精霊の霊酒1 『お誕生日』
―― 精霊の霊酒 ――
①
お父さんとお母さんの誕生日が近づいてきた。
ついこの間、家族四人、改めて私とフィリーが十六歳になったお祝いをしようということになり、沢山のご馳走が食卓に並んだ夜があった。
私はお母さんとご馳走を作っている間につまみ食いしていたからそこまで感動はしなかったんだけど、フィリーは喜んでいたみたいだ。大好物を一心不乱に食べながらお父さんと笑いあっていた。
そんな一コマをぼうっと見てて、ふと、私は重大な事実が頭を過ぎってしまった。
あまりの衝撃に、つい手に持ったさじを落としてしまった。
魔族に生まれ変わった私は、十六年間サキュバス種のお母さんと、グリフォン種のお父さんと一緒に暮らしてきた。
それなのに、私ら、お母さんとお父さんの誕生日知らないじゃん、と。
……。いや、あのね。言い訳させてもらいたい。
魔族は普通、自分らの誕生日をあまり盛大に祝わない。十六歳の誕生日が特別なだけで、それ以降は何百年も生きるもんだから、特別感がなくなるんだって。
それでも私の家庭、というかフィリーと私は毎年誕生日にお祝いをされた。お父さんはもう目から目に貫通させても可愛いと言わんばかりに溺愛してたし、お母さんもお母さんで、私らの誕生日が近づくにつれてそわそわしていたし。
っていうかお母さん、去年は私らが十五歳になった瞬間に街中に炎魔法の花火を上げて行政区のお偉いさんに怒られてたし。
まあ、そういうわけで親がそわそわしだしたら、ああ、今年も誕生日近づいてきたねぇ、歳を取るのも早いねぇなんて呑気にフィリーと話していたし、ご近所さんに迷惑かけないか気が気じゃなかった。
反面、お父さんもお母さんも自分らの誕生日はまるで祝う仕草を見せないし、お母さんなんて歳のことをあまりつっこんで聞くと背後に炎の骸骨とか出すからある種、会話にしにくい話題だったの。
でも、お父さんもお母さんも生まれのツガイなんだから、私達の知らないおじいちゃんとおばあちゃんから、同時に生まれ落ちたツガイだ。当然誕生日だってあるはずだ。
十六年も毎年お祝いされたんだったら、こっちだってお祝いしたくなる。
意を決した私は、翌日にお母さんの料理を手伝いながらさりげなく誕生日を聞いてみると、まさかのすぐ近い日だったという訳だ。
「お祝い? 別にいいわよ。お父さんなんて、自分が何歳かも覚えてないわよ」
お皿にお肉をのせながら、お母さんが苦笑いする。
それは知ってた。昔お母さんが何歳なのか言ってくれないからお父さんに聞いてみたら、まさかの二十以上の数を数えられない人だった。
……父親の威厳って、簡単に壊れるものなんだね。
「そういうわけにはいかないよ。お母さん何か欲しいのとかないの?」
ホントはサプライズプレゼントとかしたいけれど、お母さんはこういうのにやけにカンが鋭いから、下手に隠すより、相談しちゃった方が早い。
「欲しいのねぇ……特にないわね。私はあなた達が立派なツガイになってくれればそれでいいわ」
「そういうのじゃなくて。お母さんだって一つくらい欲しい物とかあるでしょ?」
「……あなたたちの子供とかかしら?」
「だから! そういうのじゃなくて! ……ずるいよ、自分たちだけ私たちのお祝いして。私たちだって、贈り物の一つくらいしたいよ」
なにかお母さんがすっごい悩んでる。どれだけ欲のない生活してるのよ。
「いいよ。じゃあ……お父さんになにあげたら喜ぶかな?」
「お父さん?」
「好物だし、メルビルラビット一羽でもいいかなって思ってるけど」
「お父さんは単純だから、あなたらの贈り物ならなんでも喜ぶわよ、きっと。でも、兎一羽はちょっとさすがに色気がないわね」
色気って。別に彼氏にあげるとかじゃないんだから。
「うぅん……でも、お父さんも物を欲しがらないか――あぁ!」
お母さんが色気たっぷりの吐息を吐きながら手を叩く。
「じゃあ、『お酒』とかいいんじゃない? お父さんも好きだし、私も好きよ。たまに二羽で飲んだりもするわ。あなたたちが眠った後に」
それは知ってる。トイレに起きた時とかたまに見掛けてたし。声かけられる雰囲気じゃなかったからそっと見なかったことにしてたけど。
……でも、確かに――
「うん、お酒……『お酒』か。いいかも」
お酒なら酒場に行けば、オシャレなのもあるし。お父さんもお母さんも喜びそうだ。
お母さんに相談して良かった。
「あまり高いのはいいわよ。お父さん、お酒は安くても高くてもグビグビ飲んじゃうから」
「分かった。明日、フィリーと酒場に行ってみるね。ありがとう!」
②
魔族の街の北側は商業区が広がっている。私達の家がある住宅区からずっと坂を下っていくと真っ先にたどり着く一番大きな市場街は、一列に並んだ家が、それぞれの一階に売り物を並べている。それが道を挟んで左右に建っていて家から家を繋ぐように天幕が張られている。そこにエアとリレフの家もある。
お昼時に歩けば人混み……ううん、魔族込みのすごさに圧倒してしまう。でも、それが決して苦痛にはならない。街の多種多様な魔族達が集まってくるので見てて飽きることがないからだ。
広場までいけば、大道芸人みたいなツガイもいるし、日本にいた頃は見たことのない楽器を鳴らすツガイもいる。二つ首でハーモニーを奏でて唄ってる魔族もいるし、それに合わせて踊っているツガイもいる。
……こうしてみると、やっぱり二羽一組で行動している魔族って多い。それなのに、ツガイのことを知ったのが最近って、私はどれだけ鈍感だったんだ。
「えーっと、確か、こっちだった……いや、こっちだったか?」
かく言う私のツガイである、グリフォン種のフィリーが広場のど真ん中で頭を搔きながら困っている。背中に付けた大きな翼も心なしかしょんぼりしているように見える。
「もー、馬鹿フィリー。お店の場所くらい覚えといてよ」
「うっせぇな。オレだって、最後にオヤジに連れられて行ったの九才の頃だぜ。……あぁ、多分こっちだ」
「……そっちの道、さっき通ったよ」
「じゃあ、あー、こっちだな」
「……あそこのお店にいる太った猫みたいな魔族に見覚えがあるんですけど」
「……」
お父さんの行きつけの酒場に行こう。
お母さんと秘密の話し合いをしたその夜に、フィリーとそう話し合い、そうと決まればと翌日にはその酒場を探しに商業区に向かっていた。
フィリーが言うには昔からお父さんが通っているお店があるとのことだったけれど、フィリー自身はお酒が好きじゃないからあまり興味がなかったらしい。
ここ数年は、仕事終わりにお父さんから誘われても断って一羽で家まで帰ってきていたらしい。
「しっかし、親父はともかく、母さんも酒なんて美味くもないもんでホントにいいのか?」
魔族達の喧騒が飛び交う天幕の下を歩きながら、フィリーがぼやく。
「フィリーは昔からお酒が好きじゃないもんね。お父さんはあんなに沢山毎日飲んでるのに」
「ガキんころに、親父に無理矢理飲まされて嫌いになってそれっきりだからな」
「あの時は……怖かったね」
「……怖かった」
誰ってお母さんが。
フラフラになって帰ってきたフィリーを見て、瞬時に状況を察知した時のお母さんの表情を私は一生忘れない。人に見せられる顔をしていなかった。
それを見たお父さんの怯えた表情も忘れない。瞬きの早さで夜空に飛びさっていき、その後一週間くらい帰ってこなかった。今や、いい思い出だ。
「……さっきからぐるぐるぐるぐる同じところ歩いてる気がする」
「だよな……えーっと、たしか――」
魔族の街は商業区ひとつとっても広い。私とフィリーはあっちじゃない、こっちじゃないと商業区をウロウロし、フィリーのうろ覚えの記憶を辿らせ、日が傾くころになんとか一軒の酒場の前に辿り着くことができた。
「ここだ。ここで、間違いねーな」
「もーどんだけ、歩かせるのよ。本当に間違いない――」
息を整えて見上げると、十角形の丸い石が大きくデザインされた看板が目に入ってきた。
看板に書かれた文字に目を通す。
『楽しい賭博酒場! ※ご利用は計画的に』
……。お父さん。帰ったら説教だ。一週間で済むと思うなよ。
何気なく私の顔を見たフィリーが、その大きな翼の羽根を全て逆立たせた。
③
「うぅ~ん、あのグリフォンさんねぇ、お酒ならなんでも飲むのよ。トレト麦酒とか、水で薄めててもがぶがぶ飲むんじゃないかしらぁ?」
バーテンダーのミノタウロス種が困ったようにしなを作っている。どうやらまだ開店前らしく、お店の椅子は全てテーブルに上げられていて、お店には私とフィリーしかいない。
「例えば、これは必ず頼む酒とか、美味いって言っていた銘柄とかねーか?」
「聞かないわねぇ……飲むお酒もいっつもバラバラだし。いるのよ。お客さんの中でもそういうの。……多分、あの方はお酒が好きっていうよりかは、誰かと飲むことが好きなんじゃないかしら?」
お客さんのことながら、特に抵抗なく話してくれる。フィリーがグリフォン種なのもあって、事情を話したらすんなりと受け入れてくれた。この辺り、魔族は楽だ。
「じゃあ、グリフォン種かサキュバス種が好きそうな銘柄とかない?」
お父さんじゃなくても、この種族はこういったお酒が好きだとかあるかもしれない。
そう思った私の問いかけにバーテンさんは天井を見上げて考え込む。
「うちには、あのお客さんしか来ないけど、グリフォン種はお酒に強い種族って聞いてるわよ。サキュバス種はお酒よりもむしろ……んっんん! とにかく、分からないわね」
今なんかろくでもないこと言われそうな気がした。
……うん、良く分からないけれど、深追いはしないどこう。
「ああ、でもそれで思い出したわ。ちょっと待っててね……」
そう言って、バーテンさんはお店の奥に入っていってしまった。
フィリーと目を合わせているうちにとたとたと戻ってくる。
「あったわ。これを見て」
「うわあ……」
「おぉ……」
カウンターにとん、と一つの小瓶が置かれた。たけは私の中指くらいの長さで中に小さなお花がたくさん詰まっている。見たことのない植物の種で封がされていてふちのほうには綺麗な金属でできた蝶の羽根飾りが付いている。
「き、綺麗……可愛い」
正直な私の反応にこころよくしたのか、バーテンさんは大きくうなずいて続ける。
「『精霊の涙』。幻の霊酒よ」
「霊酒!? これ、お酒なの?」
軽く振ってみても、お花しか入っているようにみえない。
「違うわよ。もう中身は空よ。お酒の代わりにお花を摘めて飾ってあるの。そこに元々入っていた中身はねぇ、昔、お客さんに貰ったときにそのお客さんと飲んじゃったわ」
「じゃあ、おばちゃんはその味を知ってるってこと?」
「おじちゃんよ! そうねぇ、忘れもできないわ。鼻からだばーって突き抜ける芳醇な香り。味は口に入れた瞬間、沢山の針で突き刺されたような刺激があるの。でもそれがふぁんとまろやかになって最後にはそれはもう優しく優しく喉から降りていくの。ああ、今でもあの至福は忘れられないわ」
な、なんかあんまり美味しそうに聞こえないけれど、とにかく美味しいお酒ってことは分かった。
「この小瓶なんだけど、昔一度、あなたらのお父さんにも見せたことがあるわ。この話をしたら、是非、一度は飲んでみたいって言っていた。……贈り物にピッタリじゃない?」
た、確かに! え、でも――
「幻の霊酒なんでしょ? 私らで買える値段なの?」
私とフィリー、二人の手持ち合わせても買える値段じゃなさそう。あんまり高いとお母さんも喜ばないだろうし。
「売ってねーんだろ。採りに行けってことか」
バーテンさんとの話を聞いていたフィリーが小瓶を転がしながら言う。
「そう。売り物じゃないから幻なの。五十年に一度、とある場所で精霊が生み出す。精霊は気むずかしいらしいけれど、頼めば譲ってくれるらしいから行ってみたら?」
「五十年に一度って……あんまり待てないよ」
お父さんたちの誕生日はもうすぐだ。精霊がどれだけ作るのかは分からないけれど、まだ残っているんだろうか。
「ふふぅん、あなたたち幸運よ。おじちゃんがこれを飲んでから、丁度今年で百年経ったわ。持ってきたお客さんは、精霊から譲ってもらって、その足でここにきてくれた。……つまり、今年が五十年に一度の年ってことよ!」
な、なるほど。それなら私たちにだってチャンスはありそうだ。
「それで決まりだな! それなら母さんも喜びそうだ」
「うん! それでおば――おじちゃん、それってどこにあるの?」
肝心の場所だ。魔族半島は広いから、あまり遠いと間に合わなくなってしまう。
「本当は、教えちゃダメって言われてるけれど……あなたたちはと・く・べ・つ。教えてあげるから、お父さんとお母さんをちゃんと喜ばせなさいネ」
そう言って、バーテンさんは一枚の紙をカウンターに差し出した。






