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群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――  作者: 宮島更紗/三良坂光輝
序章    ――別れと、出会いと、――
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つばさ2 『家族の絆』

【つばさ②】

 大きなカエルを潰したようななき声が響く。

 私に気が付いた灰色の猿は口に含んだ兎を噛みつつ、ゆらりと立ち上がった。


 背丈は二メートルくらい。大人の魔族よりちょっと高いくらいだけど、その高さの半分を顔がしめている。頭の部分が胴体よりも大きく、アンバランスなことこの上ない。

 手も同じように広く、白目しか見えない目と合わせ恐怖感を演出していた。

 シッポがやけに長く、体の二倍程あるそれをユラユラと不気味に揺らしている。


「あ、はは、お食事中、ごめんなさいねー」

 失敬、失敬と後ろに後ずさりする。後ろを見せたら駄目だ。一瞬でポッキリされる自信がある。


 また、カエルを潰したような音が猿の喉から聞こえてきた。

 もはや耳しかないメルビルラビットをポイと放り投げる。新しい獲物、見つけちゃったぜ、って顔してますね。


「えーっと、ご飯は残しちゃ駄目だと思うなーほほほほら、まだ耳が残ってるよ。耳が美味しいんだよ」

 私はとにかく喋りながらこの局面をどうするか頭を回転させる。



 元いた世界の知識でなにか……

 ……熊か。熊に遭遇パターンか。


「うぐっく、苦しい……ぎゃああああ」

 必殺、死んだふり――しようとしたところで猿が大きく腕を振り回してきた。

 すんでのところでそれをしゃがみ避ける。元いた世界の知識、役立たずだ。


「そもそも私普通のJKだったんですけど! こんな状況どうしろ――きやぁぁあああ!」

 猿の手が大きく振り下ろされ、地面に叩きつけながら私に接近してくる。猿の大きな手を紙一重で避けながら距離を広げる。

  唯一の救いがこの猿、動きが鈍いことだ。六歳の身体でもなんとか避けることができる。


 私は猿の両手に集中し、いつでも避けられるように足に力を込める。

 猿の左手が動いた。足に力を込め、反対方向に飛ぶ。

 瞬間、視界の端に黒い一閃が見えた。意識の外側から風を切り裂き何かが私に襲いかかった。


 ぱんっと軽い音が森の中で反響を繰り返す。


 猿のしっぽがうねりを上げ、鞭のようになって私の体をはたき落としていた。


「痛っぁあ、ふ、フェイントされた……?」

 マズイ、マズイ、これ、 ほんとマズイ。食道を逆流してくる胃の中の物を出しながら考えをまとめる。


 とにかく動かないと、動いて距離を取らないと。

 自分の体を無理矢理動かす。四つん這いになったところで再び猿のしっぽがムチのようにうなり、体を直撃する。


 私の体が軽かったのもあり、宙を浮き回転して背中から地面に叩きつけられた。

 猿は勝利の雄叫びを上げ私に近づいて来る。


 もう、嫌だ。こっちは六歳の女の子の身体だよ。勝負になるはずがない。


 木陰から見える太陽がこみ上げる涙で滲んでいく。

 木漏れ日の光が、真っ黒い影に遮られた。遅れて風を切る音が私の耳に届く。


 灰色の猿もなにかを感じ取ったのか、私と距離を取る。その瞬間、私と猿との間にそれは降り立った。


「……フィリー」

「ノエル……ごめん」

 黒い翼で隠れているが、泣いているようだった。足も震えている。怖いのだろう。当たり前だ。

 一緒に六年間生きてきたから分かる。フィリーに、この大きな猿と戦える力なんてない。鷲の羽根が生えているだけの、ただの意地っ張りな六歳児だ。


「フィリー……なんで? 危ないよ、きちゃ駄目だよ」

「……いやだ」

「フィリー、逃げて、お願い」

「……いやだ」

 灰色の猿は突如自分の前に現れた乱入者の力量を図っているようだ。ハアハアと荒い息を立てフィリーをなめるように見つめている。


「フィリー聞いて、今なら逃げられるから、お父さん呼んできて」

「いやだ! ノエルと一緒に帰る!」

「我が儘言うな!」

「わがままじゃない!」

 威嚇と勘違いしたのか、灰色の猿も大きく叫び声を上げる。

 それに負けじとフィリーは声を荒げ、叫んだ。


「ノエルを絶対助ける。僕は……お兄ちゃんなんだ……男なんだ!」


 フィリーは叫び声を上げ猿に突撃する。

 猿の方も負けじと手を振り上げる。またあの大きな手で地面をスタンプする気?

 同時に猿のシッポが激しく揺れる。


「左! シッポ!」

 私の叫びと同時に、灰色の猿のシッポがフィリー目掛け振り下ろされた。


 猿の手に意識を集中していたフィリー。

 けれど私の言葉にすぐさま反応し、猿の懐まで一気に距離を詰めた。

 バツーン! と衝撃と共に地面にめり込む手。空を切る尻尾。そして、がら空きになった猿の胴体。そこにフィリーは思い切り爪を立てた(・・・・・)


「かぎづめ……なんで?」

 フィリーは猿の胴体に刺さった自分の鉤爪を力強く上に持ち上げる。切れ味鋭いその爪はなめらかに流れていき、猿の顎まで達した。

 絶叫を上げる猿。

 けれど傷事態は浅かったのだろう。血は余り出ていない。


 猿がフィリーに掴みかかろうとする。けれど、フィリーはそれを察知し、背の翼をひろげ上空に飛行してそれを避けた。


 けれど、フィリーのできた反撃はそこまでだった。


 猿も一緒に飛び上がったのだ。


「なっ!?」

 フィリーは慌てて向きを変えようとしたが、遅い。猿の大きな手に捕まる。そして、地面に降り立つと絶叫を上げ大きく口を開いた。かじりつく気だ。


 今しかない!

 私はその瞬間を待っていた。片手が輝く。

 爆音が響き猿の口に火炎が広がる。猿は慌てて口の火を消す為にフィリーを手放す。フィリーは気絶していた。


「美味しいでしょ? 真心込めて作ったんだから」

 火炎弾。忘れていた訳じゃないよ。小さな頃から練習してきたから分かっていた。あの猿の皮に通じる威力ではないと分かっていた。けど、あの無駄にでかい口の中ならあわよくば倒せるダメージを通るんじゃないか。


 ……なんて思っていたわけだけど。


「そんなに甘くないかー……」

 猿は舌をベロベロと舐めつつ、立ち上がる。真っ白な目に明らかな怒りを含んでいた。


「普通さ、動物って火怖がらない? ほら! 怖いよ! 私に触ると火傷するよ!?」

 手からボンボン炎を出す。だが猿は全く動じない。……どころかジリジリと近寄って来る。


「コレって……まずいかも?」



 どこからか、ヒュンと風を切る音が聞こえた。猿も私も一瞬だけ上空を見上げる。

 そう、見上げたのは一瞬だった。

 視線を戻すと、猿から沢山の真っ赤な羽が生えていた。


 猿自身、自分の体になにが起こったのか分からないようだった。慌てて羽を擦り落とすとそこから血がダクダクと噴き出してくる。

 そんな猿の前に深紅が立っていた。音もしなかった。赤色という目立つ色合いなのに、気が付けばそこにいた。


「……俺のガキが迷惑かけたな」

 その深紅の男。お父さんは私が一度も見たことのない怒りに包まれていた。

 猿への挨拶は済ませたとばかりに動き、フィリーに近寄る。のど元に爪を当て安心したように笑顔を見せた後、私の方を向く。


「フィリーは大丈夫だ。お父さんが終わらせてくるから、ちょっと待ってなさい」

 そう言ってスタスタと猿の元に歩みを向ける。


 猿が大きく手を開き威嚇のポーズを取る。その瞬間両腕が地面に落ちた。


 猿の前を歩いていた筈のお父さんの姿は、瞬きの内に消えていた。

 そして猿の首が、ぽろりと地面に落ちていった。お父さんは猿の背中から片手の爪で首を落とし、もう片手で心臓を突き刺していた。


 早すぎて、猿も自分になにが起こったのか分からかっただろう。


 残された灰色の身体が草むらへと倒れていった。


「す……凄い。お父さん強い!」

 鉤爪についた血を拭うお父さんに心からの賛辞を送る。え、グリフォン種ってこんな強いの? ただの臭くて痛いだけの人じゃなかったの?


「ノエルぅうう心配したぞおおおおお」

「うぐぅ!?」

ビュンと飛んで来たお父さんに抱きかかえられる。衝撃でまたリバースしそうになる。


「遠くに行っちゃ駄目ってあれだけ言ったじゃないか! お父さん家まで探しに行っちゃったぞぉおおおお」

 グリグリと顔と頭を擦りつけられる。ゴワゴワしてて痛い。


「ちょちょ、落ち着いて! お父さん!」

「だーめだ! 落ち着いていられない! 帰ったらお母さんと一緒にお説教だからな! あっその前にお父さんとお医者さんところに行こう! フィリーも一緒にな! フィリーぃぃぃぃい! 可愛そうに!」

 駄目だ。完全に馬鹿親モードになってる。ここはフィリーに擦り付けよう。


「あっお父さん。フィリーに爪が生えてるよ」

「なにぃいいいい!? ホントだぁああああ!」

 私をぽいっと投げ捨てフィリーに近寄るオジサン。そんなにか。


「フィリー……立派になって。よーし! 今日はお父さんがご馳走作るからなー!」

 おい、お説教はどうした。


「よし! 行くぞ! しっかり捕まっててねぇええ! お父さんもう目を離さないからなぁあ!」

 お父さんは私とフィリーを抱え大空へと飛び上がった。


   *****


 帰った途端、お母さんからの大目玉と晩ご飯抜きの宣告を受けたが、お父さんが必死に助け船を出してお母さんを説得し、無事にご馳走にありつけた。

 フィリーはいかに自分が格好良く登場したかを力説し、再びお母さんから叱りつけられていた。

 お父さんは息子に鉤爪が生えたことが本当に嬉しいらしく、お酒を浴びるように飲んでいる。

 私はそれを見て、笑っていた。幸せだった。大変だったけど、家族が自分のことを本当に愛してくれていると実感できた一日だった。突然異世界に放り込まれて不安だったけど、この人達の家族として生まれてきて本当に良かった。

 こんな日が、ずっと続けばいいな。と思っていた。





挿絵(By みてみん)

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