狐人の夫婦
リザードマンの長老の元を離れ、狐人の住む辺りを目指すことになる。ラミアは湖を離れられないらしく、セラドと二人になった。
途端にセラドの機嫌は良くなっている。分かり易くて良いのだが、今後は困ることもあるだろうか。
「なあ、セラド」
「ん、なんじゃ?」
「妬いてくれるのは嬉しいけど、ほどほどにな」
「にゃにぉー、や、妬いてなんか無いし!」
「俺のこと、嫌いなのか?」
「嫌うわけはないぞ! ただ、その、そういうのは、違うというか……」
「俺はセラドと仲良くなりたいけどな」
「いや、ワシも嫌がってるわけじゃ、ないのじゃぞ!?」
どうしても素直になれない何かがあるのか。俺は恐怖心が強かったが、セラドは羞恥心が強いのかも知れない。かといって魔剣に食わせてビッチになっても困るので、時間をかけて解していくしかないのかな。
今は頭を撫でると、目を細めて喜んでくれるだけでよしとしよう。
セラドと戯れているうちに目的地近辺にやってくる。
『こちらを狙っている者がおるぞ』
魔剣ソウルグラトニーは、魂の存在を感知する事ができる。不意打ちを回避できるので、ありがたい能力だ。
「この辺りに住む狐人の方か?」
方向は分からないので、適当に声を出してみた。すると、前方右側の木の上に、その姿が現れた。銀色の髪に、三角の耳と尻尾。弓を構えた姿が決まったイケメンである。
「まさか見つかるとはね、熟練の冒険者か」
「俺は危害を加えに来た訳じゃない。聞きたいことがあるだけだ」
といってすぐに信用できるわけじゃないだろう。俺としても、仲良くなりに来たわけでもないので、用件を伝える。
「狐人は仲間同士で連絡を取り合えると聞いた。フェネという子と連絡は付くか?」
「フェネ?」
その名前に狐人が反応を示した。どうやら知り合いのようだ。
「数日前に奴隷商で、狐人のフェネという少女を見かけた。歳は15、6かな。銀髪の綺麗な子で、できるならもう一度会ってみたいんだが」
下手にごまかすよりも、素直に話した方が良いだろう。狐人の青年は少し考える素振りを見せて、こちらに向き直った。
「どうやら僕の嫁に会ってもらった方がいいみたいだ」
木の上から地面に降り立つ。歳は二十歳過ぎくらいか、俺よりも頭一つ高く、精悍な顔立ち。銀髪に紫の瞳が良く似合っている。弓を構えていた時より、かなり優しそうな印象になっている。
そんな彼に先導されて、森の奥深くへと入っていく。
そこにあったのは、丸太でできた小屋だ。ロッジやコテージといった雰囲気の手作り感のある建物。その中では、大きめのベッドに横たわる女性が待っていた。
「こんな格好ですいませんね」
少し照れたように頬を染める女性は、フェネによく似ていた。銀髪や長い睫毛に縁取られた薄い紫の瞳。目鼻立ちから、フェネをそのまま成長させたような美人である。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕はバイス、彼女はファイナ。フェネの姉さんだ」
その言葉に驚きと納得が去来する。
「俺はマモルで、彼女はセラド。冒険者をしている」
「奴隷商でフェネを見たと聞きました」
そう切り出したのはフィアナだ。その話は、バイスにしかしてなかったが、例の狐人特有の連絡方法だろうか。
「はい、今から三日前の夜ですね。奴隷商で、商品として彼女を見ました」
実の姉、しかも身重の女性にこんな話をしていいのかと、思ったりはしたが、言葉を飾っても仕方ない。真実を伝えた方がお互いに楽だろう。
「そして、その行方を探していると?」
「はい、彼女は親族に引き取られ、帰っていったと」
「売れた訳でなく?」
「一応、街の役場に繋がりのある奴隷商なので、下手な嘘は言わないと思うのですが」
あの担当女性の様子から、手違いはあったにせよ、俺を騙そうとしている雰囲気は無かったと思う。
「おかしな点としては、フェネはもう十六。狐人としては、立派な成人です。それを探すというのは、不自然です」
とファイナは言い切った。
「しかし、さらわれて探していたという話でしたし」
「それもまたおかしいわね。フェネと連絡をとったのは、一年ほど前。彼女が巣立ちを迎えた時の事よ」
巣立ちというのは、親元を離れるという事だろう。
「誰か特定の相手ができて、そこからさらわれたというなら、また話は変わってくるけど」
この可能性もあったのか。フェネの彼氏が取り戻そうと動き回っていた。結婚前だが、気が早く、身内といってしまったと。
「そうだとしても、私に連絡がないのはおかしい。フェネの事だもの、彼氏ができたら自慢するはずだし」
奴隷商で感情を出さないフェネしか知らない身としては、彼氏自慢する姿は想像できないんだが。
「今も念話が通じないみたいだし、何か起こってるのは確かね」
ファイナは思案顔になって、黙り込んでしまった。
まず分かったのは、フェネを奴隷商から連れ去ったのは親族ではないという事。
念話で遠距離でも連絡できるはずなのに、それが届かない状況にあること。
何らかの事件に巻き込まれていて、それは彼女の望んでいない事だろうということか。
「私が動けたら調べるのに……」
「君を置いて調査するわけにもいかない」
深刻そうな本当の彼女の親族。
「まず俺達で動いてみます。もしかしたら、狐人特有の事情があるかもしれませんから、その時はまた相談に来ます」
「そう、お願いするしかないわね。でも、貴方はフェネの何なのかしら?」
「一方的に一目惚れした男です」
今の立場はそうとしか言えない。そんな答えに、ファイナは笑う。
「素直な子ね。フェネと気が合うかも。でも、その子は?」
さっきから俺の脇腹をつねっているセラドを指して聞かれた。
「こいつは俺の相棒です」
「ふうん、人間ってこれだから凄いのかしらね」
意味ありげな笑みを浮かべ、ファイナは頷いた。
「わかりました。私は貴方に協力するわ。是非ともフェネを連れ戻して頂戴」
なんかタイトルと関係ない方向に話が進み始めてどうしよう……