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黄金の武将  作者: ほうこうおんち
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其の壱

「陸奥国南部家中、南部十左衛門信景。右府様の御為ここに推参!」


その音声を聞き、城門を見やった者は仰天した。

黄金色に輝く兜、黄金色に輝く鎧、金箔拵えの太刀の光り輝く武将がそこに居た。


「誰だって?」

「陸奥国南部とか言っていた」

「なんだい? 奥州は伊達様といい、ああいうのが多いのかい?」

「ああいうのが多いかは知らぬが、奥州と言えば黄金の産地じゃからの」

ひそひそ囁かれる中、その男は大坂入城を果たした。


南部十左衛門信景、ちょっと前までは北十左衛門愛信と名乗っていた。

『まあ、あの利直めへの意趣返しだ。南部を名乗るのも一興』

信景はそう嘯いた。

利直とは彼の主君だった、陸奥不来方城主南部信濃守利直のことである。

不来方城を盛岡城と名を改めるのは、この数年後のこととなる。


「南部殿、こちらへ」

案内するのは大野修理亮治長という男であった。

信景は供の者とこれに従った。

信景は

「さて、右府様へ献上したき物がございましてな」

と話しかけた。

「されば上様、御母堂様への取次を致すゆえ、まずは衣服を改められよ」

そう言った後、治長は声を潜めて言った。

「いくらなんでも、そのなりは非常識だ…」


数刻後、信景は右府様こと豊臣秀頼に目通りした。

「陸奥国南部家中、南部十左衛門信景に御座候」

「大儀である」

秀頼は、現在の身長で言えば2メートル近い大男である。

その男が型に倣った挨拶をするが、どうも表情を見ると、なにかわくわくしていた。

早く形式的な事は終わって、雑談したい!と顔に書いてあった。

それを嗜めるかのように大野治長が咳払いすると、問うた。

「さて南部殿。当方でも不来方城主南部信濃守殿のことは存じておる。

 はて、その一門に貴殿の名はありましたかな?」

意地悪で聞いているとも言えない。

味方は何人でも欲しいが、素性明らかならざる者を容れるわけにはいかない。

「さて、大野殿は南部の御家の事をどれだけご存知であろうか?」

「故太閤殿下に目通りした先代(南部信直)、当代(南部利直)、老職の北殿を存じておる」

「それがしはその北信愛の子にござる。北は南部の血筋。それがしが南部を名乗ろうと問題ござらぬ」

「左様か」

治長はそれ以上の追及を止めた。

主君の前で出しゃばり過ぎるのも良くないし、何より素性が知れたので、それ以上は必要無かった。

「さて上様、この南部殿より上様に献上したき物がございます」

「苦しゅうない」

「ではこの目録を」

信景は治長に目録を渡し、治長が秀頼に向けてそれを代読した。

「ひとつ、弓五百張。ひとつ、矢一万本」

聞きながら信景は、与えられた部屋でのやり取りを思い出した。


………


「献上品の目録は?」

「目録?」

「当たり前だろう。まさか貴殿、裸で物を渡す気だったのか?」

他と隔離された部屋の中であり、信景も治長も肩肘張らずに話した。

「いやあ、物が物だけに、直接見せて驚かせたくて」

「はあ…」

治長はため息を吐いた。

「ここがどこか分かっているのか? 大坂城だぞ。喜びはすれど、その程度で驚くわけなかろう」

「いかぬか?」

「まあ機会は作ってやる。一本だけにしておけ。それ以上はまかりならん」


………


「恐れながら上様には、この南部の矢を直にご覧いただきたく」

「南部殿、失礼ですぞ」

「いや構わぬ。これへ」

ここまで様式である。

信景は巻いていた布を解き、矢を持つと、それを治長に渡した。

「ほお、黄金の矢か」

案の定、太閤秀吉以来の黄金白銀に慣れていた秀頼は驚かなかった。

だが、だからと言って無碍にも扱わなかった。

「嬉しいぞ。我が父のような派手好み、母上もお喜びになろう。以前は大坂はこのようであったのだ」

「ははっ」

「む? 何やら文字が書いてあるのぉ」

金箔塗りの矢には『南部十左衛門信景』と書いてあった。

「南部よ、そなたかぶくか?」

「いやいや、それがし傾き者ではござらぬ。名を矢に記すは鎌倉以来の伝統にござる」

そうは言うが豊臣家はつい最近一代で出来た家である。

矢に名を書き、己の手柄を主張する鎌倉時代の事など知らない。

豊臣は鉄砲の世に立った家なのだ。

その為、秀頼は『目立ちたいのだな』とだけ解釈した。


儀式は終わり、砕けた場となった。

「南部殿、奥州の者はその、皆派手好きなのか?」

秀頼が興味深げに聞く。

「いえ、そのようなことはありませぬが」

「伊達殿が大層派手好みで、亡き父もその様を好いていたと聞くぞ。のお修理」

「左様」

「いやいや、それがしは派手好きでも傾き者でもございませぬ」

「…大手門に金色の甲冑で現れる男の、どこが派手好みでないのか、わしには分からぬ」

治長の呆れたような口ぶりに、その場は爆笑となった。

しばし談笑し、信景は退出した。

大坂に来る牢人は多く、一人だけに多くの時間を割けないのだ。




入城後、開戦までには日にちがあった。

信景の派手さは多くの人の口に上ったが、すぐに消えていった。

派手なのは彼一人ではなかった。

信州上田城主だった真田安房守の次男真田左衛門佐信?という男が

部下まで全て赤備えの姿となり、それも評判となった。

信景は後に有名となる男のうち、真田では無い方と仲良くなった。

後藤又兵衛基次である。


後藤又兵衛とは共通点があった。

お互い当代とは仲が良くないのだ。

自然、信景の主君南部利直と又兵衛の主君黒田長政の悪口で盛り上がった。

面白いことに、悪口は己の主に言うのみで、相手の主に対しては言わなかった。

お互い、自分の主を他人から悪く言われると反発する、それが何故か分かった。

だからお互い、己が主の器の小ささを嘆き、先代を讃えていた。


信景に悪口を言われていた南部信濃守利直がくしゃみをしたかは知らない。

利直は別に暗君ではない。

又兵衛の主である黒田長政が名君の類であるのと同様にだ。


利直は領内の開発を行った。

白根金山や西道金山をはじめとする鉱山を開発し、財政を安定させた。

この白根金山の奉行を勤めていたのが当時の北十左衛門愛信こと南部信景であった。

慶長十六年、陸奥国を地震が、そして大津波が襲った。

慶長三陸地震である。

利直は津波被害に遭った宮古を訪れ、その後自ら町割り(都市計画)をして復興にあたった。

不来方(盛岡)城下の整備といい、そちらの才能があったのだろう。

その利直と信景とが不仲になった理由はおいおい説明する。




慶長十九年十一月十九日、ついに大坂冬の陣と後に呼ばれる戦が始まった。

十二月四日、大坂城を取り巻く各大名は仕寄(塹壕)を作りながら城に迫った。

青屋口(現在の大阪城ホール辺り)を任された信景はこれを迎え撃った。

例の己の名が書かれた金箔の矢を放ちながら。

この十二月三日から四日にかけ、有名な「真田丸の戦い」が起こったが、

合戦はそこだけでなく、大坂城全体で起きた。

真田左衛門佐の名ばかり大いに上がったが、一方で別の名に悩まされた男が出た。

南部利直である。

彼は大坂城から放たれた黄金の矢に書かれた「南部十左衛門信景」という名の為、

将軍徳川秀忠から詰問を受ける羽目に陥ったのだ。


「おそれながら、当家中に南部十左衛門なる者はおりませぬ。

 なれど、先だって出奔いたした者に北十左衛門なる者がございます。

 彼の者は当家の金山奉行を勤めていた者。

 されば黄金の矢にも合点がいきます。

 彼の者は当家の黄金を不正に着服していたものと存じます。

 左様な者を当家から出した不明を恥じるばかりです。

 なれど、南部家の徳川家への忠義に変わることはありませぬ。

 どうか、どうかお信じ下さりませ」

平伏しながら秀忠に訴えた。

脇より

「二股をかけたのではないか? 戦国の習いぞ」

「信濃殿の命で大坂方に着いたのではないか?」

と疑いの声がかけられる。

秀忠はしばし考えた後で言った。

「信濃守殿の忠義、相分かった。

 ご苦労であった。御帰陣されるが良い。

 儂は疑っておらぬ。

 なれど信濃殿、不名誉は晴らさねばならぬぞ」

「ははっ」


岡山の将軍本陣から平野口の持ち場に帰陣した利直は怒りに震えていた。

「十左め、許してはおかぬ。儂自らあの者を殺してくれん…」


以前書いてみた小説を、発表しないのも勿体ないので上げてみました。

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