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群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――  作者: 宮島更紗/三良坂光輝
五章  ――白色の王子と透明な少女――
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    ⑩<王子5> 『ワイバーン戦①』

⑫【ロキ】


「アイツは……なんだ?」

 エストアに呼ばれ、診療所の外に出た俺達はすぐに、何が起こったのか把握できた。

 それだけの衝撃と、圧倒的な存在感を持った生物だった。


 ノカの町を支える巨大な古木、その間を縫うように、『夜のノカ』上空を飛んでいた。

 巨大な影が俺達の居る方向に向かい近づいてくる。

 木陰の間から走る太陽の射線に、影が照らされる。


「ワイバーン……」

 エストアが絞り出すように声を吐き出す。

 巨大な翼竜が苔むしたような緑の翼を広げ、ゆっくりと羽ばたきながら俺達に近づいてくる。

 身体は赤いトカゲをそのまま大きくしたような姿。

 長い首の先に付いた頭はオレンジがかっていて、ゴツゴツした亀のような顔をしている。

 尻尾は紫がかっていて、先端は蠍を思わせる大きな針が見え隠れする。


「レオン、この辺りにワイバーンの巣があるのか?」

 刀身が波打った独特な剣を構えるレオンに尋ねる。


「あるわけねーだろ。ワイバーンどころか、ゴブリン一匹出ない地方だ」


「……魔物よけはねぇダか?」

 俺の背中に隠れながら、鳥女が怯えた声を出す。

 そうだ。仮に魔物が出ない地方だとしても、万が一の措置のため、魔物よけは町の周りに設置されているはずだ。


「あるに決まってる。……ただ、あの様子じゃあ、機能してねーなぁ」

 ゆっくりと飛行を続けていたワイバーンが甲高い鳴き声を上げた。


「……私達を見つけたみたいね。どうしますか? 王子」

 エストアの両腕に付けていたバングルが青く輝き、光のリングが浮かび上がっている。

 ……魔導具か。『教会』の中でも、一部の人間しか持てないはずの武器だ。


「ここで見逃せば、『森の町』が危険に晒される。……やれるか?」


「やるっきゃねぇだろ。……エストア!」


「分かっている……わよ!」

 腕を掲げたエストアが、光のリングをワイバーン目掛け放った。

 勢いよく放たれたリングは回転しながら広がり、巨大な翼竜を凌ぐほど大きく膨らむ。

 ワイバーンにあたった瞬間、リングは細かく分裂し、丸い球体となって翼竜を包み込む。 上空の大きな影が、動きを止めた。


 直後、翼竜の身体は町の石畳に叩きつけられていた。

 衝撃と、轟音が響き渡る。

 重いボールを床にたたき落とすかのような動きに、翼竜は光る球体の中で暴れながら抵抗を続けている。


「あの大きさだと、持って三秒よ」


「……だろうな!」

 波打つ剣を持つレオンが叫ぶ。その剣の周辺には緑色の幻影が広がり、徐々に大きくなっていく。幻影が、巨大な緑色の剣に変わっていく。

 レオンが石畳に張り付いて暴れる翼竜へと飛びかかっていった。


「なんですだ? あれは」

 背後でそれを覗いていた鳥女が、俺のマントを引っ張る。


「魔導具だ。……アレを使えば魔法のような、特殊な力を使う事ができる」


「はへぇ~王子様もお持ちなのですか?」


「俺は持ち合わせていない。……だが、万が一のためにも今後は持っていた方がいいかもしれないな」

 今現在も護身用として、なんの変哲もない鉄の剣を腰に下げているが、あんな化け物相手に振るったところで戦力の足しにもならない。

 剣の腕前は皆無だが、魔道具ならば妙な特殊能力が備わっていたりもする。戦いの幅が広がるのはアリだな。

 アテが無いわけじゃないからな。あの伯爵には借りもあることだし、一つくらいおねだりしてもバチはあたらないだろう。


「ところで、ネル。お前は戦えないのか?」


「め、滅相も無いですダ! ネルネルは優しいから、アリんこ一匹殺せねぇダ」

 まあ、戦える医師など、そうはいないだろうから仕方がないな。俺の知る世界でも、メスを投げるのが得意なモグリの医者ぐらいしか思い当たらない。

 戦えないのは俺も同じだし、文句も言えないだろう。


 しかし――


「凄いな、アイツら」

 地に落ちた翼竜に挑むレオンとエストアを眺める。

 レオンは地で暴れる翼竜の攻撃を紙一重で避けながら、巨大な剣の幻影を操り、着実にワイバーンの身体に傷を付けている。

 エストアは少し離れた位置でレオンに助言をしながら、ワイバーンが空に逃れようとした瞬間に光のリングで動きを止め、それを阻止している。

 会話から察するに、親しい仲のようだし、お互いにどう動けば良いのか分かり合えているのだろう。


 ワイバーンが甲高いいななきを上げた。

 レオンの剣閃を固い表皮で弾いた翼竜が、口から火炎弾を放つ。

 それは予備動作無しの行動だった。何も無いところから突如、火炎弾が現れたと錯覚する程、素早い行動だった。

 だが、レオンはそれを緑の幻影で斜めに受け流し、直撃を避ける。


「レオン! 左!」

 エストアが叫ぶ。火炎弾に意識が集中していたレオンの思慮の外、左側からサソリの尾が襲いかかったからだ。

 鋭い尾先が刺さる直前、レオンは身体を捻り波打つ剣の刀身を尾にあてる。

 火花の半円が宙に広がった。

 レオンを仕留め損ねたワイバーンの尾が半円を描く。


「エス――」

 それは、レオンの呼び声よりも先に起こった。

 丸太のように太い翼竜の尾が、エストアの腹を叩きつけたのだ。


 吹き飛び、地面を転がるエストア。

 そして翼竜は――空へと飛び立った。


「……クソっ!」

 暫く翼竜の動きを見つめていたレオンが、エストアへと駆け寄る。それは俺達も同じだった。

 翼竜が徐々にその姿を小さくしていく。


「動かしちゃダメだべ! ネルに任せるダ!」

 真っ先にエストアへと駆けつけたネルがレオンを抑制する。

 医師に任せた方が良い。そう判断したのだろう。レオンが大きく舌打ちして再び上空を見上げた。


 翼竜の姿が小さくなっていく。葉の生い茂る古木をなぞるように、上昇を続けている。

「……マズいぞ、『森の町』へと向かってやがる」


「急いで戻ろう。住人が危険に晒されている」

 あんな化け物が突如現れたら町は阿鼻叫喚に包まれるだろう。間に合うものではないが、一人でも多くの住人を助けなくては。


 レオンと小さくうなずきあい、俺達は昇降機の設置されている教会聖堂へと走った。



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