精霊の霊酒2 『空飛ぶ島の神殿』
④
魔族の街は大きな防壁に囲まれている。防壁の外側は田園風景が広がっているんだけど、それが終わったら魔族の手が加わっていない大自然だ。
北の平原を進めばハイキングコースの後に森が続いていて、ドラゴン山脈っていう大きな山脈にさしかかる。
東の方角は平原の先が湿地帯になっていて沼地が広がっている。
魔族の街南側は大きな川が流れていて、魔族達が川遊びをしている。
じゃあ西側はどうなってるかというと、ところどころ隆起した平原がずーっと続いている。
バーテンさんが言うには、魔族の街西側をずーーーっと真っ直ぐ進むと隆起が酷くなっていって、森が広がり始める。その森をさらに先に進むと、すぱんと切り取られたような峡谷になり、その先に精霊の住処はあるらしい。
「あれだね」
「……あれだな」
フィリーに抱えられ目的地に向かい空を飛んでいた私は、見た瞬間にあの場所に精霊の住処があると感じ取った。
フィリーだって同じだ。それだけ、分かりやすい存在だった。
峡谷の先に、二つのボールを繋げたような島が浮かんでいた。こっちでは見掛けたことがないけれど、ひょうたんみたいな形をしている。
島の上には所狭しと木々が立ち並んでいて、木々の隙間から淡く、でも強い色とりどりの光が点滅を繰り返している。木々の枝を脚休めにしてたのだろう。鳥の群が飛び去っていった。
その音に驚いたのか、峡谷の下から大きなくらげみたいな生き物がふわりと顔を出す。
数えるのが難しいほどのそれは長く平べったい触手を風になびかせながら我先にと空の先に登っていく。一匹のクラゲが水を飛び散らせた。
島の四方向から滝が流れていて峡谷の下まで水が落ちていっている。その水に触手が当たったのだろう。水飛沫が周りの木々に被さり、潤いが広がっていく。
「なんで浮いてるんだろう……あの水、どこから生まれてるんだろう?」
「ノエルが知らねーなら、オレが知るわけねーだろ。……でも、良い景色だな」
「うん……綺麗」
本は読んでるほうだけど、私だってなんだって知ってるわけじゃない。見たことも聞いたこともないこんな綺麗な風景を見られたら、素直に感動してしまう。
「見ろよノエル。あそこになんか建物が見えないか?」
フィリーの示す鉤爪の先を見て目を凝らすけれど、なんにも見えない。島の上は常磐色が広がっているだけだ。
「一緒にしないでよ。私はなんにも見えない……行ってみよっか」
フィリーは鷹の目を持っているから、目がとてもいい。その代わり鳥目だから明かりのない夜道は歩けないけど。そのフィリーが見つけたんだから、きっとそこには何かがあるんだろう。
フィリーの示す島の一区画、一つの丸の丁度真ん中くらいに確かに石造りの建築物はあった。
上空から見るとそれなりに大きな建物だったらしい。けれど年月の風化によりぼろぼろになっていて、今は見る影もない。
周りの崩れた柱とか見るに、ファンタジーでよくありそうな神殿に近い形状をしていた。
手頃なところに降り立ち、服の皺をおとす。そこは神殿まで繋がる橋の上だった。橋の下は小川になっていて、透明な水がさらさらと流れている。流れに逆らって泳ぐ魚と目が合い、びっくりされたのか飛び跳ねて逃げられてしまった。
遠目だと常磐色一色だった木々も、中に入ってみると色を変えていた。差し込む光を吸収して、コバルトグリーンや群青色に近い色合いが私たちを照らしている。
「なんか落ち着く……」
「だな。空気もいい。風も気持ちいい。来て良かったぜ」
大きくのびをしながらフィリーが欠伸をした。つられて私も欠伸をする。私たち以外の魔族が誰もいないのが久しぶりで心地良い。街の近く、安全な場所だと誰かしらの魔族がいたりするから、本当に久しぶりだ。
安全な場所といえば、魔物とかいないんだろうか。またゴブリンと遭遇とか折角気持ちいい気分だったのに水を差されたみたいで嫌なんですけど。
「さってと、取りあえずこの建物の中から精霊を探してみっか。二手に分かれっか?」
「うーん、……どうだろ? その方が早く終わるだろうけど何かあったとき大丈夫かな? 魔物が出たら、フィリーちゃんと倒せる?」
「ばーか。おめーこそ腰を抜かすなよ」
手をひらひらしながら神殿の外側を歩いていってしまった。
まあフィリーなら相当手強い魔物でも倒せるの知ってるし、大丈夫か。
神殿内部に入ってみると、そこは草原だった。天井も壁も壊れていてただの岩に成りはててしまった瓦礫が散らばっている。長い間の雨ざらしにあったせいか、床に敷き詰められていたはずの切り落としの石も壊れ、長い年月をかけ芽を生やそうと努力したのだろう、石を割った力強い草たちがところ狭しと生えそろっていた。
柱に差し込む木漏れ日に目を細めながら部屋の中央へと向かう。そこに設置されたものに興味を覚えたからだ。
それは円い筒に木の根が絡まったようなおおきなオブジェだった。
フラフープをたてて、そこに植物を絡ませたような形状だ。上半分は壊れていて、床の草の上に散らばっている。ちゃんとくっついていたら私が二人縦に並んでもくぐり抜けられそうな高さだ。
散らばっているフラフープのカケラにそっと指を置いてみる。石とも金属ともつかない材質をしていた。フラフープ部分は台座に設置されていて、台座の中央には短い階段が取り付けられていた。
丁度階段の真ん中あたりに、四角い石が転がっていた。大きさもルービックキューブみたいなそれは身体全体で自然に崩れたカケラたちとは別物の、加工されたものだという主張をしていた。
「ノエル、こっちにこられるか?」
壊れた壁の隙間から、フィリーが呼びかけてきた。ぼうっと眺めていた意識が急速に戻され、びくりと身体を震わせる。
気になるオブジェだったけど、もう壊れてしまっている。精霊探しには関係ないものだろう。
「……ノエル?」
「あ、うん。行くよ」
もう一度、階段中央に転がっている、ルービックキューブみたいな石に目を移し、私はフィリーの呼びかけがあった場所へと足を向けた。
⑤
「なに? これ……?」
壊れた壁をすり抜けて外に出てみると、フィリーが一本の木を見上げていた。
いや、これを木って呼んでいいのかは分からない。何故なら、フィリーが見上げる樹木は、幹も、枝も、葉っぱさえも水晶のようなガラス体でできていたからだ。
空から見下ろしていた時は、建物の影に隠れていたようだ。目立つ物のはずなのに、気がつかなかった。
「植物……なのか? にしては、生きてるって感じはしねーけどよ」
「うん、なにか大きな水晶を削り取って、この形にしたのかな?」
それにしても、こんなところに置くのもおかしな話だけど。
「にしては、根っこもきちんと埋まっているぜ。……後、幹の中を見てみろよ」
「幹の中?」
曇っていて良く見えない。顔を幹に近づけてみると、隣にいたフィリーの顔も近づいてくる。
「……曇ってて良く分からない」
「なにか、ヒト型のもんが二つ入ってるぜ。……あー、く、口づけしてやがる」
「人型? 口づけ?」
嫌な予感が駆け巡る、人型が人間のことなのかは分からないけれど、人間が関わってる良く分からない現象は魔族にとって歓迎できることじゃなかったりする。
……でも分からない。私だって角も翼も生えていない。ヒト型の魔族だ。中に入っているのは魔族の可能性だって――
だって――
「いや、そっちの方がマズいじゃん!!」
「うぉ!?」
突然の私の叫びに驚くフィリー。も、もしこれが魔族のツガイの成れの果てだとしたら、この現象を引き起こした存在がいるってことだよね?
もし、その存在がまだこの島にいるんだとしたら――
――『クスクス』
ふいに頭の中で笑い声が起こった。
「な、なに!? 今の笑い」
「……ノエル、オレの後ろに下がれ」
ふいに、目の前にあるガラスの樹木が発行した。光は幹を伝って枝と葉に伝わり点滅を繰り返す。突然流された光を栄養にするかのように、枝にいくつもの光る果実が実りはじめる。
その果実は、蝶の形に姿を変えていく。蝶の羽根を持つ女の子に姿を変えていく。
――『クスクス、この木はね、ここにきた人間が望んだ姿』
――『空飛ぶ羽根のために、私たちを捕まえようとした報い』
――『さあ、あなたたちはなにをしにきたのかしら?』
――『若い魔族が、一体なにをしにきたのかしら?』
いくつもの女の子の声がいっぺんに頭の裏側に流れてくる。
あなたたちなど、歓迎していないと、言葉の端々から伝わってくる。
――『クスクス、この木がそんなに素敵なら、もう一本生やそうかしら?』
――『たくさん、たくさん、見られるわ。永遠の時間、堪能することができるわよ』
――『……この木の中でね』
「ああ、うるせぇな!」
頭の声にフィリーがついに反応した。頭を軽く振って、枝の上にとまった精霊を見上げる。
「ことばが通じるなら話が早ぇ。オレたちはお前らを捕まえにきたわけじゃねー。ちょっと頼みごとがあってきただけだ」
ざわざわと、頭の声がそれぞれに言いたい事を頭の中で話し始める。
――『ことばは通じてないわ。ことばは知恵あるものの原罪』
――『私たちはあなたたちの心に語りかけているだけ』
――『あなたたちの原罪が、私たちの声を悪しきものへと変えているだけ』
――『ねじ曲がった原罪を持つ者が、私たちになにかを頼める立場なのかしら?』
「うるさぁあい! 聞いて。私たちはあなたたちの作る『精霊の涙』を分けてもらいたい。一本でいいから、どうか私たちに譲って。そしたら、ここから帰るから」
ざわざわざわざわと精霊の声が広がっていく。クスクスと嘲笑するかのような笑いが広がっていく。
――『ああ、厚かましい。厚かましい。厚かましい』
――『あんなもの、いくらでも渡せる。でも、私たちにそれをする意味があるのかしら?』
――『それをすることで、あなたたちは私たちをどう楽しませてくれるのかしら?』
「……貰うからには、できることならやるぜ。なにをすれば渡してくれるんだ」
いっそう、大きな嘲笑が広がった。
――『面白い。きなさい』
――『私たちに、ついてきなさい』
――『生まれの間に向かうわ。おいでなさい』
精霊たちはせきを切った様に一斉に飛び上がり、光を残しながら飛んでいく。離れるごとに、精霊たちのささやき声は薄れていく。
「あぁ、うるさかった」
「頭がどうにかなりそうだったぜ。……どうする? ノエル」
フィリーの言うどうする? とは、このまま精霊についていくか、魔族の街に戻るかなんだろう。気むずかしいとは聞いていたけれど、あんなネチネチした感じの嫌味たっぷりな言動を取られるとは思わなかった。
「このままついていけば、アイツらの術中に嵌まるかもしれないぜ。どう考えてもありゃ、魔族の味方じゃねー」
最悪、私たちも、目の前にある木のようにされる可能性があるってことね。
「確かに、ネチネチしてたけど……はっきり私たちのことを敵って意識してるわけじゃなかった。それにあのバーテンさんの知り合いは、頼み込んで霊酒を貰えたんだよね。ちゃんと生きて帰ってきてるし」
あんなもの、と言ってたし『精霊の涙』自体はそんなに貴重なものじゃなさそうだし、なんとかなりそうな気もする。同時に、嫌な予感もするけれど。
「折角ここまできたしな。……分かった。行こう。ヤバい、と思ったらアイツら蹴散らして逃げるぞ」
「うん。でも、その時は脇目もふらずに一目散に逃げようね」
フィリーに身を寄せると、脇腹を抱えられた。空飛ぶ島のさらなる上空に、私たちは再び飛び上がった。






