5:驚嘆
…最近急に寒くなりましたねぇ
「……へ?」
間の抜けた声が、部屋を泳ぐ。
(何を言ってるのかわからない……)
あまりにも突然だったその提案に私の頭は、真っ白になる。
「いや、そんなに呆然とされても困るんじゃが……」
シシウドさんは言う。
……いや、これは出会って数日の人に言うべき台詞じゃないでしょう。
なんとか思考を回転させる。
「……本気なんですか? その、理由を聞いても?」
段々と冷静になる思考で、問いかける。
シシウドさんはゆっくり頷き口を開く。
「勿論じゃよ……。ワシはこの通り、老いぼれじゃ。妻には先立たれ……2人いた息子と娘も家庭を持ってしまった。今はワシ一人きり……寂しい生活を送っておる。」
まぁ、これはワシの今の家庭環境じゃ……と寂しそうに笑う。
「それに、カナデちゃん。お前さんはこの世界の事を知らんじゃろ。遅かれ早かれ、いずれ行き当たる問題じゃ……。ならば、ここで会ったのは何かの縁じゃろ……このおいぼれの娘になってはくれんかのう?」
そう、シシウドさんは震える声で言う。
物凄い、決断をしたのだろう。まず普通、見ず知らずの知らない相手に言う言葉ではない。
「ここ数日のカナデちゃんを見ていただけじゃが……一つだけわかることはあるんじゃよ。カナデちゃんは、決して悪い子じゃない……それだけは確かじゃろうて」
そう言い、どうかな?とシシウドさんはその先の言葉を濁した。
全て、私次第という事なんだろう。
「あの、その……本当にいいんですか?こんな素性も知らない私を受け入れて……その、迷惑をたくさんおかけしますよ……?絶対」
それは、軽い断り。
真正面からではなく、やんわり断る。
それでも、シシウドさんは「いいんじゃよ」とただ、優しく笑うだけだった。
「本当に、いいんですね……後悔しますよ……きっと」
「そんなことないじゃろう……寂しいおいぼれの生活にこんなかわいい娘が来てくれるんじゃ」
それは、贅沢じゃろうて……
そう、いいシシウドさんは……部屋から退席していった。
その際、顔に……眼に涙が溜まっていたのは、きっと私しか知らない事だったのだろう。
「……私は、このままお世話になっていいのだろうか。」
そう呟く。不安な気持ちは胸に抱いたまま……意識はまた微睡みの中に落ちていく。
♦
夢の中で見た景色は遥か昔の私。
家族と笑って過ごした……最後の夜。
あの日は確か……お父さんの誕生日だった。
いつもの様に、仕事を終え帰ってきたお父さんが、お母さんの手料理を今か今かと待ちつつ……
幼い私と遊んでくれていた。
その夜は、いつもより楽しい夜になる……ハズだった。
異変があったのは、丁度夜ご飯を食べ終えた頃だ。
家のドアをノックする音が聞こえる。
「なんだ……こんな時間に誰だ……?」
お父さんは立ち上がりドアノブに手をかける。
その様子を見ている私は突如襲い来る頭痛に頭を手で押さえる。
無意識のうちに言葉を紡いでいた……
小さく「開けないで」と。
その言葉は無情にも……打ち砕かれる。
これは、夢……いわば過去をなぞった夢。
今更覆すことはできない……そうゆう事だった。
ドアを開けた先に待っていたのは、黒いフードを着た数人の男たちだった。
その男たちはお父さんに向って、こう言った。
「お前が……反逆者だな? 国家に逆らう屑が!! 」
何のことだ!? その言葉を口にするよりも先に……
父親は倒れ伏す。見れば黒いフードの男たちは懐に短刀を忍ばせていた。
「……娘を探せ。あの娘が……未来のために必要なのだ」
フードの男たちは最低限の会話だけを通し、部屋の中に押し入ってくる。
お父さんは「やめろ……」と力ない声で言う。
フードの男は見下すようにお父さんを一睨みし……一言。
「しぶとい奴だ」そう言い、手にした短刀で胸元を一突きした……。
そしてお父さんは……その凶刃に命を落としたのだった。
夢の中でその光景を見た私は……。
ただ泣き叫ぶことしかできなかった。
「もう……もうやめて」と。
けれども、そんな事お構いなしに夢は続く。
私を探すフードの男たちから……
私が見つからないようにと、お母さんはクローゼットの裏にある隠し扉に私を押し込め……
一言「音がしなくなるまで絶対に出てきちゃ駄目よ……?」そう言った。
それから聞こえるのは、懐かしい呪文の詠唱。
「鏡よ……真実を濁す盾となれ……」
その呪文は、初歩的な魔術。
物を隠すときなどに好まれていた魔術だ。
自身が移した箇所の扉や、壁に張りぼてを張るのだ……
一見すると部屋の中にある扉が物がわからなくなるように。
それから、すこししてフードの男たちはこの部屋にやってくる。
「お前が、母親か……子供は何処だ!? 」
怒号が飛び交う。
お母さんはそれに負けず凛とした態度で「私の娘なら……今日はいないわ残念だったわね」
と精一杯の嘘を吐いた。
その態度がフードの男たちは怒らせたのだろうか?
元から、そうするつもりだったのだろうか。
「じゃぁ、用はない……死ね!! 」と一太刀。
お母さんを切り捨てるのだった。
声にならない悲鳴と共に物凄い音が部屋に響く。
幼い私は……お母さんとの約束を守るため……
息を殺し、存在感をここにない物とした。
涙を流しながら……。
その様子を夢で見ていた私も、涙を流す。
ずっと、誰にも言わないまま背負ってきた悪夢だ。
こんな夢見たくなかった。
そんな思いが芽生えるころには、夢は終わり朝を迎えていた。
「お母さん……お父さん……」
夢の中でだけ涙を流していたと思ったが、起きてみると……私の体を包む毛布や枕は……少し湿り気を帯びていた。
ふと部屋の隅を見ると、シシウドさんがコーヒーを飲みながら座っていた。
こちらを見たシシウドさんは、バツが悪そうに言う。
「すまん……悪気はなかったんじゃ。あの女性の看護師……ナツキちゃんがな。カナデちゃん、お前さんが酷くうなされていると教えてくれてじゃな……」
こう、心配になって見に来たんじゃよ。
そう、シシウドさんは照れ臭がりながら言った。
その様子を見た私は……ただ一言。
「ありがとうございます……」
そう、力ない声で言い……涙を手で拭った。
ちょっとだけ過去編。
家族の話から昔の事を思い出すのはよくある事です。