⑤<少女3> 『森の町ノカ』
⑤【ソフィア】
私達がノカの町に住むようになり、何度目かの夜が過ぎ去っていった。
最初の頃は町とお家を行き来するだけでへとへとになっていたけれど、藁を運ぶおばちゃんから近道を聞いてからは、ぐんと移動が楽になった。
定期便の馬車を使い、行きと帰りで丸一日かかっていた移動が数時間で済むと分かった時は喜びよりも、馬車への苛立ちの方が大きかった。
定期便って色々な場所に行かなきゃいけないから、変に時間がかかってしまう。この『森のノカ』は巨大な古木の大きな枝と枝をつなぎ合わせてできた町で、枝の数だけ歩ける道があるんじゃないかって思うほどだ。
それだけ色んな枝の道があるものだから、定期便も町外れにある私達のお家近くに訪れるのに時間がかかってしまい、そこからさらに町から離れた農園などを回って町中に戻ってくる。
なんにせよ最初の頃よりかは移動が楽になり、気軽に町に行けるようになった私達は、町外れの古ぼけた聖堂を改装したお家から毎日の様に町へと足を運んでいた。
*****
「一個五カイザルだ」
カウンターの向こうに座っているオジサンが木彫りの人形を転がす。
私とマシューが造った木彫りの人形だ。
「五!? 五十じゃなくて!?」
「五だ。それ以上は無理だな」
「ちょっと待ってよオジサン。コレ造るのにどれだけ時間かかったと思ってんのよ」
私の手に握られた袋の中には、カウンターに転がっている人形と全く同じ物が二十体入っている。
「むしろ、材木の方が金になったかもな。嫌なら他あたりな」
オジサンが手をひらひらさせて私とマシューをお店から追い出そうとする。
手作りの木彫り人形を沢山作った私達は高級品が多く売られている雑貨屋さんまで足を運んでいた。目的は……お金を稼ぐためだ。
「私らが子供だからって足元見てるんじゃないでしょうね!?」
「子供だからおまけしての、この値段だ。お前らが大人なら買い取ってないね。……嬢ちゃん、そんなに金が欲しいなら、その腰にぶら下げてる細剣はどうだ?」
オジサンが私の腰に挿してあるミスリル製の細剣を興味津々に見つめている。
握りと刀身の間に鍔の役目を担った六つの翼を摸した金属飾りが付いているちょっと派手な剣だ。鍔の中心には、はめ込まれた蒼い水晶がきらめいていて、その周辺に細かな装飾が施されている。これだけ綺麗な装飾が施された剣なんて、滅多にお目にかかれないだろうから気になって当然だと思う。
でもね――
「冗談、これ、大会準優勝の景品よ! 売れるわけないじゃない」
「そう言われたらますます欲しくなるな。五千でどうだ?」
「五せ……っ……っ……ぁあああ! だ、駄目、絶対駄目!」
「ソフィア、もういいよ。早く人形売っちゃおう」
隣に居るマシューが私の袖を引っ張ってくる。
うう、正直、別のお店でも似たような値段だったっていうか一個四カイザルだったから、前のお店よりかは高く売れる。
っていうか、この高級立地のお店でこの値段だったらこれ以上の値段で買ってくれるお店なんて、『森のノカ』には存在しないと思う。
でもさ、パン一個の値段が百二十カイザルのこのご時世。全部売ってもパン一個に届かないってなによ!?
そりゃ確かにちょっと不格好かもしれないけれど、この人形には、この三日間頑張ってきた私たちの努力が詰まってるんだよ!
そこんところ、このオジサンも評価しなさいよ!!
「毎度ぉ~」
百カイザルを受け取り、お店を後にした私たちはトボトボと家路に向かう。
階段を降りて昇ってを繰り返す。
森の町ノカは建物の全てが古木と一体化している。木の幹をくり抜いて、その中にお店を造ったり、増築して家にしてたりする。その建物と建物を繋ぐため、木や煉瓦で作られた橋や階段が縦横無尽に走っているんだ。
同じ形の建築物がないのは見ていて飽きが来ないから楽しいけれど、暮らす分には不便でしょうがない。迷うし、疲れるし。
通路は広めに取られているけれど、大通りってのがないから、買い物するのにいちいち遠回りをしなきゃならない。場所によってはすっごい高い位置にあるし。ほんと、昔の人達は何を考えてこんな作りにしたんだろ。
絶対見た目だけしか考えてなかったんだろうけど。
すれ違う観光の人達が目をキラキラさせながら、階段を昇っている。笑顔で苦行を楽しんでいる。
近くに住んでみたら一日で嫌になるよ。なんでそんな楽しそうなのよ。ホント、イライラする。
駄目だ。自分の思い通りにならないからって、腹を立てるのは子供のすることだ、ってもう会えなくなったお父さんにも言われたことがある。自重しなきゃ。
隣を歩くマシューの手にはお母さんから頼まれた日用品が入った袋が握られている。
買い物ついでにお小遣い稼ぎ作戦、大失敗だ。
ちょっと思っていた以上に安値で買いたたかれて、熱くなっちゃったけれど私の家にはまだそれなりに蓄えがあるらしい。
どういう事情なのかは分からないけれど、お母さんの働き口とは別の収入があるって聞いた。
生活費にはそこまで困っていないのだけど、だからって贅沢ができるわけでもない。私たちだって、少しでもお金を稼いで家に貢献しよう、とマシューと話し合って計画したのがこの木彫りの人形作戦だった。
「だからダメだって言ったじゃん。あんなの買いたくなる人なんていないよ」
「うっさい、黙って歩け」
隣を歩くマシューを一喝して、私はイライラを少しも隠そうとしないで歩いていた。
大体、この町のお店は商売っ気がなさすぎる。森の町なんだから、木の人形は十分、お土産になると思っていたのに。多分、私が何も知らない観光客だったら買っている。あんまり多くはないけれど、王都にも友達がいるから、その子たちにあげるのにお手頃なものだと思ったのに。
確かに、ちょっと不格好かもしれないけどさ、作っているうち、そこが逆に愛着になってきていたのに。
あーもう、どこか丁度よく私たちの人形を買ってくれそうな優しくてお金持ちな紳士とか――
「誰か!! 泥棒だ!」
丁度私たちの真上の辺りから叫び声が聞こえてきた。
見上げると、燕尾服を着たおじさんが橋の端に倒れていて、腕を伸ばしている。その先に目を向けると、男が二人、それぞれに四角い箱を脇に抱えて階段を転げ落ちるように駆け下りている。
「マシュー、ここで待ってて!」
「え!? ちょ、ちょっとソフィア!」
自分が考えるより先に、私の脚が動き出していた。
階段を駆け上がり、駆け下りて、男達が走る場所へとひたすら向かう。
家を挟んで上り下りの階段が四つ見えてきた。
「あーもう、どっちに行けばいいのよ!?」
叫びながら見わたすと、私が今居る通路の向かい側、それの二つほど下の階層を走る男達の影が。
なんか、離されてない!?
「ほんっっと、不便な町!」
通路の端から真下をのぞき込むと、枝と枝を繋ぐ橋が縦横無尽に走っている。
さらに下を見ると薄暗く霧に覆われていて、地面なんて見えないくらい深い。落ちたら絶対に助からないだろう。
私は深呼吸して、一つの覚悟を決めた。
「……やれる! やってやる! 私ならできる!」
私は通路の真ん中まで移動し、脚に力を入れて一気に走り出す。
助走の速度がどんどん上がっていく。
狙うは、この通路の斜め下を走る、橋の真ん中だ。
通路の端に辿り着いた私は、そのまま速度を落とさず――飛んだ。
森の風が身体を駆け抜ける。
重力に逆らって私の内臓が一気に浮き上がる。
やっば、調子に乗りすぎた!!
だん、と大きな音を立てて私の両足は真下に走っていた橋を踏みしめる。
周りの人達が何事かと私を見ている。
あ、脚が、痺れる。でも、ここでそんなこと言ったら、絶対かっこ悪い。
私は自分の脚を無理矢理動かして、駆ける。そして再び――飛んだ。
一度経験したら後は楽だ。着地直後ちょっと、ううん、すっごく足が痛いだけ。
でも、それさえ我慢すれば階段を上り下りするよりよっぽど早い。
着地する度に男達の姿がどんどん大きくなっていく。
階段を駆け上がり、一際長い橋に辿り着いた私はその中央から飛び降りた。
そして――
通路を走る男達の真ん前に、私は降り立った。
「アンタたち、待ちなさ――ったぁあ!?」
激痛が私の右足首に襲いかかってきた。
ど、どっかで捻ったの?
やっば、今度こそ、調子乗りすぎた!
男たちは突如現れた私の奇行に目を白黒させている。
「そ、その荷物、置いてきなさい! アンタ達のじゃないでしょ!?」
余りの激痛に浮かんでくる涙を堪え、両手を大きく広げて男達の行く手を遮る。
「どきな、お嬢ちゃん、怪我するぜ」
もうしてる、多分。かっこ悪いから隠すけど。
そして多分、隠しきれていない。空気を読んでくれる悪漢で良かった。
「アンタ達こそ、怪我しないうちに諦めなさい!」
男の一人が舌打ちして、それが合図になったのか、それぞれ腰に携えていた細剣が抜かれていく。
「……抜いたわね。後悔するよ」
正直、右足は洒落にならないくらい痛いけど、我慢できないほどじゃない。
私が剣を抜いた瞬間、二つの剣閃が私に襲いかかってきた。






