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フェネの奪還

 翌日、目覚めると胸の上にセラドの顔が乗っていた。そういえば、添い寝する形で寝たのだったか。セラドは近くの人にすり寄る習性でもあるのか、前の時もくっついていたなぁ。その後、目覚めてからは一気に逃げられたが。

 明け方の寒い時間、毛布を取られても困るし、この温もりを手放すのも惜しい。もうしばらくは堪能したいところである。

「マモル、ワシもソナタを……」

 寝言と言うにはしっかりとした呟き。セラドも起きていたのか?

 セラドの顔が上を向き、こちらと目が合う。パチパチと瞬きしたあと、見開かれた。

「そ、その、いい相棒だと思っておるぞ!」

 慌てて逃げようとする体をがしっと捕まえた。

「まだ寒いから毛布を持って行くのは無しだ」

「そ、そうか、寒いなら、仕方ないな……」

 さすがに俺の胸に頭を乗せ続けることはなく、左隣へと移動した。逃げられないように腰は抱いたままだ。その左腕に頭を乗せるようにして落ち着いた。

 奇妙な沈黙が二人に訪れる。腕からは少し早くなった鼓動が伝わってくるが、もう逃げる雰囲気はない。

 まだ朝も早く、二度寝するのがいいのだろうが、腕の温もりを感じて、目は冴える一方だ。


「のう、マモル」

「ん?」

「ワシは、まだ自分がよく分かっておらん。ソナタとおるのは楽しいし、役に立ちたいと思っておる」

「うむ」

「でも、その、女として、ソナタを想ってるのか、わからぬ。すまぬ」

「そうか、焦って答えを求めはしないよ。今は一緒にいてくれるだけで嬉しいし」

「!?」

 セラドの体がビクッと動いた。

「そ、そういうの、ずるいのじゃ……」

「何が?」

「ううう、ワシも、その、一緒にいてくれるのは、嬉しいのじゃ」

「そうか」

 言葉は途切れるが、心地よい繋がりのようなモノは感じられた。


 気づくと腕の中の温もりはすでなく、二度寝してしまっていた。

「おはようじゃ」

「あ、ああ、おはよう」

 さっきのは夢かと思ってしまうが、セラドの落ち着いた雰囲気から夢ではないと思えた。

 日課になっている髪の手入れするのをぼんやりと眺める。

「なんじゃ?」

「綺麗な髪だなと思ってな」

「ふふ、そうじゃろう。ワシの自慢じゃからな」

 腰の辺りまである髪をしっかりと梳いていき、ゆったりと三つ編みにして髪先を止める。

「さて、ソナタも支度をせぬか。フェネの様子を聞くに、あまり余裕はないやもしれぬぞ」

 奴隷商での話はどこまで聞いていたのか分からないが、確かにその通りだ。

 まずはネフェルとかいう狐人か。偽名かもしれないが、奴隷商では冒険者登録と照会するのも知ってるだろうし、怪しまれたくないなら本名かもしれない。



 俺達はまずファイナとバイスの元を訪れる事にした。狐人同士の連絡網がどんなものか不明だが、知っている可能性もある。

「おや、マモルくん。朝から用事かな」

 小屋の近くまで行くと、バイスに声をかけられた。ファイナの為に周囲を警戒してるのだろう。離れていていいのかとも思うが、その辺は念話があるからそうでもないのかも知れない。

「フェネを引き取りに来た狐人の話を聞けたので、知ってるかどうか聞きたくて」

「人間の行動力は凄いね。昨日の今日でそんな話を調べてきたのか」

 バイスが木の上から飛び降りてくる。身のこなしはさすがの獣人といったところか。ほとんど音もしない。

「ネフェルという四十くらいの男らしいのですが」

「ネフェル? それって金狐の連中じゃないか」

「金狐?」

「ああ、狐人には大きく分けて銀狐と金狐の二種族がいる。銀狐は魔力に優れ、金狐は身体能力が高いとされている」

 そこで言葉を切ったバイスは、耳を動かし何かを聞いている。

「ファイナも聞きたいようだから、小屋まで来てもらえるかな?」


 小屋を訪れると、身重なファイナがお茶の用意をしてくれていた。

「お気遣いなく」

「こちらこそ。あまり寝たきりもよくないのよ、少しは動かないとね」

 不思議な風味のハーブティーだ。口の中がすっきりするようで美味しい。

「金狐の話よね。奴ら魔力が低いから、たまにうちらの血を欲しがるのよね。私やフェネにも縁談の話はあったもの」

「そうなのかい?」

 バイスにとっても初耳だったらしい。

「私ではなく、その血筋が欲しいだけって、失礼じゃない? 母も私もフェネも、すぐに断ったわ」

「いっちゃあ何だが、男をもらって複数の女に子を生ませた方が効率は良さそうだが」

「ふふ、ホント、思ったことをはっきりいう子ね。でもね、毛色は父親を受け継ぐ事が多いのよ。奴ら魔力は欲しいけど、銀狐にはなりたくないって思ってるみたいね」

「勝手な話だな」

「ホント。その子が好きなら子供がどちらでも関係ないでしょうに、奴らは血筋が大事らしいの。金の方が銀より優れてるとか思っちゃってるのかしら」

「でもそうなるとフェネはかなり危ないのか」

「命は大丈夫だろうけど……」

 貞操は守られないだろう。それが目的なのだから。

「それでも助けに行くのかしら?」

「フェネがそんな望みもしない状況に置かれていて、放っておけるかよ」

「金狐が相手なら、僕が案内できるかもだな」

 バイスが名乗りを上げてくれる。

「しかし、バイスさんはファイナさんを守らないと」

「実際、警戒はしてるけど襲ってくる何かなんていないからね。僅かな時間なら問題ないよ。それに義妹の危機だしね、助けにいかないと嫁に怒られる」

「よくわかってるわね、よろしい」

 ファイナが満足げに頷いている。

「ならすいませんが、案内をお願いします。相手の狐人に関してですが……」

「殺しちゃって、面倒がないように」

「いや、それは流石にまずいでしょう。去勢くらいでいいですかね?」

「ある意味、そちらの方が残酷だと思うけど。貴方に任せるわ」

 実際は魔剣の心を貪る力で、性欲を奪うつもりだ。フェネに関心を失うようにはしないとな。



 バイスの案内に従って街へと戻ってきた。ただ街中というわけではなく、少し離れた辺りの廃屋に見える建物だ。金持ちの別荘のような立派なたたずまいだが、窓が壊れていたり、蔦が生い茂っていたり、手入れはされてないように見える。

「セラドはここで待機。敵に増援がないか、逆に俺達が夕方までに戻らなかったら、詰め所へ応援を求めてくれ」

「そ、そんな、ワシも」

「役割分担だ、ここで状況判断できる奴に任せる仕事。俺達の命は、セラドにかかる事になる」

「う、うむ」

 内心、納得はしてないだろう。ただ戦闘技術は高くないセラドに無理はさせられない。

「じゃあ、任せたぞ」

 俺はバイスと共に屋敷の中へと入っていく。


 屋敷の入口は、鍵が掛かっていたのだろうが、乱暴に壊されている。中を覗くと豪華な入口で、かなり広い作りだ。二階部分へと上る階段が左右に分かれて作られている。二階の正面が大ホールのようだが、狐人の奴らが勝手に利用しているだけなら逃げやすい一階を利用しているか。

 うっすらと積もった埃にはいくつか足跡が残っているが、屋敷の中はあまり明るくなくて見えづらい。

「ここは僕に任せてくれ」

 狐人であるバイスは、暗視能力があるらしい。それは相手も同じだろう。暗いのは俺だけが不利なのか。

『戦闘になれば魂の気配を感じられるであろうよ』

 などと魔剣は気楽に言ってくれる。気にしても仕方ないかと割り切る事にした。

 バイスは足跡を見ながら、奥の方へと入っていく。左右にドアが並んでいるが、それらを無視して一番奥へ。

 中からは声というか……いびきか?

 バイスはそっとノブを回して、扉を押し開く。俺は魔剣の柄に手を置きながら中を覗くと、ベッドとそこに眠る人影。ここにいるのは、一人か。相手は最低三人、それにフェネがいるはずだが。

「気配は下だな、地下があるようだ。こいつは始末しておくか」

「俺がやろう」

 足音を忍ばせて中に入ると、いびきがやんだ。やはり獣人、気配に敏感か。俺は一気にベッドに走る。その間に相手も跳ね起き、こちらを待ち受ける。その手には何も持ってないが、爪が鋭く伸びている。

 俺が抜刀しながら切りつけると、きっちり範囲を見切って避けられる。そこから奴の右手が俺の顔へ。伸びた爪が目玉を抉りにくるが、左の手甲で急所はガード。戻す刀で相手の胴ではなく、攻撃に来た腕を狙う。切り落とすには至らないが、僅かに相手の動きが鈍る。ソウルグラトニー、その力は相手の魂を食らう事。それと共に相手の心も削る。戦闘中に戦闘意欲を削られると、その動きは一気に鈍る。

「おらぁっ」

 さらなる一撃で勝負は決する。肉体と魂共にダメージを受け、さらには性欲を食らわせる。

 相手は四十くらいのナイスミドル。金髪を後ろに撫でつけ、彫りの深い顔立ちはかなりのハンサムだ。

「後の二人は?」

「地下だ」

「どこから下りる?」

 反抗する意欲を食らい、従順になった男は素直にこちらの質問に答える。

 どうやら調理室から地下の食料庫に下りれ、そこにフェネを捕らえているらしい。


 食堂に下りる梯子を下ろすと、下から声が聞こえてきた。

「親父も楽しむ気かよ、俺らに任せとけって」

 俺はその声にかっときて、梯子は使わず飛び降りる。

「何だ貴様っ」

 地下はほとんど明かりもなく、視界は利かない。ただその気配だけは明確に掴める。それが魔剣のいう魂の気配か。

 俺は相手に答えず、そのまま切りかかる。獣人の身体能力は、それを容易に見切り、カウンターを狙ってくる。ただその動きは親父と似過ぎていた。顔を狙った攻撃を受け流し、その腕を切りつけ、そのまま踏み込んで胴をなぎ切る。

 もう戦闘力は削いだと判断し、奥へと進む。ワイン倉になった棚の隙間に、人影があった。

「兄貴、どうした? もう少しだから、待ってくれよ」

 その背後から刃を通して貫く。怒りのあまりもう少しで心臓を貫くところだったが、脇腹から腹部へと逸らして突いた。


 俺は着ていた外套を脱いで、フェネに掛ける。その表情はやはり乏しく、驚きも恐がりもしていない。

「フェネ!」

 俺に続いて下りてきたバイスは、兄とやらを縛ってからこちらに来たようだ。

『ふむ、以前から少し気になっていたが……』

 魔剣が何か気になる事があるようだ。

「とりあえず、連れてでましょう。セラドなら手当もできます」

 俺は意識を失っている弟と、反抗意欲を失った兄を連れて表へと出た。


「酷い傷はないのじゃが……」

「フェネ、フェネ?」

 バイスの呼び掛けに反応が鈍い。精神的にダメージを負っているということか。

『その娘の首元を見せてくれ』

 俺はフェネに着せた外套の襟元を開き、その首筋をみる。黒いチョーカーがはめられているのを外し、刻まれた図柄に既視感があった。

「これは?」

 俺の左腕に残る恐怖心を食わせた痕に残った入れ墨のような紋様。

嫉妬エンヴィの紋様だな。この娘も心の一部を抑えられている』

「なんだと? ではフェネは?」

『安心しろ、俺と違って嫉妬エンヴィは魂を食らうわけじゃない。どちらかというと汚す事に意義を見出す奴だからな。この娘の場合は、感情を抑え込んでいるみたいだ』

「結局、どうなんだよ」

 理屈はどうでもいい。フェネが助かるかどうかが問題だ。

『俺がその呪いを食ってやるよ、あとはあるじの望みのままに』

「わかった、信じよう」

 俺は魔剣を抜くと、フェネの首に残る紋様へとあてがった。僅かな傷と共に、その紋様が変化を見せる。

 それと共に、虚ろだったフェネの瞳に意志が戻り始めた。

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