聖戦11 『命の証明』
【ノエル 監視塔一階】
ダヴァロッサとともに見上げていた光の柱は収縮し、夜空に消えていった。
魔族の魔法じゃないなら、きっと人間が何かしたんだろう。
大丈夫かな。町の人達も心配だけど、お母さんや他の魔族達も心配だ。
「今、何体くらいの魔族が戦っているの?」
「知らん……けど、多分おで以外の魔族は全員戦っている筈だ。ここに捕まっていたのはエルデナ含めて全部で九羽だ。全員、人間に酷いことされて恨んでる」
「……ダヴァロッサは何で人間界に来たの?」
この際だから、気になっていたことを尋ねてみる。
魔族だけしか住んでいない魔族半島から人間界に向かう物好きな魔族は滅多にいない。
親を探しにだとか、私みたいな事情がない限り、人間界より魔族半島の方がよっぽど住みやすいところだと思う。
「ダヴァでいい。おでは元々人間界生まれだ。ここからずーっと西にある湿地帯に親のツガイと一緒に住んでいた」
「聞いていいのか分からないけど……ダヴァのツガイは?」
魔族は必ず双子で生まれる。その双子は親の姿を受け継いでいて、将来一緒になることが約束されている存在だ。
「死んだ。親と一緒に人間達に殺された」
「ゴメン……」
「謝らなくてもいい。ノエルは悪くない。悪いのは人間だ」
「ダヴァの子供は?」
「いない。その前に殺された」
魔族のツガイは、一緒になる前に片方が死ぬと死んだツガイへの愛情を忘れてしまう。
ダヴァロッサがツガイのことをちゃんと覚えているということは、本当の意味でのツガイになった後に、人間に襲われてしまったんだろう。
「十年くらい前の話だ。白銀の鎧に赤いマントを付けた男と、桃色の鎧着た女が手を繋いでやってきた。そいつらに会ったら気をつけろ。おで達家族、それなりに強かったけど、おで以外はその二人に殺された」
「二人? 他に人間はいなかったの?」
「いなかった。あの二人が人間かも分からない。なんせ――」
ダヴァロッサはぐろろ、と喉を鳴らして、遠い目を虚空に向ける。
「魔法を使ってた。それも色んな種類の魔法だ」
「魔族が人間に味方してるってこと……?」
「知らん。全身鎧姿で顔も分からん。人間には魔石を使うヤツがいるって聞いてる。それかもな」
「魔石……」
反射的に、首からかけた魔石を握り閉める。『反射』の魔石。半年前の戦争で死んだ友達の魔族、ケット・シー種のリレフが身に付けていた形見だ。
私はリレフじゃないので『反射』の魔法は使えないけれど、半年間ずっと肌身離さず身に付けてきた。
「二人とも丁度、そんな感じで魔石をいくつか首からぶら下げていた。それ、どうしたんだ?」
ダヴァロッサが魔石に顔を近づけ、反射した自分の顔を見てニヤリと微笑む。
「友達の形見。小っちゃい頃から、仲良しだったんだけど……前に魔族の街が襲われた時に……」
「そいつの心臓なのか?」
「心臓? ううん。その子は魔法が使えなかったから家族からもらったみたい」
「そうか。……魔族が作った魔石には命が宿るらしい。形見としては良い物だ」
「命……宿ってるのかな」
魔石を見つめると、リレフの陽気な猫顔が浮かんでくる。
半年前に見た死に顔と悲しみも。
いくらお気楽な私でも、失っていくだけの命が物に宿るなんて考えてないけれど、リレフが確かにいた証明になっている。
他の魔族は違うかもしれないけれど、この魔石がある限り私だけはリレフのことを好きでいれる。
それは私の中にリレフの命が宿っている証明なのかもしれない。
「……ありがとう、少し楽になったよ」
「良かった。ノエルの喜ぶ姿を見たら、おでも嬉しい」
ダヴァロッサが大袈裟に両手を広げる。それを微笑みながら見つめていると、不意に機械音が私の耳に入ってきた。
それは古いテレビが出すノイズのような音で断続的に塔内をこだまする。
塔の白い壁に目を向けると、その一部がドーム状に光りぐにゃりと広がる。
塔の出入り口が作られ、外の暗闇が映し出された。
「誰か来たのか?」
暗闇の光景に向け、ダヴァロッサが声を張る。
それに応えるように、かつん、と小石が一つ塔内に入ってきた。
「ちょっと見てくる。ここで待ってろ」
「待ってる、しかできないよ」
「それもそうだな」
ダヴァロッサが私の返答に笑い、柵からぐにゃりと外に出た。
そのままどたどたと入り口に走って行く。
じゃらり、とダヴァロッサの身体に鎖が巻き付いた。
身動きを封じられたダヴァロッサが身を固める前に、銀色の一閃が塔の入り口から襲いかかる。
ダヴァロッサの大きなお腹に槍が深々と突き刺さった。
「……なんだおめぇ?」
ダヴァロッサがぎろりと侵入者を見つめる。
「やっぱり刺しただけじゃあ死なないね」
銀色の一閃を放った金髪のドミュニオン、イルーアがダヴァロッサの背中まで貫通した槍の柄を光らせる。
閃光が塔の内部に広がった。
遅れて激しい落雷音が私の鼓膜を刺激する。
不意な目つぶしに首をふり、再び顔を上げると、金髪のイルーア隊長が黒焦げになったダヴァロッサから槍を引き抜いていた。
「いちち、危ねぇな! ちょっとビリって来たぜ!」
ダヴァロッサに巻き付いていた鎖を大剣に戻しながら赤髪のドミュニオン、バレンタインが入ってくる。その横にはジェラルドの姿も。
「イヴ! 大丈夫!?」
ジェラルドは私の姿を見つけ転がるように柵の前まで駆け寄ってきた。
「う、うん。私は大丈夫だよ。ジェラルドこそ、無事で良かった」
「待ってて、すぐにここから――ああ! 鍵が! ど、どうすれば!」
慌てながらガチャガチャと鍵がかけられた柵を動かす。そんなジェラルドの背中をバレンタインがため息をつきながら叩いた。
「あー、分かった分かった。ちょっとどいてろ」
乱暴にジェラルドをどかし、指でカンカンと柵を叩く。
「タダの鉄棒だな。おめーもちょっと後ろに下がってろ」
私を睨み付けながら、手をひらひらと振る。言われるがままベッドの端に下がると、バレンタインは大剣を大きく構えた。
「どっせい!」
塔内に響き渡るかけ声とともに鉄柵へ“く”の字の剣閃が走る。切り裂かれた鉄棒の破片が床に散らばった。
「良し! ありがとうバレンタインさん。……イヴ。立てる?」
「う、うん。大丈夫」
鳥かごの中に入ってきたジェラルドが手を差し出してきた。それを受け取り鳥かごから脱出する。あれほど出たかった鳥かごだったけれど、一気に複雑な心境におちいる。
入り口にはさっきまで普通に話していたダヴァロッサの死体が――ない!
「よし! すぐにここから離れるよ」
声を張るイルーア隊長の背後、塔の壁に張り付く影が動く。
「ダメ!」
考えるよりも先に私は床に転がる鉄棒を掴み、イルーア隊長に向け投げつけた。
鉄棒を避けるイルーア隊長の真横を赤い線が通り抜けた。
鋭い舌先が床を抉り突き刺さる。
長く伸びた舌は一瞬にして壁に張り付く魔族の口へと戻っていく。
「邪魔する? ノエル、何で邪魔する?」
ぐるぐると喉を鳴らし、塔の内部に反響していく。
塔の外へと繋がる出口、それを塞ぐように大きな緑色が落ちてきた。
巨大化したカエル型の魔族、ダヴァロッサが私たちの前に立ちふさがった。






