②<王子1> 『忘れられた町』
③【ロキ】
「『眠り病』……ですか?」
「ああ、患者がどこかに隔離されているはずだが、知らないか? 直近で腕の良い医者が派遣されている場所だとは思うが」
ブロンドの髪をきっちりと後ろで纏めた女が口に手を充て考え込む。
両腕に付けられた高そうなバングルが印象的な女性だ。
眠りから覚めた後、運ばれてきた妙に美味い朝飯をいただいた後、黒髪の少女の紹介で保護者だという女性と面談の機会を得ることができた。
エストアと名乗るこの女性は『教会』の関係者だ。設備を管理する仕事を与えられていて、主に司祭の居ない聖堂や、古くなり使われなくなった『教会』管理設備を綺麗に維持する役目があるとのことだった。
『教会』関係者ならば、遠慮はいらない。俺は自分の来た目的を説明し、町の案内を頼むことにした。
……この女が一から十まで知っていればもっと話は簡単だったんだがな。末端には情報が中々伝わってこないらしい。
「一つ心当たりがあります。とは言っても、入ることができるか分かりませんが」
「どこだ?」
エストアが鋭い視線を俺に向ける。美人だとは思うが、きつめの印象を受ける顔立ちだ。
「……ご存じのように、ノカの町は古木を利用し、木の枝同士を繋ぐように造られた町です。……地上からかなり離れた上空に、町の全員が生活しています」
「ああ、昔観光に来たこともあるから良く分かる。……だが、それがどうした?」
「何故、木の枝に住まうようになったのか分かりますか? 樹木も大地から栄養を受けて生長している。同じように、人も大地の恵みを受けて繁栄していくことが当たり前です。本来であればそれが正しい姿の筈なのに」
「考えたことはなかったな……てっきり、観光地としての町造りの結果だと思っていたが」
「それにしてはやり過ぎてます。答えは簡単なことです。地上に住まないのではありません。住めないのです」
「住めない……?」
「私は、過去に毒性の強い瘴気が発生したと聞きました。それでもこの地を捨てられない人間達が力を合わせ、樹木の枝を何年もかけて整備したと」
「移住の方がよっぽど楽だろうに」
「愛着があったのでしょう。……ですが、最近行った『教会』の調査では、地上に毒性はみられませんでした」
「……話が見えてきたな。つまりはこういうことか? 今もまだ、この町の下、古木が根を張る大地には、過去ここの住人が見捨てた町があると」
「ノカの住人は近づかないでしょう。と、言うよりも既に住人の心からは忘れられています。噂が立つ心配もありませんし、病人を隔離するにはもってこいの場所です」
俺は額に手を置き考え込む。
チャラ導師の発言から分かる様に、『教会』は奇病の噂が立つことを極端に怖れている。
観光地である分、余計にそうだろう。
あそこに行ったら病気になる。そんな変な噂が広まったら、誰も近づきたくなくなるだろう。そうなったら観光で成り立っているこの町は存続の危機に陥ってしまう。
で、あれば絶対に噂が立つことがない場所に患者を隔離したがるはずだ。
ノカの住人も観光客も近づかない、まさにうってつけの場所。
「恐らく、そこで間違いはないだろう。……案内してくれるか?」
「もちろんです。すぐに向かいますか?」
俺は頭の横にこしらえたたんこぶを摩る。
鈍痛はあるが、徐々に治まってきている。しばらくすれば痛みも落ち着くだろう。
『今日は少しゆっくりしていてください』
俺の身を心配していた少女の言葉が浮かび上がる。
ありがたいが、奇病が広がる前になんとかしたい。現状雲を掴むような状態だしな。
「……行こう。準備を済ませてくれ」
俺の言葉を受け、エストアは頷き立ち上がる。
「ところで、あの黒髪の少女は娘なのか?」
少女の笑顔を思い出し、尋ねる。
ボブカット程度の長さに切り揃えられた黒髪が印象的な女の子だった。
エストア自身はまだ二十代にしか見えない。
娘だとするならば、かなり若い年齢で産んだ子供ということになる。
エストアは少しだけ、苦い表情を見せ、俺と視線を合わせる。
そして、言った。
「……あの子は孤児です。あの子の本当の家族は戦争で死にました」
「……そうか、すまない。色々と、事情があるんだな」
余計な事を聞いてしまった。
「いえ、今は自分の娘のように接しています。……ただ、あの子には伝えていない事です。どうかお控えくださいますようお願いします」
エストアが頭を下げてくる。
「……知る必要のないことを、子供にわざわざ伝えることはない。心配するな」
どちらにせよ、今回の任務には関係の無い人物だ。
話をする機会も限られているだろうしな。






