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群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――  作者: 宮島更紗/三良坂光輝
六章    ―― 禁忌要塞 ――
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 終結5   『本当の気持ち』


【ヘクトル ライラ要塞中庭】

 喧騒が続く中、ライラ要塞中庭の片隅で、身体の大きな男が一人、地に胡座をかき目を閉じていた。

 男の前には青い髪の女性が横たわり、安らかな微笑みを大空へと向けていた。


「隣、いいか?」

 男の友である青年が、男の答えも聞かず、地に腰掛ける。

 目を開いた男だったが、何も言わずに、ただ青い髪の女性を見つめていた。


「背中、大丈夫そうだな。流石に、眷属の治療は凄い」

 ベヘモスの攻撃により大きな爪痕を残した男の背中だったが、スライム種の眷属が治療を行い、傷口は塞がれ、既に痛みはなかった。


「……ああ。もう訓練を全て終わらせられるくらい元気だぜ」

「やめろよ、ヘクトル。ただでさえ君は持久力がないんだから」

 今ならば、何も考えずに走りきることができるだろうな。とヘクトルは思う。

 失った喪失感を埋めるためにできることならば、なにをしても良い気分だった。


「もう少しだったんだ。もう少しで、こんなイイ治療を受けられた。傷も塞がって、痛みもなくなって、なんの心配も要らずに生きられた。……もう少しだったんだ」

 こみ上げる思いが男に言葉を生む。

 後悔が、胸を突く。


「……約束したじゃねぇか。一緒に、美味いエスタール料理を食べるって、言ったじゃねーか」

 男の大きな身体に、まるで似合わない涙が生まれ落ちる。


「もう少しで、あとちょっと頑張れば……お前は、生きられた。約束破るなら、それからでもいいじゃねーか。……好みじゃねーよ、って言ってくれよ。きちんと無事な姿で、はっきり断れよ」

 声にならない言葉だった。涙と鼻水が混じりあう。


「醜男をふるんなら、せめて、元気な姿でふれよ! 俺は、どうすりゃいいんだよ!」

 青髪の女性は男の訴えに何も答えず、安らかな微笑みを空に浮かべている。


 そっと、男の肩に友の手が乗る。


「ヘクトル、君は格好良いよ」

「かっこわりーだろ、どの姿見て、言ってんだ」

「そんなことはない。君はずっと、怪我を負っていた彼女を励ましていた。全身全霊をかけて、自分の命も惜しまずに彼女を助けた。そんな姿を見て、格好悪いだなんて誰が思う」

「助けられてねーじゃねーか!」

「助けた。……助けたんだ。君が格好いいことに、アルエットさんも気がついていた。君に好かれて、最後まで彼女は幸せだったはずだ。絶望の中に、幸せを届けたんだ。君は……ちゃんと、彼女を助けた。最後まで、助けたんだ」


 ――『ありがとう。惚れねーけど、格好良かったよ。……惚れねーけどね』


 彼女の最後の言葉が蘇る。

 笑顔が脳裏に映し出される。


「アルエット、アルエットぉ……うぁああああ!!」

 男は全てを吐き出すように、人目もはばからずに大きな声で泣き叫んだ。




【ロキ ライラ要塞中庭】

 兵士達のよる懸命な救出活動により、カトブレパスの腹に刺さった船首は外れた。

 だが、予断を許さない状態が続いているらしく、ビションとレイヴンが治療を続けている。

 ビションが言うには丸一晩はつきっきりになりそうとのことだった。


 素人目に見ても重傷だったが、あまり感情を表に出さなそうなビションが鬼気迫る勢いで絶対に助けると言っていた。

 任せていて大丈夫だろう。きっと、あの魔族は助かるはずだ。


 負傷者の救出もあらかた終わり、オリヴィアは兵の何名かを連れて中庭から去っていってしまった。

 それにしても、まさかあのお堅そうな女騎士が『厄災』を見逃すことに賛成するとは驚きだった。

 最悪、一戦を覚悟しての提案だったんだが、あの白騎士とはあまり争いたくない相手だったからな。話が早くすんで良かった。

 ある程度口裏は合わせておいたが、後は彼女の演技力次第だ。上手くアレクシスを説得してくれるといいんだがな。


 最後の眷属であるベヘモスは、焼却が決まった。

 反対されるかとも思ったが、眷属達もその提案を受け入れた。下手に人間の手に渡る前にこの場で破壊しておいた方がいいという決断に至ったようだった。


 流石にアレクシスと兄上の許可が必要なことなので、今は中庭の片隅に鎮座させている。


「……これが、人間に操られてたんだな」

 フリューゲルがベヘモスの姿を見上げながら苦々しい声を出す。


「他者の操作。あれほどまでにサキュバスの能力を嫌っていた帝国軍が、同じ力……いや、それ以上に邪悪な能力を駆使し、魔族の身体を操っていた訳だ。皮肉な話だな」

 動いているところは見られなかったが、この巨木のような四肢を駆使しての攻撃は人に脅威を、人に操作されている姿は魔族に恐怖をあたえたことだろう。


「邪悪な能力か……」

 俺の言葉を噛み締めるように復唱するフリューゲルに続ける。

「サキュバスに操られていたお前ならば、その行為がどれだけ邪悪なものか良く分かるはずだ」

「ああ、……その事だけどよ、大将」

 ベヘモスを見上げていたフリューゲルは俺の方に視線を移す。

 そして、俺の目を真っ直ぐに見据え、言った。


「あのサキュバス、本当に悪い奴なのか?」

 その言葉は、迷いを含んでいた。

「オレを狂わせたサキュバスを殺せば、全てが上手くいくと思っていた。あのデカい橋で大将と戦う女を見て、ついに見つけたと思った。後は、ヤツと戦って……勝てば全ては終わると思っていた」

 フリューゲルは記憶を辿りながら、一言一言俺に思いを伝える。


「でもな、いざ顔を合わせてみたら……なんか、違ってた。あの女の、あの表情……怯えてたじゃねーか。オレには敵意一つ、見せなかったぜ。……あれじゃあ」

 フリューゲルは少しだけ目を伏せ、続けた。

「あれじゃあ、まるで、小動物を囲っていたぶってるのと変わらねぇ……まるで、こっちが悪者じゃねーか」

「私も、同じ感想を抱きましたわ」

 負傷者の介護からいつの間にか戻ってきたカロリーヌが言葉を引き継ぐ。


「ロキ、あなたと彼女がウィングブリッジで何をして、どうしてあの状況になっていたのかは分かりません。けれど、あの時……あなた様と戦っているときの彼女は、明らかに悲しんでいました。本当は戦いたくないのに、状況が許さずそうしている。そんな表情でした……それはあなた様も同じです」

「俺も……?」

 そんな筈はない。俺はあの時、怒りに満ちていた。ガラハドを侮辱され、絶対に首を撥ねてみせると息巻いていた。


「あんな悲しそうな大将の表情は初めて見たぜ。……らしくねーよ」

「“碌でなし王子”は笑顔で敵を罠に嵌める。そう噂されていますわ。……私も、それがあなた様だと思っています。どれだけ狡賢な敵も、強力な敵も、それを悪知恵で上回り、叩き潰す。そして絶望する敵を見て高笑いする。それがあなた様です」

 言葉にすると、酷い王子だ。それじゃあただの悪役じゃないか。


「オレもそれが大将の良い所だと思ってるぜ。……でもな、あの時の大将は、そんな大将じゃなかった。本当は大将も、分かってるんじゃねーか? あのサキュバスと戦うべきじゃねーって、とっくに頭は理解してるんじゃねーか?」

「違う。……ヤツは、俺の大事な存在を侮辱した……俺の大事な存在を汚した。――何より、俺の大事な存在を、ガラハドを、ヤツは殺した。戦うべき相手、首を撥ねるべき相手だ」

「そうするべきですわね。それが、“状況”ですわ。それよりも私は――あなた様の本当の“気持ち”を知りたい」

「気持ち……?」

「あなた様は、彼女とどういった関係をお望みなのですか?」



【ロキ ライラ要塞中庭】

 ノエルとどんな関係を望んでいるのか。

 カロリーヌの馬鹿げた質問に、腹の底からの笑いが生まれる。


「敵以外は有り得ない。この半年間の俺を見てきたお前達なら、分かるはずだ」

「ならば、笑顔で、心の底から嬉しそうにサキュバスと対峙していたでしょうね」

「……馬鹿らしい。そんなものはただの気の迷いだ」

 ノエルが妙に話の合う魔族だったから、つい別の感情が生まれてしまっただけだ。

 状況が、情を生んでしまった。それだけだ。


「オレの知る大将なら、迷うくらいならやらねーぜ」

「私は……あなた様と出会ってから、ずっとあなたの言葉に付き従うと決めております。あなたがどんな行動を取ろうとも、付き従います。……それでも、進言させてくださいませ」

 戸惑う俺を余所に、カロリーヌは膝を立て、頭を下げる。


「どうか、お考え直しをお願いしますわ。私はあなた様のため、彼女に弓を引きたくありません」

「……オレも、カロと同じ気持ちだな」

 フリューゲルも膝を立て、続ける。


「オレは、もう一度ノエルと戦え、と言われても戦えない。あんな、寂しそうな顔をした相手を刺せと言うんなら、オレはここから離れる。……その時はオレの見込み違いだったってことだ」

 二人の従者に訴えかけられ、俺の気持ちが揺れ動く。

 何が最も正しい事なのか、それをまとめるため頭を回転させる。


 そして――俺は、それに気がついた。


「お前達の訴えは分かった。後は――あいつ次第だ」

 従者達が振り返る。俺の見据える先には、髪の長い女が立っていた。


 美しく、形の整った瞳を俺に向けている。


「相変わらず、偉そうね。王子」

「王子が偉いと知らなかったのか? サキュバス」

 その表情は抜け落ちていて、何を考えているのかまるで読み取ることができない。


 遅い歩みで近づいてきたノエルは、少しだけフリューゲルに目を移した後に、俺へと視線を戻す。

 そして――言った。


「少しだけ、二人だけで話したい。……いい?」




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