる瞬間を誰かが見たわけじゃないんだから」
「じゃあ何処から来たんです? あの子たち」
山脈を越える以外で人間の世界から来る方法はない筈だ。海も船が悠長に浮かべるような環境じゃない。
「じゃあ、逆に質問だ。『私は何処から来たんだと思う?』」
「館長は……生えた?」
「人間だよ!? これでも」
「なにかずっと一緒にいるんで、つい人間だってこと忘れちゃいますね」
「私もだよ。答えを言うと私の場合は、『転移石』さ」
「『転移石』ってどこかの遺跡にあるっていうアレのことですか?」
「そうそう。知っているんだね。若い魔族には秘密にしているって聞いていたけど」
「私も情報網は持っていますから。じゃあ、あの子たちも転移石を使って人間世界から魔族半島まで? 都合良すぎませんか?」
そんな便利な装置があったらもっと沢山の人間が来てもいい筈だ。
「そんなこと言われてもね。ただの可能性を話しているだけだよ。真相なんて分からないさ。私の場合は本国の王族と、とある公国が深く関わっていて、そうそう気軽に使える物じゃなかったから、もしかしたら違うのかも知れないね。送れる人数にも制限をかけられていたし」
「公国ですか。よく分かりませんが、人間は国というもので組織分けしてるんでしょ? 面倒そうですね」
「君たちと違って種は同じだけど、国が一つ違うだけで、考え方がまるで違ってくる。本当に、色々と大変なのさ」
その言葉には皮肉と軽蔑が交じっているように感じた。
****
【ノエル】
「のえるーあやとりやって、やってー」
「ちょっと待ってこれ終わったら――」
「だめー!ボクと紙ヒコーキするのー」
「ちょっと、服引っ張んない、伸びるから」
「のえうーお手玉!お手玉!」
「まって、私いまお片付けしてて――」
「のえるーおっぱ……あっなかった!」
「!!」
「うぁあああん!ぶたれたぁあああ」
質素な晩ご飯の後、私の両手両足は子供達のオモチャになってます。いつものように。現在進行形で。
師匠の子供は四匹いる。匹って数えたのには訳があって、どれも羽の付いた蛇みたいな姿だから。
それが両手両足に巻き付いてきて遊ぼーコーラスをしてくるものだからうるさくってしょうがない。
名前は私が覚えられないので背中の模様から『ハナ』『ホシ』『ツキ』『カゼ』と呼んでる。今ではすっかり定着して、子竜達自身が自分のことをそう呼んだりする。私の勝ちだ。
「お師匠様……私が来るまでどうしてたの?コレ」
「否、ノエルがいるからこそ、はしゃいでおるのじゃ。お陰で随分楽になったわ」
「そろそろ落ち着いてもらいたいんですけど! あぁぁぁぁ」
四匹いっぺんに髪を捕まえられて何処かに引きずられそうになる。いくら子供は嫌いじゃないって言っても限度がある!
「……良い顔になったな。ノエル」
「イヤミですか!?」
こんな状況で言う台詞!?
「ここに連れて来られた時は辛気くさい女がきたもんじゃ、と思っておったが」
「辛気臭くて悪かったですね!」
そりゃあ、あの頃はフィリーのアノ件があった直後だったから、毎日泣いて暮らしていた。今だってそれを忘れた訳じゃないけれど、時間が少しは癒やしてくれたと思う。
「明日の朝一で、修行を行う。ちゃんと時間作っておくのじゃぞ」
「まって、脈絡ないこと言ってないで助けて! 今の状況の方がよっぽど修行っぽいよ!」
私は両手両足をホールドされて宙に浮いていた。後頭部が天井に当たりそうだ。
それを見て豪快に笑う師匠。いや笑いごとじゃないから。悪戯してる子供を放置しちゃダメ。私がいた世界だったら駄目親の烙印押されるよ!?
****
【ルールー】
商店街の朝は早い。大通りを挟んで二階建ての石造りが建ち並び、両側の一階は天幕が張られている。天幕の下では今日一日の商売を成功させるために商品が次々と並べられていき、大通りを魔族達が慌ただしく駆け巡っている。
「ルールー、おはよー」
「あ、おはようエア」
私が歩いている姿を確認したセイレーン種のエアが手を振っている。天幕の下で四角い箱を風を使って並べているところだった。
「今日はいい天気だねー」
「暑くなりそうだね。遠くの方に大きな雲があるので雨に気をつけてね」
こんな日は突然大雨が降ったりする。私は植物型なので嬉しくなったりするけど、お店の人達はのんきにそうも言ってられないだろう。
「その時はルールーの魔法で移動してね! 私のお店周りだけでいいから」
「今日は外で調査だから……ぜ、善処してみる」
エアは冗談だよーと笑っている。
私が唯一使える魔法は、『雲降ろし』という名前の、雲を移動させるという凄く地味な魔法だ。持っている私本人すら忘れちゃう位、普段は使わない。結構な大きさの雲を動物の形に変えたり出来るけど、疲れるのだ。風を使って色々出来るエアが羨ましかったりする。
エアの風魔法で器用に並べられている箱を見ると、中には調味料に漬け込まれた魚が沢山詰め込まれていた。両親が捕ってきた魚をエアが毎日漬け込んでいるらしい。
「ママが昨日ざばーんっしてきた魚だよ。朝ご飯に持ってく?」
「ぅえっ!? え、え、ええーとー気持ちだけでいいかなーって思ったり」
「美味しいのにー!」
実はこの魚の調味漬け……結構独特な匂いがする。好きな人は嵌まるらしいけど、私はどうしても好きになれなかった。
「いってきまー……あれ? ルールー」
天幕の奥にある扉が開き、エアのツガイであるケット・シー種のリレフが出てきた。一気に汗が噴き出る。
「おはようございますリレフさん。ちょっと通りがかりまして。今日は早いですね」
「うん、昨日からちょっとポンプの調子が悪くてね。修理に今日一日かかりそう」
リレフは行政区の水質調査管理場で働いている。水が出なくなったら一大事だ。適当に頑張ってもらいたい。
「あっリレフ、朝ご飯だよ!」
「むぐむぐ……うん? エア、今日のプルプル漬け、味付けが甘いんじゃない?」
「えーそんなことないよー」
「ほら、食べてみて」
お互いがお互いの口に魚を放り込んでいる。早く仕事場に行けば良いのに……。
ちなみにこの天幕が張られた建物の一階と二階がエアとリレフの家だ。
大通りに店を構える事が許された魔族は大抵が家族ごと天幕の下で暮らしている。
私は朝からイチャコラしてる二人に手を振り、坂道を登っていく。
大きめのアーチを潜るとそこからは居住区だ。そのまま一番目立つ通りを歩き続けると円形の休憩場が見えてきた。
日が高くなってくると仕事に疲れた魔族達で賑わうこの場所も、まだ朝霧が広がる時間帯なので誰もいない。商業区とは活気が正反対だ。
この広場の先にある階段を登れば行政区に繋がっている。
普段ならそのまま行政区に向かうけれども、今日は先に用事がある。
楕円形の広場を突っ切り、細道に入り込んで暫く歩くとノエルの家が見えてきた。
私の手にはポロロ芋がいくつか入った麻袋が握られていた。昨日受け取った、ノエルの家族へのお土産だ。
本当は昨日のうちに届けたかったけれども、仕事が立て込んでいてこんな朝っぱらになってしまった。
流石にノックをすると迷惑だろうと玄関の脇に袋ごと置いておく。暖かくなる前にはどちらかが気が付くだろう。
そのまま仕事場に行こうとすると玄関の扉が開き、中から赤い翼を生やしたグリフォン種のオジサンが欠伸をしながら出てきた。ノエルのお父さんだ。
「あっおはようございます」
「ん? おぉ、ルールーかぁ。おーい、ルールーが来てるよ」
「あら……ちょっと待ってもらって。服着るから」
中から黒いローブを着たノエルのお母さんが出てきた。相変わらず色気が荒ぶってるお方だ。ノエルと同じサキュバス種だけど、何でこんなに違うんだろう。体型とか。
「おはようルールー。毎回ありがとね」
お母さんは私の置いたポロロ芋の袋を見つけ、中を確認している。結局両親ともに会ってしまった。別にいいけど。
「ノエルは元気そうかい?」
お父さんは私が頷いたのを見て満足そうにしている。ノエルが山ごもりをはじめた最初のうちは、両親とも毎日のようにドラゴン山脈に来ていたらしい。
ししょーに怒られてからは遠慮しているらしく、こうして私がノエルの代わりに山脈で採れた野菜などを届けているのだ。
「フィリーはどう?」
お母さんの方は暫く見ないうちに少しやつれたみたいだ。顔色が良くない。自分の子供があんな事故に遭ったんだ。当然のことだろう。
「一応、今は落ち着いてます。食事も毎日食べてますし」
「そう……ごめんなさい。お世話お願いしちゃって」
そう、ノエルのツガイであるフィリーは今、領事館の地下で暮らしている。
ノエルが事故をおこした後も、この両親はフィリーのお世話を続けるつもりでいた。けれどもノエルがいなくなったことにより、フィリーは少し精神を病んでしまったのだ。
魅了の主に対する禁断症状だった。ノエルに会いたいが為に一日中暴れ回ったり、夜中奇声を上げたり泣き叫んだり。
見かねた私が声をかけ、地下室のある領事館へと移したのだった。
「いえ、お気になさらなくていいですよ。……早くノエルの翼が生えるといいですね」
この事はノエルには話してない。余計な心配をかけるだけだ。
ノエルの両親からのお茶の誘いを丁重にお断りして、領事館へと歩く。
翼さえ生えてしまえば全て元通りになる。あの家族が四人とも笑顔を見せる日がきっと来るはずだ。
今のつばさちゃんをとりまく状況はこんな感じです。
章が変わると状況説明が長くなってしまいますね。






