聖戦10 『援軍』
【ロキ パルポの港 聖堂】
「もう一度、今回突入する人員を確認する。まずは俺、ルスラン王国第五王子ロキだ」
教会聖堂の一室で兄上とアレクシスが見守る中、五人の仲間が俺の前に並んでいる。
隠し部屋のさらに隠し部屋として存在するスペースの中央には俺の背丈ほどの大きさの筒が輪を描いていた。土とも金属ともつかない素材でフラフープを立てたような形状だ。
輪の途中所々木の根っこのような触手が伸びていて、床と癒着している。
筒の真ん中には四角い水晶体が浮かび上がっていた。薄緑色の淡い光を放っていて、蝋燭がなくとも窓のない部屋中を照らしている。
「予め言っておくがこの中では最も弱い。戦力としては期待しない方がいい」
ジョークのつもりで言ったのだが、誰一人としてクスリともしやがらない。
気を取り直して続ける。
「次は俺の従者、カロリーヌとフリューゲルだ。カロリーヌは弓の名手で、どれだけ離れようとも敵の眉間に矢をぶち当てることができる」
「あまり、持ち上げないでくださりません!? 私にも限界がありますわよ」
慌てて否定するカロリーヌだったが、まんざらでもなさそうだ。実際、時間はかかるだろうが、見える範囲であればピンポイントで狙いを定めることができる。
矢の制限はなく、自身の気力が持つ限り閃光の矢を撃ち続けることができるのもポイントだな。
「フリューゲルは見ての通り魔族だが俺の大事な仲間だ。空を飛ぶことができ、両拳に炎を纏って攻撃することができる。鉤爪は普通の甲であれば簡単に引き裂くことが可能だ」
「いつかはお前らの着ている鎧も貫けるようになるからな」
フリューゲルがオリヴィアに向かい拳を上げ威嚇する。
「アリシアとラヴァンは魔石を使った戦いがメインとなるだろう。双子ならではの、息の合った連携に期待をしている」
「「ありがとうございます!」」
騎士鎧を着込んだ同じ顔をした女がブロンドの髪をなびかせ、同時に敬礼をする。
帝国幹部がいる手前、ざっくりと説明しただけだったが、アリシアは逆位の魔石、ラヴァンは浸透の魔石を持っている。
逆位の魔石は目標と自分の位置を入れ替える魔法が秘められている。所謂、テレポートだ。
例えば百メートル競走をしていて、自分の前を走る選手がゴール直前まで差し掛かったとしよう。そんな時にこの魔石を使えば、自分と目標との位置が入れ替わり、先にゴールすることが可能となるわけだ。
普通に考えればかなりチートな部類だとは思うが、勿論制限もある。
物は対象にできない。
動物や人間など、動く物しか対象にすることができないし、対象の質量が自分よりも大きくなればなるほど場所をチェンジするのに時間がかかるようになる。
ラヴァンの持つ浸透の魔石はもっと便利だ。壁だろうが床だろうが水の中に潜るように入り込むことができる。
ラヴァン曰わく、水の中よりもよっぽど動きやすいとのことだ。
自分の息が続く限り潜り続けることが可能で、文字通り潜入するにあたりこれほどの人材はないと言える。
「帝国からは近衛兵団団長オリヴィアが同行する。知っているとは思うが、ミスリル甲冑は脅威の防御力を誇っている。盾にするならば真っ先に後ろに行ってくれ」
「不本意な使われ方だが、いざという時は頼ってくれ。生存率は少しでも上げた方がいい」
オリヴィアは肩の装甲を軽く指で叩き音を立てる。
事実、レギオン軍団長以上が身に付けるミスリル甲冑の防御力には幾度となく苦しめられた。
ルスランも同じ物を作ろうとした動きがあったが、損益面で廃案となった過去がある。
王国領では採掘できない金属なので、商人から買い取るしかないわけだが……高すぎる。
混じり気なしの物を買おうと思ったら、こぶし大の大きさでシセラ艦が五十隻は買えてしまう。
その上加工も難しく、少しでも温度調整に失敗すれば使い物にならなくなる。熟練の鍛冶職人が見るだけで青ざめて逃げ出すような代物だ。
無駄な装飾の多い帝国のミスリル製パレードアーマーがどれだけイカれた品か、少しは分かってもらえただろうか。
「目的を伝える。最優先は法務執行官・ドミュニオンの救出だ。厄災の他に、魔族が数匹いると聞いているが、そいつらはまともに相手にするな。テュール王太子とアレクシス総司令官が二日後に到着する。魔族の相手はそれからだ」
アレクシス曰く、ライラ要塞に収容されている魔族は、どれも過去に人間の世界で大罪を犯しているらしい。
『厄災』は別格として、出会う魔族は全てそれなりの手練れだと考えていた方が良いだろう。
「転移時に『光の柱』が広がる。厄災の手の物がすぐに様子を探りにくるだろう。その前に、速やかに要塞へと向かい二手に分かれる」
「二手に分かれる理由は?」
オリヴィアが手を上げる。
「ドミュニオンが捕らえられていると仮定して、向かう場所は“峡谷の牢獄”と“監視塔一階”だ。そのどちらかにドミュニオンはいるだろう。逆説だがそこにいなければ、捕らわれていない、もしくは全滅した可能性があるということになる。どちらにせよ、真っ先に確認すべきだ」
「二手に分かれるのはいいが、組み分けは決まっているのか」
オリヴィアが更に質問を重ねる。
「さっきも言ったように、俺は弱い。カロリーヌとフリューゲル、ふたりの力が必要だ」
「私もあなたと行動を供にしたい。均等に分けるのならば、どちらかの代わりにできないか?」
「モテるのは嬉しいがどうせ監視が目的だろう? 却下だ」
総司令官のアレクシスが側近にしている位だ。それなりに腕は立つのだろうが、まともな連携になるとは思えない。
「オレは大将と離れるつもりはねーぜ。お前が付いてくるんなら、なおさらだ」
フリューゲルがオリヴィアを睨み付け、その横でカロリーヌが大袈裟に首を振る。
「私はどちらでも構いませんが、フリューだけですと、ロキとはぐれないか心配ですわ」
「私も私に与えられた任務を全うしたい。アレクシス様が望む情報は、君が何を見て、何をしたかだ」
「ハッキリと物事を言うんだな。……ここで議論していても仕方がない。アリシアとラヴァン。二人で任務を全うできるか?」
「「問題ありません!」」
ステレオスピーカーのように、同時に返答するアリシアとラヴァン。
双子の繋がりは強いと聞くが、この二人は別格の絆を持っている。部外者が入ったところでまともな連携になるとは思えない。二人で動いてもらった方が良いだろう。
「ならば俺達は四人で行動をする。救出後、速やかに教会聖堂まで戻り、ドミュニオンを優先的に転移盤で移動させる。『光の柱』が撤退の合図だ」
全員が頷いたのを確認し、淡い光を放つ四角の水晶に手を当てる。
他の五人もそれぞれ片手を置き、それに合わせて発光が強くなっていく。
体が崩れていくような焦燥感。そして開放感が同時に襲いかかってくる。
離れた場所で、テュールとアレクシスが俺たちを見守っていた。
「僕たちもなるべく早く向かうよ。……死なないでねロキ」
テュールの声が微かに聞こえてきた。
死なないでね、の言葉に自然と笑いが込み上げる。
「二度目ならば、『天国』に行けるかもしれませんね」
俺が放った渾身の自虐ネタは、光の渦にかき消された。
*****
暗闇の中、俺の意識は急速に呼び戻される。
目の前には輝き続ける水晶が。横には他の五人が先ほどと同じように水晶に手を当てていた。
大聖堂地下と変わらぬ部屋の装飾に一瞬戸惑うが、頭数は俺含め六人揃っている。ライラの町聖堂への転移は無事完了したのだろう。
「やはり、この移動方は慣れませんわね」
腰に付けていたランタンを灯し、カロリーヌが首を振る。
初回は気絶してしまうほどの気持ち悪さを引き出す転移盤だったが、俺自身は何度か使用した経験がある。
それでもパルポの村から大聖堂へ、そして大聖堂からライラの町までと二連続の使用は身体に大きな負担をかけていた。
「惚けている場合じゃない。すぐにここを――」
聖堂の外へ出るために扉を開いた俺は、言葉を止める。
騒がしい。
扉を開けた瞬間、大勢の人々が喧騒を上げる声が響いてきたのだ。
他のメンバーも異変を察し、顔を見合わせる。
ライラの町聖堂も他と同じ構造ならばだが、隠し部屋は細い通路を通して聖堂ホールに繋がっている。
そこに大勢の人間がいるのだろう。
胸騒ぎを覚えながら細い通路を抜け、ホールへの扉を開くと途端に喧噪が大きくなり、人集りが目に映しだされる。
高い天井に天使達が描かれた聖堂。
神父が説教を行う聖壇には女子供や老人達が肩を寄せ合い震えている。
日の光を入れるのであろう。ステンドグラスがはめ込まれた左右の窓からは時折激しい光が垣間見られる。
連続的に地響きが起こり、外からの叫び声が絶え間なく届いてくる。
「なんだ……これは」
オリヴィアが戸惑いの声を出したが、すぐに察したのか腰に差した長剣へと手をかける。
そう。礼拝が行われているわけでもない聖堂に人が集まっている。
そんなもん、理由なんて、たった一つだ。
「マズい、ここから早く――」
俺の叫びはステンドグラスが割れる音にかき消された。
割れた左右の窓から、大型の蝙蝠が群を成して入ってくる。
「気を引き締めろ! ここは……既に戦場だ!」
聖堂大扉が乱暴に開き、鎧を着た人型のトカゲ達が次々と入ってきた。






