終結2 『面倒な魔族』
【グツコー ライラ要塞中庭】
自分を呼ぶ声に意識が急速に戻ってくる。同時にグツコーの身体中に激痛が走ったが、それを無理矢理振り払い、その単眼を開いた。
「――グツコー! 良かった!」
目の前には、同じ魔族であるレイヴンがいた。グツコーの瞳にくっつかんばかりに宙を浮遊している。
「……生きておったか。残念だ。騒がしい日々から解放されると喜んでおったんだがな」
「残念だけど生きているよ……だから、君も、生きなきゃならない」
レイヴンの言葉にもたげていた首を上げ、自分が幻獣化したままの姿であったことを知る。
そして――
「ああ、これは、酷いな」
自分の状態を把握し、グツコーは深くため息を吐いた。
グツコーの横腹に船の船首が突き刺さっていた。感覚はなかったが、その深さから察するに貫通しているのだろう。
グツコーはライラ要塞の壁と船に挟まれ、船首を腹に食い込ませていた。
「ビションが今、必至になって治療している。ボクも励ますから、しっかりするんだ!」
「若干余計な行動も交じっているな。……グリズムはどうなった?」
エルデナが救えなかった魔族が、船に乗せられていた筈だった。
力を持つあの魔族が人間に操作されていたのであれば、魔族にとって空飛ぶ船以上の脅威になるはずだった。
「人間に操られていたけれど……ボクと君の力で救い出した。あそこを見て」
レイヴンの示す方向を見ると、中庭の片隅に動きを止めたベヘモスの抜け殻が伏せていた。
近くには白い髪の男が見上げていて、赤いフードを被った女と何か会話を行っている。
「……良く、人間から救えたな」
「……人間の力を借りた。……ボクだけじゃ、正直難しかったと思う」
「そうか……操っていた人間はどうなったのだ?」
「ボクとの身体の奪い合いに負けて心が壊れてしまった。今は捕らえているけれど、アレはもう戻らないだろうね」
「自業自得だな。……そうか。他の人間達は大丈夫なのか?」
レイヴンはグツコーの言う、大丈夫の意味合いを即座に理解出来なかった。
魔族に敵対する存在じゃないのか、という問いかけであると把握し、言った。
「あそこに居るルスランの王子は、魔族を仲間にしている人間だよ。……あそこで負傷者を助けている白い騎士は断罪の崖から落ちて生き延びた人間だ。あそこに倒れ込んで空を見上げている赤い髪の人間はボクと一緒にベヘモスを助けてくれた。それに――」
「もう良い、もう良い」
まだ何か話し続けそうなレイヴンを遮る。
「今ここに魔族を害する存在はいない、ということだな。ならば、いい」
「うん。……特に、この船に乗っていた人間は、君に感謝している」
「我を……? 何故だ?」
レイヴンは心底分からないといった仕草で首を傾げる。
「今のこの状況だよ。……君がこの船を受け止めてくれたお陰で、中の人達はみんな助けられた。だから、感謝されている」
「我は船を助けようとした……人間を助けようとしたわけではない」
「それでも、君の行動は……人の心を動かした。眠りについたエルデナ様も助けてくれるって。……今はもう、魔族だからって敵対心を持つ人間はいない」
「そうか。……エルデナ様も無事か。ならば、もう思い残すことはないな」
「ちょ、ちょっと! 待ってよ!」
再び首をもたげようとしたグツコーにレイヴンがまとわりつく。
「思い残すことはあるでしょ? トモダチのボクがここでこうして元気にしてるんだよ。ああ、アイツを残して逝けないなぁとか、レイヴンのためにも生きなきゃなとか、そういうのないの?」
「ない。それよりも、眠いのだ……少し、少しだけで良い。眠っても良いか?」
「駄目ぇえええ! 絶対駄目!! なんだか良く分からないけれど、なんかその言葉、すっごい嫌な予感がする。君が回復するまで、ボクはずっとまとわりつく。ずっと眠らせない」
「本当に、面倒な魔族に目を付けられたものだ」
「世話焼きな魔族の間違いだろ。後の面倒なことは全部人間に任せて、ボクはずっと、キミといるよ」
レイヴンの言葉に、グツコーは小さく笑う。
「全部か。随分と、人間のことを信用するのだな。……少し前のお主では考えられぬことだ。魅了でも受けたか?」
「……君が、人間の気持ちを変えたように、ボクも人間の行動を見て、気持ちが変わった。勿論、全部じゃないけれど……一部の人間は、魔族と仲良くなれる。そう、思った」
グツコーは力なく首を振る。
「信用すると裏切られるぞ。……お主は人間を理解していると思っていたのだがな」
「ううん、……ボクは人間のことを理解していなかった。人間だって魔族のことを理解しないように、魔族だってそうさ。人間を理解しようとしてこなかった」
レイヴンはグツコーから目を離し、中庭を見わたす。
翼を持った魔族が、墜落した船から負傷者を担ぎ出している。それを人間が引き継いでいる。
ビションの分裂体が人間と何か話し合いながら船の火を消し止めようとしている。
魔族も、人間もなかった。
そこには区別のない世界が広がっていた。
「魔族と人間。二つの種族がお互いに理解しようとしていれば、この戦いは避けられたのかもしれないね」
「良い言葉でまとめようとしているところ悪いが、そろそろ幻獣化が解けそうだ」
「だ、駄目ぇ!! ビションが言ってたよ。このまま幻獣化が解けたら腹が引きちぎれて即死するって」
「そ、そうか。案外、我は絶体絶命だったのだな」
「そうだよ。今人間が船を動かそうと頑張ってくれてる。ボクが励ますから船首が抜けるまで幻獣化解除は待って」
「レイヴン。これまでありがとうな。我の身体はお主が好きに使え……」
「だから不吉な言葉を言うなぁあ!!」
空飛ぶ船が墜落したライラ要塞中庭で、人間と魔族が動き回る。
そんな中で、魔族二羽の会話は続いていった。






