幕間 『力を求めて』
【 】
立ち尽くす王子を置き、
足音が、崖から離れていく。
足音は、一部始終を見ていた。両手に持った紅茶は冷めきってしまい、それを渡すつもりであった相手は既に崖から飛び降り消えていってしまっている。
足音は、全てを見ていた。一国の王子と楽しそうに会話をしているその姿を。
足音は、全てを見ていた。自分に向ける視線とは、まるで別種の眼差しを向けるその姿を。
足音は、全てを見ていた。愛おしき相手が、一国の王子に口づけするその姿を。
足音は、誰にも知られぬようゆっくりと立ち去る。
深い悲しみを胸に秘めて。
【 】
夜がまた訪れた。
ライラ要塞に残る人間、魔族の全員が寝静まり、争いの音から解放された虫たちが失った時間を取り戻すかのように音色を上げている。
暗闇に包まれるライラ要塞中庭に男は立っていた。
闇に紛れ、一つの物体を見上げていた。
ベヘモス。空飛ぶ船で見せつけた、その戦いは圧倒的な力を誇っていた。
相対する魔族の攻撃を意にも止めず、首を潰してみせた。
――お前のこれからの人生、あんなイイ女は二度と現れねぇよ――
――今、お前は死ぬ気で頑張る時なんだよ――
友の言葉が頭に響き渡る。
「分かってる、分かってるんだ、ヘクトル……」
――今おめーが出来ることを一生懸命やれ。できる事がなけりゃ考えて作り出せ――
法務執行官の言葉が蘇る。
「できること……僕の、今、できること――」
――『僕に……もう少し力があれば』
過去に自分が発した言葉が浮かび上がる。
力がないからこそ、沢山の命が両手から零れ落ちていった。
力がないからこそ、愛する存在は離れていってしまった。
力がないからこそ、愛する存在は、力のある存在に惹かれてしまった。
男は闇に紛れ、再び動きを止めたベヘモスを見上げる。
ベヘモス。人が作り出した、魔族の力を得る唯一の方法。
圧倒的な、力。
男が求める、力がそこにあった。






