狐人を身請けするために
街に戻って早速ラミアに貰った宝飾を鑑定してもらう。金の腕輪、重さだけで金貨二枚の価値はあると思ったが、装飾も評価されて金貨五枚になった。
半分をセラドに渡すと、フルフルと震えていた。
「ワシは、何もしておらぬのに……」
「ラミアの情報をくれただろ、あれがなければ作戦も立てれなかった。知能労働はセラド、肉体労働は俺の分担というだけだ」
不安そうなセラドの頭を撫でながら答える。髪艶が良くなって、撫で心地も良くなってきたなと別の感想も持っていたが。
俺はその足で奴隷商へ。
受付に顔を出すと、慌てた感じで応接室に通された。嫌な予感がする。
「マモル様、申し訳ありません」
入ってくるなり、俺の担当を勤める女性が謝罪してきた。フェネに何かあったのは確かだろう。
「詳しい話を聞かせて下さい」
「じ、実は……」
フェネの親族が彼女を引き取りに来たらしい。元々目を離した隙にさらわれて、ずっと探していたのだという。
「もちろん、奴隷として受け入れる際に、その辺りの事は確認するのですが、フェネは余り自分の事は話したがらず、奴隷となる事を受け入れていましたので」
やや感情が乏しい雰囲気のあったフェネ。某かの過去を抱えてそうではあった。
「なので前金を頂いておりましたが、フェネはもういないので。もちろん、お金は返させて頂きますし、他の奴隷を紹介させて頂きます」
「いや、今日はいい」
俺は話を打ち切って席を立ち、そのまま奴隷商を後にした。
「の、のう、マモル。き、今日はパーッと飲むか? 稼ぎはあったのじゃし」
「いや、そんな気分じゃないな」
自分でもびっくりするほど、へこんでいる。たった一回、一時間ほど顔を合わせただけの少女。一目惚れしてたのだろうか。何が何でも一緒にいたいと思いこんでいた。
ただ親族が迎えにきて、奴隷から解放されたというなら、それにこしたことはない。普通の少女として生きられるのだろう。
「わ、ワシなら、少しくらい、その、相手をしても、良いのじゃぞ?」
真っ赤になりながら、変な方に暴走しそうなセラドがいた。いや、セラドは可愛いと思うし、好きな相手だ。そういうことをしてみたいという思いはあるが、同情で慰められるというのは違う。一人の女性として、相手にしたいのだ。
俺はセラドの頭を撫でながら答える。
「セラドは気にしなくていい。俺の問題だから」
「む、ワシはソナタの相棒ぞ。知能担当じゃ。つまりはあれじゃろ、あの狐人に会いたいのであろう?」
「ま、まあ、それはそうなんだが」
「ならばこちらから見つければよい、簡単なことじゃ」
などとない胸を張って言いきった。
「まずは狐人についてじゃな」
宿に戻り、夕食を前にセラドが話を進める。なぜこんなに乗り気なのかは良く分からないが、フェネを手に入れていたら目標を見失っていたかもしれない。こうして二人で悩んでる時間も楽しいものだった。
「獣人の中でも、狐人というのは特殊な存在で、群れを作らず家族単位で旅をする一族らしい」
ノームの少女はその豊富な知識で、俺に説明してくれる。
狐人は流浪の民で、一所には定住しない。旅を続ける中で、子を育み、その子とも旅の中で別れていく。そのために見つけるのは容易でないようであり、旅するうちに意外と出くわす事もあるらしい。
また狐人は魔力が高く、独自の情報伝達手段を持っており、連絡を取り合うこともできるらしい。適齢になった狐人はそうして伴侶を見つけて、旅を続けるのだそうだ。
「つまり一人でも狐人を見つければ、あのフェネという娘にも連絡がつくやもしれぬな」
「なるほど……」
セラドはどこからか取り出した辞書をなぞり、知識を伝えてくる。子供っぽいかと思えば、妙に大人びたところもある、セラドもまた神秘的な存在なのだと認識する。
「な、なんじゃ、顔に何かついておるか?」
「パンくずがほっぺたにな」
うにゃーとかいいながら、顔を撫で回す姿は子供そのものだ。その頭を撫でるのがまた心地よい。
「ありがとうな、セラド。やる気出てきたよ」
「ぬ? そ、そうか。ならばよい」
満足した笑顔に癒される。
翌日になり、狐人を探すという目的を新たにした訳だがどうするか。フェネを連れ戻しに来たという狐人は、まだ街にいるのかもしれないが、人を探して歩くにはこの街は広い。
兵の詰め所に行ってみると、例の兵士が対応してくれた。
「確かに狐人は多くが旅人で、冒険者として登録している人も多いです。そのフェネとかいう少女も登録はされていますね。ただ、あくまで記録なのでこちらから見つける手段にはならないので……」
冒険者のシステムはあくまで身元の保証と、こなした仕事に応じた依頼の斡旋など、利用側の利便性を考えたもので、管理者側が統治するものではないらしい。
実際、冒険者は旅先で命を落とすこともあり、管理するのは難しいらしい。
「ここ最近で、狐人がここを訪れたりは?」
「ふむ、一週間は来ていないね」
ということは、フェネを迎えに来た親族は利用していないのか。
「狐人は森を利用するらしいから、そっちに行ったのかもね」
森となればラミアに会いに行ってみるのもありか。このところは平静を失っていたらしいが、もしかすると何か知っているかも。
俺達は今日も森へと踏み入れた。
「ラミアは人を餌にする魔物じゃということを忘れるでないぞ!」
ラミアに会いに行くといったら、ちょっと不機嫌になったセラド。焼き餅なのだろうか、だとしたら可愛いなぁとか解釈する程度には余裕ができている。
目的があって動いている方が、人間としては楽なのだろう。
ラミアの元には昼頃に到着した。昨日の今日で訪れた俺を、ラミアは歓迎してくれた。
湖の湖畔は、鬱蒼と草木が茂ったところばかりではなく、くつろいで座れる砂場のようなところもあった。
そこで弁当を広げて昼食を取りながら、ラミアに話を聞いていく。
「狐人ですか、確かにこの森にもたまに顔を見せることはあるようですね。私はこのところ平静でなかったので、情報には疎いのですが……」
残念そうに目を伏せる。
「いや、訪れる事があるというだけで、貴重な情報だよ。他に情報を聞ける人はいる?」
「そうですわね、リザードマンの長老なら博識で色々と知っていると思います」
「ほう、紹介してもらえる?」
「はい、貴方様のためならなんなりと」
ラミアの好感度が高すぎる気がする。昨日会ったばかりなのに、信頼してくれているようである。
「それはもちろん、私を正気に戻して下さいましたし、お強い方です。血の相性も良いようですし、こうしてモンスターである私に会いに来て下さる。どこに嫌う要素がありましょう」
「ふん、餌を確保するための口実じゃろ」
「それは否定しません。血を頂けるのはありがい事ですから。できれば他のモノも頂きたいと思うくらいです」
「他のモノ?」
「子種……とか」
さすがのラミアも少し抵抗はあったのか、少し頬を染めている。
「こ、こだ、子種とかっ」
セラドは真っ赤になってわたわたし始める。
「ラミアは人と子を作るのか?」
「はい、種族として女しかいないので。大抵は獲物にする男から奪う事が多いですが、私だって相手を選びたいのです」
などと熱っぽい視線を送られて悪い気はしない。ただ、今はフェネを優先したい。
「また機会を見つけてだな。今はリザードマンを紹介してもらおう」
「ふふ、わかりました」
「にゃー、にゃにゃー」
セラドはまだわたわたしていた。
リザードマンの集落は、ラミアのいた湖岸から少し離れた別の岸にあった。河原には何人かのトカゲが、ごろごろと過ごしていた。変温動物なのかは分からないが、日向ぼっこは好きそうだ。
俺達を見つけると、槍を手にしたリザードマンが慌ててやってくる。
「こ、これは、ラミア様。お加減はよろしいので?」
「はい、すっかり良くなりました。その節は、貴方方にも迷惑をお掛けしましたね」
どうやら力関係としては、ラミアの方が上の様である。攻撃的になっていた時は、リザードマンも被害を受けたのだろう。
「その謝罪も兼ねて、長老にお会いしたいのですが?」
「はい、ご案内します」
少し森に入ったところにある大木の根元に、リザードマンの長老はいた。爬虫類の特性が強いのか、その大きさは年齢に比例して成長するようだ。長老は3mを越す巨体になっている。
「これはこれは、ラミア様。正気に戻られたようで何よりです」
「その節はご迷惑をおかけして」
「いやいや、若いのが己の器も分からず手を出した結果。ラミア様が気になさる事ではない。それよりも、事の起こりを考えねばなりますまい」
「それも追々相談いたしたいのですが、今はこちらの方のお役に立ちたいのです」
「なるほど、そちらの方がラミア様を助けて下さったのですな。森を代表して、お礼申し上げます」
何か大仰な事になっていて戸惑う。ラミアが正気を失ったのは、何か事件的な事柄らしい。ラミアを操って何かを成そうとしていたのなら、捨ておける事でもないのかもしれない。
「狐人会えるツテを探しておられるのですが、長老はご存じありませんか?」
しかし、話は俺の私用の方へと流れてしまう。いいのか、ラミアの件は。
「狐人、そういえば1ヶ月ほど前から滞在しておる若い夫婦がおるな」
「滞在? 狐人が住んでいるのですか?」
「いかな狐人とて、身重の間は動けませんでな。森の一角で生活されておるよ」