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群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――  作者: 宮島更紗/三良坂光輝
六章    ―― 禁忌要塞 ――
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 駆逐1   『母と娘』

【エルデナ ライラ要塞】


「そう。分かった。吊り橋を閉じ、誰も入れないように警戒しなさい」

 ジャッジメントを取り逃がした。その報告を人間から受け取りエルデナは深いため息を付いた。報告を行った千人隊長は申し訳なさそうに一礼し、軍団長室から出て行く。

「やっぱり人間は駄目ね。たかが五人もマトモに仕留められないんだから」

 エルデナは軍団長専用の仕立ての良い椅子に座り込み、背後に立つ青みがかった女に語りかける。

 青の女は一糸まとわぬ姿ではあったが、色気はない。何故なら髪の毛含め全身半透明に透き通っていて、女の姿形という所を覗けば魔族で有ることは一目瞭然であった。


「住民達が異変に気が付くまでどのくらいでしょうね」

「夜に旦那が帰って来なければ誰だって不審に思うわよ。もう少し潜伏したかったんだけどね」

「私達だけでも逃げますか?」

「冗談、今私達がここを手放す訳にはいかないでしょ。全く……アエルヒューバも厄介な遺産を残したものね」

「その時代に生きてらしたのですか?」

「流石に現物を見ていた訳じゃないわよ……あなた、私のこといくつだと思ってるの」

「私よりかは何百倍も」

「失礼ね。精々、ン十倍でしょ? ……いいわよね。若いって。私もまだまだ若いつもりだったけど、子供達を産んでからすっかり萎んじゃったわ」

「は、はあ……どのあたりがでしょうか?」

 エルデナはその質問には答えず、机をカンカンと指で弾く。


「私達も要塞の全容が掴めてる訳じゃない。ジャッジメントの能力も把握してない。なんだか良く分からない炎の魔石戦士もいるんだっけ? ルスランの魔石はなにができるのか予測が難しいから……最悪、ジャッジメント達もこっそりと逃げ出すこともできるかもしれないわね。となったら」

「……戦争ですか?」

「その覚悟はしておいた方が良さそうね」

 当初のエルデナの計画では、迎えに来た法務執行官ジャッジメント達を暗殺し、要塞に到着する前に野党に襲われて全滅したと軍団長に報告させる、といった台本を用意していた。

 そうしておけば、新たな法務執行官ジャッジメントが派遣されるまでの時間が稼げる。

 その間に目的のために準備を進めるつもりであった。

 だが、もしジャッジメント達を獲り逃し帝国に報告された場合、『帝都の厄災』討伐の為総力を挙げた軍が押し寄せて来るだろう。


「初手に謁見の間で討てなかったのが痛いわね。ちょーっと法務執行官ジャッジメントを軽く見過ぎてたかな。言っても教会の文官なんだから囲めばヤれるでしょうに」

「エルデナ様の回収部隊ですからね。向こうも手練れを用意したんでしょう」

「下手に経験が多いと相手も無駄に頑張ろうとしちゃうのよね。初々しいのも嫌いじゃないのに」

「何の話ですか」

「ま、今はひとまず下僕達を使って探させるしかないわね。ビションは皆を呼んできて。帝国が攻めて来た時のために検討しておかないとね」

 ビションと呼ばれた半透明の女が一礼した瞬間、形が崩れ水たまりができる。その水は中央に向かい圧縮され、ついには消えてしまった。

 軍団長室に残されたエルデナが再び大きなため息をつく。


「何にせよ、帝国は崩壊させる。私達のためにも……魔族のためにも」

 エルデナの片手から炎が吹き上がり、瞬く内に帝国の紋章へと形を変える。

 別の炎の塊が手の平に姿を変え、帝国の紋章を鷲づかみにする。握り潰した瞬間に、その強烈な炎は跡形もなく消え去った。


【ジェラルド ライラ要塞】


 魔族……? イブが、魔族だって?

 僕と三ヶ月一緒に暮らして来たイブが……? 冗談だろう?


「やっぱり敵じゃねーか!」

 イヴの自分は魔族だという発言を受けて、バレンタインが大剣を向ける。


「違う。あの兵士さん達は……多分、お母さんの魅了チャームだとは思うけど、私はそんなことしてない」

「んなもん分かるかよ!」

「待ちな、バレー!」

 イブに襲いかかろうとしたバレンタインだったが、隊長の腕に押さえつけられ大きく舌打ちする。


「……何故、私たちを助けたんだい?」

 そうだ。『厄災』の娘だとして、何故僕らを助ける必要があるんだ。

 だって僕らは『厄災』を処刑しようと連れ出そうとしていた。母親を助けるならば見殺しにした方がいい。


「襲われているのを見て……見逃せなかった」

「私らは法務執行官ジャッジメントだよ。帝国から与えられた任務は『厄災』の連行。アンタの母ちゃんを処刑するためにターンブルへと戻る予定だったんだ」

「……分かってる。詳しいことは知らなかったけど、お母さんをどこかに連れて行こうとしていたことは分かってた」

「それが分かってて助けたのかい?」

「……そう、なるのかな」

 隊長とイヴの視線が交錯する。沈黙が場を支配した。


「……そうかい。で、これからアンタはどうするつもりなのさ?」

 通じる物があったのか、隊長は手に持っていた槍を壁に立てかけて、ボロボロの椅子に腰掛けた。


「お母さんと会って、……説得して、魔族半島に帰りたい」

「駄目だね。『厄災』を逃がすことは人としても許されないし、法務執行官ジャッジメントとしても、到底見逃せることではないよ」

「じゃあどうする? ……戦う?」

 ドミュニオン達の纏っていた空気が変わり、内に秘めた負の感情が僕の方まで届いてくる。

 駄目だ。今は争っている場合じゃない。


「待って下さい。状況を考えてくれませんか。恐らく要塞内の外組はほとんど『厄災』の手に落ちている。僕たちだけで戦っても勝敗なんか決まってる。……だったら説得して、引いてもらえるならその方がいい筈です」

「リリーのことはどうなるんだよ!? 忘れろってのか?」

「そうじゃない! このままだと僕らも全員死ぬかもしれない。余計な犠牲を出す前に、やれることはやった方がいい!」

 仕方がないけれど、バレンタインは頭に血が昇ってしまっている。

 出会ったばかりの僕だってリリーのことは心が痛む。だからって復讐に目を向けてばかりだと、状況がどんどん悪くなってしまうだろう。


「馬車の中に通信石がある。定期的にターンブルと連絡を取る筈だったからね。……異変に気が付いた帝国がじきに応援を寄越してくるはずだよ」

 それは……もっと不味い。


「『帝都の厄災』と戦争するつもりですか!?」

 伝承の時代、何万もの市民を、おびたたしい数の一般兵を殺害したとされる『帝都の厄災』と正面きって戦う? 馬鹿げてる。


「ここには僕らの……罪のない家族達が沢山いる。多大な犠牲を払って、家族を犠牲にして……仮に討ち取って何になるんですか。説得して帰ってもらうならそれに超したことはない」

 僕の意見を考慮しているのか、隊長は目を瞑り、足を組んで何も話さなくなった。

 ここには僕の母親だっている。戦場にしたらいけないんだ。


「……分かった」

「イルーア!」

 目を開き、立ち上がる隊長に詰め寄ろうとするバレンタインだったが、他の二人に押さえつけられその身を止めた。


「母ちゃんを魔界に連れ帰りたい。その言葉に偽りはないね?」

 隊長がイヴの目をしっかりと見据える。


「はい。そのためにここまで来ました」

「なら条件は二つ。それを飲むんなら……アンタが魔族だってのと、やることに目を瞑る」

「……何?」

「私たちはこの要塞から脱出したい。その手伝いをしてもらうよ」

 隊長の提案に、イブは考える素振りも見せずにうなずく。


「それから、二度と人間の世界に現れず、報復もしない……それを『厄災』に約束させる。その自信があるってんなら、好きにしていいさ」

 隊長のもう一つの提案にイヴは迷いつつも頷いた。



仕事の都合で一週間ほどお休みします。

申し訳ありません、、、

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