Lycoris radiata
私が“彼女”と出会ったのは高校二年の始まりと同時だった。単なるクラスメートで、それ以上でもそれ以下もない。
綺麗な娘だな、というのが第一印象だった。さらりと伸びた黒髪と整った上品な顔立ちに加えて、保護欲を擽る感じの健康的とは言い難い様な白い肌。清楚以外の形容詞を使いようがない佇まいで新学期早々に男子の目線をかっさらっていた。そんな彼女を女子は良い目で見れるわけもなく、周囲からは陰口の的にされていた。
「選り好みできるくらいにはモテてるらしいよね」
「え、また告られてたの?」
「3組の伊藤君だったかな? 振ったらしいけどね」
「うわぁ……」
同学年で“それなりにイケメン”とも噂されていた男子を振ったと風の噂が流れてきた頃には孤立を極めていた。その状態を男子は遠巻きに見ているだけで、何もしない。
私は近くで彼女の悪口を聞くのは不愉快で酷く苛立たつこともあって、休み時間はいつしか特に行く宛てもなく、一人で教室を出ていくことが多くなっていた。
「いっつも一人でフラッと歩いてるよね、円さんって」
しかし、5月に入ったころだっただろうか、よく一人のクラスメートに声を掛けられるようになった。校則無視のパステルピンク色のYシャツにどこから入手したのか胸元には男子用のネクタイを付けた子。私とは真逆の姿だった。確か名前は、黛 奈々だっただろうか。
「駄目?」
「ううん、別にそういうわけじゃなくて、どうしてかなって」
不思議そうに首を傾げる黛さんの髪がふわりと揺れる。それだけでもひどく絵になるくらいに華やかで、地味な私と関わる理由が分からなかった。
「聞きたくもない佐伯さんの陰口をずっと近くで聞かされるから、いやになって外に出てるだけ」
「あぁ、なるほどね」
佐伯さん――佐伯 麻衣、それが“彼女”の名前。
その佐伯さんの陰口は私の席の後ろから聞こえてくることが多かった。私が席を離れる理由にそれほど興味があったのか、それとも私に興味がある相当な物好きな子なのか、黛さんはよくわからない。今だって、いつの間にか隣で私と一緒に歩いているんだから。
「麻衣ちゃんって可愛いからね、嫉妬されてるんだよ」
そんな理由で腫物扱いするのかと思うと高校も中学校と対して変わらない場所なのかと嫌になる。制服がブレザーに変わって、スカートが短くなっただけで中身は何も成長してないんだ。くだらない。
「でもなんで、円さんがイライラするの? 自分の事じゃないのにさ」
「何でだろうね」
別に黛さんが鬱陶しくてこんな投げやりな答えをしたわけじゃない。私も訳が分からなかった。周りの女が相も変わらずのバカだった所為なのか、一人でずかずかと仏頂面で歩く自分のアホさ加減に苛立ってるのか、それとも両方なのか。
*
『どうして殴ったの!?』
『殴っちゃいけなかったんですか?』
『当たり前です! いきなりクラスメートを殴るなんてどうかしてるんじゃないの!?』
『授業中にゴミを投げてくるし、上履きは隠されるし、弁当を勝手に捨てるような人を殴って何がいけないの?』
『今は貴方が暴力を振るったことが問題なんです!』
――嫌な思い出程、どうも忘れにくいのは同じ過ちを繰り返させないように誰かが仕組んでいるのだろうか。一度ベットの上で中学時代の事を思い出すと頭がグチャグチャして眠れなくなる。
「くっ……!」
やり場のない苛立ちに私はどうしようもなく、布団を握りしめる。
中学の頃、私はいじめを受けていた。きっかけはなんだったのか、さっぱりわからなかった。同じクラスの女子に弁当は捨てられるし、授業中はゴミを投げつけられるわで不愉快と言う他なく、私はそいつを殴った。それも授業中に。正直、頭に来ていた上に事態が終わるとも思えなかった私は暴力で仕返すことしか思いつかなかった。一発殴ってみればスッキリするかと思えばそうでもなく、手は痛くなるし相手は被害者面して喚きだすので苛立ちは増す一方で、二、三発殴って気が付けば先生に止められていた。
その一件の後、私はすっかり教員の間で問題児扱いされるようになり、同級生から“暴力女”という恐怖のレッテルを頂き、いじめられることもなくなった。完全に怖がられていたんだと思う。
これから寝るというのに私は部屋を出て、洗面台で顔を乱暴に洗っていた。冷えた水は完全に睡魔から私を引きはがしてしまう。それでも気分は相変わらずだ。
「酷い顔……」
洗面台の鏡に映る濡れた顔は黛さんの様に華やかでもなく、佐伯さんみたいに可愛いわけでもない、無愛想で冷たい顔だった。
*
気付けば鬱陶しい蝉の合唱が始まり、夏休みが近づいてきていた。
これからの休み中の予定を決めることで頭がいっぱいなクラスメートの中に、消化試合の様な授業に耳を傾けているのはいるはずもなく騒がしい日々が続いていた。先生も注意はするものの効き目もなく、ただ黒板に書くべきこと書いているだけの無意味な時間が続き、私はとうとう嫌気が差してきて黒板から視線を逸らしてしまう。
「佐伯さん?」
逸らした視線の先には、佐伯さんがいた。でも、今日はなんだか様子がおかしい。ノートも取ってないどころか机の上に何も置かれていなかったからだ。いつもならそんなことはしないはずの佐伯さんの姿は異様だった。
一日最後の授業が終わり、その光景に疑問を抱いた私は席を立とうとするも一瞬、躊躇してしまう。高校生にもなってこんな風に思うのもおかしなことかもしれないけれど、佐伯さんとは話す様な仲でもないし、それどころか入学してから今の今まで一度も話したこともないというのにいきなり『なんか今日は様子が変だね』なんて言えるものなのか。
「何考えてるんだ、私は……」
気にしたところで何にもならないし、別に大したことじゃないのかもしれない。話しかけたところで相手にしてくれるとも思えず、私は図書委員の当番だったことを思い出し、教室を後にした。
*
図書委員の仕事と言っても私のすることは本棚の整理か図書室の前を掃除する他は、稀に司書から手伝いを頼まれるくらいで、そう多くの仕事はない。それでもサボる委員が多いのか、当たり前の様に当番で掃除をしているだけで司書にべた褒めされる始末だった。
「熱い……」
底辺偏差値の高校に冷暖房など完備されているわけもなく、風通しの悪い廊下は纏わりつくような熱さで掃除することをバカバカしくさせた。私は耐え切れず、リボンを緩めてYシャツのボタンを少し外す。冷房の付いている図書室に早く戻りたい。
「もういいでしょ」
私は司書の目がないのをいいことに掃除を切り上げて、掃除用具を持って図書室へ戻るとカウンターにいる司書が困った様子で席の方を見ていた。
「どうかしました?」
聞いてみると司書は顎でその方向を指す。席に女子が一人座っていることが迷惑なのか、わけもわからず首を傾げる。掃除用具を用具入れに戻そうと席の方へ歩いていくと、彼女は肩を震わせながら俯いて嗚咽を漏らしていた。誰かに振られて悲しくなったからって図書室で泣く必要あるのかな、とそのまま彼女のそばを通り過ぎて掃除用具を戻して振り向いてみれば彼女は知った顔だった。
「佐伯さん!?」
泣いていたのは佐伯さんだった。目を真っ赤にして顔は流れた涙が痕を残し、今も止めどなく流れていた。
「……円、さん?」
「なにかあったの?」
「っ、なんでもありません。円さんには関係ありません」
聞いても佐伯さんは涙の理由を話そうとはしなかった。突き放す様な言い方で私は一瞬、親切心を踏みにじられた様な気がしたが、所詮は私が勝手に押し付けただけの事だ。彼女が関係ないと言ったらそこまでだ。
「……そう」
私はどうにもできず、荷物を持って図書室を後にする。それから家に帰っても涙に濡れた佐伯さんの顔が頭から離れなかった。
*
昼休み。
私は何時もの様に買ってきたパンの入った買い物袋を片手に教室を後にしようと席を立った。
「円さん」
珍しく呼び止める声が聞こえたので、外へ出る足を止めた。
「まーどかさーん」
ふざけた呼び声が聞えた方を振り向くと、夏の暑さにも負けない華やかさを保つ黛さんが弁当を片手に立っていた。
「一緒にランチいかが?」
背景に花が咲いていそうなくらいに綺麗な笑顔を向けて私を誘う彼女。
何が面白くて誘うんだろうか。物好きだ。
「いいよ」
私は物好きな彼女を連れて、何時もの場所へ向かう。
「誰も寄せ付けない一匹狼とようやくご一緒にお食事できるなんて、私は幸せです」
いつもの場所――図書室への道中、彼女は嬉しそうに言う。馬鹿にでもしているのかもしれない。
「誰も寄せ付けない、か」
中学時代、問題を起こした後、私は誰とも関わりを作ろうともしなかったし、周囲もそれを読み取っていたのか近づかれることも無くなっていた。
その姿勢は今だって変わっていないのだから、黛さんの言う通りかもしれない。
「聞いた話通りの子だね、円さんって」
「聞いた話?」
「そう」
隣を歩く黛さんはは変わらぬ笑顔を向け、言う。
「私ね、円さんと同じ中学だった子から話聞いたことあるの」
図書室の扉を開けながら、私は彼女の言葉に耳を疑う。一体、何を聞いたと言うのだろう。
*
「昔、いじめを受けててそれに怒った円さんがいじめてきた子をぶちのめして、その後はみんなに怖がられたって」
冷房の効いた図書室でパンをかじる私の耳に入ってくる話は、尾ひれもなく脚色もされていない事実だった。
それでいながら、私に関わってくる意図がわからない。
「私ね、その話を聞いたときに嘘じゃないかと思ったの」
仕返しの仕方が余りに暴力的で、話に真実味が無くなるのは無理もない。
空になった弁当箱を片付けながら、黛さんは続ける。
「でも、円さんを見ているとね、何となくその話はホントなんじゃないかって」
「どうして?」
「雰囲気からそんな感じしてたけど、佐伯さんの悪口嫌がってそそくさと教室を出て行ってた時の人でも殺せそうなくらい危ない顔してたから」
「まさか」
確かに私は聞えてくる話の内容が嫌で教室を出て行った。でもそんな顔をしていたのだろうか。
今はどんな顔をしているのだろう。
自分の表情がわからなくて、頬に触れてみても分かりようがなかった。
「ごめんね、なんか昔の話……しかも人づてに聞いた話しちゃってさ」
「別にいいよ。事実なんだから」
本心だった。
私はそう言って、食べかすをビニール袋に突っ込む。
会話が止み、黛さんが立ち上がる。
「お昼、一緒に食べてくれてありがとう」
黛さんは礼だけ言って、そそくさと図書室の扉へ向かっていき、帰り際に私の方に振り向いて「私のこと、黛さんなんて呼ばないで。奈々でいいよ」とだけ言い残し、先にどこかへ行ってしまった。
私は過去を知る人間に、できれば忘れてしまいたい記憶を掘り起こされながらも、それを気にせずにいてくれた黛さん――奈々との一時に、私は動けずにいた。
*
夏休みまで、あと数日。
蝉の合唱も規模を増し、不意に教室の窓から流れる風が少しだけ熱さを忘れさせる。
これからの長期休暇に浮かれる男子。
余暇をどう過ごそうか、相談し合っているのだろうか、女子たちは幾つかのグループで固まっていた。
夏休み前に不用意に授業を進行させると間が悪いのか、教師は自習にすると告げた。
私は夏休みの課題を机の上に出すも、ペンは一向に進まず、視線を窓の外と自習中に遊び呆けるクラスメートを行ったり来たりさせるだけ。
奈々も暇だったのか、私の席にやって来た。仮にも授業中だというのに、と咎めるのはこの状況では意味もない。
「真面目だね、優梨は」
「真面目もなにも授業中なんだけど」
「そういえばそうだっけ」
空いた席に奈々が腰かける。
奈々にしても、この環境で自習に取り組む気はないのだろう。そもそも取り組む気がないのかもしれないけど、私には関係のない話だ。
視線の先にある課題の問題集に印刷された数式は未だに答えを与えられず、結果のない数列に成り下がったまま、物を言わずに私に解答を求めている。
解き明かしたところで何に繋がるのだろうか。
数列の波に、ペンで突いてやるだけで、計算する気は全く湧かない。
「またやってるよ……」
プリントを眺めていた私の横で、うんざりした様な奈々の声が聞こえた。
顔を上げると白い塊がふわりと放物線を描いて佐伯さんの小さな背中に向かって飛んでいくのが見えた。軌道の元にいた赤城さんはまた紙屑を丸めて、佐伯さんへ放り投げた。
紙屑が彼女の背に当たる音に混じって、赤城さんとその取り巻きが面白がる声が聞こえてくる。
佐伯さんは抵抗する素振りを見せず、席に座ったまま微動だにしない。
その背中は、昔の私に似ていた。
抵抗する術を知らず、わけのわからない嫌がらせを受けるしかないまま過ごしていた昔の私に。
また、カサリと背に紙屑が当たる。
教師も注意するが彼女たちは返事をするだけでやめようとはしなかった。
「ホントさ、死ねばいいのに」
「誰も困らないよね」
心無い言葉が、過去をまた引きずり出す。
何がおもしろいのか、理由もなく投げかけられる言葉は佐伯さんにも聞こえているだろう。当人らはわざとそうしているんだから。
教員だって何もしない。
こうやって、誰一人構わぬまま時間が黒く塗りつぶされていく。
謝罪の言葉は意味をなさず、壊れた物が直ろうと、身体の傷が治っても、塗りつぶされた過去は拭えない。
「ふざけんな……」
「え?」
そんな風に人を傷つける奴、大嫌いだ。
私は、席を立ち赤城さんの席へ向かう。
佐伯さんを助けたいとか、そんなんじゃない。
「何よ」
「佐伯さんにゴミ投げるの、やめなよ」
「何? 良い子ぶってんの?」
白を切る彼女の態度に苛立ちが積もっていく。
気付けば胸倉を掴んでいた。
「いい加減にしろよ」
間近で泳ぐ彼女の視線。
喧騒に染まっていた教室が凍り付いていることは肌にも伝わってくるが、今の私には知ったことではなかった。
*
その後、教師に引きはがされ廊下に連れ出され、テンプレート通りに指導を受けた。
暴力的なことをしたのは間違いない。
それでも教師は彼女達の愚行を止めようともせず黙って見ているだけでなにもしなかった。
私にはそれが許せず、教師に何を言われようと納得することは出来なかった。
授業が終わり、私は担任の豊和先生のいる化学準備室に呼び出されていた。
同じことをまた言われるのかと思うと気が重くなる。
「お前さん、そんな子には見えなかったんだけどな」
豊和先生は私が問題を起こすとは想像していなかったのだろう。
「どうしたんだ」
私は教室でしてしまったことを素直に話した。
話を聞いた豊和先生は、私を叱るわけでもなくかと言って注意するわけでもなく、しばらく唸っていた。
「うーむ」
厄介事を起こしたことは違いない。豊和先生の悩みの種を増やすだけで佐伯さんを助けられたわけでもない。
「まぁ、頭冷やしとけや。赤城とその辺の連中も俺から言っておくから」
豊和先生はただそう言って私を準備室から追いやった。
「お前さんみたいな子、久しぶりだよ」
場を去る背中にかかる先生の言葉は呆れか慈悲か、どこか曖昧で他の大人とは違う何かを感じさせた。
*
踏み込む足が床を叩き、竹刀が交わり、防具を叩く音が道場から溢れる。
私とは無縁の空間の入り口で、何をするわけでもなく、端に身を寄せた。
切っ先が振るわれる度に響く聞きなれた叫び。
面を被っていようと、彼の存在は大きく中学の頃と変わらずストイックだ。
そんな背中を私はただ、応援するわけでもなくただ見つめていた。
彼が私を見つけて、優しい言葉をかけてくれるんじゃないか、とただ振り向くのを待っていた。
「馬鹿だな、私……」
振り向くことはないとわかっている。
彼に姿を見せても辛い思いをさせるだけだとも分かっている。
それでも、彼を求めてしまう。
自分勝手さに押しつぶされる前に私は道場から離れる。離れようとした。
「優梨?」
でも彼――青野 葵は私に気づいてしまう。
「ごめん葵……なんでもないから、練習の邪魔してごめんね」
幾度となく見つめた瞳に繋ぎ止められる前に、私は背を向ける。
「なんでもないようには見えなかったけど」
相変わらず、優しいんだ。
練習をやめてまで私の元に来てくれたのは嬉しくもあったが、罪悪感も混じっていた。
彼の中で、私の存在と過去は償いきれない物となっているのかもしれないから。
「大丈夫――大丈夫だよ。なんでもないから……ただ、葵に会いたかっただけ」
なんて重い女なんだろう。
言葉が出るたびに、自分のことが嫌いになっていく。
「ありがとう」
私は、背中越しにわけもわからない感謝だけを告げる。振り返れば甘い顔と、何度も何度も私を見つめてくれた円らな瞳が映る。
幾度となく、私を救い、守ってくれた、彼。
そして、私の初めてを奪った人。
*
クラスメートに暴行未遂、とくれば処分は免れない。目に見えてわかることだ。
「まぁ、ちょっと早い夏休みだと思ってさ、頭冷やしてからまた顔見せな」
「はい」
胡散臭い発明をしていそうな見た目な豊和先生は、数日後また私を呼び出して謹慎処分を言い渡した。
何も返す言葉もない私は、ただその軽い言い様に普通の教員とは違う物を感じながら先生の元を後にする他なかった。
あの頃から、私は何も変わっていない。
気に喰わなければ平気で手を出してしまう乱暴者。
所構わず人を殴っていたわけではないにしても、暴力でしか訴えれない単細胞な気質は変えられそうにない。そしてまた、奇異の目で見つめられてしまう。
「また、同じか」
「何が同じなの?」
気付けば、黛さん――奈々がいた。
「そうだね、結局私は暴力でしか物を訴えられない馬鹿な子ってこと」
「良いじゃん別に」
「え?」
どうにも変えられない自分に詰まる私に反して、奈々はどこか飄々としていた。
「私、やっぱ優梨のそういうとこ、好きかも――っていうか好き」
「わからないよ。何でそんなこと言えるの?」
「正直言うとね、カッコよかったから」
「は?」
初めて言われた台詞の連発に、私は翻弄されるばかり。しかし奈々は綺麗な顔で笑みを浮かべながら、続ける。
「優梨は多分、今回の事後悔してるのかもしれないけど、結局誰も止めなかった。止めたの優梨だけでしょ?」
「それは、私もああいう過去があったから許せなかった。それだけ」
「そういうところだよ。あんたがかっこよく見えるの」
結局、何の関係もない私が勝手に殴りこんだだけ。
身勝手な行動だ。
それでも彼女は「ごめん、あたしあんたのファンになっちゃった」と背中越しに言って、私の元を離れて行った。夏休みを前に訪れた謹慎処分と同時に現れた煌びやかなクラスメート――奈々という不思議なファンに私はただ、どうしていいかわからずその場を動くことが出来ずにいた。