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群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――  作者: 宮島更紗/三良坂光輝
五章  ――白色の王子と透明な少女――
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    ②<王子2> 『逆さ吊りの女』


「……髪は大陸で一般的なブロンド、瞳は青。年齢は三十代後半といったところか。正確な年齢は分かるか?」

 転移盤アスティルミの手前、荒縄で吊されていた全裸の女をおろし、検分する。


「……三十五歳よ」

 シルワが今にも吐きそうな顔をしながら女を見つめ即答する。死体でも年齢が分かるのか。


「そうか……まだこれからだろうに。……しかし、どこかで見たような、見たことのないような女だな。そっちはどうだ?」

 驚愕の表情で固まっているが、女の顔には見覚えがない。だが、記憶の奥底を刺激するものもある。仮に過去に会っていたとしても碌な会話もしたことのない女だろう。

 それに、これといって特徴のない顔立ちなので、町ですれ違っていたとしても気がつかないかもしれない。


「……見たことがないわ。多分……ううん、間違いなく、この町に根付いている住人じゃないわね」

 ということは、観光客かなにかか……? まあ、なんにせよ、……キチンと調べなくてはな。


 どれ……やるか。

 覚悟を決め、背中のマントを取り外し利き腕を包み込む。

 ぐぢゅりと、嫌な音が鳴り響く。


「……やはり、内臓は全て抜かれているな。胴体部分は肉と骨だけだ」


「……よくもまあ、ためらいもしないで手を突っ込めるわね」


「俺だって吐きそうなくらい気持ち悪い。だが、見つけてしまったからには、キチンと調べなくては、この女も浮かばれないだろう」


「私はそこまで割り切れないわ」

 これでも、死体を見たのは一度や二度ではないからな。慣れてしまっているのだろう。

 しかし、このマントはもう捨ててしまったほうが良さそうだ。

 残った血でべとべとになったマントを脇に放る。


「……首に紐で絞められた跡があるな。吉川線までハッキリ分かる」


「よしかわせん?」


「絞殺の時に首にできる、自身が付けたひっかき傷だ。この女が首に巻かれた紐を取ろうと、もがいたんだろう」


「じゃあ、首を絞められて殺されたってこと?」

「だろうな」

 絞殺の後、腹をかっさばいた。顔を横に向けてみると、絞められた跡は喉元から耳の下あたりまで、斜め上に上がっていっている。

 そこから推測するにこの女より身長の高い人間が、背後から絞めたのだろう。恐らく男だ。女性といえども、抵抗する人間の首を絞め殺すにはそれなりの力が必要だからな。


「首と腹以外は綺麗なものだ。切り傷どころか、アザも見受けられない。うん……?」


「……どうかしたの?」

 口を押さえるシルワの疑問を浴びながら、死体の鼻筋をさする。……間違いないな。


「どうやらこの女、目が悪いようだな。眼鏡の鼻あて痕が残っている」


「眼鏡なんて買えるのは、ごく一部の層よ。王都か帝都の貴族かしら?」


「高位の聖職者という線はどうだ?」


「それはないわね。……爪化粧マニキュアをしている。こんな派手な赤色は聖職者に好まれないわ。けれど妙ね。保護膜を塗っていないし、塗っているのも単色の凝ってないもの」


「……誰かが来て、慌てて塗ったというわけか」


「たぶん、そう」

 爪を見ると、確かに青色の爪化粧マニキュアが塗られている。


「この世界でも爪化粧マニキュアは珍しい物ではないが、そこそこの値段はするからな。それでも塗りたい相手と会っていたということだな」


「そこそこ? 貴族はそうかもしれないけれど、庶民からしてみたらかなりの値段よ。普通は、特別な日にしかしないわよ」

 そうなのか。爪化粧マニキュアなど普段興味もないから、貴族の感覚に引っ張られてしまっていたようだ。

 シルワが眉をひそめながら女の首筋に鼻を近づける。


「香油はカンナ・チャイね。ルスラン王都でしか買えない高級品よ。まだ塗って一日程度だから瓶で持っているわね。多分、ルスランの貴族で間違いないと思う」


「犬みたいな女だな。断定しない理由は?」


「……カンナ・チャイを好む職業があるからよ」


「好む職業?」


「……娼婦。男を狂わせる効果なの」

 ……ああ、なるほど。


「贈り物だな。であれば、貴族でなくとも高い物を持っていて不思議はない」


「正解よ。その可能性があるから断定できない。どちらにしても高い物だから、贈り物にできる相手なんてルスランでも一握りの筈」

 シルワはしゃがんだ体勢のまま長い指を女の身体に這わせていく。


「……少しだけど妊娠線があるわね。確実ではないけれど、恐らく子供がいるわ」

 確かに、下腹部から両足の付根にかけてうっすらと妊娠線が浮かんでいる。

 子持ちか。三十五歳という年齢から察するに子供はまだ幼いだろうに……。


「……言われてみれば結婚指輪もしているな。そう高くない指輪だ」

 女の指からリングを取り外す。


「……死者からの略奪は良くないわよ」


「死者じゃなくても良くないことだ。……コレを見ろ。裏に何か掘られている」

 リングの裏側を見ると、小さな文字で刻印がされている。


「……擦れてて、読めないわね。この辺り、新しく掘られた部分じゃない?」

 シルワの指先がある部分だけ、刻印の色が違っている。確かに新しく掘られた場所なのだろう。


「……マ――、マシュー、かしら」


「確かに、マシューと読めるな」

 マシューか。知らない名前だ。結婚指輪の裏側に掘るくらいだ。この女の大事な存在なのだろうが。


「マシュー……聞いたことのない名前ね」


「この女のことといい、情報屋の名折れなんじゃないか?」


「私の情報だって完璧じゃないわ。観光客や、引っ越してきたばかりの家族とかだと情報を追いきれない。……戻ったら調べてみるわね」


「最悪、子に親の死を伝えることになりそうだな」


「……知らないよりかはマシよ」

 確かにな。俺はそっと指輪を女の指に戻す。

 ……これ以上は調べても新しい情報は出てこないだろう。この場にネルが居るならまた別なのだろうが。


 横たわる女にマントをかぶせ、立ち上がる。

 それなりに高いマントだし、予備があるわけでもないが、餞に送ろう。裸のままだと、余りにも哀れだ。


「さて、次は最も大事なこと……“何故、この女が死体となって吊されていたか”だが――」


「……語り合いたいのは私も同じだけど、……そうもいかないみたい」

 何故だ、そうシルワに問おうとして、言葉を飲み込む。

 両扉を見つめるシルワの視線を追い、俺もそれに気がついたからだ。


 部屋の入り口、両扉が小刻みに揺れながら少しずつ開かれていく。

 何匹もの影の子供たちが、両扉を開こうともがいていた。


「……アレが噂の、『影の子供』か?」


「そうよ。……後の話はベッドの上に持ち越しね」


「子供の影に怯えながら、語り合うつもりか?」


「それは……嫌ね」


「同感だ」

 両扉が開かれ、『影の子供』の集団が部屋の中へとなだれ込んできた。



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