抜け殻のヌシとの邂逅
成り行きで一緒にいるセラド。
ノームの女の子、年齢は28らしいが、行動を見てるとかなり子供っぽい。閉鎖的な村を嫌がり、外の世界を知りたくて人間の街に出てきたらしい。特徴的なのは右目が赤で、左目は紫というオッドアイ。神秘的で綺麗だと思うのだが、本人はかなり気にして前髪で隠すようにしている。もしかすると、村では凶兆とされて忌み子として蔑まれたのかもしれない。
そんな彼女を俺はどう感じているのか。理屈をこねて、言い訳して、自分を出すのが苦手で、そうした彼女にかつての自分を重ねて見ている部分はある。
そして彼女に自分を出せるようになって欲しいのか。自分ができなかった事を彼女に託したい?
いや、そんな理屈でもないな、単純に一緒にいたい、それだけなんだろう。つまり俺は……。
目が覚めて、視線を巡らしてセラドを探す。今日は彼女の方が先に目覚めていたらしい。ベッドの上で、俺があげた銀の櫛で髪を梳いていた。さらさらと流れる緑がかった黒髪が朝陽を受けて輝いている。
「おはよう、セラド」
「ふむ、おはようじゃ、マモル」
「俺、セラドの事、好きみたいだ」
「ふうむ、そうか……」
聞き流すようにして、手を二、三度動かし、固まる。
「にゃ、にゃにをー!」
真っ赤になりながら狼狽えている。そんな姿が見てて飽きないのだろう。
「ワシは、その、ノーム、ソナタ、人間で、あの、その……」
「今日もよろしくな、相棒」
わたわたした様子がとまり、きょとんとこちらを見つめる。
「う、うむ、相棒として、嫌いではないぞ」
やはり素直ではないが、嫌われてないのならいいか。
昨日と同じ森へと繰り出す。心なしかセラドの足取りが軽い気もする。俺の心境の変化でそう感じるだけかもしれないが。
「この辺りは街から近いだけあって、珍しい物はないのぅ。昨日の抜け殻のようなタイミングで手に入る物なら高くもなるが、それは手に入りにくいということじゃし」
セラドも真剣に考えているのが、伝わってくる。じゃあ昨日はどうだったのか……あまり、会話自体してなかったか。
「もう少し奥に入ってみるしかないか」
あまり奥に入りすぎると迷いそうでもあるが。
と考えているのと、何かが聞こえた気がした。最初は鳥の囀りかとも思ったけど、メロディーの様にも聞こえる。
「セラド、聞こえてるか?」
「何か、笛のような高い音じゃな」
俺たちは頷き合い、その音の方へと歩き出した。
かなり鬱蒼とした足の踏み場を探しながらの道中。徐々に空気が湿り気を帯び、服が肌に張り付くようになってきた。
笛のような音は、鮮明さを増していて、それが口笛の様だと思い始めていた。
人の頭を越す草を手で押しのけると、急に視界が開けた。木々の姿が消え、平地になったような空白地帯。そこは湖になっていた。
波もなく鏡のように空を写す水面。その水面の向こうに、人影が見えた。金色の波打つ髪を持ち、服をまとわぬ白い肌。たわわな乳房までが、惜しげもなく晒され、水浴びをしているようだった。その口元は僅かにすぼめられ、もの悲しげにも聞こえるメロディーがこぼれている。
「なんと……」
セラドも目を見張っている。二十代半ばと思われる色香漂う裸身は、男はおろか小さな少女も魅了するのか。
『主、あれは魔物だぞ』
その声に我に返る。知らず知らずのうちに、姿に見惚れてしまっていた。セラドもどこか不自然な注視具合で、肩を掴んで揺するとこちらを振り返った。
「あ、あれは、魔物か!?」
「そうらしい、水辺で人を魅了する魔物といえば?」
「話に聞くのは、ラミア。下半身は蛇で、不用意に水辺に入ったものを捕らえて、血を啜るという」
ノームというのは、博識な種族らしい。外の世界に憧れていたセラドは、更に色々と知識を集めたのだろう。
「下半身が蛇……か」
「昨日の抜け殻の主じゃろうか?」
となるとその体長はいかほどか。よく見ると、あの女は岸から離れすぎている。一概には言えないだろうが、あの位置では足もつかない深さじゃないだろうか。
「正体が分かれば、対処しようはあるな」
俺は湖に足を踏み入れた。
その気配に気づいたのか、元々分かっていたのか、湖に入った途端、女がこちらを向いた。10mほどの距離で、瑞々しい素肌を晒しながら微笑んでいる。白い裸身に濡れた金髪が張り付き、艶めかしさを強調していた。
ラミアの口からこぼれるメロディーが、より鮮明に聞こえるようになり、自然と足が前へと踏み出される。
(魔法の歌なのか!?)
俺は咄嗟に、左手の指を予備の短刀の刃先に当てて、痛みを感じさせる。意識は保てるが、引き寄せようという意志の様なモノは強く伝わってきた。
チャンスは少ないかもな。
じわじわと前に進みながら意志を強く保つ。ラミアが血を啜ろうと、体を寄せてきた時が勝負だ。
半分の距離を進んだところで、腰にしゅるりと巻き付くものがあった。水面の下に、鱗の生えた胴体が見え隠れしている。
獲物を捕らえたラミアは、もう待つこともせずに自ら近づいてきた。腰から下は鱗の生えた蛇の体。へそがあるってことは、胎生なのかと場違いな事を思う。
両肩を掴み、血走った目で俺を睨みながら、耳まで裂けそうなほど口を開いて首筋へと。その鋭い犬歯が刺さる前に、魔剣がラミアを捉えていた。胸の中央、人であれば急所であるそこを貫かれても、即座に絶命する事はなかった。
ジリジリと首筋へと、その牙が迫ってくる。相手が噛みつくのが早いか、グラトニーが貪るのが早いか……。
結果としては、グラトニーの勝ちであった。首筋に触れる瞬間、ラミアは意識を失いしなだれかかってきた。その瞬間、魔剣を引き抜く。
『主よ、まだ生きておるぞ』
「何も殺すことはないだろ」
『相手は魔物だぞ』
「でも美女でもある」
呆れたため息を残して、魔剣はそれ以上何も言わなかった。俺はラミアを抱えながら、岸へと引き返す。そこではセラドが、心配そうにこちらを見ていたので、笑顔で手を振ってやった。
「何を呑気な、もう少しで殺されそうであったぞ!」
セラドが泣きそうな顔でしがみついてきた。背中を撫でて落ち着かせてやる。
「まだ余力はあったよ、相手を油断させただけだ」
「それなら、前もって言ってくれたら良かったのじゃ」
あの距離じゃ、ラミアに聞かれる危険もあったしな。そう思いながら、ドサリとラミアを下ろす。
「殺したのか?」
「いや、息はあるはず……」
そういいかけた時、その瞳がうっすらと開いた。先ほどの血走ったものではなく、澄んだ蒼の瞳だ。
「貴方様は……」
伸ばそうとしたラミアの手を、セラドが割り込んで叩く。
「しゃべれるのか?」
「はい。このところは頭が痛くて、妙にイラついていたのですが、今はすっきりしています」
「ふむ?」
「お腹は減っていますが」
思わず腹を見下ろすが、白く滑らかな肌にへそが見えるだけだ。
「血を飲むんだっけ、これでいいのか?」
先ほど意志を保つために傷つけた左手を差し出す。人差し指と中指が、思ったよりも深く裂けていて、血が滴っている。
「ああっ、もったいないっ」
ラミアの先が二股に割れた舌が伸び、俺の指にしゃぶりつく。そのまま上半身を起こして、指をちゅうちゅうと吸い始めた。
「ちょっ、大丈夫なのか!」
「平気だろ、危なければ切るだけだ」
そういいつつ俺の右手は剣の柄ではなく、目の前にある白い乳房に伸びる。形が良く、程良く沈み込んでは押し返す、極上の感触だ。
「殿方はお好きですね」
一度口を放して、微笑みを浮かべる。
「にゃー、マモル、何してるねん、おまえ!」
ようやく俺の右手に気がついたセラドは言葉遣いが面白くなっていた。
ラミアは名残惜しそうに、傷口にキスをしつつ顔を上げた。
「ありがとうございます、落ち着きました」
魔剣により攻撃的な気性を吸い取られたラミアは、思った以上の知性で話しかけてきた。
「少し前から、何か妙な気配に取り付かれ、自分の本能が抑えられなくなったのです」
某かの魔法か妖術の影響を受けていたようである。それを魔剣が食らった事で、正気に戻れたらしい。
「もしかして、昨日落ちてた抜け殻は、お前のか?」
「本来なら人様にお見せするモノじゃありませんのに、お恥ずかしい」
赤面して顔を隠してしまう。上半身裸なのは気にならなくても、脱皮した皮は気になるようだ。
「おかげでいい稼ぎにはなったんだが……もしかして、まだ隠し持ってたりするのか?」
「あ、ありません、絶対に、ありませんからっ」
といかにも隠してますという口調で否定される。一つ銀貨5枚として、十枚あっても金貨には届かないのか。無理矢理探すとしても割に合わないかもな。
「お金が必要なのでしたら、もっと良い物がありますよ」
そういってラミアは、最初にいた辺りまで戻ると、一度湖に潜って、再び岸へとやってきた。
その両手には、金色に輝く装飾品が並んでいる。
「私が意識を失っている間の戦利品のようです。私には必要ないので、好きなだけ持って行って下さい」
そういいつつ、こちらにも何か言いたいことがあるようだ。
「何か条件があるのか?」
「条件といいますか、お願いです。一月に一回で良いので逢いに来てくれませんか?」
頬を染めながら上目遣いに尋ねてくる。
「駄目じゃ、駄目駄目。マモルから血を啜るつもりじゃろ!」
「月一くらいいいじゃないか、今啜ったくらいでいいのだろ?」
「はい、それだけ頂ければ、後は野生の動物でも補給しますし」
「じゃったら、動物で我慢すればよいのじゃ!」
「まあ、俺は構わないから、これは無視してくれ。あと、こんなにも宝は要らないな……」
金貨二枚分の重さになりそうな程度を手に取り、後は返しておく。
「私は持っていても仕方ありませんのに」
「金が無くなったら、会いに来る口実になるだろ?」
「まあ、それはそうですわね」
「にゃー、にゃにゃにゃー!」
セラドは発狂してるが、美人のお姉さんに会いたいのは、男の本能である。攻撃的だった時はともかく、分別をわきまえたラミアなら俺にとっても癒しになりそうだし。
「さて、時間も良い頃合いだし街に戻るか。月一と言わず、逢いにくるかもしれないが、ここでいいのか?」
「はい、私の縄張りはこの辺りなので、近くに来られたら分かると思います」
「ふむ、それじゃあな」
軽い抱擁をして別れる。
「あのような魔物に手を出すくらいならワシが……」
俯きながらブツブツと何かを呟くセラドを引き連れて街に戻る。ラミアから貰った貴金属を換金すれば、フェネの代金にも足りるはずだ。ラミアのおかげで増した性欲を抱え、意気揚々と街を目指した。