⑦<少女4> 『シーカーガル戦②』
⑧【ソフィア】
シーカーガルが再び消えた。
私は全神経を集中させ、耳を澄ませる。
……駄目だ。何も聞こえない。気配も音も消すって本当だったんだ。
「!!」
瞬間、悪寒が走った。
「『大白鳩』!」
背中に大白鳩が出た瞬間、長い牙にむしり取られる。
前面に飛び回転して先ほどまで私が居た場所を見る。シーカーガルが大白鳩をむさぼり食っていた。
『随分とお腹が空いているみたいだね』
「……だね。美味しそうに食べてる」
虫もコケも動物もなんだって食べる。なんて悪食なヤツなんだ。
蝶とか苦くて美味しくないのに。まあ人とは味覚が違うんだろうけど。
でも本当に危なかった。後ちょっとだけ、大白鳩を出すのが遅れていたら、私の背中はゴッソリと無くなっていた。
「『変な彫刻の石』!」
狼の上に現れる重い石像。けれど、瞬時に察知したシーカーガルは上空に腕を振るい、はじき飛ばす。
予想はしていた。この狼に、そんな小手先の技は通じない。
隙ができればそれで良い。既に私は俊足を使って近づいていた。細剣が狼の腹を突く。
「まだまだ!」
高速の突きを繰り返す。腹には突き刺さるものの、肉深くまでは到達しない。
襲いかかる狼の両腕を避けながら、突きで少しずつ傷を付けていく。
狼の右腕が猛威を振るう。すんでのところで避け、腹を狙おうとした瞬間、それは起こった。
狼が激しく吠えたのだ。音波の直撃を受けた私の脳に耳鳴りが響く。
身体が自分の意志に反して竦み上がる。
これは、マズい!
私の隙を突いて、牙が私に襲いかかる。
「――『石けん』!」
突如口の中に現れた石けんの味に驚いたのか、狼は激しく石けんを吐き出す。
「――『バケツ』!」
ガコン、と狼の脳天に、バケツが被さる。丁度バケツに蓋をするように頭を覆われ視界が真っ暗になった狼は、叫び声を上げてバケツを外そうともがく。
……なんか、なんか、
「かっこよくない! 自分で言うのもどうかだけど!」
『いいや、夢魔法でこんなことできるのキミくらいだよ』
絶対皮肉でしょ! 呆れている顔が想像付くよ! 見えないけど!
バケツを引きちぎった狼は怒りに満ちた目で私を睨み付けている。
「なんかこう、派手な攻撃ができない! 何かない!?」
『この森で出会ったあの魔物出して、光まほ――
「それは絶対嫌!」
『せめて最後まで言わせて!』
言わせるものか。そしてもう私は二度とあのメダルのお化けを見たくない。
どんなことがあっても、あれだけは呼び出さない!
狼が四つん這いになり、遠吠えを響かせる。また消える気だ。
消えていく狼の顔に狙いを済ませ、素早く近づく。
高速の突きが透明な空間を突き抜ける。
――手応えがない!!
左足に突如訪れる衝撃。そして続けざま起こる背中への衝撃。
慌てて飛んだ瞬間、ガチリと歯と歯が組み合わさる音が響く。
……危なかった。後もう少し離れるのが遅れたら、噛みつかれて私の腕がもっていかれるところだった。
「メフィス、私の身体どうなってる?」
『ぱっと見無事だよ。血も出ていない』
良かった。何か見えない衝撃を受けたけど、直感で動いたお陰で爪からは避けられたみたい。背中と左足が痛むけど、動けないほどじゃない。
「……どうしよう。あいつ、何か食べるまでは消えるつもり?」
『そうみたいだね。キミのこともそうだけど僕の心配もしてね。僕が食べられたらもう夢魔法は使えないよ』
そんなの分かってる。私だってメフィスの内蔵なんかみたくない。けれど、見えない一撃を避けつつ攻撃するなんてどうすればいいんだ。
「!!」
背後に飛んだ瞬間、ガチリと音が響く。着地し、剣を回すと何か固い物に刀身があたり、はじき返された。どうやら、透明なあいつの爪にあたったみたい。
『良く分かったね』
「……カン」
『良く避けられたね!?』
本当だよ。でも本当に偶然だ。そう何度もできることじゃない。
厄介なのは一撃でも切り裂かれたら終わりってところだ。
私の玉のお肌を犠牲にすればアイツに一撃を与えられるかもしれない。
でもそれは駄目。残るような傷ができた時点で負けだと思う。
こんなことなら、やっぱり王都にいるときに全身甲冑を見とくべきだ――
私の前を飛んでいた蝶が、切り裂かれた。
即座に剣を振るうと、固い物に弾き飛ばされる。迷わず二激、三激と剣を振るう。それはどれもはじき飛ばされ、腕に衝撃が残る。
マズい、押し切られ――
「で、出ろ! 『樽のお風呂』!」
私の周辺が輝き、私は風呂釜に包まれる。そこに激しい衝撃が走った。
樽が宙に浮き倒れて転がる。慌てて抜け出した途端、樽は潰され残骸が散らばる。
「危ないところだった」
『キミの機転には本当に驚かされるよ』
「驚きついでに言うね。分かったよ、アイツを倒す方法」
「それは――」
ええい、説明している暇は無い!
「出ろ! 『星水の水玉』!」
ぽん、と拳くらいの大きさの水玉が私の前に現れた。
それはゆらりゆらりと揺れながら宙に浮かんでいる。私はその動きをじっと見つめる。
水玉が一際大きく動いた。
「――そこだ!」
振るった細剣の先が水玉を貫通し、一点を貫く。衝撃が腕を駆け抜ける。
そして――刀身に赤い液体が流れ落ちてきた。
ぱっと私の前に、狼が現れた。細剣の剣先は狼の口を貫通し、喉の奥を裂いて首から外に飛び出ている。
シーカーガルの大きな身体が、ゆっくりと花畑に倒れ込んでいった。






