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群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――  作者: 宮島更紗/三良坂光輝
一章    ――生まれの片一羽――
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 幕間  『出会いの前日端』

   ――とある世界。とある男女が生まれる前の話。



【出会いの前日譚】


 常見重工。

 東京駅から特別急行で一時間程度の位置に『常見が丘ニュータウン』と呼ばれるベッドタウンが存在する。

 『家族の笑顔が待っている』をキャッチコピーにし、急ピッチで都市開発が進められた近未来都市だ。


 その建築計画を一手に引き受けていた企業、それこそが常見重工だ。


 旧財閥系をバックボーンとし、時に強引な計画を実行することから、裏の社会にも関わりが深いとされている。


 だが、それも噂の域。その中で働く社員達にそういった自覚はない。


 特に常見が丘ニュータウンに構える支社は本社とは独立した独自の社風を持ち、新興住宅地に建築されながらも、どこか田舎を彷彿される穏やかな人材が集まる支社として本社からは見られていた。


 常見が丘ニュータウン支社に勤務する東条庄司もその中の一人だった。


「こら、東条。そろそろ起きろ!」


「ふが!?」

 東条がベッドと総称する並べたチェアを乱暴に引っ張られ、深い眠りについていた東条は重力に任せ身体を床にしたたかに打つ。

 涎を拭き取りながら顔を上げると、長い黒髪のよく知る顔の女が東条に睨みを利かせていた。


「なんだ、コマか。脅かすな」

 慌てて寝癖がついた髪を手で溶かしながら、空いたチェアに腰掛け、時既に遅しの格好をつける。


「もう駒助じゃない。白石。白石瑞穂。いい加減慣れてよ」

 苛々を隠そうともせず、不機嫌な顔を見せながら瑞穂もチェアに腰掛けた。手には二人分のマグカップが握られ、コーヒーの香ばしい香りを漂わせていた。


「僕からしてみたら、いつまでもコマだよ。今さら名前呼びも出来ないしね」

 会釈しながらマグカップを受け取り、コーヒーの芳醇な香りを口に含む。


「愛称だから別にいいけどさ、どうせなら名前で呼んでよ。駒助って名字好きじゃなかったからなおさらね」


「昔から言ってたもんな。スケコマシみたいだって」


「ご先祖さんも何考えてこんな名字にしたんだろうねぇ。……って、そんな話はどうでもいいけどさ、東条、あんた……」

 言葉を中断し、露骨に鼻をヒクヒクさせる瑞穂。


「ちょっと臭わない? 何日家に帰ってないの?」


「み……三日くらいかな」


「あり得ない! いくら独り身だからって、あり得ない!」

 瑞穂は鼻をつまみ、大袈裟に手で払う仕草を見せる。


「うるさいな。僕だって分かってるけどさ、家に帰っても寝られないんだ。これだけ大きなプロジェクト任されてる時は、特にね」

 東条は黄ばんだワイシャツの襟を隠すように第一ボタンを閉め、デスクに置かれた大型のモニターに視線を移す。


 そこには変化の無い、いつもの光景が映し出されていた。


「で、どうなの? “石碑”は」


「そんな抽象的な質問には答えられません」

 そう言いながらもモニターを隅々まで見渡し、いつもの光景に変化が無いかチェックを行う。


 円状の筒、その中央に足場が設置され、研究員が目まぐるしく動き回っている。巨大なアルミ缶の真ん中に足場を付けたような構造だと東条はいつも思っている。


 その足場中央には巨大な陶磁器を彷彿させる真っ白な石版が設置されていた。


 いや、その表現はおかしい。どちらかというと、石版が先にあり、その周りに足場が設置されたといったほうがいいだろう。


 そう、その巨大な石版は、発見された当時から、既に宙に浮いていたのだ。


 石碑が浮かぶ縦長の洞窟をコンクリートで固め、その上に常見重工の支社を建設し、自社で働く人間以外には誰もそれを知ることがないように確固たる箝口令が敷かれていた。


 固い陶磁器のような石碑には古代エジプトの壁画を思わせる石画が掘られており、解読不能の文字が鏤められている。


 その石画を囲うように、十二の窪みが均等に開けられ、そのうち十の穴には拳大の宝玉が詰め込まれていた。


「相変わらず、常見が丘の隠れ名所、名付けて『浮かぶラクガキ』だね」


「そう呼んでるのは君だけだけどね」

 東条は残っていたコーヒーを飲み干し、瑞穂に突っ込みを入れる。

 だが、瑞穂が名付けた愛称は、実は的を射た表現だ。


 巨大な石碑にはその通り『ラクガキ』としか言いようがない石画が描かれていたからだ。


「相変わらず、気味の悪いラクガキだよね」

 悪意ある瑞穂の呟きだったが、それも無理はない。


 石碑の左側に描かれた絵は、角と翼の生えた半裸の女だった。目だけが異様に大きく描かれた女が偉そうな椅子に腰掛け、両手を挙げている。


 その下には、身体が妙な方向に曲げられた剣を持った男達が数多く描かれていた。そのどれもが苦悶に満ちた表情をしている。


 中には両手両足がバラバラになった男もいた。


 そして石碑の右側はもっと強烈だ。

 両目を削り取られた十二名の男達が半裸の女に向かい立っているのだが、その手に持つ剣は別の男達の方向を向いている。削り取られている部分も含め、まるで両目とも潰され、敵を見失っているように見て取れる。


 その中でたった一人だけ、王冠を被った男だけが、その手に持つ剣を目の大きな女に向けていた。


 その上には、獅子の身体を持った鳥が大きな翼を広げている。


 見慣れた東条ですら、嫌悪感のあるラクガキだった。


「こんな気持ちの悪い絵が描かれた石碑が、常見が丘ニュータウン全ての電力を担ってるだなんて、誰かに言っても信じてもらえないだろうね」


「その前に消されるよ。守秘義務違反じゃん」


「分かってるよ」

 地中深くに埋もれていた“石碑”が発見されたのは、かれこれ十年前の事だった。


 今でこそ華やかな近未来都市のイメージである常見が丘だが、十年前まで遡ると見渡す限りの放置された山に、ぽつんと寂れた農村が置かれているだけの閑散とした地区でしかなかった。


 そんな誰もが見放した田舎に突如常見重工が現れ、半ば強引に土地の買い付けを行い、何を考えたのか急ピッチでのニュータウン建設が行われたのだった。


 地方に未来を、という名目ではあったが常見重工内部で働く人間達は誰もそれを信じていない。


 先ず“石碑”が発見され、その有用性をいち早く察知した常見重工が力業で自分たちのものにしたのだろう。というのがもっぱらの見解だった。


 事実、その石碑の力は絶大だった。


 はめ込まれた宝玉一つひとつに莫大なエネルギーが保有されており、そのエネルギーは比較的容易に電力への変換が可能だった。


 宝玉一つだけでも東京都内一週間分の電力が容易に抽出できる。


 その上、抽出量が減ってきたとしても、一ヶ月程度休ませるだけで自然に回復するといった代物だ。


 現在は十の宝玉を交互に使いエネルギーを抽出しつつ研究を進めている段階だが、将来的には日本中の電気を、更には軍事利用も検討しているという噂だった。


「それで? お姫様の使い道は見つかったの?」

 瑞穂のいうお姫様とは石画に描かれた大きな瞳の女性のことだ。


「まだだね。はめ込む宝玉の数、はめ込む位置の組み合わせによってエネルギーの変化があることは分かったけど……その変化したものの正体がまるで分からない」


「頑張れよー。こんな訳の分からないものの研究ができるのはアンタしかいないよ」


「人ごとだと思って……」

 会社から東条に与えられた任務は石碑から発生するエネルギー効率の研究だった。


 使いようによっては莫大な利益をもたらし、使い方次第には驚異ともなりえる謎の物体。

 そんな代物だからこそ、宝玉がはめ込まれていない残る二つの穴が惜しまれていた。


「あーあ。いろいろと手詰まりだ。何かふとした瞬間に、もう一個宝玉でも見つからないかな」


「あれだけ探して見つからないんだもん。もう、この辺りにはないんじゃない」

 十二の窪みがあるのに、宝玉は十しかはめ込まれていない。残る二つの宝玉があることは明白だったが、どれだけ探しても、どれだけ地中深くを掘り進めても、見つける事はできなかった。


 あてにならない年代測定によると、石碑は二万五千年前の代物との事だったので、長い月日の間に無くなってしまったのだろうと結論づけられていた。


「それにしたって……どうせすぐすぐ変化があるわけじゃないんだから、一度家に帰ってシャワー浴びたら? 女の子に嫌われるよ。ただでさえモテないのに」


「一言多い。でもそんなに臭いかな?」


「臭い。あれだ……加齢臭?」


「同世代の男にいうセリフじゃないと思うな」

 東条は眉を潜めながらも笑みを浮かべる。


 コマとは高校入学の頃から二十年の友達付き合いだ。出会った当初から、そのあっけらかんとしたキャラクターは変わっていない。

 付き合いが良く、ウマがあった。示し合わせた訳ではないが、大学も、就職先も同じだった。


 こんなのを腐れ縁、っていうんだろうな。と東条は常々思っている。


 顔もきつめながら、全体的に整った顔立ちをしているので、正直な話、そういった感情を覚えていた時期もあった。

 だが終ぞ切り出せず、大学時代には気がつけば瑞穂に彼氏ができ、いつの間にやら婚約、流れる様に性が変わってしまっていた。


 だが、東条はそれで良かったんだろうと思っている。

 学生時代、どこかで気持ちを伝えていたら、今の親友関係は築けなかっただろう。

 どちらかが距離を置き、たまに思い出す程度の存在になっていたと考えている。


「さて、じゃあうるさい女友達に免じて、一度家に帰るとするよ」


「そーしな。ちゃんとしてりゃ、それなりにイイ男なんだからさ」


「ありがとう。ご存じのようにさっぱりモテないけどね」


「そりゃもう、これでもかってほど存じ上げてますよ」

 東条は立ち上がり大きく伸びをした。

 慣れているとはいえ、やはり椅子の上で寝るのは身体に負担がかかるようだ。間接の節々が悲鳴を上げている。


「あー、東条」

 瑞穂にしては珍しい、うわずった声が届いてきた。


「今度、旦那の友達と会うんだけど、一緒に来る?」


「どうして? なんで僕が?」


「あのな、その友達って、……その、……女なんだ。旦那の幼馴染みだって」


「それはそれは。……心配してたりする?」


「それはない! 今は私にぞっこんだから。でもさー、やっぱ、昔はいろいろあったみたいだし、男女の友達って、私らもそうじゃん」


「まあ、幼馴染みではないけどな」


「きっと、話会うんじゃないかなーって。……無理、とは言わないけど」

 上目遣いで顔色をうかがう瑞穂に、東条は不覚にも可愛らしさを覚えてしまう。


 そして忘れかけていた想いが心の中で顔を出し、それを慌てて押し殺す。


 こんな風に、気楽な相手としてずっと話していたい。


 お互いに良い相手ができ、子供が生まれたとしても、今の関係を続けていきたい。


 今後も瑞穂とそんな関係を続けていきたいなら、瑞穂の夫と親交を深めていくことは必要なことなんだろう。


 東条は頭の中で、自分の考えを纏めていく。そして、“コマ”に向かい言った。


「いいよ。次の休みはいつ?」


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