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群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――  作者: 宮島更紗/三良坂光輝
三章    ―― 魔都哀愁 ――
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 プロローグ  『ターンブルの騎士』

【帝国軍】

 そこは薄暗く、カビの匂いが充満した部屋だった。

 高い天井には大小様々な天使と悪魔が描かれていて、正義と悪が入り乱れた永遠の闘争を続けている。


 部屋の中央に設置された長机には、東大陸の南に位置する辺境国の地図が散らかっていた。

 持ち主を無くしたその地図をオリヴィアは何気なしに指でなぞる。

 全身ミスリル甲冑で覆われたオリヴィアの指先に埃がこびり付いた。

 純白色に施されたミスリルの指先が黒く塗りつぶされる。


「かぁ~、ぺっぺっ! こりゃ駄目だ。どこもかしこも蜘蛛の巣だらけだ」

 勢いよく部屋の扉が開かれ、イヴォンが騒がしく部屋へと入ってきた。

 サビ色の全身甲冑を身にまとい、アーメットに付いた蜘蛛の巣を必死に外そうとしている。


「騒がしいぞ、イヴォン」


「その感じだと、嬢ちゃんもたいしたもン見つけられてねぇな?」


「うるさい。今丁度、ここならばと、神経を研ぎ澄ましていたところだ」


「他の部屋は禄に使われていた形跡ねーぜ。本当に人が住ンでいたのかも怪しいやこりゃ」


「モルドット卿は偏屈者で有名だったからな。使用人も付けず、一日のほぼ全てをたった一人で暮らしていたようだ」

 オリヴィアは部屋の隅に設置された安楽椅子を手で動かす。


「随分と寂しい人生なこった。人生謳歌して腹上死するオレとは気が合いそうにないねぇ」


「下らないことを言ってないで、見ろ」

 オリヴィアが安楽椅子の手すりを指さす。イヴォンが目を向けると側面に小さなボタンが付いていた。

「偏屈爺さんの残した絡繰り(カラクリ)ですかい。興味深い話だねぇ。どれどれ」


「あっ馬鹿!」

 オリヴィアの制止も間に合わず、イヴォンはボタンを躊躇せずに押す。

 がこん、と音を立て、壁の一部が反転した。


「馬鹿! 何が起こるか分からないのに――」


「あー嬢ちゃん。ほれほれ、正解だ」

 イヴォンが壁の一部を顎で示す。

 示された壁に視線を移したオリヴィアが息を飲んだ。


「……大将が言ってたヤツはこれか?」

 壁に現れた巨大な絵画を見上げながら、イヴォンが言う。

 オリヴィアは戸惑いながらも頷いた。

「恐らく……な」


 そこには一人の女が描かれた、巨大な絵画が掲げられていた。

 椅子に腰掛け、微笑みを浮かべるその女は淡い日差しを浴び、艶やかな黒い髪を煌めかせている。

 見る者全ての魂を掴み取る程の、暴力的な美しさを秘めた写実絵画だった。


「これが、『帝都の厄災』エルデナ……五百年前に美皇帝を籠絡させ、堕落させた悪女か」

 女であるオリヴィアですら、息を呑むほどの美がそこにあった。

 その微笑みに、憂いを帯びた瞳に吸い込まれそうになる。

 それは隣に立つイヴォンも同じだった。


「一度はお相手をして貰いたいもンだぜ。お伽噺の住人じゃなけりゃあな」


「たとえ現実の人間だとしても、お前など相手にしないさ」


「分かってンさ。相変わらず冗談が通じないねぇ、嬢ちゃんは」


 時は五百年前まで遡る。

 ターンブル帝国には美皇帝と呼ばれた若く気高く美しい皇帝がいた。

 近隣諸国の姫達は皇帝の気を引くため、ありとあらゆる手段を使い、取り入ろうとしたという。

 けれども、皇帝はその誰一人にも靡かなかった。

 忠誠を誓いつつも時に厳しく律してくれる友だけを信じ、戦いの日々を送っていた。

 そんなある日、その女は現れた。

 女は誰もが羨むほどの美貌を持ち、豊麗な体を武器に、美皇帝の心を虜にしたという。

 美皇帝は、瞬くうちに堕落した。

 女の言葉のみを信じるようになり、それ以外の進言は全て握りつぶした。


 刃向かう者の首は次々に並び立てられ、内戦の火は季節が変わるよりも早く広がりを見せる。

 美皇帝は女とともに贅の限りを尽くし、税はみるみるうちに跳ね上がっていく。

 民は食べる物にも困窮するようになり、犯罪が溢れかえり、疫病が蔓延した。


 帝都は絶望に満たされた。


 そして女は『厄災』と呼ばれるようになる。


 それこそが、『帝都の厄災』エルデナ。

 オリヴィアとイヴォンの前に設置された壁画の女だった。


「『厄災』の絵本はアレクシス様が下さった最初の贈り物だ」


「うちの大将もアレで可愛らしいことをするンだねぇ」


「まだ私が六歳の頃だ。手頃だと思ったのだろう」


「今の嬢ちゃんなら、頼めば花束くらい貰えるンじゃねぇか?」


「……私がそんなもの欲しがるとでも?」

 違いねぇな、と話を打ち切り、イヴォンは長机に置かれた地図を確認する。

 大陸東半分の地理が詳しく書かれた地図だ。

 その一部分には元の持ち主が書いたであろう丸い印が乱雑に追記されていた。


「にしても、大将もまた何でこの時期にオレらをこンなところに寄越したンだろうな」


「モルドット卿の屋敷から『厄災』の痕跡を探し出せ。それが私たちの任務だったはずだが?」


「分かってンよ。オレが言いたいのは、行方知らずになった爺さんの家捜しなンか、雑兵に任せておけばいいだろうってこった」


「アレクシス様にも、なにかお考えがあるのだろう。わざわざ、親衛隊長と首席隊長を寄越すくらいだからな」


「相変わらず、信頼が厚いねぇ。オレはただただ、帰りたい。帝都に帰ったら、やることが山のように残ってンだぜ」


「癪だが、アレクシス様をお守りするのはお前の責務だ。次の戦いだけは、頼むから手を抜かないでくれ」


「へぃへぃ。お仕事はキチンとやりますぜぇ。なんせ、ここ数十年のうち一番の大きな戦争だ。気が重いったらないぜ」

 二人は自然と地図のある一点へと目線が集中する。

 大陸東半分の南側に、黒く塗りつぶされた部分がある。それは周りを海に囲まれた半島だった。まるで世界から分断させるかのように、横一列に山脈が走っている。


「『魔界』への進軍。上も考えることが大胆だねぇ。何が起こるか分からないってのに」


「……魔族は強く非道だ。お前は別に死んでもいいが、アレクシス様は必ずお守りしろよ」


「非道は誰のことだか。オジサン悲しくなるね」

 言葉に反し特に気にする様子もなく、イヴォンは腕を振り回す。


「さてと、ではでは、取り急ぎの問題を片付けますか」


「……そうだな。どうするか」


「どうしようかねぇ……」

 イヴォンとオリヴィアは再び壁に掛けられた巨大な『厄災』の肖像画を見上げる。

 二人が命じられた任務。それを正確に言うならば『厄災の痕跡を見つけ出し、それを“誰にも知らせずに”持ち帰れ』だった。

 目の前にある“『厄災』の痕跡”は、二人では外すことも、持つこともできないほど大きな絵画。

 誰の手を借りることはできない。

 誰にも知らせることができない。

 

「嬢ちゃん、折り入って一つ頼みがあるンだが」

 イヴォンが絵画を見上げながら、引き締まった声をだす。


「……一応、聞こう」


「見なかったことにできねぇか? この絵」


「……無理だな」


「だよなぁ……」

 大陸西半分を支配するターンブル帝国。

 その片田舎の領主邸で、二人の騎士が苦悩と葛藤を繰り広げていた。



本日より第三章開始です。

帝国と魔界の関連、二人の掛け合いの詳細は後々明かされます。

シリアス展開がちらほらありますが、どうかお付き合いくださいませ。

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